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①チハルが泣き止むまで待つ

今の状態ではチハルから話を聞くことは難しい。
私はチハルを落ち着かせるために、背中を撫でる。

「そんなにこいつが怯えるって普通じゃないよな」
泣きじゃくるチハルの頭を優しく撫でながら隆が顔をしかめる。

「そうよね。そんなに怖い人なのかな……」
そんな人についていった春樹がますます心配になる。

「ほら、チハルもう怖い人は居ないんだからそんなに泣くな。男だろ?……男だよな?最初はその姿だったし」
ぽんぽんとチハルの頭をあやすように叩きながら言った隆は、自分の言葉に疑問を覚えたのか最後のほうは小さくぶつぶつと呟いている。

「……ぐすっ、うん」
最後のほうは聞こえなかったのか、隆の言葉にチハルは小さく頷くと何とか涙を止めようとごしごしと目をこする。

「あんまりこすると赤くなっちゃうよ」
私はあわてて鞄からハンカチを取り出すとこすらないようにチハルの顔をぬぐってあげる。

「大丈夫チハル?」
「うん」
まだ時々しゃくりあげるけれど、だいぶ落ち着いたらしい。
チハルはこくんと頷いて、まだ赤いままの目で少しだけ笑う。
とりあえず、チハルが落ち着いてくれたことにホッとする。

「春樹の父親ってのは、そんなに怖いやつだったのか?」
落ち着いたチハルに、隆は首を傾げながら聞く。
チハルはそのときを思い出したのか、また怯えた顔になったけれど今度は泣き出さず頷いた。

「すごい、真っ黒でどろどろしてるの。他の人のヒメイとかうウラミとかいっぱいついてた。僕たち精霊とははんたいのチカラ。つよいチカラ」
言いながら、チハルが震える。

「悲鳴?恨み?」
「精霊とは反対の力?」
私と隆は顔を見合わせる。
真っ黒でどろどろと言うのは感情のことだと予想はつく。
けれどその他の言葉は良く分からない。

ピンポーン

チハルに詳しく聞こうと口を開きかけた所に、チャイムが鳴る。
時計を見ると美波さんが到着する時間になっていた。
私は玄関まで行き、外に居るのが美波さんだと確認してから扉を開ける。

「こんばんは、愛菜さん」
「こんばんは美波さん。急にすみません」
「愛ちゃん?お客さん?」
「あ、お義母さん……」
チャイムの音にお義母さんが階段を降りてくる。
美波さんは、お義母さんをみて微笑んだまま会釈をしている。

どうしよう……
①病院の先生だという
②周防さんの友達だという
③自分の友達だと言う

572
①病院の先生だという

「えっと、こちら大宮美波先生。この前私も春樹も続けて病院に行ったでしょ?苗字が同じだったから覚えててくれたらしくて」
「そうなの。こんばんは、先生。家の子達がお世話になりまして。……それで、こんな時間にどうかなさったんですか?」
とっさに口をついて出たのは我ながら情けなくなるような怪しげな説明だった。言いながら自分でそう思ったくらいだ、お義母さんが納得できる筈が無い。
お義母さんの表情は美波さんが医者と聞いて多少は和らいだものの、やはりいつもよりは幾分険しい。

ない知恵をしぼってどうにかこの場を乗り切ろうと頭をフル回転させていた私の前で、美波さんは小さく苦笑してお義母さんに告げた。
「夜分に失礼かとも思ったのですが。春樹さんがこの前病院にいらした時に念のため精密検査を
受けて頂いたのはお母様もご存知かと思います。その時は特に異常は見られないようでしたがぶつけた場所が場所でしたので、経過を見るためにもう一度いらしてくださいとお話したのですけれど」
美波さんがそこで言葉を切ると、お義母さんは春樹がその後病院に行っている様子が無いのに思い当たったらしい。
「まあ、そのためにわざわざ?お忙しいところこんな所までご足労頂いて……」
頭を下げるお義母さんに美波さんはとんでもないというように首を振った。
「どうかお気になさらず。私も帰宅の途中ですし、春樹さんの担任……近藤先生ですか、彼からもよろしく頼むと言われていましたので」

