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なんちゃってジェントルマン                  タナカアリサ

 「俺は、ファーストフードみたいなジャンクフードじゃなくて、スローフードを作りたいんや、作品で。」
 クワノマコト、38才。自由業。これは、クワノ自身がよくツカウ肩書きだ。別にやましいわけではない。精神科に通うクワノが考えるに、都合のいい肩書きなのだ。クワノは、小説家を目指している。冒頭にあったようにクワノは真剣かつ真摯に小説家になりたいのだ。クワノの言ってみれば"夢"への思いは熱い。なので、さしずめ無職の彼にとってこれが都合がいいのだ。またクワノはニートの肩書きにとってもこの"自由業"が普及すればいいと考え、彼のライフワークの一つでもある懸賞応募のハガキの職業欄にも"自由業"と記しているのであった。
 今日も彼は、いそいそと懸賞ハガキを書いている。それをあいぼうであるアコが隣で見ているのだった。

春 
 「あっ、また食べた、ハナクソ!」
 「……。」
 クワノマコトは、アコにハナクソを食べるというよく言えば風変わりな習慣を恐くたしなめられ何も言えなかった。
 ここは、H病院の精神科デイケア。2人はここで出会って5年になる。今日も行動を共にしている2人であった。
 「お昼ごはん、何かなあ。」
 「あっ、関東炊きや。あーあ。」
 デイケアの設備のキッチン横冷蔵庫に貼ってある給食の一覧表を見てアコは、立て続けにそう言ってため息をついた。
 「でも、明日はあんたの好きな鮭のムニエルやで。」
 「やったー。」
 「ほんとにカロリーが高くてトウニョウ(病)に悪いもんばっかり好きなんやから…。」
しかし、クワノはこのくいしんぼうで糖尿病のあいぼうを1週間分記してくれているこの給食表に感謝した。アコにとって数少ない楽しみだからだ。クワノにとっても。
 「アコと知り会って5年目か。」
クワノは、丸い体をゆすって鮭のムニエルに喜ぶアコを見て感慨深かった。
 2人は、昼になり、病院の食堂に来ていた。
 「やっぱり、関東炊きはタマゴで決まりやな。」
嫌がっていたわりには嬉しそうなアコだった。本当にくいしんぼうだとクワノは思った。
 「あっ、でもあんた糖尿食やから馬鈴薯ないな。」
 「バレイショ?じゃがいものことやろ。普通に言いや。もうほんまに"チシキ"なんやから。」
クワノは高学歴であたったため、少しでも耳慣れない言葉を彼が発するとアコはこう言った。独特の節をつけて、"チシキ、チシキ!"とはやし立てることもあった。しかし、果たして馬鈴薯はそんなに難しい言葉なのだろうか。アコとクワノの年齢差のような気もするが。クワノは、いつものアコらしいなと思った。微笑んでいるクワノだった。
 「そういえば、もうすぐデイケアのお花見や。」
 給食の列から帰ってきたクワノに窓辺の桜を見ながらアコが言った。彼女は、糖尿食であらかじめ席についていたのだ。
 「そうやなあ。」
クワノは、深く息を吐き出しながら言った。
 「写真撮ってもらえんな。」
アコが笑顔で言うと、クワノは、
 「この格好じゃあかんな。貧乏臭く写るから。まあ、貧乏やねんけど。」
低調子でそう言って、クワノは自分が着ているユニクロの紺色のフリース生地のトレーナーを指差した。
 「まあ、しょげるなよ、あいぼう。」
アコは、何かヘコむことがあるとそういつも言ってくれるクワノに今回は彼女が言ってやった。クワノは、またも微笑んでいた。
 窓の外の桜は満開だった。


