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「……菜ちゃん」
「…………」
「ねぇ。愛菜ちゃん」

チハルが私を呼んでいる。
もう朝になったのだろうか。

「おはよう、チハル」
「まだ朝じゃないよ。ここは夢の中だもん」

あぁ、また夢の中に入ってしまったのか。
ボンヤリとした頭でそう思う。

「私、寝てたの?」
「ううん、ついさっきまで起きてて今寝たところだよ」
「そっか。夢の中だから現実とは反対なんだ」
「そうそう」

チハルに両手を引っ張られて上半身を起こす。
周りを見回すと薄ピンク色の靄に覆われた何もないところだった。

「ここはチハルと私、二人だけなの?」

人の気配は全くない。

「そうみたい。ボクもとつぜん飛ばされたから」
「飛ばされた?」
「ここは愛菜ちゃんのこころの中だよ」
「そうなんだ」
「うん。愛菜ちゃん、ボクに用事があるんでしょ?」

(私がチハルに用事?)

そう思っていると何やら手元に大きな風呂敷がある。
私はその風呂敷包みを解くと、中からお重が出てきた。

(何だろこれ)

おせち料理を入れるような黒の漆器の蓋を開ける。
すると中にはぴっしりとコロッケが入っていた。

「チハル。コロッケだよ」
「わーい。食べていいの?」
「うん。いいと思うけど……」
「たくさんある。いただきまぁす」

チハルはどこから持ってきたのかフォークを握り締めている。
コロッケに突き刺して、大きな口でほお張った。

「おいしいよ!」
「私も食べてみようかな」

どこからともなく現れた箸を手に持ち、コロッケをつまむ。
それを口の中に入れた。

「夕食に作ったコロッケの味だ」
「これ愛菜ちゃんが作ったの?」
「うん。そうみたい」
「愛菜ちゃん、とっても上手だね」

チハルはあっという間に食べ終えて二個目を食べ始めている。

「私、どうしてこんな夢みているんだろう」
「愛菜ちゃんがボクを呼んだんだよ」
「そうみたいだね」
「これがあるから呼んでくれたのかも」

チハルはフォークに突き刺さったコロッケを私に見せる。

(そういえば……)

夕食の時、心のどこかでチハルの事が気にかかっていた。
家族のみんなと一緒に食べられればいいな、と思っていたのだ。

「さすがにチハルをお父さんとお母さんに会わせるわけにはいかないよね」

独り言が口から漏れる。

「どうしたの? 愛菜ちゃん」
「こうやって夢の中じゃなく、チハルとも一緒に食事したいなと思ってたの」
「ボクなら精霊だけどご飯も食べられるよ」
「うーん、チハルはいいかもしれないけど。お父さんとお母さんがね」
「パパさんとママさんがどうしたの?」
「ほら、チハルは本来ぬいぐるみでしょ」
「うん。隆からプレゼントされたぬいぐるみなんだよね」
「ぬいぐるみは人の姿になったり食事はしないから」

春樹や隆はどうにか受け入れられたけど、さすがに両親は無理だろう。
まず驚かれるだろうし、迷子として警察に届けられるに決まっている。

「ボクなら大丈夫だよ」
「チハル?」
「こうやって夢の中で愛菜ちゃんと一緒にごはんたべられるからね」

(チハル……)

「まだまだおかわりあるから沢山食べてね」
「うん!」

私達はお腹いっぱいになるまでコロッケを食べ続けた。
現実どおりモサモサする食べ物だけど、不思議と飲み物は欲しくならない。
さすが夢の中だ。

ピンクの靄が少しずつ白く輝きだす。
そして一面が真っ白になっていった。

「もうそろそろ朝みたい」
「愛菜ちゃん、ごちそうさま。おいしかったよ」
「おそまつさま。また食べられるといいねチハル」



私はゆっくり瞼を開ける。
自分の部屋の天井が朝日に照らされている。
まぶしさに思わず顔をしかめる。

(またカーテン閉め忘れた)

隣でチハルが目をこすりだした。
もし少しすれば起きだすだろう。

(六時半か。ちょうどいい時間かな)