(……近藤先生ってあの、近藤先生?美波さん、近藤先生と知り合いなの?)
何でもないように美波さんが口にした言葉に、私の頭の中にふと疑問が浮かぶ。
そう思ってみれば確かに近藤先生と美波さんの年齢は同じくらいだし、真面目そうな雰囲気や生徒・患者思いなかんじは似ているような気がしないでもない。
思わず凝視していた私の視線に気がついたのか、美波さんは内緒話をする子供みたいにいたずらっぽく笑った。
「彼とは大学の同級生なんです。私はてっきり彼も医者になるものと思っていたのですが、彼が教師とは生徒さん達もなかなか大変でしょうね。……ところで、春樹さんは?もうお休みですか?」
「え…ええ、今日はなんだか文化祭の準備で疲れたらしくて。せっかくお越し頂いたのに」
まるで事情を知らない素振りで問う美波さんに、お義母さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
外の人間に春樹がいなくなったとは言う気にならないのだろう。美波さんはそうですか、と答えてお義母さんの顔に目を止めた。
「……おや。お母様、お顔の色が優れませんね」
「そうですか?嫌だわ、少し疲れているのかしら」
誤魔化すように無理矢理笑顔を浮かべて元気な振りをするお義母さんの様子に、胸が痛くなった。春樹のことが心配でたまらないはずなのに。

「お薬はお出しできませんが、お手をよろしいですか?」
不意にそう言って美波さんがお義母さんの手をとった。透き通るように白い両手でお義母さんの手を包むと、目を閉じて額にあてる。その姿はまるで祈りを捧げているかのようだった。
「あれ?お義母さん?」
美波さんが手を離すと、お義母さんはこちらに目もくれずにふらふらと階段を登っていった。表情はぼんやりとしてまるで眠っているかのようだ。
振り返って美波さんを見ると「これで明日の朝までぐっすりお休みになれますよ」と笑った。

美波さんに……
①お義母さんに何をしたのか聞く
②近藤先生について尋ねる
③時間が惜しい、周防さんのことを話してもらう

573
①お義母さんに何をしたのか聞く

「美波さん。お義母さんに何をしたんですか?」
お義母さんの空ろな瞳に不安を感じて、私は尋ねた。
「お疲れのようでしたので、まじないを施しておきました。今、お母様に必要なのは、あなたの支えと睡眠ですからね」

(そうだ。私がいつまでも悩んでいたら、お義母さんを支えてあげられないもんね)

「ところで……、そろそろお話させて頂きたいのですが、上がってもよろしいですか?」
玄関に立ったままの美波さんが困ったように笑いかけてきた。
「き、気がつかなくてすみません。どうぞ」

美波さんを居間に通し、私たちは簡単な挨拶をすませた。
紅茶を持って居間に戻ると、隆と美波さんは春樹のことについて話し合っていた。

「春樹はやっぱりあのインチキくさい連中の所に居るのか……」
「今は周防が調べています。その報告があるまでは動かない方が賢明でしょう」
「くそっ。わかってるのに助けにいけないのかよ」
「今は堪えてください。私たちも出来る限りのことをさせてもらいます」
「春樹のやつ……戻ってきたら一発殴ってやらなくちゃな」

隆と美波さんのやりとりを聞きながら、私は人数分の紅茶をテーブルに置いていく。
すべての紅茶を置き終わり、ようやくソファーに腰を下ろした。

「ねえ、隆。春樹が戻ってきたら、私も殴るのに参加していい?」
「お、おい?……愛菜?」
突然の私の発言に、隆は目を丸くしている。
「ボクもナグっていい?」
チハルは意味が分かっているのかいないのか、参加を申し出る。
「じゃあ。チハルも含めてみんなで殴ろっか」
「うん。春樹ナグル」
少し元気が出てきたのか、チハルはようやく笑顔を見せた。
驚いていた隆も笑いながら、「おう、でかくなって殴ってやれ」と言ってチハルに右ストレートを見せている。

「春樹さんは戻ってきたら袋叩きですか。それはある意味主流派より恐ろしいですね」
美波さんは穏やかな笑みを浮べたまま、私に向って話しかけてきた。
「美波さんも参加されますか?」
私は冗談で美波さんに尋ねる。
「そうですねぇ。私は一応医者ですし……殴られた春樹さんの傷口に塩でも塗っておきますよ」

(……それが一番怖いかも)

何から聞こうかな?

