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①冬馬先輩に駆け寄る

「冬馬先輩、血が出てるよ……ちょっと待って」
血が滴っていることを除けばいつもの通りの冬馬先輩の前で、私は慌ててポケットに手を突っ込んでハンカチを取り出す。
冬馬先輩は傷口に当てようとしたハンカチを私の手ごと遮って、言った。

「ハンカチが汚れます、愛菜」
「ハンカチって……そんなことより今は冬馬先輩の怪我の方が大事でしょう!」
思わず声を荒らげた私にも冬馬先輩は顔色ひとつ変えず、空いている方の手の甲で無造作に額の傷を拭った。
「この程度の怪我なら放っておいても何ら問題はありません」
絶句する私の後ろで修二君がこれ見よがしに大きなため息をついた。

「はー、やれやれ。お人形さんに間違って血が通っても、お人形さんはお人形さんだね。所詮まがいものだから、心配されたってわからない」
「……修二」
戒めるようにそう声をかける一郎君に、修二君は「だってホントの事でしょ」と付け加えた。
(修二君、どうして、そんな言い方……)

修二君の悪態にも相変わらず無表情の冬馬先輩の額から、新たな赤い雫が伝い落ちた。見るに見かねて再びハンカチを傷口へ向けようとする私の手はまたしても冬馬先輩に阻まれた。
「お願い冬馬先輩、手をどけて」
「愛菜こそ、手を下ろしてください」
努めて冷静に話し掛けたのに、少しも聞き入れてくれる様子のない冬馬先輩に次第に苛立ちが募る。
「ねえ冬馬先輩、私先輩の怪我が心配なの」
「先ほども言いました。この程度の怪我は僕にとってなんでもありません」
「……」
「ただ、流血が不快なのでしたら謝ります」

「……冬馬先輩の、ばかっ!」
冬馬先輩の言葉に、気がついたらそう叫んでいた。目の前の冬馬先輩の目がいつもよりほんの少し見開かれているような気もしたけれど、血が上った私にはどうでも良いことだった。
「そんな事、言ってないじゃない! 冬馬先輩、怪我して血が出てるんだよ? 問題ないなんて、そんな訳ないじゃない!」
「まあまあ愛菜ちゃん、落ち着きなよ」
私の剣幕に驚きながらも、すかさず修二君が間に割って入るとなだめるように私の手をとった。
「センパイがヘーキって言うんだからヘーキなんでしょ。愛菜ちゃんがそんなに気にすることないって、ね?」
「……№711の言うとおりです、愛菜。今ここで流れているのは、あなたの血ではないのですから」

あんまりな物言いの修二君の手を見もしないで振り払って、私は冬馬先輩に詰め寄った。
「どうして、どうしてわからないの? たいしたことないって言ったって血を流したら、怪我をしたら痛いでしょう? 冬馬先輩が私の目の前で痛い思いをしてるのに、なんでもないとか、平気とか……そんな訳、ないよ」
思いつくままに冬馬先輩に言葉をぶつけながら、次第に視界がにじんでゆくのを感じた。ぼんやり見える冬馬先輩はなぜか悲しげに私を見ている。
「愛菜」
「先輩のばか。……どうしてもっと先輩自身のこと、大事にしないの」
「愛菜。……どうか、泣かないで」
「…冬馬せんぱいの……ばか」
「……すみません」
泣きじゃくりながら子供みたいに何度も何度も繰り返し責める私に、冬馬先輩は腹を立てるでもなくその度丁寧に謝った。
そんな意味のない問答を繰り返す私たちの横で、修二君が小さくつぶやくのが聞こえた。
「愛菜ちゃんの言うとおり、ほんとセンパイって馬鹿だよねー。……でもさっきのオレはそんなセンパイよりさらに馬鹿、かな」

(……? 修二君…?)

