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私と春樹は走って学校へ急ぐ。
チハルの事もあって時間がギリギリになってしまった。
学校が近づいたところで、春樹と今日の事を確認する。

「一緒に回る話だけど、姉さんの仕事は何時に終われる?」
「そうだね。四時くらい?」
「俺も模擬店あるけど、時間までに終われると思う」
「じゃあ先に終わった方が携帯で連絡するって事でいいかな」
「俺は構わないよ」
「じゃあ、そうしよう……って、あれ隆かな」

校門前で隆の姿を見つけた。
文化祭のアーチを抜け校庭へ入っていく所だった。

「間違いない、隆さんだ」
「時間がないのに歩いてるね」
「隆さんよりも後ろなんて遅刻決定じゃないか」

春樹はなんだか失礼なことを言っている。
私は一足先に隆の傍まで駆けて行ってスピードを緩める。

「おはよう、隆」
「愛菜か。もう体は大丈夫なのか?」
「おかげさまで」
「そうか。よかったな」

やっぱり隆は急ぐことなくのんびり歩いている。
そこに春樹も合流する。

「隆さん、おはようございます」
「春樹も一緒なのか。ということは丸く納まったって事か?」

私と春樹どちらともなく視線を合わせる。
そしてお互いの顔を見て照れてしまう。

「まったく何だよ。って、自分で差し向けたのか」

隆が投げやりに呟くと同時に校内放送が入る。

「残り三十分で文化祭が始まります。
登校中の生徒は至急、各自集合場所へ。準備中の生徒はすみやかに片付けに入ってください」
「一郎くんの声だ」
「それじゃ二人共、俺はこっちだから」

春樹は自分の学年の靴箱へ走って行ってしまった。

「あいつ、何であんなに急いでるんだ」
「隆がゆっくり過ぎるんだよ」
「優等生は文化祭まで遅刻できないのか」
「それは優等生とか関係ないと思うけど」
「お前はいいのか?」
「うん。隆と話したかったから」

私は少しだけ間をおくと、隆に向き直る。

「あの……隆、ありがとうね」

私はどうしてもお礼を言いたかった。
でも隆は私のお礼の意味がわからなかったのか、首をかしげる。

「俺、何か礼される事したか」
「一昨日の朝、私と春樹にビシッと言ってくれたことだよ」
「ああ、それか。俺は別に何もしてないぜ」
「ううん。隆のお陰で自分の気持ちに気付くことが出来たと思うから」
「お前達がいつまでもグダグダしてるから、ついな」
「……隆は私や春樹の気持ち、やっぱり知ってたの?」

一昨日、隆は春樹を挑発していた。
怖がる私も責めていた。
それぞれの気持ちに気付いていたからあんな真似したんじゃないだろうか。

「わざわざ敵に塩を送る真似までしたんだ、当たり前だろ」
「いつから気付いてたの?」
「春樹の奴は中学の時だな」
「そんなに前なんだ」
「でもお前の方はごく最近だぜ」
「えっ、ごく最近なの?」
「ああ」
「私でも自分の気持ちに気付けなかったのに、よく分ったね」

隆は言いにくそうに頭をガリガリ掻く。

「俺達、付き合う真似事みたいなのしたろ」
「あっ、うん……」

二週間くらい前、隆に好きだといわれて付き合った。
水野先生とのキスが発覚して一瞬で終わってしまったけど。

「あの時にお前を守るのは誰だって尋ねたの覚えてるか?」

(そんな事聞かれたっけ)

「ごめん。思い出せないよ」
「お前、春樹って答えたんだ。愛菜的には一番身近な名前を出しただけなんだろうけどな」

言った私が覚えていないくらい些細な言葉だったのだろう。
春樹の名前を言ったとしても、あの時はただ頼りになる弟という意味だったに違いない。

「それからなんとなく気付いちまった。お前の好きな奴は春樹なんだってな」
「それだけの事で……よく分ったね」
「あくまでキッカケだっただけで、あの時はまだハッキリしなかったさ」
「そうなの?」
「それからお前の家に厄介になったり、春樹が居なくなった時のお前の動揺をみてはっきり分かったんだ」
「そうなんだ……」

どっちかというと無頓着な隆が鋭く観察していることに驚く。

「隆って、案外すごい人なのかも」
「案外って何だよ」
「いつも大雑把で何にも考えてないと思ってたから」
「おい……」
「水野先生の誘惑にもすぐ流されて意思も弱いのかなって」
「男だったらその手の誘惑には弱いんだろ」
「でもここぞっ所では助けてくれる。それは昔からだよね」

