選択肢を選んで1000レス目でED @ ウィキ
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選択肢を選んで1000レス目でED @ ウィキ
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2022-04-16T06:21:52+09:00
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【15年後】
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[[【ループ50回目③】]]
【15年後】
あの後、高村は名実共に解体した。
過去の悪行が明るみになり、多くの逮捕者が出た。
その中にはもちろん兄さんも含まれていた。
世間でも当時は大きく取り上げられていた。
高村総合病院も非難に晒され、取り壊される寸前だった。
けれど、桐原製薬の関連病院として再出発する事で取り壊しを免れた。
後から聞いた話だと、元婚約者だった桐原さんが自分の両親を説き伏せてくれたらしい。
それを親友がこっそり教えてくれた。
俺は今『元高村総合病院』だった所の救急医として勤務している。
本当は大学に残り上を目指す様、周りには説得されていた。
だけど高村が奪っていった命の分だけ、命を救いたいと考えて……あえてこの街に戻ってきた。
近くに実家はあるけれど、30歳すぎの大人の男がいつまでも親の世話になる事も憚られ病院にほど近いマンションで暮らしている。
(本気で疲れた……)
四十時間連続勤務だった。
特に俺のような救急医は常時人手不足だ。
労働基準なんてもの無視されるのが当たり前のブラックな環境。
若手が多いのにはそれなりの理由がある。
歳をとってまで続けるには、気力も体力も使いすぎるからだ。
ざる蕎麦の入ったコンビニの袋を持って車から降りる。
さすがに今日は夕食を作る気が起きない。
エントランスで溜まった郵便物を受け取る。
と、いつものダイレクトメールの中に一つ、『大堂春樹様』と書かれた真っ白で立派な封筒を見つけた。
(これは……)
それは桐原さんと親友の友也の結婚式の招待状だった。
彼らとは幼稚舎から一緒の幼馴染だ。
友也はずっと桐原さんを想っていたけど、ひた隠しにして彼女を支えていた。
昔から、とても我慢強い男だった。
俺に向けられていた好意が彼に移ったのは、ごく自然な成り行きだったのだろう。
(でもこの日付……学会の日と丸かぶりじゃないか)
お世話になった教授から論文の発表を頼まれている。
あれもこれも安請け合いしてしまうのが悪い癖で、寝る時間が全然足りていない。
身体が二つに分裂すれば……と願ってみても叶うはずはなかった。
残念だが、どちらか一方を取らなくてはいけない。
(今は頭が働かない。まずは食事だ)
鍵を差し、玄関の扉を開けた。
「……ただいま……」
玄関前でのいつもの出迎えが無い。
嫌な予感がした。
とりあえず部屋中を探して回る。
男の一人暮らし。
多くない部屋数だから、それはすぐに見つかった。
寝室の片隅でカーテンに身を隠すように丸くなっていた。
その体に触れてみる。
全身、死後硬直で硬くなっていた。
(死後24時間以内だな)
まだ解硬が始まっている様子はない。
いつものように背中を撫でてみても、冷たく硬い物になってしまっていた。
「ミケ、よく頑張ったな。20年も生きたんだ。大往生だよ」
元飼い主で服役中の秋人兄さんから預かっていた。
俺が子供の頃に拾った、後ろ足に障害を持った捨て猫だった。
その時、自動の餌やり機が動き出して餌を吐き出していた。
こんな物に頼らなければならないなら、本当は飼う資格すら無かったのかもしれない。
「ごめんな。看取ってやる事もできなくて」
その体をそっと抱き上げる。
固まっているから、丸くなっているそのままの形で持ち上がる。
それを膝の上に乗せた。
死後硬直は筋肉の収縮によって引き起こされるただの生理現象だ。
でも俺は身を硬くして物になる事で『死んだ私に執着しないで』という前向きなメッセージに思えてならない。
ずっと柔らかいままだったら、万に一つ生き返るかもと遺された側は思ってしまうだろう。
死を突きつける事で、遺された者達は現実を受け入れるしかなくなる。
(明日は休みだ。連絡して火葬のこと聞かなくちゃな)
空の段ボールにバスタオルを敷いて、その上にミケを置いた。
腐敗防止のために冷却剤も入れておく。
(コンビニの蕎麦、もう食べる気が起きないな)
ビニールのまま冷蔵庫に突っ込んで、そのままベッドに倒れ込む。
着替えなくちゃいけないけど、その気力も無くなってしまった。
(疲れた……)
ミケが居るから家に戻る理由があった。
守るものがある、それは不自由な事だけど活力にもなり得た。
姉さんには和馬、友也には桐原さん。
皆、大事な人を守る為に生きている。
(それに比べて、俺は……)
ミケを失った空虚感で、全てが億劫になってしまった。
「ミケ……お前の魂は霊脈でマナに会えたのか?」
目を閉じて、問いかけてみても何の返事も無かった。
・
・
・
身重の姉さんに黙ってついて行く。
お腹も大分大きくなって、誰が見ても妊婦だとすぐわかるようになっていた。
自分が大変な時期なのに、パートナーの看病までしている
俺に出来るのは車を出したり、荷物を持ったりするくらいだった。
日々の忙しさで、なかなか助けになってあげる事もできないでいた。
「冬馬先輩と会うのは久しぶりだよね」
「うん」
「驚かないであげてね」
結婚したのに姉さんは未だに御門先輩を冬馬先輩と呼ぶ。
俺も義兄さんとは呼べず、御門先輩と呼んでいる。
あれから5年が経ち、俺は医大生となっていた。
(これは……)
明るい個室のベッドに彼は座っていた。
身体はむくみ、白目や肌に黄疸も出ている。
肌はカサつき、濁った目は窪んでしまっている。
あの誰よりも瑞々しく美しい死体だった彼とは全く違っていた。
「この前、肺の水を抜いたから呼吸が少し楽になったんだよ」
姉さんは御門先輩の近況を説明してくれた。
「こんにちは。春樹さん」
御門先輩は笑顔で俺に挨拶した。
5年前は能面のように無表情だった。
この穏やかな笑顔は今が幸せある何よりの証だろう。
(多臓器不全。おそらく御門先輩はお腹の子に対面は出来ない)
「愛菜。春樹さんに何か飲み物を買ってきてあげて」
「わかった。春樹はコーヒーでいい?」
「うん……」
「それじゃ、売店まで行ってくるね」
姉さんは早々に病室を立ち去ってしまった。
残された俺は椅子に腰掛ける。
「驚かれましたか?」
御門先輩は扉が閉まるのを確認すると、静かに話しかけてきた。
笑顔は消えて、いつもの表情に戻っていた。
「まぁね。この前より大分悪くなっているね」
オブラートに包んでも仕方がないので、はっきりと言った。
「内臓があまり機能していないようで、このような姿になってしまいました」
「臓器の機能が低下すると他の臓器にも影響が出る。負の連鎖でどんどん悪くなるんだ」
「主治医にもう長くないとはっきり言われました」
「だろうね。その内に脳にも影響が出だすと思うよ。意識障害や幻覚、幻聴……混濁、昏睡状態が増えていって……そのまま死を迎える」
残酷な様だけど少しでも現状を知ってもらいたくて、これから起こる事を伝えた。
「分かっています。ですから今日は春樹さんに来てもらったのです」
もっと取り乱してもいいのに、御門先輩は冷静そのものだった。
死を迎える事にあまり恐怖はないように見えた。
「それで? 俺に何か用なんだよね」
「はい。これからの事……愛菜の話です」
「姉さんの話? 一体、何?」
姉さんに席まで外させて、何を言うつもりなのだろう。
「僕はもうすぐ死にます。ですから、愛菜とお腹の子の事を……春樹さんにお願いしたいのです」
「姉さんもお腹の子も大切な家族だ。もちろん出来る限り協力するつもりだよ」
御門先輩の真意を図りかねて、あえて曖昧に答えた。
「そういう意味はなく……春樹さんが自立したその時は、愛菜を妻として迎えてやって頂きたいのです。女手一つで子供を育て上げるのは並大抵の事ではありません。春樹さんなら、安心して任せられる。ですから僕の願いを聞き入れてください。よろしくお願いします」
そう言って御門先輩は俺に向かって頭を下げた。
「顔を上げてよ、御門先輩」
「はい……」
御門先輩は顔を上げて、俺を見た。
俺はベッドに座った御門先輩にゆっくり近づく。
そして俺は御門先輩に手を伸ばしーーそのまま胸ぐらを掴んだ。
「アンタ……何もわかっちゃいないな」
沢山の点滴が、衝撃で大きく揺れている。
それでも構わず、俺は手に力を込めた。
「姉さんは御門先輩……アンタを選んだんだ。それは……死んだって覆る事はない。姉さんは絶対に再婚なんて望まないはずだ」
「ですが、これから苦労する事は目に見えている。愛菜には……誰かの支えが必要なのです」
(胸ぐらを掴んでも軽い。本当に軽すぎる)
思うようにならない身体。
大切な人を残し先立たなければならない無念。
足りない時間。
かつて畏れを抱くほどの強敵だった人は、今はこんなにも儚い。
「姉さんはすでに覚悟できている。あなたとの思い出と子供のために、生きるつもりでいるはずだ。だから、そんな事、頼むから言わないでくれ」
俺は乱暴に手を離した。
御門先輩は小さく咳き込んで、苦しそうに口を開いた。
「僕は……怖いのです。愛菜が不幸にならないか心配でたまらない。だけど……見届けてあげる事もできない」
この五年間で御門先輩は人間らしさを取り戻していったのだ。
能力者を意のままに操っていた高村の一番の被害者……それは彼なのかもしれない。
心を持たない人形のようだった彼を変えたのは、姉さんの献身的な愛だったのだろう。
「だったら……手紙でも書いてあげなよ。今の、その素直な気持ちを書き留めて渡せばいい」
「手紙……ですか」
「とても心配だって書けばいい。見届けてあげたかったって、そう書いてあげなよ。俺が再婚を持ち掛けるより、そっちの方が絶対に姉さんは喜ぶはずだ」
言葉を尽くして相手に伝えなければ、何も始まらない。
心を込めた言葉は何よりの励みになるはずだ。
それはこれからを生きていく姉さんの支えに、十分なり得る。
「そう……確かに、そうですね」
御門先輩は納得したように頷いた。
それは自分に言い聞かせている様にも見えた。
「それに死んでも魂は霊脈……マナに還るだけで、無くなりはしない。俺たち能力者なら皆知ってる事だろう?」
「そうですね。あるべき場所に還る……そう思えば、気も楽になります」
能力者になる前は少しも感じる事が出来なかった。
でも、今は見える。
病室の窓から望む景色からも、その大いなる流れが空と地にしっかりと根付いている。
俺たちはジオラマのような街並みを静かに見下ろしていた。
すると、御門先輩が思い出す様にポツリと漏らした。
「愛菜の中の鬼。春樹さんが名付けたマナは……最初からこうなる事が分かっていたのかもしれませんね」
「こうなる事?」
御門先輩の言いたい事が分からず、俺はおうむ返しに尋ねる。
「最初からループを前提として僕を喰らっていたのではないかと思うのです。ループも愛菜が力を得るまでの時間を稼ぐためにあえてしていたと……今になってそう思うようになりました」
「えっ……!? マナはわざとしていたのか?」
「恐らくは。春樹さんや愛菜の努力無しには当然成り立ちませんが……そもそも多層の愛菜達が自由に力を使えていたと言う事は……成功する未来が約束されいて、すでに鬼にはその先が見えていた……そう思えてならないのです」
(確かに……その通りだけど)
「全て彼女、マナの計画通りだった……」
「春樹さんを相棒に選んだのも、その心の強さを初めから分かっていた。彼女は自らが封じられる日をずっと待っていたのだとすれば……全ての辻褄が合うと思うのです」
(真相は分からない。もうマナは姉さんの中で眠り続けているのだから)
その時、病室のドアが開いて姉さんが入ってきた。
手には缶コーヒーやお菓子が抱えられていた。
「お待たせ。二人で何を話していたの?」
姉さんはループでの真相はほとんど何も知らない。
でもそれでいい。
知らない方が良い事もある。
「お腹の子、御門先輩より姉さんに似ている方が良いなって……そう話していたんだ」
「私は……大好きな冬馬先輩に似ている方が良いかな。えへへっ、ちょっと照れるね」
耳を赤くする程恥ずかしいなら、言わなければいいのにと思ってしまう。
「お腹の子が男の子と分かりました。だから、和馬という名前にしようと決めたんです。僕が決め、愛菜も良いと言ってくれました」
自分の名から一文字取ったのだろう。
そこからも強い未練が伺えた。
(和馬か。いい名前だな)
「春樹もお腹に触ってみて。時々、ピクンって動くんだよ」
温かく、張りのある触り心地だった。
血は繋がっていなくても、新しい家族がその中に居る。
そう思うと、不思議でとても優しい気持ちになっていくのだった。
・
・
・
夢から覚め、目を開ける。
どうやら、疲れて眠っていたようだ。
俺は時間を確認する。
深夜に目を覚ますと、マナが呼ぶ時間がどうか見る癖がついてしまっている。