①周防さんの過去
②近藤先生とのこと
③チハルが言っていた反対の力の心当たり

574
①周防さんの過去

「あの、早速なんですけれど、周防さんの過去について聞いてもいいですか?」
「ええ、そのために来たのですからね」
とりあえず会話が一区切り付いた所で、私は本題を切り出す。

「どこから話しましょうか……とりあえず、私が周防を知ったのは彼が7歳、私が10歳のときです」
美波さんはそう言って過去を思い出すように頬に手を当てる。

(美波さんて周防さんより3歳年上なんだ……あ、近藤先生と同級生ならそのくらいで当然だよね)
「といっても、私が周防を知ったというだけで周防が私のことを私として認識していたかはわかりません。
 私も周防に実際に会ったわけではありませんでしたから」
「要するに、周防って子供が居るって話を誰かに聞いたんだな?」
「少し違いますが、そう思っていただいて差し支えはありません」
隆がの言葉に、美波さんは微笑んで頷いた。

(あ、美波さんだって能力者だもんね、どんな力か分からないけど力を使って周防さんのことを知ったのかも……)
「実際に彼に会ったのは私が16歳、彼が13歳のときです」
13歳という年齢に、ふと以前見た夢の光景が思い浮かぶ。
病院の中庭のような場所に座っている周防さん。美波さんが会ったのはあのくらいの年齢の周防さんなのだろう。
そう言って美波さんは懐かしむように微笑んだ。

「彼は昔から組織のあり方について疑問を抱いていました。
 けれど当時はおおっぴらにそれを公言することはなく、表向きはそれなりに従順でした」
何かを思い出したのか、美波さんがくすっと笑う。

「彼は高村の直系ではありませんが、その能力は高いものだったので親元をはなれ、直系の能力者と共に生活をしていたそうです」
私はその言葉に周防さんに聞いた言葉を思い出す。

『うん、知ってるよ。というか、組織を作ったヤツを知ってる』

夢の中で周防さんがそう言っていた。
と言うことは、組織自体はそんなに古いものではないのだろうか?

「とりあえずここまで、よろしいですか?」

えっと……
①「大丈夫です」
②「組織っていつからあるんですか?」
③「隆は何か聞きたいことある?」

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②「組織っていつからあるんですか?」

私はふと疑問に思ったことを口に出した。

「今の組織は、周防の祖父にあたる方が創設者なのですが、旧組織の歴史はもっと古いと聞いています。第一次世界大戦から生物兵器の研究していたようです」
「……そうですか」
ずいぶん歴史のある組織なのはわかったけれど、いまいちピンとこない。
そんな怪しい研究所が現代にあることすら、未だに納得できないところがある。

「ていうか、どうしてそんなアブナイ研究している所を放っておくんだ? どう考えても犯罪だろ」
隆は美波さんに向って、身を乗り出すようにして訴えた。
「ええ、その通りです。しかし、表向きは極めて合法的かつ良心的な研究所ということになっています。研究所の裏の姿は一部の人間しか知りません」
「じゃあ、俺達が裏の研究について警察に言えばいいんじゃないのか?」
「だけど……証拠がないよ」
私も以前、その事を考えたことがあった。
だけど、そんな突拍子もない話を信じてくれるとも思えない。

「残念ながら、警察に届けても、マスコミに公表しても、潰されてしまうでしょうね」
美波さんは苦笑を隠すように、紅茶に口をつけてながら言った。
「どういうことだよ?」
「元々高村というのは、明治時代に財閥の一つとしてあげられる企業家だったようです。爵位を獲て華族として政界にも参加していきました。ですから現代になっても、政界、財界、マスメディアに大きな影響力を持っているのです」
「なんだよ……それ」
にわかには信じられないという様子で、隆は美波さんを見ている。

『優秀な能力者であり、研究者であり、権力者でもある……それが高村の名を持つ者なのです』

冬馬先輩の言葉を思い出す。
そして、桐原さんが言っていた『たいへんな権力者』という言葉も。

「でも、そんなの昔の話だろ。財閥や華族なんて現代では関係ないじゃないか!」
権力を振りかざす大人を最も嫌う隆には、この話は許せないのだろう。
けれど、美波さんは首を振って否定する。