小さい時から私がからかわれていたら、必ず助けに来てくれた。
一人ぼっちで悲しかった時は傍にいてくれた。

「私と春樹にハッパをかけてくれた時も、すごく頼もしかったしカッコ良かったよ」

隆の顔が赤くなる。
こういう褒め言葉に照れてしまうも隆らしい。

「当たり前だろ。俺様を誰だと思ってるんだ」
「隆様だよね」
「そうだ。隆様だ」

エラそうに構える隆のすぐ後ろで人影がゆらめいた。

「文化祭の当日に遅刻するバカが何だって?」
「げっ、長谷川」
「重役出勤なんてさすが隆様はいいご身分だわ」
「あっ、香織ちゃん」

殺意の波動に目覚めた香織ちゃんが仁王立ちしていた。

(香織ちゃんからすさまじいオーラが……)

「昨日、三十分前に集合って言ったはずだけどっ」
「あっと、その、なんだ」

隆は言い訳すら出てこないのかしどろもどろしている。

「私も遅くなっちゃった。ごめんね」

私が謝ると、香織ちゃんはブンブンと首を振る。

「愛菜は病み上がりだからいいの。元気になってよかったよ」
「うん、ありがとう」
「それよりこのバカよ。一応実行委員なのに少しも働かないんだから」
「ちょっ、何度も使い走りにしておいてよく言うな」

隆も言われっぱなしでは悔しいのか、香織ちゃんに食ってかかる。

「パシリにされるのは当然の報いでしょ」
「な、なんだと」
「今までの行動を胸に手を当てて思い出してみなさい」
「長谷川の邪魔にならないよう、自重してただけだ」
「それをサボりっていうのよ」
「違うんだ長谷川」
「三十分遅刻した分、しっかり働いてもらうから」

香織ちゃんは隆の制服のネクタイを掴むと、グイッと引っ張る。

「く、苦しい……」
「さっさと行くわよ」
「離せ。死ぬ」
「あっ、そうだ」

香織ちゃんは思い出したように呟く。

「香織ちゃん、どうしたの?」
「一郎くんが探していてたわよ。放送委員の仕事じゃないの」
「わかった。すぐ委員の方に行ってみる」
「愛菜のカバン、預かろうか? 教室に置いておけばいいんだよね」

私は持っていたカバンを香織ちゃんに渡す。

「ありがとう。午後からはクラスの方に顔出せると思うから」
「がんばっていってらっしゃい」

手を振る香織ちゃんに私も手を振り返す。

(やっぱり言ったほうがいいよね)

「あのね、香織ちゃん。そのままじゃ隆が死んじゃうかも……」

隆の顔色が青くなっている。
白目を剥いてるような気がしないでもない。

「あっ、ごめん。忘れてたわ」

香織ちゃんはパッと手を離す。
隆は咳き込みながら涙目になっていた。

「ゴホッゴホッ、お前……本気で殺す気だっただろ」
「どうかしら。さっ、みんなもう着替えに入ってるんだから行くわよ」
「おい! だから首はヤバイんだって」

香織ちゃんは隆の襟を掴んで引きずっていた。
されるがままの隆が少し不憫だったけど、香織ちゃんなら大丈夫だろう。

(あの二人、結構いいコンビかも)

私はさっき通った道をまた戻る。
香織ちゃんから聞いた場所、校庭のテントにある放送事務局に向かうためだ。
靴を履き変えて、集合場所へ急いだ。

テントの中ではすでにミーティグが始まっていた。
一郎くんがみんなの前に立って最終確認をしている。
私は近くに居た放送委員の女子に小声で話しかける。

「ごめん、遅くなっちゃった」
「これ資料だって。大堂さんは午前の緊急アナウンスの係りだよね」

私は資料を受け取って中身を確認する。
相変わらず完璧な資料で一郎くんのすごさを再確認する。

「最終ミーティングは以上だ。何か質問がある者は手を上げて欲しい」

一郎くんは委員のみんなを一通り見回す。

「質問は無いようだな」

私の姿を見つけたのか、一瞬だけ眉をひそめた。

(今の……怒ってたよね)

「各自与えられた仕事を最後までしっかり務めて欲しい。
あと遅刻者は後で俺の所まで来るように。では解散」

一郎くんの号令でみんなが各自の持ち回りの係りへと動き出す。
私は遅刻者としておずおずと一郎くんの前に出た。

「遅刻してすみませんでした」

難しい顔で立つ一郎くんにまず謝る。

「遅刻はいただけないな。だが君の無事な姿を見られて本当に良かった」

一郎くんは安堵のため息を漏らして言った。
私に言いたかったのは、叱責ではなかったようだ。

「元気だし、もう大丈夫だよ」
「体が動かなくなったと連絡があって、修二を遣ったんだが」
「修二くん、ちゃんと契約してくれたよ。だからこうして文化祭にも来れたんだ」

(色々あったけど……)

「そうか。あの修二が素直に応じるとはな」
「う、うん。そうだね」

私は動揺を悟られないよう、笑って答える。
けれど一郎くんの顔が晴れる事はなかった。

「戻ってきた修二の様子がいつもと違っていたんだが、俺の杞憂だったようだな」
「修二くんが?」
「ああ、心ここにあらずと言うか、気が抜けていると言うか」

(修二くんがそんな風になってたんだ)