さて、どうしよう?
①冬馬先輩に自分を大事にするよう約束してもらう
②意味深な修二君の発言が気になる
③とりあえず一郎君に剣が誰なのか尋ねる

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①冬馬先輩に自分を大事にするよう約束してもらう

「冬馬先輩、約束して? 自分を大切にするって」
「はい。あなたの命令ならば善処します」

(命令って……)

「どうしてわかってくれないの? 命令とかじゃなくて、ただ冬馬先輩が心配なんだよ。
冬馬先輩が傷つけば、私だって痛いんだよ。平気じゃないから、涙が出たんだよ!」
「痛い? なぜ……どこが痛むんですか?」

冬馬先輩は、心配そうな顔で私を覗き込む。
私は涙を拭って、自分の胸元をギッと押さえた。

「ここが痛くなるよ。すごく」

冬馬先輩の指先が導かれるように、私の胸に触れる。
一瞬、身体がビクッと強張ったけれど、私は自分の心臓にその手をおいた。

「なっ、アイツ……」
何か言いかけている修二君の前に、一郎君が割り込んでくる。
そして、修二君に向って黙ったまま首を振った。
「……兄貴、わかってるって」
修二君はそう言うと、諦めたような溜息を吐きながら長椅子に乱暴に座った。

「愛菜の鼓動が伝わってきます……」
冬馬先輩は確認するように、小さく呟く。
「冬馬先輩が自分自身を粗末にするたびに、私の心臓がズキッズキッて痛くなる。まるで自分が傷ついてしまったようにね」
「……今も痛みますか?」
「うん。先輩の額が痛むように、私のここもまだ痛いよ」

裂かれた額の皮膚から赤い血が滲み出ている。
痛々しくて思わず目を逸らしたくなるけれど、私はハンカチで溢れる血を拭っていく。

「大堂。その傷口に直接触れてみろ。今なら出来るだろう」
さっきまで黙ったままの一郎君が、突然話しかけてきた。

「自分自身を信じてみるんだ。君こそ、自分を粗末にするな」

どうしよう……
①「一体、何が出来るの?」
②触れてみる
③ためらう

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②触れてみる

私は言われるままに、そっと冬馬先輩の傷口に触れる。

(あ……、そうか)
そして次に何をすればいいのか、悟った。
癒しの力を指先に集めて傷が治るようにと念じる。
すると触れた場所から、みるみるうちに薄皮が再生され傷口がふさがっていく。
同時に流れていた血も止まった。

「よかった……」
「ありがとうございます」
いいながら無表情のまま右手を私の頭の上に乗せると、不器用に撫でる。

「おい、なにやってるんだよ」
途端、修二くんが冬馬先輩につっかかる。

「修二……」
それをあきれたように一郎くんがたしなめている。

「どうして修二くんはそんなに冬馬先輩につっかかるの?」
たしかに修二くんは他人を見下すような所があるし、結構自分勝手に行動することも多い。
けれど、ここまであからさまな行動をするのは冬馬先輩にだけのような気がする。

「どうしてって……、うーん。なんか分からないけど無性にムカつくんだよね」
「理由が分からないの……?」
「そうそう、相性なんじゃない?」
「そういうもの……?それじゃあ一郎くんも?」
「いや、俺は……理由はわかっている」
「?」
「……大堂はすべてを思い出していないようだが、遠からずすべての記憶が戻るだろう。
 今言っても大差は無い」
「う、うん?」
「その剣」
そういいながら、一郎くんは冬馬先輩を見た。

「先輩が剣……」
そういえば、部屋の前まで来ていると言っていた。

「剣は過去、大堂の……いや壱与の一族を滅ぼすために使われた」
「え?」
「神器である剣の力は強大だ。鬼の一族であろうと抵抗することは難しい。
 鏡はすべてを見ていた。剣の力が振るわれるのも、それを悲しむ壱与のことも。
 だから鏡である俺たちは、壱与を泣かせた剣を快くは思っていない」
「なるほどー、兄貴って何か隠してるとおもってたけど……前世の記憶が残ってるのか」
「……」
冬馬先輩は一郎くんの言葉に反論することもなく、立っている。
不意に訪れた沈黙に、耐え切れなくなる。

