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DISCO2000

タナカアリサ

                        

このストーリーをパルプの名曲DISCO2000に捧げる。私にとってこの作品は、どうしようもないくらい愛おしい青春の思い出である。

 

 『もう飛行機を見て、願いごとをする年やなくなったなあ。。』

 アコは、遠くの広々とした漆黒の夜空をゆっくりと進む光の小さな点々、飛行機を眺めながらそう思った。けれど、希望も捨てたくはないアコだ。その日の夜空は、現在の彼女の心を映し出す鏡のようだった。()

 アコは、心の病を抱えていて、精神科のデイケアに通っている。彼女は思う『ここがもっとオシャレな場所になってほしい。』『粋な場所になってほしい。』『イカした(死語だな。)場所になってほしい。』アコは、病院の中を行き来する患者を見ながら上辺だけの期待をしてしまう。アコは、精神科の患者を『さびれた遊園地にいる時間の止まった人々』と表現する。院内を、何か的を外れた格好で歩く患者を見るとそう感じるのだ。()

 彼女は、院内での人間ウォッチングを、ゼイタクな時間だという。贅沢な時間を過ごしているアコの目の前の壁とは、『安定した不安』。日々、デイケアのだだっ広いスペースで麻雀のパイの混ざる音をバックに、ちぎり絵をしているアコがふとした時に抱える感情である。しかし、そんな毎日の中にも、小さな幸せをどれだけ見つけられるかが今後の彼女の勝負どころのような気がする。

 

 私の名前はアコ。ミスタードーナツが大好きな27才。いい歳をしてと思われるかもしれんけどこれが今の私。

 趣味はいろいろある。映画、音楽鑑賞、野球観戦。私は、色んな趣味で追っかけを経験している。追っかけを経験と呼ぶのはおかしいかもしれんけど。野球は、高校野球から始まる。小学校の高学年の頃、よく父に近大付属高校の試合を観に連れて行ってもらったものや。なんで近大付かというと、1990年のセンバツで優勝するまでずっと応援していたからや。といってもエースピッチャーの後藤投手を贔屓していたからなのでその大会しか近大付を応援していない。だから、ずっと応援していたというのはちょっとおおげさかも。私の追っかけの歴史はここから始まったんや。この頃は、試合を観に行ってもそっと応援するといった感じやったのが、行く行くはイギリスまで行ってしまうんやから自分でもびっくりしている。私は、小さい頃からこんなふうにミーハーやった。そういう所、母親ゆずりみたい。

 現実と夢(妄想?!)の区別がつかず、心の病になったと思わないでもない。というか現実逃避したくって妄想しまくった結果、病気になったんかも。医師はそうは言わへんけど。

 そもそもイギリスへ行ったのは、憧れのジャーヴィス・コッカー(イギリスのポップスバンド・パルプのボーカリスト)に会いたくてというか、ライブを観たくて行ったんやけど、もうその時点で今から思うとかなりヤバかった。現実に好きやった男のコを彼に重ね合わせていたり…。その投影の仕方がハンパじゃないんや。なんと、ジャーヴィス本人やと思っていた、その男のコが。こりゃ、もうお手上げ妄想や!

 好きな男性に並々ならぬ思いをよせてしまう。度が過ぎてしもたら立派なヤマイなんやろう。ストーカーっていうのが、この世に存在するわけやし。

 そんな状態やったから、イギリスでの私はハイ状態でライブ会場で置き引きに遭い、一緒に行ってくれた親友を散々な目に遭わせてしまった。Mちゃん、ほんまごめんね。こんな私につきあってくれてありがとう。

  

 そうして、彼女は病気になった。ここは、H病院・C1病棟。今日は、大晦日。紅白歌合戦がテレビで流れている。アコは保護室のベッドで寝ていた。夢うつつの中、そのテレビから流れる紅白が、まるでメリーゴーランドのように頭の中をぐるぐる回っていた。下半身が何だか冷たい。おもらしだ。彼女はやってしまった爽快感をぼんやり感じていた。別に、これは特別なことではない。この種の病気では、患者を落ち着かせるために薬を大量投与することから起こる現象だ。

 病院の中では、悲しいことばかりではない。アコは、よい看護師たちに恵まれた。ハキハキとした気立てのよい若手看護師Kさんや、アンパンマンみたいに常に元気なHさんだKさんは、いつも彼女と一緒に歌って踊ってくれた。Hさんはアコの話をよく聞いてくれた。

 このようにして、季節は木枯らし吹く12月から桜の開花する季節になった。

 アコは、主治医と顔を合わすたびに退院したいと申し出た。この頃の彼女は、状態が落ち着いてきていたのである。リハビリも開始しした。紙袋にヒモを通すというものだがなかなかできなかった。

