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③考える

それにしても、ほんとにこの人が春樹の本当のお父さんなのだろうか?
春樹が思っているように、過去と現在ではまったく違う人のようだ。

(それに、この人がチハルがあんなに恐れていた人なの?)
チハルの怯え方は普通ではなかった。
いま、目の前にしているこの人のどこにチハルは怯えたのだろう。
巧妙に力を隠しているのか、それとも春樹を前にして父の顔になっているのか。

(春樹はこの人を平凡な男だっておもってるけど……)
ほんとうにそうなのだろうか?
考えれば考えるほど、春樹のお父さんの姿がはっきりとしなくなる。
過去にお義母さんに暴力を振るった人。
高村の有力者でチハルが怯える能力者。
いま目の前で不思議と穏やかな表情で春樹と話している人。
そのすべてが春樹のお父さんという一人の評価だというのが腑に落ちない。

(なんだろう、すごく違和感がある)
その違和感がなにか分からず、落ち着かない。
当然春樹はそんな私の思いに気づくことなく窓から視線を戻す。
それを待っていたのか、春樹のお父さんは口を開きかけた。
なんと言うのだろうと意識を向けたとき、ふと体が引っ張られるような感覚があり、急速にその場から離れていった。

『……あ』
「お客さん、病院に着きましたよ。大丈夫ですか?」
気づくと、気のよさそうな運転手さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

(あ、病院にいく途中だっけ……)
私は慌てて、運転手さんに頷いてお金を払うとタクシーを降りた。
タクシーがそのまま病院を出て行くのを確認して、私は病院に入るべきかどうか悩んだ。
風邪というのは嘘だし、それなのに声がでないとなったらいろいろ検査されるかもしれない。

(どうしようかなぁ)

①一応診察を受ける
②とりあえず病院に入る
③別の場所へ行く

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③別の場所へ行く

検査されても無駄だろうと判断して、私は入り口できびすを返した。
病院に行くのはやめて、街に向って歩き始める。
雨が強くて、傘をさしていても肩が濡れていった。

(わからない。春樹の父親って……本当にあの人なの?)

さっきの夢が気になって仕方がない。
鞄の中を覗いてみても、相変わらずチハルの動く気配はなかった。
周防さんに連絡してみようかと考えたけれど、むやみに動かない方がいいと言われていたのを思い出して携帯を閉じる。

(学校へ行くなら、病院のタクシー乗り場まで戻るのが早いけど……)

そう思いながらも、私の足はどんどん病院から遠ざかっていた。
雨に沈んでしまったような灰色の街並みを、私はゆっくり歩いていく。
そしてふと目に留まったのは、薬局の看板だった。

薬局を出ると、私はビニール袋の中から薬を取り出した。
その箱には『睡眠導入剤』と書いてある。
もう一度、私が眠ることが出来れば、あの続きが見られるかもしれない。
これから家に戻ったら、もう誰も居ないはずだ。
(でも、私に何ができるの? 覗き見をしているだけで何か変わるのかな……)

学校に行けば、近藤先生に三種の神器のことを隆と聞きに行く約束もしている。
それに、一郎くんに力の使い方について尋ねたいと思っていた。

やるべきことは他にも沢山ある。
だけど、さっきの夢も気になってしまっていた。

通りかかった空車のタクシーに手を上げ、車が止めた。
私は乗り込み、行き先を紙に書き込んで運転手さんに見せる。

その行き先とは
①学校
②家
③他の場所

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①学校

いろいろ悩んだけれど、結局学校へ行くことにする。
まず力を使えるようになって、声を出せるようにならないと何をするにも不便だ。

(それに力を使えるようになれば、今の何も出来ないという状況が改善されるかもしれない)
私は学校へ着くと、時計を確認する。
ちょうど一時間目が終わる頃だ。
私はまっすぐに一郎くんのクラスへ向かった。
一郎くんのクラスに着くと同時に授業がおわって先生が出てきた。
私はそれを確認して教室を覗き込む。
一郎くんは授業の道具をしまっているところだった。
近くの人に一郎くんを呼んでもらおうと、ノートを取り出して書こうとした時、不意に一郎くんが振り返って私を見た。