 H病院の夏の風物詩として、夏祭りがある。櫓が病院の広場に組み立てられ、結構本格的なものだ。太鼓もある。歌い手の歌もある。そして、患者のカラオケもありだ。この辺は、精神病院特有のイベントといった感じだ。
 アコは着付けをしてもらっていた。
 「アコちゃん、おなかがポンと出てるから…。」
着付けをしてくれるスタッフが苦労しているようだ。
ここH病院の夏祭りでは、女性陣が浴衣を着られる。もちろん希望者だけでよい。アコもこの日は張り切っていた。
 「クワノ、ほら見て!」
待たされていたクワノが振り向いた。
 「エビちゃん顔負けやろ。」
とアコがおどけて笑いながら言った。
 「どちらかいうとタコちゃんいう感じやな。」
クワノも負けずに真顔で言った。真剣な顔つきで、むしろ笑いながら言わないところが
クワノらしい所である。
2人の間に和やかな空気が流れていた。
 「この浴衣、ずいぶん選ぶんに迷ったんやで。」
アコは、浴衣選びのポイントをクワノに説明した。
 「白は、膨張色やから避けてん。そやからこの紺地に桃色のあさがおの柄にしてん。」
そして、
 「あさがおが夏らしくていいでしょ。」
と女の子らしくすまして言った。
クワノは、
 「なかなかええやん。」
とそつのない答えを彼女に言った。アコはいささか物足りげな表情になった。もっと何かを期待したのだろう。でも、そこはクワノ、あえて控えめに言うのだった。
 デイケアのテーブルでは、夜食が準備されていた。ここから"争奪戦"が始まる。というか、食べる最中だけが戦いではないのだ。実は、戦いには予選がある。予選とは、席取りだ。どこに陣取るかで、この晩餐の運命が決まる。いかに食べ物に近いかだ。
 クワノ・アコ組の席取りではアコが活躍した。アコが、クワノに目ざとく「あの席空いてんで。」と素早く伝えた。
 本戦では、クワノが活躍した。テーブルに並んでいる、スタッフとメンバーの有志手作りのおにぎりやおかずを次々と自分たちの陣地に蓄えるのだった。そして、もちろん彼等の肉となるのだ。"勝ち組"といったところか。世間でいう勝ち組とは全然違うが。
 「クワノ、卵焼きとって。」
 「はい。」
すばらしいチームプレーである。
 
 外から、お囃子が聞こえてきた。いよいよ祭りのムードが盛り上がってくる。気持ちよさそうにカラオケしている者もいる。
 「クワノ、踊ろっか!」
いつの間にか、2人も祭りの中にいた。アコが踊りの群れに混ざって行くのにクワノも吸い寄せられるように入って行った。
 河内音頭の陽気なメロディーが夜空に浮かんでは流れて消えて行く。


 H病院の紅葉が深まっている。紅々と。
 車いすが落ち葉を踏みしめる音でパリパリと芳ばしく響いていた昼下がり。雲ひとつない快晴だった。
 クワノとアコは散歩に出ていた。車いすに乗っているのはアコだった。それを何の違和感もなく引くのはクワノの役目。持病の糖尿病を悪化させ、アコは、車いす生活を余儀なくさせられていた。
 「クワノはなんで、私にいつも優しいん?」
 「なんでやろうな。」
クワノ自身もナゾであった。
 もう、二人は、かなりの時間を共にしていたがわからないこともあるのだった。わからないことが幸いしてつきあえているのかもしれなかった。
アコはクワノにとって、何とも形容しがたい女性であった。そもそも女性という感覚はあまりなかった。しかし、怒りっぽいアコがふと見せる笑顔がクワノは大好きだった。この時は、さすがに"かわいらしいなぁ。"と思うのだった。
 相手に対して100嫌なことがあっても、1つでも大好きだと思える部分があると何もかも良くなってしまう。そんなものだろうか。いや、待てよ、世の中、そんなに甘くなく、1つも大好きな部分が相手になくとも一緒に過ごしている間柄もあるのか?そうだとするならば俺は、結構幸せなのかもしれない。クワノは、アコと長年一緒にいる理由をこんなふうに考えていた。そして思った。
 『アコも俺と同じ気持ちやろか。。』
しかし、アコには、めったなことでは、「笑顔がかわいいよ。」なんて言わないのだった。言えないのではない、言わないのだ。軽々しく言ってしまうと図に乗るアコだからだ。
 たいがいのアコは、クワノにとって、"凶暴なカントリー娘"。時折、見せるアコの笑顔がクワノにとって宝とういうよりはエネルギーなのかもしれない。