なにか話さないと……
①「先輩は剣の記憶があるんですか?」
②「でも、私は壱与じゃないですから……」
③「えっと…、鏡と剣は揃ったけど、勾玉は?」

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①「先輩は剣の記憶があるんですか?」

冬馬先輩は頷くと、私を見る。
「はい。……はっきりと思い出せるものは少ないですが、他の転生の記憶もあります」
「てか、理由なんて今更どーでもいいよ。この人がムカつくのに変わりは無いしさ。
それよりも……兄貴が俺にまで隠し事をするから、話がややこしくなるんだよ」

一郎君を非難する姿を見て、私はふと疑問になった事を口に出してみた。
「修二君。前世のこと、全然記憶に無いの?」
「全然ないよ。組織の一部が俺たちを鏡、この人を剣だと呼んでるって話は知ってたけどね。
ヘンな通称つけられてんなぁって思ってたけどさ」
「あれっ…だけど、剣だと組織に教えたのは二人じゃないの?」
「よく知っているな、大堂。それは、俺が言った事だ。記憶を持たない修二には知らされていないし、憶えてもいないだろう」
間を置かず、一郎君が答える。
そして、修二君をジロッと睨みながら、言葉を続けた。

「文句を言っているようだが、修二。お前、俺が説明しようとしても逃げていたじゃないか」
「そうだっけ?」
「組織の事だって、俺だけが動いて、ほとんど何もしていなかっただろう」
「でもさぁ」
「だいたい、お前が大堂に力の事を勝手に話してしまったせいで……」
「あぁ。もう、わかったよ」
一郎君と修二君のやり取りがすべてを語っているような気がする。

「じゃあ、修二君は神器のことも知らないんだね」
「神器? そういえば、さっきも愛菜ちゃんが言ってたっけ」
「うん。壱与って私の過去世が奉ってたのが三種の神器、つまり剣と鏡と勾玉なんだ。
それで、壱与が鏡を壊しちゃったから、神器の力が開放されてしまったんだよ。
元を辿れば、この能力は神様の力なんだよね」
「そうだ。俺たちはその力を最も強く受け継いだ魂だということだ」
一郎君は補足するように、言葉を付け加えた。

(壱与がしたことだけど、私のせいみたいで罪悪感あるなぁ)
ふと、冬馬先輩を見ると、黙って話しを聞いていた。

①勾玉のことを一郎君に聞いてみる
②冬馬先輩に他の転生の事について尋ねる
③時計を見る

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①勾玉のことを一郎君に聞いてみる

「一郎くん、そういえば勾玉の力は見つかってるの?」
「いや……残念ながら勾玉には会っていない」
「そっか……」
「だが、剣のように力の制御を覚え隠していれば、近くにいたり会っていても気付かない可能性もある」
「あ、そうだよね……」
「勾玉が見つかれば……」
ふと、一郎くんが口を噤む。

「どうしたの?」
「……壱与は三種の神器と最後に契約を交わした者だ」
「そうだね」
鏡が割れその力が失われてしまったため、私の後の巫女は儀式を行っても抜け殻の神器を使った形式的なものだった。
つまり一郎くんが言うように、正式な儀式を行い神器の力を使うことを許されている巫女は壱与ということ。

「だから、壱与……いや大堂との契約は切れていない」
「え……?」
「だが神器の力は強大で、3つ揃わなければ過去の契約は履行されない」
「えっと……、つまり勾玉がみつかれば、私は3種の神器の力を使うことができるっていうこと、だよね?」
「あぁ、そうだ。まだその辺の記憶は戻っていないか?」
「う、うん……」
(あれ?でも……冬馬先輩とまた契約したんだよね……)
私が内心首を傾げると、修二くんが顔を顰めていった。

「てことはセンパイは抜け駆けして、過去の契約とは別に愛菜ちゃんと契約したってことだよね?」
「……」
修二くんの言葉に、冬馬先輩は無言のままだ。

「まただんまりか……」
修二くんは肩をすくめると、私に向き直った。

「じゃあさ、愛菜ちゃん。俺とも契約しない?」
「え!?」
「修二何を言っている」
「あ、兄貴にもしろっていってるわけじゃないよ。俺が個人的にしたいだけ。
 まあ、そこの剣みたいに力を分け与えるっていう契約は出来ないけど……」
すっと手を取られ、距離が近くなる。