「大堂?」
一郎くんの口が私の名前を呼んだのを見て、私は一郎くんに笑ってみせる。
けれど一郎くんは一気に真っ青になると、普段の一郎くんからは想像がつかない慌てぶりで駆け寄ってくる。
クラスの人たちも何事かと一郎くんを見る。

「大堂、これはどうしたんだ?だれがこんなことをした?」
(あ、一郎くんには見えるんだ)
一郎くんが私の首に触れ眉をしかめた。

「兄貴!緊急ってなんだよ突然……っ、愛菜ちゃん!どうしたのこれ!?」
ばたばたと走ってくる足音と声が聞こえたかと思うと、背後から修二くんも私の首に触れて言った。

「なに……あの子?」
「4組の大堂さんだよね、何かあったのかな?」
(あ……目立っちゃってるっ!)
ざわざわとざわめく教室に、私は慌てて一郎くんと修二くんから離れる。

「愛菜ちゃん!」
けれどすぐに修二くんに腕をつかまれて、動けなくなる。

「大堂」
同じく反対側を一郎くんが掴み、完全に逃げられなくなってしまった。

(二人とも、ここじゃ目立つから移動しようよ)
一生懸命訴えるが、声が出ないため伝えられない。
手にはノートとペンを持ってはいるが、二人に両腕をつかまれているため字を書くことも出来ない。
心底困っていると、少し冷静さを取り戻したのか一郎くんがハッと教室を振り返る。

「修二移動するぞ」
「え?あー、OK」
一郎くんの言葉に、修二くんもハッとした様子で教室を見て頷いた。
一郎くんと修二くんの手が離れ、ホッと息をつく。

(よ、よかった)
「雨が降っているから、放送室か、屋上の踊場か……」
「いまならテニス部の部室も人はいないよ」
「大堂はどこがいい?」

①放送室
②屋上の踊場
③テニス部の部室

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③テニス部の部室

(どうしようかな)
ジッと考え込んでいると、修二くんが私の顔を覗き込む。

「迷ってるなら、テニス部の部室にしなよ。ね?」
そう言うと、修二くんは私の腕を掴んで、スタスタと歩き出した。
一郎くんは慌てて、修二くんの前に出て止めに入る。
「待て、修二。大堂は何も言っていないだろう」
「だって兄貴……愛菜ちゃんの喉……これじゃ、声でないでしょ? 言いたくても言えないよ」
「言うというのは比喩でな……」
「いいじゃん。とにかく、愛菜ちゃん行こうよ」
一郎くんは呆れるという顔で、溜息をついている。
『あの……別に、私はどこでもいいよ?』
おずおずとノートに文字を書いて、二人に見せた。
「じゃあ、決まりだね。早く早く。休み時間終わっちゃうよ」
修二くんは私を引っ張るように早いペースで歩き、一郎くんは仕方なさそうにその後に続いた。

体育館とグラウンドをつなぐ道沿いに、部室棟が並んでいる。
部室棟の中でも、特別に広く、整備されているのが男子硬式テニス部の部室だ。
今までの輝かしい成績のおかげで、他の部室とは違い、優遇されているのは誰が見ても明らかだった。
その中でもエースである修二くんは、高校生屈指の実力らしい。
天真爛漫な修二くんは、実力を鼻にかける態度も平気でとってしまい、以前の私も含めて良く思っていない生徒も多い。
反面、同級生の女子だけに留まらず、先輩や後輩からもかなりの人気があった。

「二名様ご案内。我が部室へようこそ」
修二くんの掛け声で部室のドアを開けると、少し埃っぽい匂いがした。
室内はロッカーと長椅子が並び、ボールや道具が置かれた簡素なものだ。
男子の部室ということで構えていたけど、きちんと片付けられていて清潔感もある。
「綺麗なもんでしょ? 一年にちゃんと掃除をさせてるからね。あ、でも、この辺のロッカーは開けないでね」
私と一郎くんは修二くんの案内で奥に入っていく。
「本当はここ、女子は入れちゃダメだけど、まぁ……うん…色々使っちゃうよね」
修二くんの言葉に、一郎くんは不快の色を露わにしている。