 「先生、退院できますか。」

 「ヒモ通しもできないならダメね。」

こんな具合だった。

 アコにとって、辛い体験もあった入院だったがよい人々との出会いもあり、とうとう彼女にとって待望のときがきた。

 「退院していいよ」。

いつも大阪弁のアコとは対照的な関東のイントネーションのクールな主治医から、この言葉を聞いたとき、アコは胸躍った。意外にも呆気なかった。

 母が面会に来た。アコの母は、いつも彼女のリクエストに応えて、彼女の好きなお菓子や映画雑誌を差し入れしてやっていた。しかし、母のそんな苦労も虚しくいつもあっさりとアコは、差し入れを手に入れると、

 「今日は、このへんでいいわ。」

と、ふぬけた大阪弁で面会を締めくくった。いささか母は、自分の目の前で映画雑誌を手に取り、我が娘の大好物のシュークリームを軽く平らげる様子を見届けるとなんとも言えない気持ちになった。

 退院の日。桜が満開で、お天気の大変よい日であった。

 「きれいやなあ。」

退院を祝福してくれるような桜を目にして、アコはしみじみ言った。二十歳の娘を見、一緒にいた母は、感無量で思わず涙しているようであった。()

 

 Lets all meet up in the year 2000.

 (みんなして2000年に会おうよ。)

 パルプの『DISCO2000』をアコは聴いていた。何だか淋しかった。『あのコたちは今、どうしているんやろう。』アコは中学生時代、放送部に所属していた。『あの頃は楽しかったなあ。』退院した彼女の中で、淡い心地よい思い出がよみがえっていた。空しかった。しかし、ジャーヴィスの歌声はアコを淋しくさせていたが、彼女はそれが嫌ではなかった。むしろ哀愁を帯びている彼の歌声は、彼女を不思議なことに癒してもいた。アコは、ジャーヴィスを必要としていたのだ。

 そんな時、家の電話が鳴った。電話が苦手なアコはもちろん出なかった。母が出た。

 「アコ、マチコちゃんやで。」

アコはドキドキしていた。ハイの時は、電話も何のそのという感じだったが、今は元のアコに戻っていた。

【久しぶりやな、アッちゃん。】

 【うっうん。】

 【電話嫌いの私が電話してんねんで。めずらしいやろ。】

 【うん。】

 【うんしか言わへんな。】

 【うん。】

 【元気ないな。】

 【うん。】

 【どうかしたん。】

 【………。】

案の定、何も言えない。

 【まっ、いいわ。また電話するわ。】

マチコは、元気のないアコを気遣ってかすぐに電話を切った。しかし、アコは不安になった。『もう今の私みたいなんやったら、友達逃げていくんやろか。』アコはどうしようもない思いでがんじがらめになっていた。

 翌日。アコはデイケアにいた。いつものようにちぎり絵をしていた。

 「あっ、ツツミシンイチや。」

思わずアコはそう言っていた。はすかいに座っていた男性の読んでいる経済誌の表紙に目を奪われてそう口にしていたアコだった。

 「知っているんですか、この人。」

その男性は、真顔でそう訊ねてきた。

「はい、好きなんです。この俳優さん。」

アコは自然にこの人物と、しかも男性と会話を始めていた。アコにとって不自然なことだったが、そんな自分に気づかないくらいに自然に会話は始まっていた。いくつか会話が成された後、アコは突拍子もなくこの男性にこう訊ねた。

 「誕生日、何月号ですか。」

 「12月号です。」

その後、そのとんちんかんなやりとりで、二人の間に笑みがこぼれた。

 「申し遅れました。私、クワノと申します。」

 「タナカです。」

 アコは久しぶりに笑ったと思った。

 この紳士的な男性クワノに特別な感情を抱くわけではなかったが、デイケアでのアコは、次第に彼と行動を共にするようになっていった。

 「私、自転車、乗られへんのです。」

 「自転車くらいは乗れた方がなあ。」

クワノは、アコより10も年上だったため、いつもアコを導くような会話になっていた。

 「教えてあげるわ、アコちゃん。」

と、こんなふうに。

 それから、デイケアの帰りに二人は自転車屋さんを巡ったりして、アコとクワノはデイケアの外でも同じ時間を共有するようになっていった。

 世の中には、色んな人々が存在する。そして色んな時間を過ごしている。良きにしろ悪しきにしろ。「人間は、存在していることに意味がある。」というようなことを誰かが言っていたが、人はこの地球上でそれぞれのドラマを演じることで生きがいを見つけていくのかもしれない。