「隆さん。名だたる企業の多くは旧財閥ですし、世襲政治家ばかりが総理大臣になっている。それでも関係ないと言えますか?」

美波さんの問いに、隆は何も言えなくなってしまった。
私や隆が思っている以上に、世の中には見えない権力が渦巻いているのかもしれない。

「現在の高村は、製薬会社、病院、医療機器メーカーなど、医療を牛耳る存在となっています。……話が少し逸れてしまいました。周防の話に戻りますね」
そう言って美波さんは、紅茶のカップをソーサーにゆっくりと置いた。

次は何を聞こうかな

①13歳の周防さんの様子を聞く
②16歳の周防さんに何が起きたのか聞く
③綾さんと周防さんの関係について聞く

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①13歳の周防さんの様子を聞く

「13歳の頃の周防さんはどんな感じだったんですか?」
「……そのあたりのことは実は私は良く分かりません」
「え?」
「彼が13の頃に始めて会ったといいましたが、本当に会っただけなのですよ。
 会話もなく、視線すら合わすことはありませんでした」
「すれ違った、とかそういうことか?」
「そうですね……同じ空間に居た、と言うのが正しいでしょう」
美波さんは笑うと言葉を続けた。

「私がその頃の周防を知らない理由は、私が施設を離れたからです」
「施設を離れた?」
「ええ。私は従順な研究対象でしたので、外部の高校へ編入する事になったのです」
そういえば、美波さんは小学校に上がる前に施設へ入ったと言っていた。
その間はずっと施設に居て外に出ることはなかったということなのだろう。

「それから二年あまり、私は外の世界を体験し高校を卒業と共に施設へ戻りました。
 もちろん、高校へ通っている間も定期的に施設へ通い報告もしておりましたが、周防に会うことはありませんでした」
だからその頃の周防さんのことは分からないのかと、私は納得する。

「ですが、妹が送ってくれる言葉に、時々周防の名が出てきました」
「綾さんの?」
「ええ。物心付く前に私と共に施設に入った綾は、能力が高くなかったため、主に薬による実験を受けておりました」
「……」
「私と綾は血のつながりがあったためか、どれほど遠くに居ても言葉を交わすことが出来ました。
 といっても、綾は薬によってほぼ自我はありませんでしたので、時々薬が切れたときのみの会話でしたが」
美波さんは寂しそうに笑う。

「そして高校を卒業し大学に入学した私は、大学へ行く以外は組織で被験者たちの管理をするようになりました。
 それと同時に私と周防の付き合いが始まります。私が18、周防が15ですね」
今日地下で聞いたかれこれ9年の付き合い、というのはこの時からということなのだろう。

「13の頃の周防のことはあまり話せず申し訳ありません。
 ここまでで何か質問はありますか?答えられるかは分かりませんが」

①特にない、話を続けてもらう
②綾さんは周防さんをどう言っていたのか?
③これからの話が美波さんにとってつらい話ではないのか聞く

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②綾さんは周防さんをどう言っていたのか?

「綾さんは周防さんの事をどう言っていましたか?」

私が夢でみた綾さんは自我を失っていたのか、気持ちまで分からなかった。
亡くなった綾さんの心を覗くみたいで気が引けるけれど、知らなければならない事のような気がする。

「最初の頃は怖い人だと言っていました。綾にとってはじめての友達でしたし、接し方がわからなかったのでしょう。
綾は精神的に少し幼い子でした。薬のせいで、なかなか心が成長できなかったのです」

美波さんは下を向き、自分の手を見つめながら話していた。
その綺麗な手も綾さんと似ていたのか訊こうと思ったけれど、美波さんの気持ちを考えると何も言えなくなってしまった。

「その内、綾に変化が現れてきました。周防と会えるのが嬉しいと言いだしたのです。
兄としては焦りましたが、綾本人の心境としては、ようやく周防を友達として認めることができただけのようでした」

夢に出てきた少年の周防さんは、すでに綾さんのことを好きだったように見えた。
けれど、綾さんの心はそれを受け入れるほど成長していなかったのかもしれない。

「二年あまりが経ち、私が研究所に戻った時、綾はすでに特別棟に入れられていて会う事はできませんでした。
投与される薬もより強いものになってしまい、思念の伝達もままならない状態だったのです」

