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例えばマラソン大会があったとして。

そこには自分が風になる快感と、

自分は努力しているのだという満足感と、

ゴールの達成感があるのだと思う。



どれか一つ欠けていたら、きっと楽しめない。






私は泥臭い女の子だった。男子の幼馴染に囲まれるなかで育った。

「お前、男みたいに強いな!」

「うるさいわね!泣かされたいの!」

言葉で罵倒し、身体能力で圧倒した。
身長も高い方で、体育には自信があった。マラソンで一位をとったこともあった。
不思議なことにそういうものの積み重ねで、私の友人関係はできていった。
毎日が楽しかった。勉強はさっぱりだったけど。






私がスカートを穿くと、母がはしたない思いをするというので、大抵ジーパンを穿いた。

「あんたももう少し女の子らしくしなさい」

母は私のクラスの、ある女子のことを褒め称えた。
その子はおしとやかで器量もよく、お嬢様のようだった。
世間一般ではああいう子が望まれることを知った。
私もああいう子になりたいと思った。
しかし泥臭い性格は捨てられず、いつも乱暴して男子を泣かせていた。








ある日倒れて、病院に運ばれた。
母が病室で、難しい漢字が並んだ単語を、3つ4つ見せた。
文字の意味はよくわからなかった。
だけどそれで私はとても思い病気にかかったのはわかった。

室内生活を強いられ、薬を飲む毎日が続いた。
体力は嘘のようにがた落ちした。5歩、走って息が切れた。

駆け回ることなどできそうもなかった。








しばらくマンガを読んですごした。
学校の友達の話を聞き、外界の出来事に心を馳せた。
体が治ったら、当然外を駆け回りたいと思っていた。


それから長い入院生活を送った。学校の友達も少なくなった。
入院生活は嫌でも染み付いた。
私は以前のように人を罵ることはしなくなった。
話す相手はほとんど大人の人だったから。生意気なのは怒られるから。
そのうち言葉を忘れ、体を使う方法を忘れていった。








お年寄りの方々から、お茶の汲みかたを教わった。
すると褒められた。それからというもの機会があれば、積極的にお茶を作った。
困っている人たちを助ける看護婦さんに憧れた。
私もそうしなきゃと思い、患者さんの体を拭くのを手伝ってあげた。

子供心ながらに、だんだんと他人の気持ちがわかるようになってきた。

人が泣いていなくても、悲しんでいることもあるのだと知った。

人が怒鳴り散らさなくても、内心怒っていることもあるのだ知った。

仮に私がそういう気持ちになったらいやだと思ったので、私は笑った。
笑えば何とかなると思った。実際なっていたと思う。









病室の窓から、外の様子をうかがった。公園で子ども達が遊んでいた。
遠くから粋のいい声があがる。

「このスケベ!なにすんのよ!」

「お前女だったのかよ!」

私はスカートを見せてもいいから、あの輪に入りたいと思った。
それだけは思っていてもできないことだった。

私は世界の違いを感じた。








当時の私は服を選んで遊ぶという概念がなかった。いつもパジャマだった。
それを見かねたという患者の人が、お古といってスカートとフリフリの服をくれた。
それを着ると、

患者「お嬢様みたい」

女「ホント……?」、

患者「そうよ。あなたはおしとやかで器量もいいし、なにより可愛いからね」

だそうだ。なんと私はあのお嬢様になれたらしい。
思っていたよりつまらないものだと悟った。


私はあの泥臭い思い出を捨てきれていなかった。







絶えず微笑をし、他の患者を気遣い、毎日を変わりなく過ごす。
その方が人間関係を形成しやすいし、効率的だし、なにより楽だった。
いつものように老人方にお茶を汲み、ニュースの話題に相づちをうった。
よくわからない人の病気の説明を聞き、適度に同情した。
あれから大人になり、読書はマンガではなく、小説を読むようになった。

全てはそうせざるを得ない状況に、私は追い込まれていた。







例えばマラソン大会があったとして。

時間無制限。走行距離無限大。ゴールはどこでもよし。

なんてルールがあったらどうするだろう。


今の私なら、それは普通のマラソンよりずっと楽しいのだと思う。
当てのない道をさまよい、探索し、発見し、また次のどこかへいく繰り返し。
ゴールをするのが惜しいくらい。

しかし今の私は、狭い病院の廊下数本を、ゆっくり無機的に歩くだけ。
随分と道のりは狭まり、少なくなった。


先日ゴールが決まった。余命一年だそうだ。

このまま狭い道を走り続けるのは、惜しい。








私はいま、直線の道を歩いていた。
幼いころ、迷うほど分かれていた道の数々。
それらは運命に押しつぶされ、収縮し、今や一つとなり、
じきにゴールを迎えようとしていた。

わかりきった道のり、わかりきった結末を考えながら、

私は進む――そんなのは、


女「私はもっと色んな道を歩いていたかった!
  子どもの時のように、誰からも縛られないで、」


1000メートルを直線で進むより、曲がりみちをぐねぐねいった方がいいと思った。
その方が早くついた気持ちになると思う。

そしてそれは楽しいと思う。


女「それなら……私は曲がってやる!
  違う道を、歩きたい!」








男「やあ、はじめまして」

また新しい患者が入ってきた。私と同じくらいの青年だった。
この人が死ねば、私の知人の死亡者の累計が、ちょうど40になるなと思っていた。
私とどっちが先だろうとも思っていた。


いつものように当たり障りのない自己紹介を……した。
いつものように?私はそれがもううんざりだった。

思い出すのは、泥臭くて男みたいだった、私。


私はもっと色んな道を楽しみたい。








女「台所借りて作ったの。食べられる?」
男「蒸しケーキか……。うん。少しなら」
女「……」
男「ん!おいしい」
女「そ、そう……」
男「いやー嬉しいねー。
  やっぱり可愛い女の子に作ってもらう料理は、質量以上のものがあるねー」
女「――ー」
男「どした?」
女「べ、別に――」


私は泥臭い女の子だった私を思い出した。

私は道を曲がった。

その方が、きっとこれから楽しくなれるような気がした。




女「あんたの為に作ったんじゃないんだからねー!」


男「えっ……えーっ!!なんでさ!これはなんだよ!」
女「っ、フン!あまり物のお裾分けよ。本命は別にいるの!」
男「そんなぁ。……誰だよー」


しまった。そこまで言い訳を考えていなかった。
これは一つしかない。彼の為に作ったもの。
なにか適当な嘘を……。


女「……お隣の病室のおじいさんよ!」
男「嘘だぁ!その口ぶり怪しいぞ!」
女「そんなことないわよっ。フンっ」


男は意外と口達者だった。それに負けじと私の方も立ち向かっていった。
ちいさいころ、男友達と遊んでいたあの勢いを思い出した。


新しい歩き方を知った。それにより、新しい道も芽生えたような気がした。


自分が風になる快感の質が変わり、

自分の努力の内容も変わった。

それにより、ゴールもまた違ってきた気がしてきた。





おわり?

病気