「愛菜ちゃんを守る契約だよ。一生ね」
にっこり笑ってさらりと言われたけれど、すごいことを聞いた気がする……。

①「えっと、それって……」
②「遠慮しとくよ」
③「じゃ、お願いしようかな?」

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①「えっと、それって……」

「そ。愛菜ちゃんをお嫁さんにして、ずーっと守ってあげる」
腰に手がまわされ、更に修二君の顔が近づく。
身をよじってみても、逃げ出すことが出来なかった。
(じょ、冗談よね……)

「あ、あの……まだ早いよ。お互い高校生だし」
「別に早くてもいいじゃん。俺が一生守ってあげるって言ってるんだから」
「今はそういうの、考えられないっていうか…」
「じゃあ、今から考えてみて」
(困ったな。どうしよう……)

「修二。大堂が嫌がっているだろう」
半ば呆れたように、一郎君が呟く。
その言葉が耳に入らなかったのか、修二君の左腕に力がこもった。

「なんで逃げようとするのさ? 愛菜ちゃんは俺のこと、嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「けど、何? 俺のことが嫌いなら、はっきり言ってよ。諦めるから」
「修二君のことは、本当に嫌いじゃないよ。でも、冗談もほどほどに……ね」
「俺はいつも本気なんだけどな。最初から付き合いたいって言ってたじゃん」
「そういうの、本当に困るっていうか……」
「困るってどういう事? この剣の方がいいの? それとも兄貴がいいの?」
「どっちがいいとかじゃなくてね」
「神器や過去じゃなく、俺は愛菜ちゃんがいいんだよ? どうしていつもはぐらかすのさ」
「……もう少し修二君も真面目に考えようよ」
「俺はいつでも真面目だよ」
困り果てて、私は修二君から視線を逸らす。
度を越した冗談に、笑えなくなってしまったからだ。
いつもの過剰なスキンシップにしては、強引すぎる。

一郎君もさすがにやり過ぎだろうと判断したのか、修二君の肩に手をかけた。
「おい、修二。いいかげんにしろ!」
「兄貴は黙っててくれよ。俺は今、愛菜ちゃんとしゃべってるんだから。
この前、俺の事を信じてるって言ってくれたよね。なら、逃げないで俺を見てよ」
強引に顎を鷲掴みにされる。
向き合った修二君の眼差しに、思わず息を飲んだ。
「し、修二君っ離して……!」
怖い、と私が感じた瞬間、身体にまわされていた手がパッと離れた。

「ごめん、愛菜ちゃん。どうかしてた、俺……」
修二君は素直に謝ると、ドアまで歩いていった。
「センパイ、そんな怖い顔しないでさ。俺たち仲間らしいし、許してよ。あと兄貴、部室のカギ返しておいて」
一方的に言うと、修二君は部室を出て行ってしまった。

(修二君の目……氷みたいに冷たかった)
力尽きるように、私は長椅子に座った。

①考える
②一郎君を見る
③冬馬先輩を見る

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①考える

(修二くん、ほんとうにどうしちゃったんだろう……)
修二くんは冬馬先輩のこととなると、普段の飄々としたところがなくなって不可解なくらいに敵意を剥き出しにしているような気がする。
冬馬先輩に向けられる悪意の塊みたいな言葉の数々は、横で聞いている私も胸が痛くなるほどだ。