(一郎君、機嫌が悪いのかな?)
少し一郎君の態度が気になるものの、当の修二くんは気にも留めずに自分のロッカーの場所について話している。
一通りの修二くんの説明も終わり、促されるまま私は長椅子に腰を下ろした。
「じゃあ……本題に入ろうよ。ねぇ、愛菜ちゃんのそれって……ナンバー535にやられたものだよね?」
私の隣に座った修二くんは、少し真面目な顔になって尋ねてきた。
一郎くんは長椅子には座らず、立ったまま黙って私の様子を見ている。

なんて答えようかな……
①『うん。ごめん』
②『ナンバー535?』
③一郎くんを見る

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②『ナンバー535?』

修二くんに書いた紙をみせてから、そういえば熊谷さんの番号がたしか535だったと思い出す。
私はその下に、『熊谷さんの番号だっけ?』と書き足す。
人を番号で呼ぶなんてない事だし、名前をきちんと聞いていたので熊谷さんの番号が何番だったかちゃんと覚えていない。

「熊谷?」
ノートを見て修二くんが首を傾げた。

「コードナンバー535、熊谷裕也。ファントムを操る術に長ける能力者だ。
それなりに高い能力を持っている」
それを見た一郎くんが、補足するように言う。
「あー、そういう名前だっけ?ヤローの名前なんて覚えてられないよな」
兄貴良く覚えてるなーと修二くんは肩をすくめてみせ、一郎くんに向けていた視線を私に戻して私の答えを促す。

『うん、熊谷さんが香織ちゃんを人質にしてね……』
わたしは昨日あったことを大まかに伝える。

『それでね、声が出るようにするには私が力を使いこなせるようになればいいって、美波さんに教えてもらったの』
そこまで書いてふと目に入った時計に私は驚く。

(あ!もう授業始まってる!)
良く考えれば、授業の合間の休み時間はかなり短い。
けれど、部室にいても聞こえるはずの予鈴にまったく気付かなかった。
突然慌てた私に、一郎くんと修二くんは私の視線をたどり納得したように、まず一郎くんが口を開いた。

「内容が内容だからな、音の洩れない簡単な呪いをしておいた。誰かに聞かれても困るだろう」
「そうそう、ゆっくり誰にもじゃまされないように、人が近づかない呪いもしてるし安心していいよ。
 愛菜ちゃんの話を聞くほうが授業より大事だし!」
続けて修二くんがにこにこと笑いながら言う。
二人の気遣いはうれしいけれど、授業をサボらせてしまっているのは気が引ける……。
それに、一郎君のクラスの人たちは私たちが一緒にいることを知っている。
後で先生に何か言われないだろうか?

どうしよう……
①授業に戻るように伝える
②二人にお礼を言う
③早く用件を終わらせる

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①授業に戻るように伝える

『やっぱり授業に戻ろう? 二人に迷惑を掛けるわけにはいかないよ』
書きながら立ち上がろうとすると、修二くんは「平気だって」と言って私の肩を掴んで止めた。
「修二の言う通り、今は大堂の事が優先だ。このままでは、君自身も不便だろう」
『まぁ、確かに不便だけど……』

「正直、この一件に関しては、俺達の手落ちだった。
だから、気を遣う必要は無いんだ。出来るだけ大堂の力になりたいと思っている。
わかってくれるだろうか…。上手く説明できないが……」
なんだか複雑な顔をして、一郎くんは口をつぐんでしまった。

「兄貴はホント堅物だなぁ。愛菜ちゃんが心配だって素直にいえばいいのに……」
修二くんは呆れたように一郎くんを見た。
一郎くんは図星を指されて、大きな咳払いをしている。