その癖は15年経っても消える事は無かった。
(せっかく起きたんだ。シャワーでも浴びるか)
部屋の片隅に目を向けると、ミケが段ボールに横たわったままだった。
毛は濡れてはおらず、冷却剤も溶けた様子は無い。
ミケは冷たい骸になってしまった。
だから、俺が握りしめている時のように氷も早くは溶けてはいかない。
俺は脱衣所で服を脱ぎ捨てる。
そして熱いシャワーを頭から浴びた。
(この家には孤独な男と、猫の死体だけ……か)
虚しさや侘しさが一気に心を占めていく。
(御門先輩。俺は心底あなたが羨ましい)
今、俺が倒れて死んでも、すぐに見つけてくれる人はいない。
良くて次の日。
下手すれば、一週間後に見つけられる可能性だってある。
(一番大切な人に看取られて逝けたなんて……とても贅沢だろ)
御門先輩の最期は幸せだった。
マイナス思考が心を占める今は……それが妬ましくもあった。
(それに最後、余計な事を話してくれていったよな)
さっきの夢でも言っていたマナの事。
それのせいで、よく俺は思考のループに陥るようになった。
もしも自ら封じられる事を望んでいたのなら、俺はあんなに彼女を恨む必要が無かった事になる。
目的が俺もマナも一致しているからだ。
もし俺に恨まれる事を前提としていたなら。
辛辣な言葉も、横柄な態度もその意味合いが全く変わってくる。
(俺は彼女が好きだったんだ。だけど、同じくらい許せなくて……深くマナを傷つけた)
姉さんの身代わりと言ったあの時。
マナは一瞬、泣きそうな顔をした。
分かっていて、それでも酷い言葉で突き放した。
彼女は素直な所があった。
彼女は優しい所もあった。
彼女は寂しがり屋だった。
頭も良くて、とにかく強くて……気高い心を持っていた。
「会いたい……」
言葉が自然と、こぼれ落ちていく。
「マナ……俺は貴女に会いたい」
マナは生物として、能力も気位も全てが格上で……ずっと追いつきたくて背伸びをしていた。
少しでもマウントを取って、自分の優位を知らしめたかった。
「好きだった……」
俺は見栄っ張りだった。
好きだと言うのは、まるで負けを認めたみたいで。
気持ちを無理矢理に押し殺すしか、言い訳を見つけられなかった。
「本当に大好きだったんだ。会いたいよ」
掠れたような、泣くような声で喘ぐ彼女が可愛くて仕方なかった。
触れる度に反応する感度の良い身体も愛おしかった。
「マナ……抱きしめたい。今すぐに」
息苦しいほど彼女が欲しかった。
だけど姉さんを裏切る事もできず、どうして良いか分からなくなっていた。
一度でも交ってしまえば、永遠にループから抜けだせなくなる。
意地になって抜け出す方法について考え続けた。
「今でも愛してる。大好きなんだ。他の誰よりも……お願いだ……姿を見せてくれ」
今でも契約の印が俺の手のひらに残っている。
これのせいで、俺は諦めることができないでいる。
今も……ずっと待ち焦がれたままどこにも動けない。
涙が自然と溢れてくる。
今がシャワーの最中で良かった。
目の前がジワりと滲んで……まるで自分の影が濃くなっていくように思えた。
その影は立体的になり、人の、女性の形を成していった。
慌ててシャワーを止めた。
涙が起こした目の錯覚ではなく、確かに黒い影が存在している。
「マナ……なのか?」
彼女は頷く。
「本当に……俺に会いに来てくれたのか?」
また彼女は頷いた。
「そうか。姉さんが言っていた想いのカケラ……それが貴女なのか」
恐る恐る触れてみる。
それは人の温かみ……体温を持っていた。
「温かい。マナ、抱きしめるよ」
細い腰にゆっくりと手を回す。
そして彼女の顔を見下ろした。
あの頃より、背が伸びたせいでマナが少しだけ遠い。
黒い影の塊だから、どこに目鼻があるのかすら分からない。
顔にキスを何度も落として、その感触を確かめる。
目も鼻も唇も……見えないだけで、しっかりと存在していた。
「俺の愛しい人……もう絶対に離さない」
彼女を強く強く抱きしめる。
そして万感の想いを込めて、彼女の柔らかな唇を優しく塞いだ。
2022-03-23T12:39:47+09:00
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【ループ50回目③】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/217.html
[[【ループ50回目②】]]
【ループ50回目③】
舞台演劇を観に行ったことがある。
それも偶然に同じ劇団の去年と同じ演目だった。
なのにその舞台は俺の目に全く違う物として映った。
去年と違う様に感じるのは、演出家が変わったからだとその時の母さんは言った。
俳優の演技も大袈裟なくらいの方が良い。
それも観劇で感じた事だった。
小学生の時に学芸会で王子役を演じた事もあったけど、かなり酷い出来だった。
もう二度とやりたくない、そう思っていたはずなのに。
(わざわざ手足まで縛っているんだ。姉さんも御門先輩も……上手く乗ってくれよ)
「春樹さん、ですね」
俺はゆっくり顔を上げてうなずいた。
「はい。俺が春樹です」
「…………」
「それよりさっき姉さんの声がしました。姉さんもここに来ているんですね」
「僕たちはあなたを助けるためにやって来ました」
恐らく姉さんは、御門先輩が安全な所にかくまっているのだろう。
一応、怪しまれないよう尋ねておく。
「姉さんは、どこに?」
「愛菜は無事です」
「会わせてください」
「それは無理です」
「無理……どうして?」
「春樹さん。僕はあなたを疑っていますから」
(御門先輩なら、当然そう来るよな)
そんな考えとは反対に、あえて大袈裟に尋ねる。
「疑う? 何を」
「あなたが僕を殺そうとしているかもしれない、という疑いです」
「俺が御門先輩を?」
「はい」
(初回の状況を冷静に判断できれば、犯人なんて簡単に見つけられるはずだしな)
ただ、姉さんは俺を信じきっている。
だから一生掛かっても犯人を見つけられないままだろう。
「春樹さんは高村の血を引く者。神宝の力が覚醒していても少しもおかしくは無い」
「俺が御門先輩を……冗談でしょう」
「……最初にショッピングモールでお会いした時から因縁のようなものを感じていました。春樹さんも同じように感じたのでは無いですか?」
「そうだな……どれだけ頑張っても御門先輩を好きになれる自信はないよ」
「殺意を抱くほど、憎いですか?」
「自分でもよくわからない。でも姉さんを守るためなら俺はいつでも鬼にだって邪にだってなるよ」
そういうと、俺は怠慢な動きで椅子から立ち上がった。
と同時に床から赤い剣を出し、手足の拘束を解いてみせる。
「それは……十種の神宝の一つ、八握の剣……それで僕を殺めたのですね」
「正解です。おかしいな。姉さんの記憶は消したはずなんだけど」
「愛菜は気づいていません」
「だろうね。以前の俺は虫も殺せない様な奴だったから」
「力を得て変わってしまわれたのですね」
「今回もわざわざ手首まで縛って小芝居したのに。見抜かれてたなんて残念だよ」
「……やはり愛菜を軟禁していたのも、春樹さんですか」
「この力を得る交換条件でね。頼まれたんだ」
「一体、誰にですか」
「鬼だよ」
「鬼……」
巫女の中の鬼の仕業だと、御門先輩もようやく気付いたようだ。
「悪意の塊みたいなものさ」
「何を頼まれたのですか? 僕を殺せと……そう言われたのですか」
「ちょっと違うかな」
「大掛かりな結界まで張って、あなたは何がしたいんですか」
「じゃあ質問するけど、俺が姉さんを軟禁して、一体何をしていたと思います?」
本当は……マナは悪意の塊なんかじゃない。
でも説明も面倒だから、彼女も俺と一緒に悪者になってもらう事にする。
「まさか……食事に、ですか」
「さすがだな。姉さんは全然気づいてなかったのに。俺の作った食事を美味しそうに食べてくれていたな。家でも食いしん坊なんだ。とてもね」
「…………」
「姉さんと同化しているせいかな。鬼も食いしん坊なんだ。一日一度より三度の方が良いから協力してほしいって。俺の夢に現れてこの力を与えてくれたんだ」
「…………」
「さすがに言葉が出ないかな。勘もいいし、食材にするには惜しい人だな」
少しのヒントで食事に自分の肉を使われてたと、すぐに気付いた。
御門冬馬。
本当に敵にはしたくない相手だ。
「愛菜が軟禁中、正気を保てていたのが解せなかったが、そういう事だったのか」
冬馬先輩は怒りを押し殺したように呟く。
「少ない情報量でそれだけ推測できていれば上出来だよ。さすがかつて一国の王だった事はある」
「一国の王……どうして春樹さんがその事を?」
「壱与も姉さんも横から掻っ攫って奪っていった。あなたは昔から姑息でズルい人だったから」
「因縁の相手……というのはもしかして」
「大昔に貴方から全てを奪われた男と言えばすぐに分かるでしょう」
「春樹さんが守屋……」
「これは永遠に終わらない復讐なんだ。もし終わるとすれば、俺の気が完全に狂った時かな。いや……もう十分狂っているか。父も兄も、気に入らない奴は全部殺したんだから」
俺は面白くなさそうに顔を歪めて笑う。
ちゃんとヴィランを演じきれているのだろうか。
(さあ、ここからが本番だ)
戸惑う御門先輩に不意打ちとばかりに斬りかかる。
すぐに御門先輩も応戦の体勢に入る。
その軌跡が赤い閃光と青い閃光が激しくぶつかり合うようにも見えた。
お互いの剣の技量を計るかのように距離を取った斬り合いが続く。
俺は大剣の遠心力を使い、重い一撃を繰り出す。
鈍い金属の爆ぜる音が響く。
と、御門先輩は細身の青い剣で受けとめ、ジリジリと力で弾き返した。
彼は身体を相当鍛えている。
力と力の競り合いでは俺には分が悪い。
低くなった体勢のまま先輩が、チャンスとばかりに大きく前に出て懐に入ろうとする。
それを察した俺は、紙一重で後ろへ飛び退いた。
「俺が火で先輩は水。やっかいな相剋だな」
「厄介という割には余裕がありそうですが」
「御門先輩、やっぱり強いね」
「春樹さんの隙のない滑らかな動き。剣を扱い尽くした相当な手練れです」
「それはそうさ。大和で一番の戦士だったんだ」
「守屋の剣士としての能力をトレースできるようですね」
「まぁね。だけど身体は俺のままだから使いすぎると次の日は動けなくなるんだけど」
(動けなくなるのは本当だ。だから戦いたくないんだよな)
技量を確かめ合い、剣と剣を激しくぶつけあう接近戦になっていった。
お互い一歩もゆずれない戦いだ。
裕也さんに体術を教えてもらっていなかったら、さっきの低姿勢の一撃をモロに食らっていたかもしれない。
(姉さんは絶対にこの様子を見ている。御門先輩に勝たなければ……俺が二人を引き裂く障害になんてなれない)
ぐっと二人の距離が近づいて、そのままつばぜり合いになっていく。
「御門先輩、手強いな……今までで一番生きる事に執着してる。姉さんに何か言われたね」
「ここに来る前、誰よりも特別な人だから死ぬことは許さないと言われました」
「そうなんだ。今回の強さはそのせいだな」
「今回? どう言う意味ですか?」
「俺が先輩とこうやって一対一で戦うのは今回で9回目だからね」
「9回? そんなはずありません」
「御門先輩や姉さん達はここを夢だと思っているかもしれない。だけどここは夢でも現実でも無い」
「胡蝶の夢の最中……では無いのですか?」
本当はループしている事なんて話す気は無かった。
でも裕也さんが御門先輩は対話できるかもしれないなんて言うから、思わず、口走ってしまった。
感心な時に、余計な迷いが出てしまった。
(まずいな。これじゃ二人の障害になれないかもしれない)
「ここが胡蝶の夢? 違うさ。ここは時の狭間なんだ」
「時の狭間……」
「そう。失敗したんだ、姉さんは。というより、鬼の片棒を担いだって言った方がいいかもしれない。文化祭の前日から188日後までの間を何度も繰り返してる」
「繰り返している……ループしているという事ですか」
「食べたら無くなるからね。でもこの閉ざされた時間にいる限りーー御門先輩という食材は何度でも手に入るだろ?」
「それは……本当なのですか?」
「もちろん。殺し合いの最中に嘘を言うほど余裕は無いから」
俺はつばぜり合いを終わらせるために、力を込めて御門先輩を押し出す。
御門先輩は一歩後退して再び構えた。
「どうしてループしてると分かるのですか?」
「唯一、俺だけが記憶してるからだよ」
「なぜ春樹さんだけが? 僕も愛菜も誰も記憶していない。あの鏡だって気づいていなかった」
「観測者……とでも言えばいいかな。俺だけは姉さんに関するあらゆる記憶を保持できるんだ。可能性も時も超えてね」
「それが春樹さん自身の能力という訳ですね」
「違うよ。これは昔、姉さんが与えてくれたんだ。全く、皮肉なものさ」
「愛菜が……」
「だから鬼にとって俺は最適の協力者なんだ。姉さんが好みの料理も作れるしね」
「春樹さんはそれでいいのですか?」
「どういう意味かな」
「力を求めすぎるあまり、一番大切なものを失ってはいませんか?」
「どうだっただろう。もう以前の俺が何を大切にしていたかなんて忘れてしまったよ。軟禁して鬼に御門先輩を食べてもらい、結果、姉さんの心を守れている。過程なんてどうだっていいのさ」