「そんなに酷いの?」
「何を質問しても生返事で困っていたんだ」
「そ、そう……」

私はどう返事をしていいのか悩んでしまう。

「委員を束ねる俺が油を売っているわけにはいかないな」

一郎くんは周りを見て言う。

「とりあえず時間だ。大堂はここで緊急アナウンスだったか」
「うん」

私達は時計を確認する。
放送委員になってから体感時間にかなり強くなった。
あと2分と言われれば、正確に言い当てることが出来る。
5・4・3・2・1時計を見ながら心の中でカウントダウンをする。
そして十時ちょうどになる。
一郎くんがマイクの前に前屈みになると、スイッチを入りにした。

「これから第18回の文化祭を開催します。ゲートで並ばれている一般の観覧希望の方はゆっくり前にお進みください」

一郎くんはマイクをオフにする。

(さすが一郎くん。いい声だなぁ)

「おつかれさま」
「いや、これから始まるんだ」
「そうだね」

私達は一般の観覧希望者が落ち着くまで、何度もアナウンスを続けた。

「もう大丈夫かな」
「そうだな。ここまでは手順どおりだ」

(そういえば……)

さっき修二くんの事を何か言いかけていたままだった。

「一郎くん。さっき修二くんの事、言いかけてたよね」
「ああ、そうだったな」
「修二くん、そんなにボーっとしてたの?」
「ああ。あんな様子は今まで見たことなかった」
「そうなんだ……」

(平気そうだったけど、落ち込んでたからな)

「そんな修二だったんだが、昨日、突然俺をテニスに誘ってきたんだ」
「テニス?」
「昔はよくラリーをしていたんだ。でも最近はテニスの話すらしなくなっていた」

(そういえば……二人とも中学のときはテニス部だったんだよね)

「中学の時ですら誘う側はいつも俺だったのに、あいつから誘ってきた時は正直驚いた」
「それで一緒にやったの?」
「ああ、俺が負けた。完敗だった」
「そうなんだ」
「全力で試合したんだ。修二も真剣だったからな」

(どんな試合だったんだろう。見てみたかったな)

「ブランクがある分、負けるだろうと予測はしていた。しかし修二は強かった。手も足も出なかった」

一郎くんは負けたはずなのに、顔がちっとも悔しがっていない。

「なんだか一郎くん、嬉しそうだね」
「そうだろうか」
「うん」
「そうかもしれないな」

一郎くんは少しだけ微笑む。

「修二は移り気だがテニスだけは続けている。きっと本当に好きなんだろう」
「何度も表彰されてるし有名人だもんね」

全国屈指の実力だと聞いている。
ルックスも良いのもあってテニスの専門雑誌に度々載るほどらしい。
他校の女子からも見学者が来ているほどだ。

「これでも中学の時は俺の方が頭一つ抜きん出ていたんだ」

(そういえば修二くんから聞かされた事あったような)

あの時話してくれた修二くんは一郎くんに劣等感を抱いているようだった。

「だが同じように続けていても俺は修二のようにはなれなかっただろうな」
「どうしてそう思うの?」
「中学でテニスを辞めたのは勉学に集中したかったのもあるが、修二に敵わないと思ったからだ」
「そうなんだ……」

修二くんは一郎くんを勝ち逃げのように言っていた。
でも実際はずいぶん違うようだ。

「どうした、大堂。黙ってしまって」
「以前修二くんから聞いたことと違うなって思って」
「あいつはどう言っていたんだ」
「一郎くんには何をしても負けるって怒ってたよ」
「あれだけ恵まれた才能があるのにあいつは気づいてないのか」

一郎くんは心底驚いたように言う。

「それに勉強も差をつけられてばっかりだって」
「日頃の積み重ねの差だ」
「修二くんなんて勉強してなくても上位だしホント羨ましいんだけどな」

(私なんて理解するのにすごく時間かかるのに)

「今度会ったら修二に言ってやるといい。きっと喜ぶだろう」

(私が言っても……)

この前のことがある。
結果的に修二くんを振ってしまった。
今までのようには話せなくなってしまったかもしれない。

「大堂、やはり君と修二の間で何かあったようだな」
「えっ……」
「修二や君の様子を見ていればわかる」

(やっぱりバレるよね)

私はうつむいて黙る。
すると一郎くんは私の頭にポンと手を置く。

「二人の間にあった事を詮索するつもりはない。安心しろ」
「うん」

その時、委員の一人が一郎くんの所にやってきた。

「委員長。放送室の方でトラブルがあったみたいなんですが来てもらえますか」
「わかった。すぐに行く」
「やっぱり委員長ともなると大変だね」
「まあな」
「がんばってね、一郎くん」
「大堂もな」

私が手を振ると、一郎くんも手を上げて応える。
そして校内へ入っていった。

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