「とにかくね。俺も兄貴も、愛菜ちゃんの声が聞けなくて寂しいなーって思ってるんだ。
だから、さっさと取り戻しちゃおうよ、ね?」
(一郎君……修二君……)
『ありがとう。私、がんばって声を取り戻すよ』
私は二人に向かって笑って見せた。

「……まず、声を取り戻すためには、呪いを解く必要がある。その事は分かるな?」
ようやく気を取り直した一郎くんは、いつもの冷静な口調で尋ねてきた
『うん。私が自分の力を信じて、自覚すれば治るって美波さんは言ってたよ』
「でも愛菜ちゃんはどうやっていいのかわかんない…。そうなんだよね?」
修二くんの言葉に私は『うん』と頷いて答えた。

「ESP訓練やミクロPK訓練で地道に能力を上げていく時間も無い……か」
一郎くんは考え込むように呟いている。
(ミクロPKって何? なんだか難しいこと言ってるよ……)
「大堂がよほど強く願えば力の発動もあるだろうが、状況が揃っていない以上、これも厳しいな」
「じゃあ、兄貴。どうすればいいんだよ。愛菜ちゃん、困ってるじゃん」
「焦るな、修二。今、考えている」
さすがの一郎くんもすぐには答えが出ないようだ。
「でもさー、愛菜ちゃんって本来の能力はめちゃくちゃ高いじゃん。本当だったらこんなに困る必要ないはずなんだよね」
『どういうこと?』
修二くんの言葉の意味がわからず、私は首を傾げる。
「俺達もそうだったんだけど……すごく力の強い奴って、大体物心つく前からスキルがあるんだよ」
『そうなの?』
私が修二君に尋ねたところで、一郎君がようやく口を開いた。
「ヒプノセラピーを試してみるか……」
『ヒプノセラピー?』
聞きなれない言葉に、私はおうむ返しで問いかける。
「催眠療法のことだよ。トランス状態にさせて暗示をかけるんだけど……でも、それっていいの?
過去に退行させたりしたら、兄貴だけが憶えてた、愛菜ちゃんのあれがバレちゃうかもよ」
修二くんは妙に意味深な言葉を呟いている。

①『一郎くんだけが憶えてた…私のあれって?何?』
②『過去に退行……』
③『なんだか、怖いな』

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①『一郎くんだけが憶えてた…私のあれって?何?』

一郎くんは私の問いに私から視線を逸らせ、考え込むように目を閉じた。
けれどすぐに目を開けていった。

「それならば、思い出す時期だったということだろう。
 それに、俺は別に大堂に思い出してほしくないわけじゃない……。
 ただ、時期が早いんじゃないかと思っていただけだ」
「ふーん?まぁ、催眠療法でそのこと思い出すとも限らないしね」
修二くんは一郎くんの言葉に、意味ありげに言う。
けれど、一郎くんも修二くんも『あれ』については答えてくれる気はないようだ。

(思い出せるなら、今無理に聞くこともないかな……)
私はそれ以上追及することをやめた。

『ところで、そのヒプノセラピー?催眠療法ってどうするの?』
「大堂が特にすることはない。そうだな、楽にしてその長椅子に横になってもらえるか?」
私は頷いて長椅子に横になろうとすると、修二くんが私を止めた。

「あ、ちょっとまって……はい良いよ~♪」
修二くんは長椅子の端に座り、ぽんぽんと自分の腿を叩く。

(え?それって……)
「……なんのつもりだ修二?」
「なにって、決まってるでしょ?ひ・ざ・ま・く・ら。
 こんな硬い椅子にそのまま横になったら頭痛いでしょ?」
それはそうかもしれないけれど、だからといって膝枕は遠慮したい。