そう。
最初は過程なんてどうでも良かった。
(失った物も沢山ある。でも得た物も沢山ある)
もしかしたら、得た物の方が失ったものよりずっと多いかも知れない。
とにかく沢山の本を読んで、あらゆる知識を貪欲に吸収した。
何度も繰り返し解剖し、血管の位置や神経、内臓の細かい部分まで知る事ができた。
今は中途半端な医者より上手く手術する自信だってある。
今までの想いを込めて、御門先輩に斬り込んでいく。
ひ弱な身体を補うために、裕也さんから格闘術を学び、その技を叩き込まれた。
周防さんからは夢を諦めない事を教えてもらった。
御門先輩は俺の連続技の応酬に苦戦している。
彼の身体に次々と傷が刻まれていく。
ループの最中、俺は孤独だと思っていた。
だけど本当は、いつも隣にマナが居た。
皮肉屋でプライドが高く、高圧的に命令してくる生粋の鬼。
間抜け、愚図、馬鹿だのと星の数ほど罵られてきた。
下僕同然だったけど、交わされる多くの会話の中でお互いを知っていった。
散々憎んでいたはずなのに、いつの間にか大切な人になっていた。
マナには沢山良い所も可愛い所もあると、今の俺なら知っている。
「冬馬先輩!」
(姉さんか)
扉を勢い良く開けて、姉さんが入ってきた。
俺を追い越して、先輩の所まで慌てて駆け寄っていく。
「愛…菜……」
立っているのがやっとの御門先輩は満身創痍だった。
しゃべる事もキツイのか、苦しそうに大きく肩で息をしていた。
「春樹、もうやめて!」
彼の身体を支えながらすぐそばにいた俺に叫んでいた。
その悲痛な叫びで、やっぱり姉さんは御門先輩じゃないと駄目なのだと悟る。
「そうか。姉さん、覚醒したんだ」
「うん」
首を縦に振った姉さんを見て、俺は戦闘の構えを解いた。
「じゃあ俺の負けだね。御門先輩の粘り勝ちだ」
俺は自分の持っていた赤い剣を地面に投げ捨てた。
ガシャッと重い金属音を響かせた剣を、能力を解いてこの場から消し去る。
(……やっと終わった。何もかも)
「冬馬先輩、戦いながら出血を抑えていたんだ。頑張ったね」
御門先輩の身体を労るように、姉さんは声をかけていた。
「気をしっかり持って。気絶してしまったら途端に大量失血してしまうから」
先輩を抱きしめるように寝かせると、姉さんは身体全体で精気を送っていく。
御門先輩の顔色は相変わらず、悪いままだ。
「うう……」
我慢強い御門先輩でも苦痛に顔を歪ませていた。
「姉さん、そんなことしたら寿命が縮まるよ」
精気を送り続ける姉さんに俺は声を掛けた。
「わかってる。でもやらなくちゃ」
「ここは外からの霊力が届かない。それ、わかってやってる?」
「知ってるよ。そんなこと」
「たとえ元の時間に還ったとしてもさ。先輩はどうせあと数年の命なんだ。姉さんがそこまでする意味ある?」
御門先輩は短命だ。
帝は魂を神に売り渡す代償として、草薙の剣の力を貰い受けたからだ。
その魂を持った者は、帝が生きた年数しか生きる事しか出来ない。
魂を売るという愚行だけど、大切な人と共にいたいという願いはどこか崇高にも感じてしまう。
「怪我をしていたら治す。当たり前じゃない」
「だよね。姉さんならそう言うと思っていたよ」
(やっぱり、姉さんは姉さんだ)
その場から動かず、黙って姉さんの様子を見守っていた。
「ねえ、春樹」
「なに、姉さん」
「ループの事、どうして私たちに話したの?」
「それは……終わらせたかったからかな。もう疲れてしまってたからさ」
「本当に?」
姉さんは抜けている時もあるけど、馬鹿ではない。
流石にある程度、気付いているようだ。
「本当だよ。最初は目新しさもあったけど、繰り返しって残酷なほど単調だからね」
「じゃあ、今、私を殺さないはなぜ? これは私の作り出した時間だから私が死んでも当然、終わるよ」
(姉さんを殺す? 冗談じゃない)
俺の気持ちなんて少しも知りもしない……姉さんらしい発言だ。
これが察しの悪い天然の恐ろしさだろう。
「覚醒した姉さんには敵わないからだよ。負け戦はしない主義なんだ」
「私は今、全霊で冬馬先輩の治療をしている。倒すなら絶好のチャンスだよ」
天と地がひっくり返っても俺が姉さんに手をかける事はない。
呆れながらも、姉さんの会話に付き合う。
「ループに慣れた今となっては人の命なんて勝手に生えてくる雑草みたいなものだけど、姉さんは殺せないよ」
「なぜ?」
「だって家族でしょ」
俺は心の中で自分から別れを告げる。
本当に大好きで全てを捧げられた。
それでも叶わない恋もあるのだと教えてもらった。
「……家族。でも、春樹。本当の父もお兄さんも春樹が……」
「殺したね。でも、あの人達は血が繋がっている、ただそれだけだよ。多少の利用価値はあったかな」
「そうなんだ……」
今回は殺していない。
でも今までは数えきれないほど、殺めてきたのも事実だ。
「姉さんは御門先輩が大切?」
「うん。とても」
「家族よりも?」
答えはもう知っている。
だけど意地悪く、あえて質問を投げかける。
「冬馬先輩が誰よりも大切だよ」
「それは帝の生まれ変わりだから?」
「違うよ。私が好きになったのは御門冬馬っていう不器用な人ただ一人だけだよ。
不器用だけど真っ直ぐで何があっても人のせいにしない。そんな人柄に惹かれたんだから」
「それだけはっきり言われると、弟としては結構複雑だな」
俺は椅子に腰を下ろしながら苦笑する。
(思ったよりもダメージが少ない。以前の俺だったら泣き喚いていたかもしれないな)
すると、姉さんに抱きかかえられていた御門先輩が微かに動いた。
「愛菜……」
少し血色が戻ってきた先輩が薄く目を開ける。
「冬馬先輩」
「もう大丈夫です。愛菜、ありがとうございます」
御門先輩は姉さんからのからの精気の受け取りを拒絶していた。
「もう少し受け取って。まだ全体足りないんだから」
「本当に大丈夫です」
先輩は姉さんから身体を離し、自分の力で何とか座っていた。
「それより、春樹さん」
先輩は椅子に腰かけている俺に顔を向けた。
とても含みのある呼び掛けを、あえて軽く受け流していく。
「傷に障る。御門先輩、しゃべら無い方がいいよ」
「構いません。それより、本当の目的をなぜ言ってくださらなかったのですか?」
「俺の目的? 俺は力を手にしたかった。姉さんを鬼に渡したくなかった。あんたが気に入らなかった。ただそれだけだよ」
「なぜこの期に及んで偽るのです?」
顔色は蒼白で意識を保つことがやっとのはず。
それでもその声ははっきりしていた。
「本人が言っているのに何を決め付けてるのさ」
「春樹さんは初めから正気だった。悪意に呑み込まれて自分を失ってもいない」
「…………」
「ただ一つ、愛菜を覚醒させる目的のためだけに動いていた。違いますか?」
(やはり気付いたか。御門先輩なら当然か)
御門先輩からの問いに俺は沈黙で返した。
「何度もループしているなら、僕たちのあらゆる行動も把握済みのはず。それなのに僕たちを試すようにここまで誘導した。おかしい、そう気づきました」
「…………」
「そして軟禁の事、この世界の仕組みをわざわざ丁寧に説明したり、怒りや絶望感を煽るような言動を繰り返していた。でもまだ、春樹さんの真意を計りかねていた」
「…………」
「極め付けは僕と春樹さんの剣の実力差。剣を交えれば、格上の相手くらいすぐわかる。それで春樹さんの目的を悟った」
珍しく御門先輩の敬語が消えていた。
「御門先輩。そこまで分かっているならどうしてボロボロになるまで付き合ってくれたんです?」
俺は冬馬先輩を見据えながら尋ねる。
そう。
どうして彼はそこまで気付いているのに、俺に付き合ったのか。
そこが一番解せない部分だ。
「愛菜のため……と言いたい所ですが、春樹さん。あなたのためです」
「俺のため?」
「春樹さんの瞳に宿した覚悟が本物だった。だから僕も本気であなたの計画に乗ったのです」
「姉さんを騙してでも?」
「騙していません。僕は常に本気だった。愛菜も同じなはずです」
(裕也さんの言う通り、この人は……)
剣を交えた者同士だから分かる事がある。
俺の渾身の一振りに込められた気持ちに、彼は気付いたのかも知れない。
「言っておくけど俺も御門先輩に手加減はしてないよ」
「分かっています。危うく死ぬところでした」
「だろうね。殺しても構わないと思っていたから」
「この僕は死んでも次の僕にというわけですね」
俺だって次は無い。
失敗すれば、兄さんに殺される運命だった。
「そんな事は無いさ。一対一の真剣勝負は俺も命懸けだから毎回なんてとてもじゃないけどやれない。安全な場所で確実に殺す方法をずっと選んできた。でも今回の御門先輩に希望を見た。だから久しぶりに賭けてみたんだ」
「今回の僕に希望……ですか」
「実は姉さんの力が覚醒する条件は前から整っていた。でも上手くいかなかったんだ。どうして覚醒に至らないのかずっと分からなかったんだ」
今までの事を想う。
長い長い道のりだった。
でも思い出に浸ってみても、不思議と嫌な気分にはならなかった。
そして俺は溜め息を小さく吐く。
「今回の御門先輩はどこか今までと違っていた。生きることに執着し、自分で考えて行動していた。カッコ悪いくらい諦めが悪かった」
「だから僕達をここまで導いたのですか?」
「変わりたいって気持ちが強さに変わる。諦めの悪さが夢を叶える原動力になる。今回の御門先輩にはそれがあった。だから御門先輩が勝ったんだ」
「勝ち負けなんて僕はどうでもいい。それより一番不可解だった事を教えて欲しい。春樹さんがすべてを捨ててまでなぜ愛菜を覚醒させなければならなかったのか。本当の理由は何ですか?」
御門先輩は動かない身体を前のめりにして尋ねる。
こんな先輩、初めて見るかもしれない。
「本当の理由……一言では説明できないな」
「愛菜に関するあらゆる記憶の保存、それが関係しているのですか?」
(そこまで分かってしまったのなら、言い逃れは出来ないな)
「さすがに隠し事はできないか。ただのラスボスでいさせてくれれば楽なんだけどね」
俺は観念したように呟くと言葉を続けた。
「結界によって力を断ち、姉さんは御門先輩の復活を願い鍛錬する。姉さんの巫女の力と鬼……悪意の塊の力を借りてループさせ、何度もそれを繰り返す。膨大な時間をかけて力を蓄積し、ようやく覚醒に至る事ができた。そこまではいいよね」
「それは理解しています」
「実は他の可能性の姉さん同士も俺の記憶のように、関連がないようでいてしっかりと繋がっているんだ」
「力が繋がっている……共有しているのですか?」
「共有ではないな。姉さんお得意の夢が媒介なんだ。特に壱与に関する記憶が夢に現れた時、力を発揮する」
「壱与の夢が媒介……」
「他の可能性の姉さんの時間はここと違って有限だ。だからこのループで手に入れた覚醒した強力な力を借りる。夢を見る事で自由に覚醒した能力を引き出せば可能性の幅も広がる。だから絶対に必要なんだ」
(黄泉醜女は姉さんを上手く騙せたのかな。本人同士の接触は絶対にやっちゃいけないけど)
恐らく大丈夫だったのだ。
現に姉さんがこの場にいるのが何よりの証拠だろう。
「必要なのは分かります。ですが……」
「どうして俺がここまでしたのか、だね」
やっぱり演技が下手ですべてバレてしまった。
勘のいい御門先輩を騙すほど、俺には演技の才能なんて有りはしないのだ。
仕方がないと腹を括って説明を始める。
「俺は昔……まだ守屋と呼ばれていた頃にこの能力を姉さんに与えられた」
「守屋の頃といえば僕が帝だった今から1500年ほど前ですか。その頃になぜ愛菜に会う事ができるのですか?」
「それは別の可能性の姉さんが過去に行く夢を見たから。1500年の時を夢を使って超越した。これはとんでもない能力が必要になる。その能力の出どころはどこか……探したよ。でも、ないんだ。どこにも」
「無い……タイムパラドックスですか」
「そう。その矛盾を正そうとするのが因果律。その法則に従って俺は姉さんにそっくりな別人に未来は取って変わられた。その世界には矛盾の発端である能力自体も存在していなかった」
以前、御門先輩とも話し合った事だ。
あの時はちゃんと説明したから当然分かってもらえた。
今回は騙そうとしていたのに、この真相に持ち込める御門先輩はさすがとしか言いようが無い。
「1500年前に俺に能力を与えた姉さんは世界から忽然と姿を消した。きっと姉さんは自分のすべてを使って事を成したんだ。でも因果律に逆らってしまったせいで姉さんの存在そのものが破綻してしまった」
能力者の居ない世界を創造した姉さんは、本当は消えた訳じゃない。
だけど黄泉醜女の話をする訳にはいかない。
だから、ここは嘘をつくしかない。
「だから覚醒した愛菜の存在が必要という事ですね」
「別の可能性の姉さんも時間に干渉するような強力を使えば因果律によって同じように消えてしまう。ひいては姉さんそのもの、全てが無かったことになる」
「矛盾にならないよう覚醒した強者の愛菜を作り出す必要があった。それが春樹さんの目的だったのですね」
「そう。矛盾の解消……それが俺の目的だったんだ」
どの軸の姉さんにも力が必要な時が必ずある。