私はベッドから抜け出そうとして軽い眩暈を覚える。
まだ体が本調子ではないのかもしれない。

「愛菜ちゃん? もう朝?」
「うん。おはようチハル」
「今日は愛菜ちゃん学校?」
「うん、休日だけど文化祭だから。チハルはお留守番だよ」
「ボクも行きたいな」

チハルは残念そうに口を尖らせる。

「じゃあぬいぐるみだったら連れてってあげる」
「いいの?」
「うん」

チハルは目を瞑ってぬいぐるみに戻る……はずだった。

「あれ?」
「何?」
「ボク、ぬいぐるみに戻れなくなっちゃった」
「えぇっ!?」

私はチハルの体に触れる。

「どうしてだろう。昨日までは戻れていたのに」
「わからない。ボク、どうしよう」
「困ったな。とりあえずこの部屋に居てくれる?」
「うん」
「私がいいと言うまで動かないでね」
「うん……。わかった」

不安そうなチハルを部屋に残し、私は廊下に出る。
その時、隣の部屋から制服を着た春樹が出てきた。

「今、大声出してなかった?」
「それが……」
「一体どうしたのさ」
「それがね。チハルがぬいぐるみに戻れなくなったみたいなの」
「なんだって?」
「とりあえず私の部屋に居るように言っておいたんだけど……」

その時、私の部屋のドアが開く。

「愛菜ちゃん」
「どうしたの、チハル。ちゃんと部屋に居なくちゃ」
「ボク、トイレに行きたい」

チハルがもじもじしている。

「困ったね。トイレ、一階しかないよ」
「仕方ないな」
「春樹、どうするの?」
「義父さんと母さんは俺で何とかするから。しばらくしたら降りてきて」
「うん」

春樹は先に一階に降りる。
リビングの方で会話らしきものが聞こえてきた。

「きっと春樹が二人を足止めしてくれてるんだよ。今のうちだよ」
「うん!」

私とチハルは音を立てないように一階に下りる。
そしてチハルをトイレまで案内する。

「一人でできる?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、早く入って」

チハルがトイレに入り、私はドアの前に立つ。
しばらくしてチハルが出てきた。

「おわったよ」
「よかった。じゃあ戻ろうか」

私達はまた忍び足で二階に戻る。
そして自室のドアを閉めた。

「はー。緊張した」
「愛菜ちゃん」
「どうしたの? チハル」

チハルは居心地悪そうに体を動かしている。
またトイレに行きたくなったのかもしれない。

「どうしたの? チハル」
「あのね」
「またトイレ行きたくなっちゃった?」
「ちがうよ」
「じゃあどうしたの?」
「ボク、トイレ入ったの初めてなんだ」
「どういうこと?」
「ボク、精霊だからトイレに行かなくていいはずなのに……」
「えっ……そ、そういえば……」
「ボクの体がおかしくなっちゃったみたい」

見た目に変化は全く無い。
昨日、私がチハルを食べてしまったことで何かの異変が起きているのだろうか。

「姉さん、ちょっと入っていい?」

廊下から春樹が呼びかけてきた。
私はドアを開ける。

「どうしたの?」
「義父さんと母さんがね」
「うん」
「チハルを探してる」
「ええっ!? どうして」
「俺にもよく分らないけど……」
「けど?」
「二人に怪しまれない程度に、それとなくチハルについて尋ねてみたんだ」
「うん」
「そうしたら、俺達の弟だって……二人が言うんだよ」
「ええっっ!?」

頭が混乱してしまう。
何が一体どうなってしまったというのか。

「そ、そんな事って……」
「とりあえず探してるみたいだし、チハルを二人に会わせた方がいいかもしれない」
「本当に大丈夫?」
「このまま探して見つからなければ警察に相談するって言ってるからね」
「そ、それはマズイね」
「だろ。とりあえず一緒にリビングに行こう」
「うん、そうだね」

私はチハルの手を引く。
でも肝心のチハルは動き出そうとしない。

「大丈夫だよ。私がついてるから」
「うん……」

チハルは少し不安そうだったけど、立ち上がる。
そして階段を下りてリビングに入る。
リビングにはお母さんが一人で居た。
落ち着かないのかリビングの中を行ったり来たりしている。