 「あっー、お肉、そっちのほうが多いんちゃう?」
 「もー、ほんまにいじきたないんやから。」
 クワノは、思い出していた。クワノが考案したお手製の"にらにくそば"。にらと豚肉のみの具材と麺をだし汁で味付けしただけの極めてシンプルな料理だったが、二人のお気に入りだった。冬が近づく頃になると、「もうすぐ、にらにく(そば)の季節やなぁ。」と寒くなったほほを赤らめてお互い言いあうのだった。

 『もうすぐにらにくの季節かぁ。』
 心の中でそうつぶやいたクワノに、冷たい風が吹いた。アコのひざ掛けを掛け直してあげるクワノである。切ないほどの蒼い秋空がクワノの目にしみた。アコは晴れた青空を目にし、ちぎり絵ができあがった時のようににこにこしている。
 「クワノ、何考えてたん?」
 「もうすぐにらにくやなぁ。」
 「うん!」
 アコに、いつも優しい理由は言わないクワノだった。


 「私、クワノに出会えてほんまに良かったわあ。」
 ベットの上の弱々しい、そう普段のアコからは想像できないような彼女がしみじみ言った。
 「そんなこと言いなや。」
 「クワノって、鼻クソほじって食べるし、およそ普通の紳士とは言いがたいけど、私が困ってたらいつも優しく手をさしのべてくれたな。そうや、"なんちゃってジェントルマン"や。」
アコは途切れ途切れにそう言って微かに笑った。
 「なんちゃってジェントルマンか。」
クワノもそうアコの言葉を繰り返し笑ったが、目には光るものがあった。涙をこらえるのに必死だった。
 「クワノ、泣きなや。」
アコが、いたずらっぽくクワノに微笑みかけて言った。
 「あほやなあ、ちっちがうよ。」
クワノは懸命に否定したが、限界だった。
 「私、ずっとクワノのそばにおんで。」
それが、アコの最期の言葉だった。
 「アコ…。」
ふと、窓辺に目をやるとしんしんと雪が降り出していた。天使たちが舞い降りて来るようである。
クワノは、
 「あったこうして寝るんやで。」
いつものようなあたたかい調子の声で、アコにクワノはそう言い聞かすのであった。

 ここは、大きなクリスマスツリーが華やかに飾られている都会のとある駅構内。楽しげなクリスマスソングが流れている。幸せそうな家族たちが恋人たちが、手を握りあい、あるいは紙袋をさげ家路へと急いでいた。
 そんな駅の片隅で、ある男がしわくちゃの新聞紙上で古びたコートにくるまっていた。厳しい寒さの中、冷たくなった手でピルケースを大切にくるむように持ち、内蓋を見つめている。だが、瞳は夢見るようだった。なぜならそこには、仲睦まじくプリクラにおさまるカップルが彼にほほえんでいたから。

 『クワノ、ほら見て!』
 どこからともなく男の耳に聞き憶えのある声がした。顔を上げるとそこには、夏祭りでの浴衣姿のアコがいた。
 「アコ…。」
男は思わずつぶやいていた。
ピルケースのプリクラが涙でにじんでゆく。
 だんだん薄れゆく意識の中、男は、人生という名のストーリーのあるページを共に過ごした、この男が自身を捧げたといってもいいこの童女のように無垢な女性を想いながら、深い深い眠りの中に溶け込んでゆくのであった。