「綾さんの事が心配だったでしょうね……」

「はい。心配でしたね。ちょうどその頃、すでに研究員として綾の担当をしていた周防と知り合ったのです。
綾の様子を伝え聞くようになり、私たちは親しくなっていきました。もちろん、その時に周防の気持ちを知ることになります。
そして……綾を一途に想う周防の気持ちを、知れば知るほど…私は恐ろしくなっていったのです」

「恐ろしいだって?なんで怖がる必要があるんだよ」
腑に落ちないのか、隆が美波さんに問いかける。

「周防は高村の血筋の者ですから、実験体の綾に乱暴しようと、処分しようと咎めることは出来ません。
綾がもし周防を拒むことがあれば、どうなるか……周防が一途ゆえに余計恐ろしかったのです」

「で、でも……周防さんはそんな事をする人じゃ……」

「愛菜さんが言いたいことはわかります。ですが皮肉なことに、当時の私の精神もまた、洗脳によって侵されていたのです。
研究員達の代わりに何の疑問も持たず、組織に都合の良い人間を次から次へと養成していたような人間でしたからね。
本来ならば組織のあり方に疑問を抱くはずなのですが、正常な判断に欠いていた私は、周防を憎み、なんとかして綾を助け出したいと考えるようになっていきました。
そんなある日、綾から久しぶりに思念による連絡が入ってきました。それが逃亡計画だったのです」

「あの…美波さんは、洗脳されて組織に従順だったんですよね。なのに組織にいる周防さんに従おうとはしなかったんですか?」
私は疑問に感じて、周防さんの話に割り込んだ。

「洗脳といっても万能ではありません。特定の研究員達には従順でしたが、周防に従うようには洗脳を受けていませんでした。
さらに組織のあり方に疑問を抱く周防を、私は異分子としても敵視しはじめていたのです」

(組織全員に従うという訳ではなかったのね)

美波さんは一旦、話を区切って紅茶を飲んだ。

「……どうしましょうか。その頃の周防の話をしましょうか? それとも、続きを聞きますか?」

①話を続けてもらう
②15~16歳の周防さんの様子を詳しく話してもらう
③隆に理解できているか尋ねてみる

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③隆に理解できているか尋ねてみる

「隆、話についてきてる?」
よく考えれば、隆は私のように夢を見ているわけではないし、地下で周防さんや美波さんに会っているわけではない。
今の話で理解できているかどうかふと気になって尋ねてみる。

「なんとかな。
 要するに、この人は周防ってやつの好きだった女の兄貴で、元組織の被害者で今は組織に対立してるんだろ?」
「ま、まあそうかな……」
あまりにも大雑把に要約されて私は苦笑する。
けれど間違っているわけでもない。完全に真ん中をすっ飛ばしている気はするけれど……。
とりあえず一応隆にも理解できているようなので、美波さんに向き直る。
美波さんも、隆の言葉に苦笑めいた微笑を浮かべていた。

「長々と話していましたが要約するとそうなりますね。では、続けましょうか」
「お願いします」
「ここから愛菜さんが聞きたいといった8年前の話になります」
美波さんの言葉に、私は無意識に背筋を正す。

「私は綾から逃亡計画を聞きました。綾の思念は一週間後に計画が実行されると伝えてきました。
 私はその時、自我とマインドコントロールによって洗脳された意識の間で葛藤が起きたのです。
 今組織にこのことを伝えれば、高村である周防は軽い処分で済むだろう。
 けれど綾は本当の意味で処分されてしまう可能性が高い。
 しかしこの事を組織に伝えないわけにはいかない。けれど伝えたら綾が……、といったふうにグルグルと思考がループしていました」
当時のことを思い出したのか、美波さんはかすかに眉根をよせる。
マインドコントロールされていても、家族が大事だと言う意識は消えなかったんだろう。
ましてやずっと同じ境遇、いや綾さんのほうが過酷な環境で過ごしていたのだから当然かもしれない。

「こうして私は表向きは普通に今までの生活を続けながら、内心ではずっとこの葛藤を続けていました。
 そして、結局組織に何も言えないまま当日がやってきました」
そう言って美波さんは押し黙る。

私は…
①美波さんが話しだすのを待つ
②美波さんを促す
③無理して話さなくていいと言う

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①美波さんが話しだすのを待つ

(美波さんにとって辛い過去のはずだよね。だけど……)