あらゆる可能性の姉さん達が皆幸せであれば、俺のやってきた事にも意味があるというものだ。
「春樹……よく分からないけど、とにかくありがとう」
物理や哲学の苦手な姉さんには少し複雑すぎたかもしれない。
でも構わない。
理解されなくても、俺が好きでした事だ。
「いいさ。それよりも……ほら、結界が解けていくよ」
強固な結界が消えていき、姉さんの身体に霊気が満ちていく。
いよいよこのループが終わる瞬間が近づいてきた。
「一郎くん達、成功させたんだ。これで私達、ここから帰れるよ」
喜ぶ姉さんと安堵の表情を浮かべる御門先輩。
でも……俺だけは素直に喜べなかった。
(ループが終わる。終わってしまう)
「どうしたの? 春樹、元気無いけど」
「姉さん。とても大切な頼みがあるんだ」
俺は意を決して姉さんに話しかけた。
無茶なお願いなのは承知の上だ。
「私に頼み? 春樹が珍しいね」
「姉さんの中の鬼……彼女を封じないで欲しいんだ」
「春樹。それは無理だよ」
(やっぱり無理なのか)
分かっていた。
彼女……マナは姉さんそのものでもあるから、無理に決まっていると。
「鬼を封じないと私達は帰れない。それに彼女は私の一部だから引き剥がすのは……本当は無理なんだよね」
「本当は?」
何か含みのある言い方だった。
「小さな頃から彼女とは夢の中でだけの友達だった。ワガママでホントすぐに怒り出すんだよ」
「そうなんだ。彼女はとても気が強いんだ」
姉さんがマナの我儘に振り回されている光景が、容易に想像できてしまう。
「でも可哀想で素敵な所も沢山あるんだ。だから……ね」
姉さんは自分の胸に手を当てる。
するとその手は姉さんの体内にズブズブと沈み込んでいき、何かを手にして再び現れた。
「私の命の一部を鬼にあげる。彼女も春樹と一緒を望んでるから」
「そんなの……もらえない」
「本体は封じないと帰れないから、本当に意識のないカケラみたいな存在になっちゃうけど……彼女の気持ちだけでも受け取ってあげて」
姉さんは持っている勾玉を俺の胸に押し当てた。
するとそれはスポンジに吸われる水のように、あっという間に跡形もなく消えてしまった。
俺は自分の胸に手を当てる。
だけど何の変化も感じなかった。
「愛菜。鏡の兄弟と香織さんです」
窓から一郎くん達が階段を駆け上がって来るのが見えた。
「みんなで……私達のいた元の世界に戻ろう」
大いなる力を手にした姉さんの身体が、まばゆい輝きに包まれていくのだった。
[[【15年後】]]
2022-03-23T12:36:34+09:00
1648006594
-
【ループ50回目②】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/216.html
[[【ループ50回目①】]]
【ループ50回目②】
俺は直ぐに兄さんを説得し始めた。
全ての責任は俺一人で取るから、このまま街に戻って欲しい。
ここに集った能力者も一緒に連れて帰って欲しい。
もし失敗して巫女を取り逃がす事があれば……俺の八握剣を渡しても構わないと言った。
巫女が行う能力継承の儀。
それ以外での能力の継承はすべて相手の死をもって完遂する。
(覚醒へのカードは揃っているはず。後は……運を天に任せるだけだな)
兄さんにとって俺は邪魔な存在だ。
俺が死ねば、もう高村での地位を脅かす者は誰も居なくなる。
砂上の城になった高村家。
いつ崩れ去るかも分からない物にしか縋れない兄さんは哀れだが、同情はしない。
秋人兄さんは険しい表情だったが、首を縦に振って了承した。
そして多くの能力者を連れ立って山を降りていった。
残ったのは巫女を信奉する一部の狂信者達だった。
彼らはすべて施設外の配置にした。
狂った彼らが俺の計画の邪魔になるといけないからだ。
俺は出発前の裕也さんに声を掛ける。
ちょうど、車に乗り込もうとしていた所だった。
「もうそろそろ出掛けるんだね」
「ああ、坊っちゃん。正直、面倒くさいですが立場上やらなくちゃ」
裕也さんの配置先は道中での敵勢の排除。
主流派のさきがけをお願いしていた。
「あのさ、お願いがあるんだよね」
「坊っちゃんが俺に? 一体何でしょう」
「なるべく全員を無傷のまま通してやって欲しいんだ」
「ええっ? どうしてですか?」
兄さんから聞いていた命令と違う事に面食らっているようだった。
(ループして全てが真っ新になってる。また一から話すか)
今の裕也さんは俺の事をほとんど知らない。
信じてくれるか正直分からない。
それでも、俺は今までの経緯を手短に話した。
「へぇ。ずいぶんと大変な事にってたんですね」
「まぁね」
「それで……このループは最初から数えて何回目なんですかい?」
「50回目……」
「25年か。こりゃすごいな」
「いや、繰り返ししているから時間は進んでいないんだよ」
「それくらい俺にだって分かりますって。その話なら、記憶の残っている坊っちゃんだけは40歳って事ですね! 大人だなぁ」
「茶化さないでよ。もう……」
会って間もないのに、俺の言う事をちゃんと信用してくれる。
繰り返される会話には慣れているけど、今は惰性とは違う素直な気持ちで向き合う事ができる。
さっぱりした性格の彼との交流が、いつも清涼剤のようになっていた。
「俺は今までの沢山、裕也さんに助けてもらったんだ」
「そうなんですかい? 覚えてないな」
「俺だけ持っている能力のお陰で覚えていられるんだ。姉さんに取り憑いている鬼と俺しか認識出来ないんだよ」
「便利なのか不便なのか分からない能力ですね。だけど……アンタが俺に向ける親しみに嘘偽りは無い。分かりました、無傷のまま道を通す事にしますよ」
(この人が味方じゃなかったら、俺は詰んでたな)
メンタル面でもかなり頼りにしていた。
彼が居なければ、俺はもっとずっと前に壊れていたと思う。
「何も攻撃しないっていうのも不自然だから、適度に脅しておいて」
「それはなかなか難しいな」
「あと……御門冬馬は本当に強いから、戦わない方が良いよ」
御門冬馬。
彼は一筋縄ではいかない。
適応する力が恐ろしく高いから、同じ状況でも違う言葉を平気で返してくる。
だから次の行動も読みにくいのだ。
精神力が高ければ、能力も影響を受けて能力値も高くなり易い。
一国の王の器を持った魂は長い時を経ても健在なのだろう。
「知ってますって。あいつは化け物ですし」
「御門冬馬は俺が相手をする。放っておいてくれていいからね」
「坊っちゃんが? 大丈夫かなぁ」
(姉さんと御門先輩の絆を強固なものにするには……俺が立ちはだかる壁になるしかない)
「50回も繰り返しているんだ。相手の手の内は全部分かってるよ」
これは嘘だ。
今までも、なるべく自分で手を下さないようにしてきた。
霊気の届かないこの施設内で能力の強さはあまり意味を成さない。
それでも御門冬馬を怖いと……畏怖の対象として今も見てしまう。
「あんまり無理しないでくださいよ。俺は直ぐに駆けつける場所に居ないんですから」
「分かったよ」
「じゃ、そろそろ時間なんで行きます」
「時間取らせて悪かったね。気をつけて」
裕也さんを見送るために車から離れる。
車に乗り込んだ裕也さんがエンジンを掛けた。
「そうだ、坊っちゃん!」
窓を開けて、裕也さんが思い出したように俺を呼び止める。
再び車に近づいて、裕也さんを見た。
「どうしたの? 忘れ物でもあった?」
「忘れ物っちゃ忘れ物だ。俺が思うに……御門冬馬は化け物だが、悪人でもなかった。話せば分かる側の奴って感じたんで、報告までに」
「話せば分かるか……」
「会話した事もほとんど無くて、俺のただのカンですけどね」
それだけ言うと、裕也さんは車で去っていった。
(御門冬馬と話す……か)
ずっと想っていた姉さんを横から掻っ攫っていった男だ。
壱与の時だけじゃなく、性懲りもなく同じ事を繰り返してきた。
でも俺が姉さんに告白する勇気があれば違っていたかも知れないし、今の状況もただの横恋慕だと言われれば言い返す事は出来ない。
ループする度、昔の俺は他人のせいにする術に長けていたと思う事があった。
俺のそんな偏った見方を変えてくれたのが鬼であるマナの存在だった。
(どうすればいいんだろう。話し合うと言ってもな……)
迷いが生まれる。
最後の望みをかけた戦いは刻一刻と迫ってきていた。
[[【ループ50回目③】]]
2022-03-23T12:33:42+09:00
1648006422
-
【ループ50回目①】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/215.html
[[【ループ49回目②】]]
【ループ50回目①】
確認すると、時刻は4時ちょうどだった。
(マナは約束……ちゃんと守ってくれたんだな)
罪悪感で胸が少しヒリついた。
俺の家には電源タップを模した盗聴器が、各部屋に何台もある。
それは主流派が密かに仕掛けていったものだ。
その傍受した電波を遠方の研究施設まで転送してもらっている。
装着したベッドホンから、男女の声が聞こえてきた。
「冬馬先輩。もう一度、私の治癒を受けてくれないかな」
「しかし先ほど受けたばかりです」
「次こそちゃんとできる気がするんだ」
「……わかりました」
御門先輩の言葉の後、微かに衣擦れの音がした。
「冬馬先輩、傷の割に血があんまり出てないのも能力を使ってるから?」
「そうです」
「そっか。血も液体だもんね」
「適度に止血しないと服が汚れてしまいます」
「本当にすごい能力だよね」
「じゃあ、もう一度試してみるね」
今は姉さんの治癒を試しているのだろう。
しばらくすると、御門先輩にしては珍しい感嘆の声が聞こえ始める。
「愛菜……痛みが……無くなっていきます。これだけの治癒をたった1日で……美波でもここまでできるかどうかわかりません」
「1日じゃないよ。150日以上かかっちゃった」
「しかし勾玉から今日教わったばかりだと、さきほど愛菜は言いました」
「今日教えてもらったばかりだよ。でもね、私、少し未来から来たんだ」
「未来? どういう事でしょうか」
「正確には今のこの状況は未来の私の見ている夢なんだよ」
「愛菜の夢……まさか胡蝶の夢ですか」
「これが能力で起こった夢なのか私にもまだ分からないよ」
「そうですか」
「でもこのままじゃ冬馬先輩が死んでしまう。私はずっと敵に軟禁されていたんだ」
「今日の作戦は失敗するという事ですね」
「そうだよ。ただの夢なら醒めたら終わり。だけどもし能力が起こしている夢なら、必ず現実に影響が出てくるはずだよ」
「わかりました。出来る限り愛菜に協力します」
ループする度に交わされる、いつも通りの会話だった。
俺はそのままベッドホンを外すそうと両手を掛ける。
すると不意に、御門先輩の声が聞こえてきた。
「どうしたのですか、愛菜」
「あっ。ぼっーとしてた、ごめんね」
「どうかされたのですか?」
「あのね、亡くなる前の……最期の先輩を思い出しちゃって」
(この会話……初めて聞くぞ)
俺は身を乗り出すように二人の会話に集中する。
「僕は……死ぬ時に何か言っていましたか」
「罰だからいいって、そう言ってたよ」
「そうですか」
「罰って……子供の時の暴走の件、亡くなった修二くん達の事に対してなのかな」
「そうかもしれません。ですが明日の状況がわからないので正直なんとも言えません」
「だよね、あの時の先輩にしか分からないに決まってるよね」
「僕は誰の手で殺められたのでしょうか」
「殺した犯人は俺だよ」
問いかけてくる御門先輩に向かって呟く。
当然、何十キロも離れた所で会話している二人には聞こえるはずもない。
ここまでマナ……鬼の気配が一切ない。
起点を一時間早くする事に力を使ってしまって、今は深く眠ってしまっているのかもしれない。
「わからない。残ってる記憶自体、曖昧で抜け落ちてる所もあるんだ」
「とりあえず愛菜は生きている。本当によかったです」
「辛かったけど、なんとかね」
「作戦が失敗だったとはいえ、現実の僕は剣として本懐を遂げることが出来たのかもしれません」
「本懐って……」
「巫女ために力を振るう事です」
「私はそんな事望んでなかった……よ」
「愛菜……」
「せめて夢の中だけでも会いたいって何度も願った。本当に辛かった……んだよ」
「すみません」
「どうして先輩が謝るの?」
「……すみません」
「先輩が謝る必要なんて無い。危険な事ばかりさせる私の方が謝らなくちゃいけないくらいだよ」
「愛菜は悪くないです」
「夢の中とはいえ、もう一度先輩は同じ目にあってしまうかもしれない。我侭なのは私のほうだよ」
「それでも……ごめんなさい」
「やめて、謝らないで」
「愛菜は怒っています」
「私が怒ってる?」
「それも僕のせいで怒っている。だから謝ります」
「怒ってないよ」
「もしこの夢が胡蝶の夢なら、尊い巫女の願いを取るに足らない僕のために使ってしまったことになります」
しばらく二人の会話が途切れた。
そして姉さんの泣きそうな震えた声が耳に届き始めた。
「怒ってない。ただ悲しかったんだよ」
「悲しい……ですか」
「死に際の冬馬先輩もごめんって今みたいに謝ってた」
「そうですか」
「一人で納得して居なくないって……残された私や周防さん達の想いはどうなるの?」
「……」