ふとあることを思いついて、修二くんが去っていったドアに目をやったままの一郎くんに呼び掛けた。
「…ねえ、一郎くん」
声をかけられた一郎くんもまた何か考え事をしていたのか、弾かれたように私を見た。
「! ああ、大堂。…すまない。修二のやつがまた、君に迷惑をかけた」
「ううん、大丈夫だよ。それに、一郎くんのせいじゃないんだから」
「だが…」
なおも言い募る一郎くんに、なんとか笑顔をむける。もしかしたら、うまく笑えていないかもしれないけれど、少しでも一郎くんの気が楽になればと、そう思った。
「本当に気にしないで、ね? それより一郎くんにちょっと確認したいことがあるんだ。一郎くんと修二くんはもともとは、その、ひとつの鏡……だったんだよね?」
「ああ。それが、どうかしたのか?」
次の言葉を続けようとして、無意識のうちに冬馬先輩に目を向けていた。本人を目の前にして口にするのは少しためらわれる内容だったものの、聞かなければいけないような気がして、思い切って続ける。
「一郎くんは冬馬先輩のこと、快く思ってないって言ってたけど、理由もちゃんと説明してくれたしそれはそういうものなのかなってなんとなくはわかったよ」
「それなら、良かった」
「ただね、修二くんは前世の記憶がないって言ってたでしょう? それなのに冬馬先輩に対するあの対応ってちょっと不自然だと思うんだ。さすがに相性ってこともないだろうし……」
「……それは…」
珍しく言いよどむ一郎くんが何かを言おうとしたその時、冬馬先輩が静かに言った。

「彼の無意識が、そうさせるのでしょう。彼と僕は非常に近い存在ですから」
「修二くんと、冬馬先輩が…近い?」
冬馬先輩の言葉の意味が分からずに反復する私に、先輩は小さく頷いた。
「そうです。彼はよく僕のことをこう呼んでいます、『お人形』と。すなわち、それはそのまま」
「待て」
一郎くんの鋭い声が言いかけた冬馬先輩の声を遮った。
「剣よ、大堂に何を言う気だ。憶測でものをいうのはやめてもらおうか」
「…憶測ではないのは君が一番よく知っているはずだろう、コードno.702。僕の話がただの憶測にすぎないのなら双子のはずの君たちはなぜコード番号が続きの数ではないのか、なぜ片方だけ転生の記憶が一切抜け落ちているのか」
淡々とそう話す冬馬先輩を正面から見据える一郎くんは、何故か顔面が蒼白だ。

どうしよう?
①冬馬先輩にそのまま続きを話してもらう
②一郎くんの様子が心配、話は中断して声をかける
③直接修二くんに聞いてみたい

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②一郎くんの様子が心配、話は中断して声をかける

「顔が真っ青だよ。大丈夫?」

私は一郎くんに駆け寄り、声をかけた。
「ああ、心配ない」と私に一言呟き、また冬馬先輩に向き直った。

「剣……いや、冬馬先輩。このことは二度と言わないで欲しい。
もし万一、修二の前で言ったのなら、俺は全力であなたを倒すつもりだ」
「…………わかった」

(何、なんなの……)

「一郎くん、何がどうなって……」
「大堂。言葉にした瞬間、すべてが壊れてしまう事もある。
修二に残酷な真実を背負わせ、苦しめる必要は無い。たとえ、薄々気づいていたとしてもだ。
君にしても、力や組織の事を知ってしまったから、こんなにも辛い思いをしているのだろう。
俺のやり方が逃げだと思うのなら、それでも構わない。
だが頼む……これ以上、何も聞かないでくれ」

(一郎くん……)

一郎君の言いたいことは、正直わからない。
だけど、真剣に、誠実に言っていることだけは伝わる。

「うん。よく分からないけど、この話はおしまいにしよう。冬馬先輩もいいよね」
冬馬先輩は黙って頷く。
一郎くんは私たちの様子を見て、安心したように大きく息を吐いた。
「勝手を言って、すまない」

その時、長椅子に置いてあった私の鞄がモゾモゾと動いて地面に落ちた。
冬馬先輩は無表情のまま鞄を拾い上げ、私に手渡してくれる。
「愛菜の覚醒で、精霊が目覚めたようです」
「精霊って……チハル!」