 「アコ、映画の主人公になったつもりで人生、生きるんやで。」

彼女の父親がアコにいつかこう言った。

「今日もヒトいっぱいやなあ、デイケア。」

 「そうやなあ。」

クワノに慣れてきていたアコはクワノにタメ口だった。彼らは、(アコとクワノだけではなかったが、)この大規模型のデイケアであぶれていた。

 「俺ら、デイケア難民やなあ。」

このクワノの言葉に二人は笑い泣きになった。

アコ自身、デイケアで自分を見つけられる日はまだのようだ。

「こんなん作ってん。」

 「まあまあやな。」

自作のちぎり絵をアコはクワノに見せた。

 「前のよりよくなってるやんな。」

 「まあな。」

 「なってるやろ!」

 「ちょっとな。」

強引な顔をだんだん、クワノに見せるようになっていたアコだった。

 こんなふうに自分をさらけ出せる相手がこの世にいることは、かなり幸せなことだ。しかし、今の彼女にはそんなことをかみしめる余裕はなかった。

 どれだけの人が、今の自分にイエスと言ってあげられるのだろう。

「あんた、カツになるか。」

 「脂身だらけで旨くないよ。」

重量級のクワノにカツになるかというアコもまた重量級だったので、説得力のカケラもなかった。こんなユニークというか何とも言えない会話がかわされていた。少々、人様から見てエッと思われる間柄でも、本人たちにとっては全くOKの場合もある。それが案外、幸せというものかもしれない。

このデイケアでは料理クラブというものがある。この日もその日で、調理後、部屋の一部をカーテンで仕切って卓を囲みできあがったものを参加者が食すのだ。

 「ええにおいやなあ、クワノ。」

 「ほんまや。」

そう言って、参加していなかったアコとクワノのコンビは、水で薄まった給茶器のお茶を薄緑色のカーテン越しにすするのだった。ちなみに、この頃になると、アコはクワノを呼び捨てるくらい彼に馴染んでいた。年の関係上は、アコはクワノより下だったが、会話上では彼女の方が主導権を握るようになっていた。しかし、これも彼への甘えなのだろう。

 窓の外は、悲しいくらいお天気だった。

 

 私は、ほんまに欲が深い。ちぎり絵を始めたのもこんな理由やった。デイケアの室内展示されているあるちぎり絵を見て欲しくなったからやっだ。こんなふうにデイケアには、展示物を置くことによって、患者の創作意欲をわかせるんや。それが、リハビリにつながるいうわけ。でも、危なかった。病気にかかり出していたと思われるであろうハイの頃、私は万引きをしたことがあったから、このちぎり絵も盗みたくなっていた。唯一、万引きしたことのあるものとは、パルプのCDやった。おこづかいを使い果たしてしまった末に、そう、とうとう盗んでしもた。その欲望の果てに、来日したパルプを東京まではるばる大阪から見に行ったんや。正確には、ジャーヴィスに会いに行ったんや!そしてサインまでもらったんや!それから、二度と万引きせえへんとそのCDに誓うのやった。それにしても、ジャーヴィスは見上げるくらい背が高くてしかも優しかったなあ。私がCDにサインを頼む時名乗ると、スペルを丁寧に聞いてくれて、そう、CDに私の名前をそえてくれた。そういえば、イベント終了後で、名残惜しく会場に残っていたその時。まさに、会場のドアが開いて扉の向こうにあのジャーヴィスがいたんや!念願のジャーヴィスに会えたんや!ハローと言ってくれた彼を初めて目にした時の感動は一生忘れへんやろう。ある意味、そのCDよりも大切かもしれへん。(万引きせえへんて誓ってるのに。。)

 

 私の人生は、何かに憧れ続けるものかもしれへん。放送部時代、好きやった男のコ。思いは叶うことなかった。よくジャーヴィスの歌声を聴いては、やるせない永遠を感じたもんやけど、何だか万華鏡をのぞいている時のようなそんなときめきもあった。今では懐かしい、ほろ苦いけどちょっぴり甘い思い出や。

 

 「なあ、クワノ。私、もうこのままなんかなあ。」

 「このまま思ったらそのままやで。」

アコは遠くを見る目でこう言った。

 「いろんなヒト好きになって、かわいいものに囲まれて、おいしいもん食べられて捨てたもんちゃうなあ、私の人生。」

 「そう思えるて幸せやん。」

クワノはアコを見守るように言った。

 「でもなあ、私、もう一回あのコらに会いたいわあ。」

 「誰?」

 「中学時代の放送部の友達。」

 「また会えるよ、きっと。」

 

その時、オレンジ色に染まった夕暮れの部屋にはDISCO2000が流れていた。