「冬馬先輩は自分を大切にしなさ過ぎる。この傷だって本当は痛いのに何も言わないよね」
「…………」
「前にも言ったけどもっと表に出しても良いんだからね」
「…………」
「一郎君だって色々あったけど協力してくれた。沢山話し合って歩み寄れば別に罪を償う方法だってあるかもしれない」
「…………」
「意見を言葉に出して、お互い分かり合わなければ何も始まらないよ」
「………」
「先輩は能力は強いかもしれない。けど、まだ決定的に足りないところがあると思う」
長い沈黙が続いていた。
そして姉さんの吐息と共に真剣な言葉が紡がれていく。
「未だに自分をただの道具だと思っているなら、私は冬馬先輩を心から信じる事はできない」
「………」
「この夢は神様が与えてくれた最後のチャンスであり、試練かもしれない」
「試練……」
「乗り越えなければ、この夢も現実の二の舞になってしまう気がする」
「…………」
「もし無理だと感じたらとりあえず逃げて。死ぬような無茶だけはしないで。これは巫女としての命令です」
「はい……」
「それでね。全部、無事に終わって夢から覚めたら一緒に文化祭回ろう。これは個人的なお願いだよ」
「……わかりました」
「絶対、約束だからね。だから指きりしよう」
しばしの沈黙。
姉さんが小指を差し出しているのだろう。
「はやくやろうよ」
「あの、指きりとは何でしょう」
「そっか。したこと無いんだ」
「はい」
「指きりって言うのは小指を絡めあって約束を守ってもらう子供のおまじないみたいなものだよ」
「よくわかりません」
「やってみる方が早いかな。先輩、こっち向いて手を出して」
きっと御門先輩を振り向かせているのだろう。
その後、決して上手とは言い難い姉さんの歌声が聞こえてきた。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本の〜ます。指切った」
「針千本飲む、ですか」
「そうだよ。げんまんってのはゲンコツ一万回だからね」
「げんこつに針とは物騒です」
「前に聞いた話だと、あなただけ特別って意味もあるんだって。そう思うと少し恐くなくなるかも」
「そうですね」
「私にとって冬馬先輩は誰よりも特別な存在。それだけは何があっても忘れないでね」
「わかりました。愛菜、あなたも僕にとって特別です」
「冬馬先輩の特別は……どういう意味の特別なのか聞いてもいい?」
かなり長い沈黙だった。
そして弱々しく頼りない御門先輩の声が聞こえて来る。
「触れたい人……でしょうか」
「その言葉、この前も言ってたね」
「実を言うと、僕は他人との接触がとても苦手なのです」
「そうなの?」
「以前に比べると恐怖こそ減りましたが、やはり触れるとなると強い抵抗を覚えます」
また沈黙。
聞く限り、御門先輩はかなりの話し下手のようだ。
自分の想いを伝える時、途端にたどたどしくなっている。
「僕の意見が愛菜の思う特別と食い違っているかもしれませんが。僕が触れて心地よいのは愛菜だけです」
今度は姉さんの沈黙。
姉さんの嬉しいような困ったような顔が思い浮かんだ。
「その反面、触れると、持て余すのような不思議な感覚に襲われる事もあります」
「不思議な感覚って?」
「急かされるような浮ついた衝動のようなものです」
「浮ついた……?」
「はい。苦しいような気もしますが掴みどころもありません」
「苦しい…何だろう……」
「あと、景色が綺麗に感じる事もありました。灰色の雨まで鮮やかに思えたのは愛菜と一緒だったからです」
「文化祭の準備の時だよね。私もすごく楽しかったよ」
「短い間ですが、振り返ると愛菜と過ごすうちに僕の内面は大きく変わったように思います」
「自分の意見も言えるようになったよね」
「はい。以前の僕だったら、この会話も不毛なものに感じていたかもしれません」
「どういう事?」
「常に合理的で簡潔であれば良かったからです」
「そういえばそうだったね」
「しかし胸のどこかに割り切れない、小さな揺らぎもあったように思います」
「揺らぎ?」
「はい。揺らぎは的確な判断を鈍らすだけなので、切り捨てるべきだと思い込んでいました」
「その揺らぎ、もう正体は分かった?」
「僕の中の感情です。ごく小さな揺らぎが大きくなるまで気付けませんでした」
「よかったね。見つけられて」
「ずっと不要だと切り捨ててきたものは、自分の意思で行動する責任だったのかもしれません」
さっきまでの迷いのある声色は消えている。
穏やかでそれでいて……はっきりとした声が聞こえて来る。
「僕の胸を占める温かな揺らぎを名づけるなら……これが愛情なのでしょう」
「うん……」
「愛菜は守るべき巫女であり亡き恩人の大切な娘さんでもある、とても特別な人です。でも何より僕は……」
少しの沈黙。
そして意を決したような吐息の後に、御門先輩がゆっくりと話し出した。
「僕は一人の男として愛菜を恋い慕っています」
「ありがとう、冬馬先輩」
「指きりした約束は必ず守ります。愛菜の願いを叶える事が、僕の願いです」
俺はベッドホンを机に置いた。
(絆……黄泉醜女が言っていた事はこれだったのか)
姉さんが最も伝えたかった事。
二人が紡いだ絆。
気持ちをぶつけ合うための、きっかけ。
やはり想い合う御門先輩と姉さんに一番必要なのは、時間だった。
(裕也さんのお陰だな)
助言をくれた友に心の中で感謝すると、俺はゆっくりと立ち上がった。
[[【ループ50回目②】]]
2022-03-23T12:31:24+09:00
1648006284
-
【ループ49回目②】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/214.html
[[【ループ49回目①】]]
【ループ49回目②】
「遅い」
開口一番、叱られてしまった。
これも毎回、恒例の事だ。
「俺にだって都合があるんだ。すぐに来れないこともあるさ」
「お前の言い訳など、どうでもいい」
「じゃあ、反省するためにこのまま帰るよ」
俺は引き返そうと、踵を返す。
その様子に、鬼は慌てて言う。
「ま、待て。頼んでいた例の物は持ってきたんだろうな」
「姉さんに出した夕飯の残りに入れただけどね。はい、どうぞ」
俺は彼女専用のスープジャーを手渡す。
「わたしの好物、ちゃんと入っているのだろうな」
「もちろん。言いつけ通り、煮込みすぎないようにしたよ」
鬼は機嫌を良くしながら、スープジャーの蓋を開ける。
そして一口啜って、舌舐めずりをした。
(美味しそうに食べるよな)
鬼はスプーンで掬って、御門先輩の目玉をツルンと口の中に入れた。
数回の咀嚼の後、ゴクンと飲み込む。
一回目の俺だったら、この様子を見ていられなかったかもしれない。
でも今は、全く抵抗を感じない。
「美味しい?」
「ああ。目玉を噛んだ時のプチッとした食感が好きなんだ」
鬼はスープジャーの中身をきれいに完食してしまった。
袋に荷物を片付けながら、日常会話のようにあえて気負わず話を切り出す。
「あのさ。ループの起点……それを早める事は可能なのかな」
「ループの起点?」
鬼は首を傾げて尋ねてくる。
「……もしできるんだったら、次回は始まりを少しでいいから早めて欲しいんだ」
起点はいつも夕方の5時からスタートしている。
とは言っても天候があまり良くないから、かなり薄暗いスタートだけど。
(裕也さんが言うように姉さんと御門先輩……二人に必要なのは時間かもしれないから)
「どうした? 何か問題でもあったか?」
「恥ずかしい話なんだけど、あの日は御門先輩との決戦前で緊張してて……起点の時にいつもお腹が痛いんだ。もう少し早めてもらえたら、薬も飲めるしマシかなって思ってさ」
とても緊張していたのは本当だ。
気を紛らすために単行本を読んでいたけど、あの時は全く頭に入ってこなかった。
さすがに腹痛は嘘だけど、起点に戻るといつも喉がカラカラに乾いている。
「そうなのか。ふむ……」
鬼はしばらく考えていた。
そして顔を上げる。
「良いだろう。だが、一時間前が精一杯だ。それ以上の調整は無理だな」
(一時間前……午後4時になるって事か)
「ありがとう、助かるよ」
「お前の願いを汲んでやるのだ。当然、私の願いも聞いてもらわねばならんな」
「貴女の願い……?」
「ああ」
(一体、何だろう)
「何か欲しいものでもあるのか?」
「そうだ。わたしの名……それをお前に決めて欲しい」
「名って……名前だよね」
「今まで名など必要ないと思っていた。以前のわたし達にはそれぞれ名があったからな。だが、それぞれの名を知る者はもう誰も存命していない。それは無いのと同義ではないかと……そう思い始めたのだ」
呼んでくれない名前ほど悲しいものは無い。
鬼の言う事はもっともだ。
「俺なんかで良いの?」
「他に頼める者も、呼んでくれる者も居ないからな」
(名前か)
俺は過去に一回だけ名前をつけた事がある。
それは捨て猫だったミケだ。
三毛猫だったから、ミケ。
こんな単純な名前では怒られてしまいそうだ。
どうせなら女性らしい美しい響きの名前が良い。
ふと、一つのフレーズが思い浮かぶ。
「マナ。マナはどうだろう……」
マナは能力者が使う霊気、霊脈の事だ。
古代ギリシャではエーテルとも呼ばれていた。
世界中に張り巡らされていてその一部を借りながら、能力者は自然現象に置き換えて力を発揮する。
マナが集まって精霊になり、大いなる力を持てば神と呼ばれるようになる。
すべての魂が還る場所、それがマナだ。
「マナ……か」
「いいだろう?」
「響きは悪くない」
鬼もそれなりに気に入ってくれているようだ。
「本来は神聖な目に見えないものを指す言葉だけど、海外のとある場所……南太平洋の島々では霊気を含めた自然そのものをマナと呼んで崇拝しているんだ」
「そうなのか?」
「モアイ像って有名な世界遺産もマナ崇拝と言われているんだよ」
「全く知らんな」
「そっか。とにかく俺達能力者に絶対に必要な物……それがマナなんだ」
気に入ってくれているかどうか確かめるため、鬼をのぞき見る。
表情からはどちらとも読み取れなかった。
「もしかして、気に入らなかった?」
「いいや。悪くない」
「そっか。良かった」
「だが……その名。漢字にすると愛菜にもなるな」
(やっぱり、気付いたか)
「そうだね。確かに、姉さんの名前と一緒だ」
「それは偶然か?」
「いいや、わざとだよ。その体は姉さんのもので……俺は姉さんが一番だから」
「わたしは身代わり、そういう事か?」
「その通り。だって姉さんには会わせてもらえないんだろ?」
「生粋の鬼のわたしが……ただの器の身代わり……そうか」
鬼は独り言のように小さく呟く。
「身体も一緒で名前も一緒。そうすれば、より姉さんに近づくよね」
自分でもなかなか下衆な考えをしていると思う。
でも構わない。
彼女を許すつもりはないから。
すると突然、鬼は身振りをつけながら大袈裟に笑い始める。
「あははははははっ、面白い。では、これからはわたしをマナと呼べ」
「わかったよ、マナ……」
俺はマナの頭を撫でる。
艶やかで柔らかな髪の感触が心地いい。
マナも気持ちよさそうに目を細めた。
最初から、歪んだ関係だ。
昔の俺だったら身代わりの名を思い付いたとしても、決して言わなかっただろう。
それは昔の俺は『正しさ』を何よりも大切にしていたから。
でもこのループの世界に正しさは必要ない。
陳腐で胡散臭くなるだけだ。
正しさは多くの人々が暮らす社会の規範としては成り立つけれど、ここは隔絶された空間。
マナが作り出した世界にそんなものは不要だ。
(俺は必ず帰るんだ。正しさの通用する場所に)
そのためにマナは切り捨てなければいけない。
野生動物のように決して思う様にならない、悠久の淋しさを抱えた人。
しかし、彼女こそが元凶なのだ。
ただ憎んでいた頃の方が、よほど楽だった。
離れ難いと思うほど、俺の中でマナの存在が大きくなっていく。
(もう少しなんだ。俺が完全に堕ちてしまう前にケリをつける)
両手でマナの顔を包み込み、そのまま口を塞いだ。
彼女の中を俺だけで満たしたい。
純粋な気持ちと穢れた欲を込めて、唇と舌を使って執拗に愛撫し続けたのだった。
[[【ループ50回目①】]]
2022-03-23T12:28:28+09:00
1648006108
-
【ループ49回目①】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/213.html
[[【ループ48回目③】]]
【ループ49回目①】
『黄泉醜女。まだ繋がっているなら返事をしてくれ』
夢の中で俺は必死で呼びかける。
『次のループが完全に始まれば、また鬼との契約に戻ってしまう。その前に一つだけおしえてほしい事があるんだ!』
姉さんの覚醒は不十分だった。
鬼を完全に抑え込めなかった理由がどうしても知りたい。
(俺の決死の作戦でも駄目だった。何がいけなかったって言うんだ)
『るき……足り……ない……』
微かに姉さんの声が聞こえる。
だけど契約が切れかかっていてよく聞こえない。
「聞こえない。何が足りないんだよ?」
『……絆……』
「絆? 一体、何の事だよ……」
それきり黄泉醜女との交信は途絶えてしまった。
(くそっ……!)