「おはよう」
「あっ、愛ちゃん起きてきたのね……」

お母さんは私に気づいたのか無理に笑顔を作る。
そして私の影に隠れていたチハルの姿を見つけた。

「千春!」

お母さんがチハルに向かって叫ぶ。

「……チ、チハルは私の部屋で寝てたんだ」
「なんだ、そうだったの……」

お母さんの顔から緊張が抜ける。

「春樹からチハルを探してるって聞いたから」
「よかった……外に一人で出て行ったかと心配してしまったわ」
「ご、ごめん。私がもっと早く連れてくればよかったね」
「いいのよ。私ったら愛ちゃんの部屋を確認せず慌ててしまったわね」

私とお母さんの会話を黙って聞いていた春樹が口を開く。

「ところで義父さんは?」
「外を見てくるって出て行ったわ」
「じゃあ俺、携帯で戻るように言うよ」
「お願いね」

春樹はお父さんに連絡を取っている。
しばらく話した後、春樹は携帯を閉じた。

「外に出たついでにコンビ二寄ってから帰るって」
「そう……」
「千春、勝手に愛ちゃんの部屋で寝たら駄目でしょ」
「ご、ごめんなさい」

チハルはお母さんの剣幕に気圧されるまま謝っていた。
なんだか狐につままれているような気分だ。

「でも無事でよかったわ」

お母さんはチハルをギッと抱きしめる。

(よくわからないけど、とりあえず良かったのかな)

ほっとしている私とは対照的に春樹を見ると難しい顔をしたままだった。
そしてゆっくり話し始める。

「母さん、チハルって今何歳だったっけ」

春樹は何気なく聞くように、なるべく自然な素振りで話し始めた。

「何を言っているの、四歳でしょ」
「義父さんと母さんは結婚して何年目になるのかな」
「五年経って今は六年目よ。どうしたの一体?」
「いや、どうだったかなと思って」
「なあに、変な子ね」
「その、チハルってさっき言っていたように俺と姉さんの弟なんだよね」
「当たり前でしょ、いつまでも寝ぼけてちゃ駄目よ」

私の記憶する事柄とほぼ一致する。
違う事といえばチハルが弟になってしまったくらいだ。

「母さん、チハルの……そうだな健康保険証あれば見せてもらっていいかな」
「いいけど……一体どうしたの?」

お母さんは自分のカバンからカード入れを取り出す。

「はい。これよ」

(これは……)

覗き込むと確かに『大堂千春』と記載されている。
お父さんの勤め先も一緒でとても作り物には見えない。

「これは本物だよね」
「ちょっと、姉さんいいかな」

春樹に連れ出される。
私達はお母さんとチハルから離れて廊下に出てきた。

「これってどういう事なのかな」
「もしかしたら、姉さんの力のせいかもしれない」
「私の?」
「姉さん、何か心当たりない?」
「そ、それは……」

(昨日、コロッケ食べる夢見たくらいだよね)

「昨日、チハルとコロッケを食べる夢を見たよ」
「どうしてそんな夢を見たのさ」
「昨日の夕食、チハルも居たら楽しかっただろうなと思って」
「なるほど」
「……一人ぼっちにさせちゃってたからかわいそうで」
「だから夕食のコロッケが夢に出てきたのか」
「多分、ね」
「……きっとそれが原因かもしれない」
「どういう事?」
「姉さんがチハルも一緒の食卓を望んだから、そのようになったのかも」
「よ、よくわからないんだけど……」
「姉さんの力は未来をも変えてしまう力って事は知ってる?」
「うん」
「その特殊な力で現実が捻じ曲がってしまったのかもしれないんだ」
「えっ……でも……」

確かにそんな事は言われていた。
だけどこんなに簡単に変わってしまうのだろうか。

「姉さんが願ったことが現実になったとすれば辻褄は合うよ」
「でもこんなのって」
「姉さんに自覚が無いなら、まだコントロールがうまくできていないのかもしれないね」

(どうしよう)