「大堂が困ってるだろう」
ため息混じりに一郎くんが言う。

「それじゃ兄貴がする?膝枕」
「なっ!?」
「愛菜ちゃんはどっちがいい?」
修二くんは、引く気はないようだ。

(ど、どうしよう……)
①あきらめて修二の膝枕
②どうせなら一郎の膝枕
③どっちも断固拒否

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③どっちも断固拒否

二人に膝枕をされている自分の姿を考えただけで、心臓がドキドキして、顔が火照っていくのがわかる。
『無理だよ! ひ、膝まくらなんて…』
「えぇ! そんなのつまんないじゃん」
修二君は私の答えに不満を漏らしている。
(私って、男子に対して耐性の無さすぎる……恥ずかしいな……)
そう思っていると、隣の一郎君が口を開いた。

「修二。これから、大堂をリラックスさせなくてはいけないのに、興奮させてどうする」
「まぁ、たしかに……」
一郎君に諭されて、修二君が大人しくなる。
「しかし、この長椅子では少し寝辛そうだな。どうするか」
「ちぇっ、しょうがないなぁ。……これは俺のスポーツタオルだけどさ、貸してあげる。愛菜ちゃん、どーぞ」
自分のロッカーを開けて、修二君は何枚かのタオルを出しくれる。
私はそれを長椅子に敷いていった。

「では、長椅子に仰向けになって寝てもらえるか?」
私は一郎君に頷くと、長椅子に寝そべる。敷いたタオルから、少しだけ石鹸の匂いがした。
「心配することはない、大堂。人は一日に何度も催眠状態に入るものだ。寝起きや、ぼんやりと考え事をしている時などがそうだ」
「じゃあ、愛菜ちゃんは普通の人よりも催眠状態が多いかもね。ぼーっとしてるしね」
修二君が楽しそうに横やりを入れてくる。私は笑ってそれに応えた。
「次は目を瞑って、深呼吸だ。心を落ち着けて……そうだな。そしてそのまま、しばらく雨の音を聴いてもらえるだろうか」

さっきまで無音だった部室内に再び雨の音が聞こえ出した。
音が洩れないようにしていたのを、二人の力でどうにかしたのかもしれない。
サーッという一定のリズムが心を穏やかにしていく。

「肩の力を抜いて……、そう、そうだ。眠る前の自分をイメージすればいい」
一郎君の落ち着いた声が、優しく響く。
「両腕が次第に重くなっていくはずだ。そして、徐々に身体全体が沈みこむような感覚になっていくだろう」
体全体が、ゆっくり穏やかな闇の中へ沈みこんでいく感覚。とても、安らかな気分だ。

「20から順にカウントダウンしていく。すべてカウントが終わった時、君の声は自然と出ているはずだ。いいか?」
私が頷くと、一郎君はカウントダウンを始めた。
19、18、17……一郎君のカウントダウンが続く。闇の中の私の身体は軽く、どこまでも心地いい。
「3、2、1」
「ゼロ」という声と共に、私は「ぁ…」と、か細い声を出していた。
(声が出た……)
「よし。まだ完全ではないが声が出たな。では、このまま君の力への偏見を取り除いていこう。呪いの根は深い。
元から治していくという強い意志が必要だ。だが、君は心にブレーキをかけ、自ら力を封印しているように見える。
解決するには、その心因的な拘束を取り除く必要がある。遠い過去……心に思い浮かぶもの……少しずつ何かが見えてきただろうか」

①「……お母さんが見えるよ」
②「……知らない女性が見えるよ」
③「……知らない男性が見えるよ」

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①「……お母さんが見えるよ」

(なんでそんなに悲しそうなの?)
そう思っていると、はらはらとお母さんの頬に涙が伝う。

(なんで泣くの……?)
「ごめんね愛菜」
(なんで謝るの?)
「普通に産んであげられなくてごめんね」
(それって、どういうこと……?)
お母さんは私の問いには答えず、そっと私を抱きしめた。
それで、私がいつの間にか小さな子供になっていることに気づく。