俺は何も無い地面に思い切り拳を叩きつけた。
でも、痛みも……触れた感覚すら何も感じなかった。
こんなただの夢ですら、思うようにならない。
目を覚ますと単行本を握ったまま、自室でうつ伏せになっている自分がいたのだった。
・
・
・
黄泉醜女が言っていた『絆』の意味もわからないまま、四ヶ月が過ぎた。
今は別の事を考えていたくて、受験対策用の英語の勉強をしていた。
「….…ん?」
「どうしました。坊っちゃん」
「いや……長文を訳していたんだけど、この一文が浮いてしまったんだ」
裕也さんはよく俺の部屋に入って来ては、長時間居座ることがある。
最初は嫌だったけど、ノックをしないで勝手に入ってくる事と一緒でいちいち注意しても無駄だと分かってから気にならなくなった。
今は俺のために用意してくれたナイフの手入れをしてくれていた。
「ここのask for the moonって前後の文と繋がって無いんだ。月を求めるって……何かの慣用句なのかな」
「ああ、そりゃ無理難題をふっかけるって意味ですよ」
「えっ?」
「あっ……」
裕也さんはしまった、という顔をして他所を向いた。
前から怪しいとは思っていた。
ほかの教科の勉強をしていてもまるで興味なさそうなのに、英語になるとたまに覗き込む仕草をしていた。
「英語、できるんだ」
「まぁ、少し」
「もしかして。それ、周防さんと関係あるの?」
「あー、あるっちゃあるかもな」
裕也さんは曖昧な言葉でその場を取り繕おうとしている。
はぐらかされてしまっては、真意を聞くことなんてできない。
ゆっくりと真剣に、俺は話を始めた。
「以前、周防さんに会った時に裕也さんの事を聞いていたんだ。その時、親しい間柄に感じた。でも裕也さんは周防さんを避けているよね」
「………」
「やっぱり。理由があるんだ」
「周防は……アメリカに居る時に誓ってくれたんだ。高村で天下取って腐った組織を変えてくれるって。だから俺はアイツの力になりたくて格闘術を死ぬ気で身につけた。なのに何も変わりはしなかった」
「それで裕也さんは兄さん側に?」
「別に俺は誰かに属しているつもりはない。今はもう、ただ暴れる場所があればそれでいい」
「もし嫌じゃなかったら教えてよ。英語ができる訳も含めてさ」
裕也さんは仕方なさそうに頭を掻くと、ポツポツと自分の過去について語ってくれた。
中学の頃はとにかくヤンチャでケンカに明け暮れていた事。周防さんの留学に一緒について行くことになって本場の近接格闘術を身につけた事。彼女が居たけど別れて帰国の途についた事、色々教えてくれた。
「別れたその娘、可愛かったの?」
「まぁ、それなりには」
「でも……お互いまだ想い合っていたのに辛くなかった?」
「そりゃ、な。でも若かったし、彼女の人生を丸ごと請負うほどの勇気もなかったんですよ」
(未練か。黄泉醜女が言っていた絆は……やっぱり姉さんにとって一番大事な御門先輩かもな)
「ねぇ、裕也さん」
「なんでしょう?」
「好き同士の二人が離れ離れになる時、一番欲しかったものは何だった?」
「欲しいもの……ですかい?」
「うん」
裕也さんはしばらく考えていた。
そしてフッと口を開く。
「強いて言えば、時間……ですかね」
「時間?」
「特に帰国が決まってから、全然時間が足りないって思ってました。一緒に居るときは一瞬で時間が過ぎるのに、会えない時は本当に長く感じた気がします」
「そういうものなんだ……」
(自分にとって時間だけは持て余すほどあるから、盲点だったな)
「俺のことは白状したんだ。次は坊っちゃんの番ですぜ」
「えっ? 俺?」
「そうです。まるで未来からやってきたみたいに先の事を分かって行動してる。あとヒョロっこくて格闘技の経験も無いのにやたら強い。解せない事だらけだ」
(初めてだな。今までは俺の事を尋ねてくるなんて無かったのに)
きっかけだ。
対話のきっかけがあればより相手を知り得る事ができる。
裕也さんは俺の事を掴み所のない不思議な人だと思っていたようだ。
だけど何かきっかけが無ければ、尋ねる機会を失ったまま時は過ぎていく。
姉さんにも、御門先輩に伝え切れなかった未練があるのかもしれない。
(裕也さんに本当の事を言って信じてくれるのかな……)
心の読める周防さん以外、俺の秘密を今まで詳しく知る者は居なかった。
鬼と会う時は必ずビデオも切っていたし、誰にも知られないようにしてきた。
今この世界がループを繰り返しているなんて、使い古されたSFそのものだ。
笑われる事を覚悟して、俺は本当の事を話し出す。
「じゃあ、今回は最初のループから何回経ったんですかい?」
「49回目……」
「約25年か。すごいな」
「いや、繰り返ししているから時間は進んでいないんだよ」
「それくらい俺にだって分かりますって。その話なら、記憶の残っている坊っちゃんだけは40歳って事ですね! 大人だなぁ」
「茶化さないでよ。もう……」
こうなりそうな予感はしていた。
夢物語のような話を疑う事なく信じてくれているのは、裕也さんの真っ直ぐな性格のおかげなのだろう。
「ループ中に裕也さんが俺に格闘術を教えてくれたんだ。それと俺には1500年前の剣士だった前世の記憶もあって……元々、剣の扱いに慣れているんだよ」
「なるほど。古武術以前の剣の型だから……見たこともない技や構えをする時があるんですね」
(そんな事まで気付いていたのか。さすがだな)
「これでようやく分かりました。会った時は頭でっかちのくせに自信の無さそうな、臆病スカし坊主だったのに、ある日を境に急に人が変わったみたいなった。それがループの起点だったんだな」
(『臆病スカし坊主』……以前の俺にすごい愛称を付けてくれるな)
「俺……そんなに変わったのかな」
「そうですね。ただ……坊っちゃん、結構な人数を殺ってきてると俺は見てる。違いますか?」
(どうして分かるんだろう)
「そうだね。邪魔者は排除するのが手っ取り早いから」
「それは良くない。もう人を殺めるのはよした方がいい」
「どうして? ループすれば彼らはまた生き返るよ。雨後の筍のように」
「俺を指導してくれた退役軍人の男と同じ目をしているからだ。アンタ、あの男のように自滅の道を進むつもりか? 医者になるなら尚更、駄目だろ」
(机には医大の赤本……さすがにバレるよな)
裕也さんの声色は静かで、とても真剣だった。
いつもの『坊っちゃん』から『アンタ』に変わっている。
これは親しい友人として忠告してくれているのだろう。
「わかった。肝に銘じておくよ」
「そうだな、それがいい……」
お互い自然と下を向いて笑い合う。
照れも入って、居心地が悪い。
「ついでに言うと。アンタがもう少し早く生まれていて、生まれながらに能力持ちだったなら……親父が守りたかった高村をもう少しマシな形で残せたのかもしれないな」
その時、ピーッピーッとけたたましく呼び出しベルが鳴った。
「小娘からの呼び出しですぜ、坊っちゃん」
裕也さんの言葉に頷くと、俺は急いで彼女の元へ向かった。
[[【ループ49回目②】]]
2022-03-23T12:25:20+09:00
1648005920
-
【ループ48回目③】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/212.html
[[【ループ48回目②】]]
【ループ48回目③】
ハッと目を開け、俺はベッドから身を起こす。
すると鬼も同時に目を開け、上半身を起こした。
「……おはよう」
一応、声を掛けてみる。
今は夜中だから一番そぐわない挨拶かもしれない。
「お前……今し方、誰と会っていた?」
案の定、挨拶は返してくれなかった。
代わりに、問い詰めるような重々しい声で問いかけられた。
「誰って……」
「言えないのか?」
「いいや、言えるよ。俺は……黄泉醜女に会っていた」
隠しても仕方がない。
俺は正直に答える。
「黄泉醜女……それはどんな容姿だった?」
「彼女は姉さんの姿をしていたよ」
「そう……だろうな」
今回の一連の事を彼女の記憶から消せていない。
きっと気づいてしまったのだ。
「お前……私との約束、覚えているか?」
「一応は……」
「この部屋で最初に交わした約束を覚えているなら、言ってみろ」
こうなったら、彼女は頑なだ。
俺は仕方なく口を開く。
「絶対に姉さんと会ってはいけない。言葉も手紙も交わしてはいけない」
「そうだ。春樹……今し方、会っていたのは誰だ」
さっきと同じ質問が返ってくる。
このままだと、会話までループしてしまいそうだ。
「姉さんには直接会っていない。黄泉醜女は実体がないから、仮の姿として姉さんになってただけだ」
「お前……知っていたのだろう? 私を封じたのが、今し方会っていた者だと」
「確かに知っていた。だけど、貴女との約束は破っていない」
「本当にそうなのか? 黄泉醜女が器だったものと融合していると知っていた。それは器……愛菜と会っていたと、同じではないのか?」
(確かに、広い意味はそうかもしれないけど)
「それは解釈の違いだ。俺は約束を破ったと思っていない」
「そうか。では、どうして私との契約を破棄した?」
(やっぱり、言ってきたな)
「それは……」
「黄泉醜女の助けを借りて私を封じようと……そう目論んでいたのではないのか?」
(仕方がない。言うしかないか)
「それは違う。今まで黙っていたけど、今、貴女の中で寝ている姉さん……その姉さんが少しずつ力をつけてきていたんだ」
「このループの器がか?」
「そうだ。でもその成長があまりに遅いから……黄泉醜女に会いに行って真相を確かめていたんだ。契約はその助けになればと思って、ほとんど無意識にしていた」
「そうか……」
「貴女を騙すつもりなんてなかったんだ。信じて欲しい」
鬼は黙り込む。
次の出方を、俺は固唾を飲んで見守る。
「やはりお前も……わたしを裏切る。他の人間と何ら変わりない……」
鬼は吐息のように言葉を漏らすと、俺を睨みつけた。
「お前だけは違うと思っていた。家畜同然の人間を信じた……わたしが愚かだった」
鬼の形相が変わっていく。
爪は野獣のように鋭く、口の四本の牙が大きく伸びた。
それは壱与の夢で見た、そのままの鬼の真の姿だった。
「俺を……殺すのか?」
「どちらを選ぼうか。器を消すか、お前を殺すか……両方か」
「どちらに転んでも、このループ。貴女の望んだ世界が終わってしまうけど、いいのか?」
「構いはしない。どうせ刹那の戯れだ」
鬼の様子を見る。
もう彼女の怒りが治まる事はないだろう。
(俺の毒で弱体済のはず。今、やるしか無い)
俺はジャケットの裏に隠し持っていた腰に装着したコンバットナイフを彼女めがけて突き立てる。
でも、首を狙った所でガチンと大きな金属音に阻まれた。
「切れない……!」
「人の刃物などが通じるはずないだろう。本当に愚かだな」
(じゃあ、これなら)
俺はベッドから飛び降りて、一定の間合いを取る。
そして両手から赤い剣を出して構えた。
「八握剣……か」
「貴女が俺に与えてくれたんだ」
「そうだったな」
冷たい視線を向けられる。
本物の異形が放つ、強い殺意に身がすくみそうになった。
「わたしを畏れているのか?」
「俺は一騎当千の守屋の熟練度をそっくりトレースできる。そう言ったのは貴女だ」
「そんなに死に急ぎたいのであれば……かかってくるがいい」
姉さんを消す選択を鬼に選ばせちゃいけない。
この軸の姉さんの消滅は、おそらく全体の姉さんに影響が出てしまう。
万が一にも、姉さんに『死返玉』なんて使いたくない。
「はっ!」
俺は先手、あえて大きく真横に刃を走らせた。
おそらく鬼は近接戦に持ち込みたいはず。
あの爪を使って切り裂くのが一番効率がいいからだ。
俺の鋭い攻撃を見せられ、鬼は今の間合いから詰める事を躊躇っている。
ジリジリとお互いが動くタイミングを図っている。
中距離はリーチの短い鬼にとっては不利になる。
逆に、大きな八握剣が一番有利に働く間合いだ。
(いいぞ。いけるかもしれない)
本来、女の鬼は術を用いる遠距離攻撃を得意とする。
この狭い20畳ほどの部屋では使う事はまずできない。
少しでも鬼が動こうとすると、剣を使い牽制する。
お互い膠着状態が続いていた。
「俺は……本当は戦いたくないんだ」
「何を今更。ナイフで襲ってきたのはお前からだろう」
「貴女の強さは嫌と言うほど知っている。はなからナイフなんて効かないことくらい分かるよ」
爪で構えをとったまま、鬼が大きく前に出る。
俺は半歩ほど後ろに下がった。
「すぐに殺して食ってやる」
「ただで食われちゃ……前世の守屋に叱られてしまう」
「だったら切り刻んでやろう」
「もし貴女を倒せたら……俺のお医者さんごっこに付き合ってもらうよ。女性での縫合の練習台がちょうど欲しかったんだ」
「ほざくな。雑魚が!」
鬼は痺れを切らして、正面から襲いかかってくる。
単純な攻撃でやられるほど、守屋の剣は鈍っていない。
俺はその爪を剣でいなした。
次々と鬼は攻撃を繰り出してくる。
それは怒りに任せたもので、容易に見切ることができた。
(たいした事ない。こんな攻撃だったら勝てるぞ)
そう思って前に出る。
すると目の前に青白い炎が現れた。
俺はそれを咄嗟に避ける。
すると避けようとした場所にもその青い炎が現れて、不意に動けなくなった。
「これは……」
「鬼火だ。触れたら最後、魂まで焼き尽くす」