そんな私の様子を見て、美波さんは「大丈夫」と声を出さずに頷いてくれた。
そして、ソファーに深く座りなおすと、また口を開いた。

「当日を迎え、私は葛藤しつつも組織に逃亡計画を伝えました。
その時、この情報を提供する代わりに、妹を見逃してくれるように懇願しました。
組織の幹部達は、綾の自由を約束してくれました」

「けど、その約束は守られなかった…そうなんだろ?」
顛末のみえた物語のように、隆は淡々と言った。

「ええ。隆さんの仰る通り、約束が守られることはありませんでした。
何も知らない周防は綾を連れ、通路を出たところで組織に捕まりました。そして、殺されそうになる綾を庇って、周防が…」

そこで、美波さんは話すのをやめてしまった。

(やっぱり、話したくないよね)
私がもういいですと言いかけたところで、美波さんが私の名前を呼んだ気がした。

「今、私を呼びましたか?」
「はい。愛菜さん、すみませんが……ナイフなどの刃物と消毒液を頂きたいのです」
「??」
「出来れば、血で汚れてもよさそうな物をお願いします」
「……わ、わかりました」

私は意味も分からないまま、言われた通りにカッターナイフと消毒液を用意し、美波さんに渡した。
美波さんはカッターの刃を出し、刃に消毒液を垂らした。

「実際に見ていただくのが一番早いと思います。少しグロテスクなので、愛菜さんは見ない方がいいでしょう」
自分の腕を捲くりながら、美波さんは言った。
「何をするんですか?」
「すぐに終わります」
美波さんはそう言うと突然、私の手を握った――


「――さん、愛菜さん」
「え?」
私はぼんやりしていたのか、美波さんの声で我に返った。
「終わりましたよ」
何が終わったのか分からないまま、頭を振って二人を見た。
「隆さん、綾も私と同じ特殊能力を持っていました。わざと力を暴走させ、生命力のすべてを周防のために使ったのです」

美波さんはさっきと全く同じ様子だったけれど、隆は黙り込んでいた。
(何? 隆、顔色が悪いみたいだけど……)

私は……
①隆に何があったのか尋ねる
②美波さんに何があったのか尋ねる
③黙って二人の様子を見る

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②美波さんに何があったのか尋ねる

「何が、あったんですか?」
顔色の悪い隆を気にしつつ、美波さんに尋ねる。

「私の力を見てもらっていたんですよ。私の力は治癒能力に特出しています。もちろんそれだけではありませんが」
美波さんは微笑んで人差し指を立てた右手で、すっと左腕をなぞる仕草をする。

「先ほどこのようにカッターで切って見せたのです。
 ソファーは汚れないようにしておりましたので大丈夫ですご安心ください」
そういった美波さん腕は滑らかで傷一つない。
半信半疑で隆を見ると、隆は小さく頷いた。

「この人の言ってることは嘘じゃない。言われただけじゃ信じられなかったが、見ちまったからな」
隆はそう言って、深くため息をつく。

「綾の力は強くないものでした。自分の傷を癒すのも、他の人より幾分早いという程度の。けれど綾は周防が傷つき倒れたあの時、自らの命を削り暴走させることでその力を最大限に発揮しました。
 その場に居合わせた私は、綾の暴走した力の余波によってマインドコントロールを解かれました」
美波さんはそう言っていったん口を閉じ、静かに目を閉じた。
数呼吸後、美波さんは言葉を続ける。

「周防の傷は綾の力で癒えました。けれど周防はそれから三ヶ月あまり意識を取り戻さなかったのです。
 組織は肉体は綾の力によって癒されたけれど、精神はすでに死んでいるものと判断しました」
「それで、周防さんは死んだっていうことになっているの…?」
「そうです。けれど周防が死んだという通達が組織に回ったその一週間後、周防は目覚めました。
 その三ヶ月の間に周防の中で何があったのかは分かりません。けれど、目が覚めた周防は完全に反主流派として組織と相対する姿勢を示すようになりました」
美波さんは穏やかな顔で私を見た。
その瞳が質問はありますか?と尋ねているように見える。

①「組織は周防さんが生き返ったことをなぜ公表しなかったの?」
②「周防さんに意識がない間、何があったのか聞かなかったの?」
③「意識がない間のことを周防さんは何も言わなかったの?」

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