「おかあさん」
自分は話していないのに声がする。

(そうか、これが私の過去?)
「なかないで、おかあさん。だいじょうぶだよ」
子供の頃の自分が手を伸ばしてお母さんを抱きしめる。

「おかあさんがいやなら、もうすてる。いらないから」
「愛菜……あなたは優しい子ね」
「でも、おかあさんいなくなるの」
「愛菜?」
「おかあさん、あいなをおいていっちゃうの。いっちゃやだよ、おかあさん」
「そう……わたしは愛菜を置いていくのね?」
「いやだ、おいていかないで」
泣き出した私をなだめるようにお母さんは私を抱き上げる。

「大丈夫よ、愛菜。おいて行ったりしないわ。……まだね」
「ほんどう?」
「ええ、本当よ。ねぇ愛菜、私はいつあなたをおいていくの?」
お母さんの言葉に、小さな私は首を傾げる。

「わかんない……、たかしにくまさんもらうの。そのあと……」
「そうなの……。ね、愛菜はまだ隆くんにくまさんをもらっていないでしょう?」
「うん」
こっくりと頷いた私に、お母さんは微笑んだ。

「だから、おいていったりしないわよ」
(そうか、お母さんが出て行ったのは私がそういったからなんだ)
いままでなぜお母さんが出て行ったのか分からなかった。けれど、小さな頃の自分は最初から知っていた。
きっとこの会話がある前にも、お母さんと私は先のことについていろいろ話したのだろう。

「それじゃあ、愛菜約束よ。もう、先のことを見ないこと。もし見てしまっても忘れること」
「うん。わかった!」
「愛菜は良い子ね、それじゃあもう忘れてしまいましょう、愛菜」
優しく背中を撫でるお母さんに小さな私はすぐにうとうとと眠り始める。
きっと、この後から私は未来を見ても忘れてしまうようになったのだ。

「そうか、お母さんと約束したんだ。もう先のことを見ないって、見ても忘れるって」
「原因の一つが分かったな。力の枷が緩んだようだ。
 だが、まだ根本に根付いているものがあるみたいだな。もっと別の場所、何か見えないか?」
「別の……」
一郎くんの声に導かれるように、別の何かが見えてくる。

それは……
①「……剣と鏡?」
②「……女の人?」
③「……男の人?」

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②「……女の人?」

私は掠れた声を絞り出して、一郎くんに伝える。
意識の向こうから浮かんできたシルエットが女の人のものだった。
(ううん、ちょっと違う。これは女の子だ……。私より少し年下くらいの……)

「それは、どこだか分かるか? 見えたという女性の特徴も教えて欲しい」
一郎君の声が頭上から降り注いだ。

(どこだろう……日本だと思うけど)
まるでピントの合っていない写真のように、すべてがはっきりしない。
だけど、この場所がそんなに遠く離れた場所でないことは、直感で分かった。

「日本、かな。でも、全然わからない。よく見えないよ」
ぼやけた映像がスライドショーのように、途切れ途切れに切り替わっていく。
時にはフィルムの擦り切れた映画のように観えることもあった。
でもやっぱり、どれが映し出されても、かろうじて輪郭がわかる程度のものばかりだった。

「最初から前世退行させたのは、さすがに無理があったようだな。今日はもういいだろう。俺が次に指を鳴らすと同時に……」
「ちょっと待って、何か……聞こえる……」
一郎くんの言葉をさえぎって、私は意識を集中させる。
最初は曖昧だった言葉が、少しずつはっきりと聞こえだした。

「――草薙剣、八咫鏡を賜ひし我が霊代を以って、天に明かり照らし御神に仕え奉らくと申す」

(神様に祈ってる? そっか……これ祝詞だ)

なぜだろう。私はこの祝詞をよく知っていた。
まるで身体に染み付いた言葉のように懐かしくすら感じる。
聞き覚えの無い女の子の声で奉読しているけれど、とても他人とは思えなかった。

(だけど……)

心に小さな引っかかりを覚えた。
大切な何かを忘れているような気がする。
思い出さなきゃいけないのに出てこないような、ザラッとした違和感がある。

それって何だろう……
①八尺瓊勾玉の存在
②敵の存在
③好きな人の存在
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