(そうだ。これがあるから彼女は最強だった)
近接戦では牽制として。
攻撃としても触れるだけで死に至らしめる。
こんな狭い所で鬼火を複数出されたら、まったく勝ち目は無くなる。
(早く終わらせないと、益々不利になる)
俺は攻撃に転じて、彼女に襲いかかる。
斬り込もうとする所に鬼火が現れて、大きく踏み込む事すらできない。
「苦戦しているようだな。さっきの威勢はどうした」
横目で壁の時計を見る。
俺はそのまま捨て身の攻撃を繰り出した。
「くっ……!」
俺の剣よりも先に、彼女の鋭い爪が身体を貫通していた。
爪を引き抜くと、腹部から一気に血が溢れ出す。
(まずい。よりにもよって、ここは……肝臓じゃないか)
直後、激しい痛みに立っていられなくなる。
剣を立てて膝を折り、なんとか倒れるのを免れた。
「あっけないものだな」
「ははっ……。本当だ……」
今の一撃で俺の肝臓はズタズタに切り刻まれた。
肝臓損傷でのタイムリミットは約5分。
それ以上経ったら、お終いだ。
時計の長い針は45分を指していて、とても間に合いそうに無い。
ループするから、ここで死んでも次のループで復活は可能だ。
だが俺の記憶はすべて消え去り、次こそ鬼に完全に消されてしまうだろう。
俺はなす術もなく、目を閉じた。
「駄目! 春樹は私が死なせない!」
鬼の声だけど、全然違う。
懐かしい、本物の姉さんの声。
(ようやくか。黄泉醜女と姉さんは繋がっているから、契約しておいて正解だったな)
「姉さん……」
大量の出血で遠のく意識を何とか奮い立たせ、目を開ける。
「春樹、大丈夫? 夢の中で壱与にピンチだって教えてもらったんだ」
「そうか。……良かった」
「鬼は私が抑え込んだから、もう大丈夫だよ」
そう言って姉さんは両手をかざし始める。
すると患部が温かくなって、出血がみるみる減っていく。
破れたシャツの隙間から覗いていたグロテスクな傷口も、小さくなっていった。
これなら、なんとか死なずに済みそうだ。
「姉さんを覚醒させるための捨て身の攻撃も無駄じゃなかった。ものすごく痛いけど……」
「しゃべっちゃ駄目だよ」
「いいんだ。久しぶり……姉さん」
「そうだね。半年ぶりだよ」
「ははは。本当だ」
24年も待っていたなんて言えるはずもない。
俺は痛みに耐えながら、笑って誤魔化す。
「私、こんなに治癒ができるようになっていたんだね」
「それは……姉さんが……ずっと諦めなかったからだよ」
「そうだよ。半年間ずっと頑張ってきたもん」
(これで……もうループする事も無くなるだろう)
姉さんが現れた安心感で目を開けていられなくなる。
目を閉じて、今までを思う。
長く辛く、それでいて充実していたようにも感じる。
「器め。手間を取らせよって」
また違う声色だった。
目を開けようとしても、倦怠感で身体が全く言う事をきかない。
「鬼……なのか」
「ああ。わたしを封じようとした器には消えてもらうことにしよう」
「やめて….くれ……」
「初めて他者を信じられた。だが、そんなわたしを裏切り貶めたのは……春樹、お前だ」
「俺だって……貴女を……」
言いかけて、口をつぐむ。
それ以上は言わないと決めている。
どんな時も、何があっても好きだとは絶対に伝えない。
これ以上執着したら……俺はこのループから本当に抜け出せなくなる。
「まずは、お前から私の血肉となるがいい」
その時、身体にズシリと重みがかかる。
何度経験しても慣れない、重力に押し潰される嫌な感覚。
「春樹……お前……まさか」
立っていられなくなった鬼が俺のすぐ横で重みに呻いている。
必死で這いつくばりながら鬼に近づく。
「仕合には負けたけど……この勝負は引き分けだ」
残り少ない命の灯火を使い、彼女に口付けをして今回の記憶をすべて消し去る。
一時的にだが鬼を抑え込めるほど、姉さんは能力者として伸びていた。
もう十分、力は高まっている。
けど……きっとまだ何か足りないのだ。
山を色づかせる紅葉と共に始まる白昼夢……このループはまだ終わらない。
[[【ループ49回目①】]]
2022-03-23T12:22:44+09:00
1648005764
-
【ループ48回目②】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/211.html
[[【ループ48回目①】]]
【ループ48回目②】
俺達……石見国に住む高村家が密かに伝えてきた能力。
それは十種神宝だ。
沖津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま)、死返玉(まかるかへしのたま)、足玉(たるたま)
道返玉(ちかへしのたま)、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)
品物之比礼(くさぐさのもののひれ)
十個の宝……だから十種神宝。
鬼と交わる事で維持し続ける黄泉由来の異界の力。
高村の家に一人につき一つ、その異界の能力が授かった子供が生まれてくる。
昔の環境では大人まで育たないまま亡くなってしまうことも多く、十種が揃う事などまず不可能だった。
そのために三種で力を発揮する三種の神器に、常に後れを取ってきた。
それでも神の力を持つ宝。
特に周防さんの『辺津鏡』と兄さんの持つ『死返玉』は三種の神器にも真似できない特別な力を持っていた。
『辺津鏡』は対象の心を透視する力。
『死返玉』は死者蘇生。
どちらも優れた能力だ。
でも秋人兄さんは愛人との息子だったし、周防さんは父の姉の子供だから姓は高村だけどあくまで分家の身。
正当な後継者だった俺に能力が無かったせいで、二人のどちらかが次期後継として争うことになってしまった。
統率力のある周防さんの方が優勢だったが父のやり方に反旗を翻し、高村の名前ごと戸籍を奪われる事になる。
秋人兄さんは根っからの研究者で上に立つ器では無かった。
高村は内部で瓦解していき、急速に権力を失っていった。
旧時代のやり方が通じるほど、社会が単純では無くなったのだろう。
(兄さんも周防さんもある意味、被害者だよな)
今回、二人とも俺が殺した。
だから『辺津鏡』も『死返玉』も両方持っている。
(さあ、辺津鏡。俺を導いてくれ)
口付けた鬼の中に入り込んで、意識だけになった俺は奥へ奥へと泳いでいく。
会いたいのはもちろん黄泉醜女だ。
黄泉醜女が姉さん。
そんな荒唐無稽な事を言ってきたのは御門先輩だった。
でも俺は壱与と帝の夢を確かに見た。
もう疑う余地は無くなった。
「黄泉醜女。お願いだ、俺の前に姿を見せてくれ!」
彼女の心の中で叫んでみても、返事はなかった。
辺津鏡の能力は1ループに対して、一回が限界だ。
元々、俺の能力値はとても低い上、周防さんの能力を無理矢理奪って使用している。
この施設は霊気が届きにくいから、余計に俺の命が簡単に削られてすり減っていく。
巻き戻れば俺の命の長さも当然のように回復するからできる、強引な力技だった。
「黄泉醜女! どこにいる!」
暗い中を泳ぎまわってみても、一向に姿を現さない。
(今回は会えないのか。あまり無理したくないけど、もう少し)
限界を感じ始めた所で、耳に馴染みのある声が微かに届いた。
俺は急いで更に奥へと泳いでいった。
「姉さん!」
制服に比礼をなびかせて、キョロキョロと辺りを見回している背中に大声をかける。
「春樹! 良かった。声がしたから探してたんだよ」
ショッピングモールではぐれてしまった時のように、いつも通りの様子で俺に声を掛けてくる。
こちらは何年もかかってようやく辿り着いたのに、能天気ぶりは健在のようだ。
「本当に姉さんなんだよね」
俺は再度確認する。
この前会った時は黒い霧……ファントムにそっくりだったからだ。
すると姉さんは少しだけ困った顔を向けた。
「私は私なんだけど、胡蝶の夢で実体を失ってしまったんだ。それに同じ世界線で私が二人居るのはあり得ない事。だから……私はもう二度と愛菜とは名乗れないんだよ」
でも俺の目の前に居るのは、どう見ても姉さんそのものだった。
「でも、どう見ても姉さんだよ」
「それは春樹が私との再会を望んだからだよ。上手く説明できないけど、1500年も経ってぼんやりとした掴みどころの無いものになっちゃったんだ」
(御門先輩は概念かもと言っていたけど、本当にその通りだったな)
「それで……今の姉さんは黄泉醜女と名乗っているの?」
「うん。黄泉醜女って私だけって訳じゃなくて……チハルに近い感じで……新天地を目指した昔の鬼達の想いのカケラが集まった……なんて言えばいいんだろう。難しいな」
言葉で表現するのが難しいのか、姉さんは考え込んでしまう。
きっと当て嵌まる語彙が見つけられないんだろう。
困り果てたように顔をあげて、俺を見た。
「春樹。こういう時、どんな言い方すれば良いと思う?」
「いや……俺が質問してる側だから」
「そうだよね。上手く説明するのってホント、難しい」
数学の問題が難しすぎると嘆いているいつもの姿と重なる。
姉さんは姉さんでは無くなってしまったみたいだけど、やっぱり姉さんのままだ。
「とにかく、今の私はね。夢を介して壱与になったりしながら、困っている別の私をサポートする側にまわっているんだ。私自身はただのボヤッとした物で力そのものは無くて……今、春樹がいる世界の私が得た大きな力を利用しているの。私自身もその能力に助けられて過去に行けたんだよ。それには春樹の協力も必要で……」
そこでフッと悲しそうな顔をする。
「どうしたのさ」
「また春樹に大変な事、全部押し付けてしまっているよね」
「構わないよ。家族……姉弟なんだから」
「うん……ありがとう」
(まとまりの無い説明だけど意味は分かった。やっぱり、予想通りだ)
「要するに、今眠っているこのループしている姉さんこそが力の源……なんだね」
ループのせいで時間の経過はしていないけど、何十年も姉さんはマナの届かない部屋で御門先輩の復活を祈りながら能力を鍛錬している。
それは長距離を走るアスリートが酸素の薄い高所で練習を積むように、命を削りながら能力の向上と技術を磨いている。
他の時間軸の姉さんでは、それを成す時間が圧倒的に足りない。
すでにこの軸の姉さんはかなりの能力を蓄えていて、黄泉醜女がサポートしながら少しずつ別の軸の姉さんに力を貸し与えている……。
そういった姉さん同士の互助関係で、他の軸でも納得できる未来を手にできている。
俺は纏まった回答を姉さんに伝えてみる。
「……って、この解釈で合ってる?」
「うん、全部間違いないよ。さすが春樹だね!」
(要領を得ない話し方も、相手を褒めて気分良くさせる術も相変わらずだ)
愛嬌程度に少し抜けているけど、決して間抜けじゃない。
いつの間にか相手の懐に入って、上手に褒めたり時には甘えたりしてくる。
優しくて穏やかで、包容力もある。
鬼が持つ美しさを備えているのに本人は並以下だと思い込み、時々自信がなさそうな発言をして庇護欲を掻き立てる。
数ある思わせぶりな態度もただの天然ボケ。
これが全部無自覚だから本当にタチが悪い。
でも一番はどんな状況に陥っても、人を信じる強さを持ち続けられる……そこに誰もが憧れを抱くのだ。
(とても魅力的な人。だから、モテないはずないんだよな)
皆が姉さんに夢中になる。
もちろん、俺も含めて。
「もう行かないと……時間が無い」
「そっか、せっかく会えたのにね」
「近い内にループしてる姉さんにも会えると思う。でも、絶対に自分が愛菜だって名乗らないでよ」
一つの軸に姉さんが二人居る。そうなれば因果律がすべての姉さんの存在を消し去るだろう。
「分かってるよ。春樹は相変わらず心配症だなぁ」
「心配症は生まれつきだから。それより、俺に手を貸してくれる?」
「いいけど….何を手伝えばいい?」
「そっちの手を貸すじゃないよ」
細く柔らかい手を掴むとそのまま跪く。
「先の契約を破棄し、新たに契約す。十種神宝、八握剣の名において貴女を守る事をここに誓う。ひとふたみよいつむゆななやここのとおふるえふるえゆらゆらふるえ」
祝詞を言い終え、立ち上がる。
その時、引っ張られるように意識が急浮上していく。
受け入れてくれていた彼女が、俺を拒絶したからだろう。
本来は石橋を叩いて渡る慎重な性格なのに、まさか自分から叩き割る選択を選ぶなんて思いもしなかった。
少しは以前の俺より強くなれているだろうか。
姉さん……黄泉醜女に聞いてみればよかったな、と小さく後悔した。
[[【ループ48回目③】]]
2022-03-23T12:19:40+09:00
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【ループ48回目①】
https://w.atwiki.jp/1000ed/pages/210.html
[[【ループ33回目】]]
【ループ48回目①】
「壱与、何か食べないと体が持たない。少しでいいから何か口にしてくれないか?」
少年と青年の間くらい。
まだ幼さの残る帝が優しく呼び掛けていた。
「壱与……、お願いだ。僕を見てくれないか?」
少女は虚な瞳で帝を見ている。
御門先輩を殺した時に向けられた、絶望に染まった姉さんの眼差しとそっくりだった。
「ほら、口をあけて食べてごらん」
壱与の口許に穀物が差し出される。
だけど彼女には暗闇以外、何も見えていない。