私は自分自身が怖くなる。

「とりあえず様子をみてみるしかなさそうだ」
「うん」
「俺達だけ干渉されなかったのは気にかかるけど」
「干渉って?」
「以前の記憶のままな事さ。現在が変わっているという事は過去も当然変化しているって事だろ」
「まぁ、そうだね」
「事実が歪められたって気付ける事自体、俺達だけが異質な存在である証明だよ」

(説明されてもあんまりよく分らない)

私の顔を見て、春樹は苦笑を浮かべる。

「あまり深く考えなくてもいいさ。とりあえず母さん達に調子をあわせておこう」
「わかった。そうだ、チハルにも言っておこうよ」
「そうだね。多分、一番不安だろうから」

私はチハルを手招きする。
チハルはトコトコとやって来た。

「ボクを呼んだ」
「うん。ちょっと話したい事があって」
「どうしたの?」

チハルは私と春樹を見上げる。
私は屈むとチハルに視線を合わせた。

「あのね、チハルが私と春樹の弟になっちゃったみたいなの」
「どうして?」
「それは……よくわからないんだけど」

私が口ごもっているのを見て、春樹が話し始める。

「チハル、精霊の時と変わったことはあるか?」
「いっぱいあるよ。はじめてトイレにいったよ」
「他には?」
「ぬいぐるみになれないし、見えてたものも見えなくなってるよ。お腹もぐーぐーなってる」
「体は環境の変化に干渉されて記憶だけそのままなのか」
「どういう事?」
「チハルは人になったんだろう。まぁ俺達の弟なんだから当然なんだけどさ」

チハルは春樹の言葉を聞いて目を輝かせた。

「ボク、愛菜ちゃんや春樹といっしょなの?」
「人間になったんだ。精霊の時みたいに体は自由にならないけどな」
「やった! じゃあ愛菜ちゃんといつもいられるんだね」
「うん。お父さんやお母さん達とも一緒に居られるよ」
「じゃあパパさんやママさんがいても隠れなくていいの?」
「もちろんだよ」
「ほんとうに?」
「だってチハルは二人の子供だもん。私や春樹の弟だからね」
「もう姉さんの部屋でジッと待っていなくてもいいんだ。家の中なら自由に動き回っても誰も文句は言わないさ」

私達の言葉にチハルはクルクル回って喜ぶ。

「やった! やった!」
「チハル、嬉しそうだね」
「能天気でうらやましいくらいだ」
「チハルには私の力の説明なんて必要なさそうだね」
「まだ小さい分順応性も高い。精霊だった事すらすぐ忘れてしまうかもね」

チハルを探しに出ていたお父さんも帰ってきた。
私達は朝食を食べ始める。
ダイニングには今まで無かった子供用の椅子が当たり前のように置かれていた。
チハルも交えて新しい家族団らんだった。

ご飯を食べ終えると、もう家を出なくてはいけない時間になっていた。
私は部屋に戻って制服に着替える。
着替え終えて一階に戻ると、お母さんから声をかけられた。

「愛ちゃん、愛ちゃん」
「どうしたの?」

お母さんは内緒話をするように小声で話し出す。

「昨日、あれからどうなったの? ちゃんと誘うことは出来た?」
「えっ、何のこと?」
「春樹と文化祭一緒に回れることになったの?」

(あっ、忘れてた)

朝からチハルの事でバタバタしてすっかり忘れていた。

「うん。大丈夫だったよ」
「そう、よかったわね」
「ありがとうね、お母さん」
「楽しくなるといいわね。私もお父さんと千春と一緒に見に行くわ」
「うん。私は校庭にある放送事務局か教室にいると思うから」
「わかったわ。気をつけて行ってらっしゃい」

玄関では春樹が腰に手を当てて待っていた。

「遅い」
「ごめん」
「急がないと間に合わないじゃないか」
「ちょっとお母さんと話してたの」
「何を話したのさ」
「内緒だよ。さぁ、行こう」

私達は玄関のドアを開け、文化祭の始まる学校へ向かった。

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