私は鞄を受け取り、急いで開けた。
すると、ぬいぐるみのチハルがピョンと飛び出してきた。

私は……
①チハルを抱きしめる
②チハルを撫でる
③チハルに話しかける

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①チハルを抱きしめる

「よかった、チハル。もう動かなくなるかと思ったよ……」
ポンッと音がしたので慌てて手を離すと、大きな姿のチハルが目の間にいた。

「愛菜ちゃん、ごめんなさい」
悲しそうな顔でチハルがぎゅっと私を抱きしめる。

「どうしてチハルが謝るの?」
「ボク愛菜ちゃんをまもれなかった……。
 力がなくて、ずっとうごけなかったけど知ってるよ、愛菜ちゃんの声が出なくなったこと」
「謝るのは私のほうだよ。チハルに無理させちゃったもの、ごめんね」
「愛菜ちゃんはわるくないよ! ボクのちからがたりなかったから……。
 でも、ボクもっと強くなったよ。今度はぜったいにまもってあげる」
「ありがとうチハル。でも無理はしないで。
 私も力を使えるようになったし、チハルがまた動かなくなったら嫌だよ」
首を捻ってチハルを見上げると、黒目がちな瞳がくるりと動いた。

「でも愛菜ちゃんのお願いはなんでもきいてあげたいよ?」
「ありがとう、でも、無理だと思ったらそう言ってね? もし無理なら、別の方法を考えよう?」
「そのほうがいいの?」
「うん、チハルが動かなくなると寂しいよ」
「わかった!」
ぎゅーっと抱きつかれる。

「チ、チハル苦し……」
あまり力の加減がうまく出来ていないチハルの腕を慌てて軽く叩いて、離すように促す。

「あ、ごめんなさい……」
とたん、しゅんとうなだれるチハルの頭を撫でてあげる。

「大堂」
ひと段落着いたところで一郎くんが声をかけてきた。

「今日はもう帰ったほうが良い」
「え? どうして?」
「おそらく徐々に過去世の記憶が戻ってくると思うが、場合によっては放心状態に陥ることがある。
 そんな状態で授業を受けても、まわりが心配するだけだろう」

確かに急にぼーっとしてたら皆心配するかもしれない……
①でも、授業に出る
②家に帰る
③しばらくここにいる

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①でも、授業に出る

「やっぱり授業に出るよ。せっかく学校まで来たしね」

私は鞄を閉めて、一郎君を見た。
みんなに心配されるかもしれないけど、授業についていけなくなるのはもっと困る。
ただ、今は文化祭の準備期間で宿題がないのだけマシなのだけど。

「駄目だ。前世後退でやはり無理をさせすぎたようだな」
「でも……」
「君だけではない。その周りの学友にも迷惑がかかると言っているんだ」
「うーん。それも、わかるんだけど」
「ボクも今日は帰ったほうがいいと思うよ。急に大きくなったもやもやがグニャってなってるもん。
それのせいで胸のところがフラフラだし」

その言葉に、一郎君はチハルをジッと見つめた。
チハルは目をパチパチさせて、首をかしげている。
「君は……大堂の魂が不安定な事まで見えるのか」
「少し見えるし、触ってもわかるよ。けどね、ボクはキミじゃないよ。チハルって名前だもん。愛菜ちゃんにつけてもらったんだ」
「そうか。では精霊よ、頼みがある。大堂を家まで連れてってくれないか。俺は委員会の雑務が残っていて、どうしても抜けることが出来ないんだ」
「いいよ。でもね、ボクは精霊よりも、チハルって名前で呼ばれたいな」
「助かる。頼んだぞ」
「たのんだぞじゃないよー。チハルだよ」
チハルは頬を膨らませながら訴えている。
けれど一郎君は何も言わず、うろたえながら咳払いをしていた。

(結局、強制なのね。それにしても……)
私が考えている間にも、チハルはめげることなく、今度は冬馬先輩の制服を掴んで「ねぇねぇ」と話しかけている。

「ボクはチハルだよ。ボクのことチハルって呼んでみて」
「……チハル」
冬馬先輩はボソッと頼まれるままに呟いた。
「うん。ありがとう」
チハルはお礼を言って、また私のところまで戻ってきた。
「あのね、愛菜ちゃん。なんであの人だけボクの名前を呼んでくれないの?」

なんて答えよう
①「照れてるんじゃないかな」
②「チハルが大人の姿だと、気安く名前が言えないのかも」
③「一郎君に聞いてみたら?」

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