「どうして口を開けてくれない。本当に死ぬつもりなのか? 僕は間違ったことをしたとは思わない。けれど……君を失いたくない」
帝は懇願するように、壱与を抱きしめる。
帝の熱量とは対照的に、壱与は人形のようにされるがままだった。
「君の望む事だったらなんでもしよう。だから、お願いだ。食べてくれ……」
「たべる……」
その言葉に反応するように、壱与の瞳に宿る色が変わっていく。
野性を思わせる、妖しいほど力強い色だった。
「とてもおいしそう。あなた」
「なっ!」
壱与は抵抗できないように、ゆっくり帝を押さえつけた。
首元に舌を這わせて、不敵に微笑んでいる。
「おいしい。もっとちょうだい」
「何を……まさか……!」
「そう。たべるの……あなたを……!」
さっきまで八重歯ほどの大きさだったのに、壱与の口には鬼の持つ四本の大きな牙が生えていた。
その肉食獣のような鋭い牙をもって、押さえつけられた帝の肩に躊躇なく齧り付いた。
二口ほど喰らい付いた所で口を赤く染めた壱与が、突然、ハッと顔を上げた。
「……だれ? 懐かしい、あなただれ?」
壱与は帝の上に乗ったまま、キョロキョロと当たりを見回す。
「壱与……?」
帝が心配そうな声をかけた。
肩から酷く出血しているのに相手の心配をするなんて、さすがの精神力だ。
「懐かしい、お父様と同じ力……」
壱与は何かを探して視線をさまよわせる。
そして天井の一角に視線を止めると、口を開く。
「お父様。やっぱりお父様なのね!」
「お父様……壱与もお父様と一緒にそちらへ行きます……。お願いです。黄泉へ連れて行ってください……」
壱与が涙を流しながら懇願する。
「やるべき……こと?」
壱与は突然、困惑しだす。
そしていやいやと頭を振った。
「出雲を滅ぼした国のために、祈ることなんて出来ません」
「私一人では出来ません。お父様が居ないと、壱与は何もできません。だから、私の前に姿を見せてください」
「待って! お父様、行かないで!」
壱与は去っていく何かに縋るような仕草をした。
そして正気に戻りつつある、瞳で目の前の帝を見つける。
帝を押し倒したままだと気付いた壱与は、慌てて飛び退きながら逃げた。
傷ついた肩を庇いながら、帝がそれを追っていく。
「もう、一緒に居ることは出来ないの」
「何を怯えているんだ」
「私の本来の姿、鬼の正体を知られてしまったから」
部屋の端まで追い詰められて、壱与に逃げ場がなくなってしまった。
帝は彼女の腕を掴むと、ぐいと引き寄せた。
「君が鬼で僕を喰らいたいのなら、今、ここで片腕を君に差し出してもいい」
「何を……言って……」
「もし全身を欲しいというのなら、少しだけ待って欲しい。 今は死ねないけど、この国に平穏が訪れた時、この命を必ず君に差し出そう。 それが罪を償うことになるのなら、僕は……喜んでその罰を受けるつもりだ」
・
・
・
俺は目を開けて、電気を点けた。
時間は午前5時少し前だった。
まだ夜明け前だけど春の風を感じるこの頃は、窓の外の山も木も全てが芽吹き、新しい緑に包まれていく。
すぐに木の葉が色づく季節まで逆戻りしてしまうのだけど。
(しかし、ようやくこの夢に辿り着いたな)
俺の不思議な夢は『姉さんに関する事』に限られている。
帝と壱与だけしか現れない夢を本来だったら見る事は出来ないはず。
(やっぱり、あの場に姉さんが居合わせていた、と考えるべきだろうな)
部屋の天井の一角に壱与は何かを感じて話しかけていた。
きっと姉さんだった……のだろう。
『何日も籠ったままの壱与を心配した帝は、食事を用意して彼女を見舞いました。空腹から壱与は鬼の本能を曝け出し、帝を喰らおうと襲い掛かってきました。そこで……彼女は黄泉醜女に止めるよう諭されたのです』
帝だった御門先輩が言っていた言葉を思い出す。
状況もぴったりと一致していた。
姉さんに関する不思議な夢は時系列がバラバラのランダム再生だから、確証を得る為にも、この夢をずっと待っていたのだ。
(だけど、姉さんが黄泉醜女なんて……冗談みたいだ)
ここまで証拠が揃ったとなると、まず間違いないだろう。
鬼の始祖……そんな神様のような存在が姉さんだとは未だに信じ難い。
ここ最近、まともに治癒ができるようになってきたばかりだ。
あれから時間が経過していれば24年の月日が流れたことになる。
(ここは霊気が届きにくいからな)
姉さんは長谷川先輩から霊気の存在について学んだばかりだと思い込んでいる。
ループの度に成長していると本人は知らないから、余計に成長が進まない。
ただ、いくら状況が悪いとはいえ神託の巫女で素材は申し分ないのだから、ここまで成長が遅々としているのは流石に不自然な気もする。
黄泉醜女が力の源……壱与がそう言っていたらしいけど、ここにいつも引っ掛かりを覚える。
(このままじゃ埒が明かない。上手くいくか分からないけど、試してみるか)
姉さんが黄泉醜女だと分かったら試してみたい事があった。
最悪失敗したら、姉さんの成長も俺の記憶も全てがリセットだ。
・
・
・
「このげーむというのは時間を忘れるな。特にこの髭のが一番面白い」
この間、姉さんと鬼のためにゲーム機を買ってきた。
外からの情報収集ができないようにオフラインで遊んでもらっている。
鬼も姉さんも機械音痴でオンラインの設定ができる事すら知らないだろう。
今遊んでいるこのソフトは鬼の方が夢中になって遊んでいた。
「わたしが赤髭やるからお前は緑髭をやれ」
「いいよ。セーブデータの続きからで良い?」
「ああ。今日こそ空のすてーじを終わらせるからな」
はっきりいうと鬼はゲームが下手だ。
開始早々、足場から何度も落ちて、自機をすべて使い果たしてしまった。
俺はゴール手前で鬼に尋ねる。
「俺がクリアすれば違う面に進めるよ。次は地面のある所だから落ちにくいけど、どうする?」
「わたしが旗に登らなければ何の意味もない」
「わかった。じゃあ俺は足場を作る方にまわるよ」
今度は鬼が落ちないようにサポートにまわってゲームを進めていく。
何度も失敗したが、ようやく旗の上に赤髭が着地してくれた。
「だいぶ上達したんじゃないか?」
「そうだろう?」
ベッドの上で、鬼は自慢げに胸を張っている。
その様子が可愛くて、彼女の頭に手を置いた。
ゆっくり撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
鬼は悪意の塊、そう聞いていた。
残酷な事を平気な顔でするから、俺もその言葉を最初は疑わなかった。
人を蔑み、他人の不幸を嘲笑う。
だけどそれが価値観の違いからくるものだと分かり始めると、憎むだけの気持ちに疑問が生まれた。
「春樹。お前は不思議な奴だな」
俺に撫でられたまま、鬼はポツリと呟く。
「不思議……何が?」
「今までの人間は私を拝み倒したり、座敷牢に閉じ込めておもちゃにしたりした。人間など野蛮で私欲の塊だと思ってきた」
「可哀想に。沢山嫌な思いをしてきたんだね」
「私達鬼にとって、人などただの食糧だ。だが、お前は他の人間にはない公平な目……高潔さがある。信用に足る男だ」
「珍しく褒めてくれるんだ。ありがとう、嬉しいよ」
(本当の鬼は彼女ではなく、人間側なのかもな)
鬼を人間不信にしたのは俺の先祖達だ。
偶然にも長い時間が与えられて、俺は鬼の内面を垣間見る事ができた。
得体の知れない者として恐れているうちは、お互いが相容れないままだっただろう。
「さすがに買い被りすぎだよ。俺だって私欲の塊だ」
俺は撫でていた手を彼女の柔らかい頬に滑らせた。
親指の腹で血色の良い唇に触れる。
「私は巫女だ。お前の望みは何だ」
「俺の望み……」
「望みを言ってみろ。場合によっては叶えてやらない事もない」
「俺は姉さんに会いたい。何も考えず笑って過ごしていた頃の……退屈で平穏なあの日常に戻りたいんだ」
そう言った瞬間、指に激痛が走る。
「痛っ……!」
目をやると、鬼が俺の親指を強く噛んでいた。
めくれた肉から血が滴り始め、それを器用に舐めとっている。
それでもまだ血は止まらない。
何度も往復して舐められ、俺は辛抱たまらず傷付いた指を彼女の口内に沈めていく。
叫びたいほど痛いはずなのに、彼女が絡める舌と包む生温かさの方がずっと強く感じる。
ぬるりと湿った柔らかさが、心地いいとすら感じていた。
(一番感じ易いはずの痛覚が鈍ってる。それだけドーパミンが出てるって事だな)
一言で言ってしまえば性的に興奮している状態だ。
彼女の一番敏感な上顎の奥に、優しく指を這わせた。
すると苦しそうに喘いで、赤色の混ざった唾液を口の端から垂らしていた。
俺は思いのままに歯茎をまさぐり、舌を押さえた。
指がふやけてしまう程、時間をかけて彼女の口内を指だけで味わう。
涙目になりながら息を継いでいる姿を見つけて、指を引き抜いた。
「苦しかった? やりすぎたな、ごめん」
「別に……構わない」
「そうか。嫌じゃなかったなら良かった」
強制はしたくない。
高村の先祖達のように強引に奪うだけ……そんな真似だけは御免だ。
「でも……どうしていきなり噛んだのさ」
「言いたくない」
「言ってくれなくちゃ伝わらないよ」
「どうせ言葉にしたって無駄だ。だから言わない」
こうなると彼女は噛んだ理由を教えてくれないだろう。
鬼は本当に強情だから、こちらが諦めるしかない。
「そういえば……以前に俺の血は不味くて堪らないって言っていたのに今は平気そうだったね」
「ああ。不味くはなかった」
「もう何回も前の事だから、貴女は覚えてないかも知れないけど。鬼も味の好みが変わったりするんだね」
「そうだな。自分でも……とても驚いている」
味覚が変わる事自体はそんなに珍しい事じゃない。
子供の味覚から大人の味覚になったり、昨日まで不味くて食べられなかった物が食べてみたら意外と美味しかったなんてよくある話だろうに。
「そんなに驚く事かな。なんだか、最近変だよ」
昨日も膝枕を要求された。
その前は食事を食べさせてくれと言ってきた。
(まぁ、雛鳥みたいで愛らしかったんだけどさ)
いつの間にか、自然と睦み合う仲になっていた。
とはいっても、じゃれあったり口付けしたりするくらいで、まだ一線は越えていない。
周防さんの能力で鬼の感情操作をした後、必ず記憶はデリートしている。
だけど触れ合った残滓は残ってしまうらしく、鬼から求めてくるようになった。
それが日常的になって、今に至る。
「お前は器……愛菜に好意を寄せているのだろう?」
「そうだね、今も姉さんが大好きだ。でも、姉さんの気持ちは御門先輩に向いていて揺らぐ事はないだろうな」
「相手にされないのであれば、好いている意味がないだろう」
「意味はあるよ。たとえ相手にされなくたってね」
「くだらない。不毛だな」
相変わらず、はっきりものを言う。
昔はその言葉にいちいち傷ついたり、腹を立てたりした。
でも鬼はこういう言い方しか出来ないのだと気付いたら、素直に受け取れるようになっていった。
「確かに不毛かもしれない。だけど、自分の気持ちに嘘はつきたくないからさ」
「お前は馬鹿だ」
「あはははっ。馬鹿って言われてしまったな」
「笑うな、気色悪い」
さっきから怒っているように感じる。
いつものキツイ言い方に更に磨きがかかっている。
「怒らないでよ」
「怒っていない。呆れているだけだ」
「きっと、俺のために怒ってくれているんだよね」
(貴女は俺の事が好きだから。それで腹が立つんだ)
通じない想いに焦って、気付かないうちに特大のブーメランを投げている。
本当に腹が立っているのは、自分自身に対してだろう。
噛んだのも、姉さんへの嫉妬心からに違いない。
姉さんの事は今も誰より大切だ。
それと同じくらい、鬼の事も愛しいと感じている。
二人同時に好きになれる器用さを自分が持ち合わせていたなんて、夢にも思わなかった。
(それでも……鬼に好きだとは絶対に告げない。そう決めているんだ)
鬼が姉さんに与え続けている仕打ちは今も許してはいない。
最初に味わった屈辱感も消える事は無い。
片想いの苦しさは、俺も嫌というほど知っている。
でも……姉さんが受けている苦痛は、鬼が感じているものの何十倍も強い筈だ。
(姉さんが好きだけど、鬼も好き。求めているのに、許せない。愛しいけど、憎い。アンビバレント……二律背反だな)
チラッと時計を見る。
そして鬼の後頭部を手の平で支える。
「怒らないで。機嫌を直して欲しいな」
彼女を引き寄せ、優しく耳元でささやく。
「さっきから怒ってなど……はぅ」
耳を舐めると、鬼の身体がピクンと跳ねた。
「耳、本当に弱いよね」
「う、五月蝿い……」
「五月蝿いの? じゃあ塞がなくちゃ」
耳の穴に向かって舌先を這わせる。
耳は神経の多く集中している場所で、脳にも近い。
だから特に感じ易い場所、剥き出しの性感帯なのだ。
舌先を奥へと往復させる度に、彼女は身体を震わせた。
ピチャピチャと水音をだしながら、緩急をつけて責めていく。
彼女が漏らす喘ぐような吐息も次第に上っていく。
「やっ、やめ……うぅ……はうん!」
耳朶を噛んだ所で、鬼の身体が大きく跳ねた。
そのまま俺は、彼女の唇を自分の口で強引に塞いだ。
[[【ループ48回目②】]]
2022-03-23T12:17:35+09:00
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