901
③家を出る

急いで朝ごはんを食べ、足早に玄関を出る。
すると珍しい顔を見かけた。
ゴミ出しに出てきていた隆のおばさんに、私は声をかけた。

「おばさん、お久しぶりです」
「あら、おはよう愛菜ちゃん。土曜なのに学校?」
「明日はいよいよ文化祭なんです。その準備をしようと思って」
「文化祭? それは楽しみね」

(あっ、そうだ)

「あの、おばさん。明日は一般の人も学校に入れるんです。もしよければ来てください」
「そうなの? じゃあ、隆にも出かけられるか聞いてみようかしら」
「え!? 隆って、もしかして退院したんですか?」

私は驚いて身を乗り出す。
おばさんは嬉しそうに笑いながら、話を続けた。

「お陰様でおとといね。もし体調が良かったら愛菜ちゃんに会いに行くかもしれないわ」
「ぜひ来てください。私も久しぶりに隆の顔が見たいですから」
「ええ、隆に聞いてみるわ。それより愛菜ちゃん、時間はいいの?」
「わっ、いけない。今日は委員会もあったんだった! 失礼します」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」

おばさんに手を振り、私は学校へと走り出す。
おばさんの息子、湯野宮隆とは幼馴染だ。
隆は中学二年の時に交通事故に遭い、大怪我をしてしまった。
なんとか一命を取り留めたものの、この三年間は入退院を繰り返していた。
遠くの病院でなかなかお見舞いも行けずに、もう一年以上会っていない。

(よかった。隆、退院していたんだ。久しぶりに会いたいな)

思わぬ朗報を聞き、学校への足取りも軽くなっていた。
作りかけの文化祭と書かれたゲートをくぐり、校舎の中に入っていく。
文化祭前日ともなると、学校の中はどこも華やかで賑やかに装飾されている。
準備期間の最終日の土曜日で、今日は自由登校になっていた。
けれど最後の仕上げとばかりに、どの教室からも金槌の音や笑い声が聞こえてくる。

どこに行こうか?
①教室
②放送室
③ぶらぶらしてみる

902
①教室

廊下にもダンボールや板が積まれていて、上手く避けて歩かなくてはいけない。
私はそれらを踏まないように、いつもより慎重に進む。

(さてと。委員会に寄る前に、教室に行ったほうがいいのかな)
そんな事をぼんやり考えていると、元気な声と共に後ろから肩をポン叩かれる。

「愛菜! おはよう!」

このハキハキした声の主は、一人しか居ない。
私の大切な親友、長谷川香織ちゃんだ。

「香織ちゃん、おはよう」
「何ぼんやり歩いているよ。前を見てないと誰かにぶつかっちゃうわよ」
「冗談ばっかり。そんな簡単に人にぶつかったりする訳ないでしょ」
「どうだか。アンタはいつもボケッとしてるんだから」
「酷いなぁ。これからどうしようかなって、真剣に考え事をしてただけなんだからね」
「考え事?」
「うん。このまま委員会に出ようか、先にクラスに行こうか悩んでたの」

香織ちゃんは私を覗き込み、ふーんと納得したような声を出す。
その後、急にニヤニヤと笑い出した。

「ど、どうしたの。香織ちゃん」
「クラスの方は私が頑張るから、さっさと委員長に会いに行ってきなさいよ」
「で、でも……」
「いいの、いいの。お姉さん、全力で応援しちゃうんだから」
「応援?」
「そうよ。私がキューピッドになってあげるって言ってんの」
「キューピッドって何の?」
「何ボケてんの。こういう時にこそ親密になれるチャンスじゃなーい」
「親密? さっきから何を言ってるの?」
「いいからいいから。がんばりなよ、愛菜」

そう言うと、香織ちゃんは嬉しそうに去っていった。

「ちょっ、待って香織ちゃん……って、行っちゃった」

とりあえずクラスの出し物は後回しでもよさそうだ。
香織ちゃんの言葉は少し気になるけれど、私は放送室へ急いだ。

放送室にいたのは……
①一郎くん
②修二くん
③水野先生

903
①一郎くん
(一郎くん、もう来てるよね)

放送委員長の宗像一郎くんは私の同じ二年生で、しかもすごい秀才だ。
周りの評価では真面目で怖いと思われているけど、案外優しかったりする。
人前に出ることの苦手な私が放送委員になって困っていた時、とても親切にしてくれた。
放送室のガラス窓を覗くと、一郎くんの背中が見えた。

「おはよう、一郎くん」

放送室の二重扉を開けて、私は中に入っていく。

「ああ、大堂か」
「遅くなってごめん。文化祭のスケジュールで聞きたいんだけど……」

いつものように自分の足元からゆっくりと顔を上げて――私は絶句した。

「一郎くんが……二人……」

目の前には、マイク前の椅子に座っているいつもの一郎くん。
それと、私に気づいたように人懐っこい笑みを浮かべて手を上げた一郎くんがもう一人。

「しゅ……う…じ……くん?」
「習字? 何を言っている。どうした大堂」

一郎くんの声で、弾かれたように正気に戻る。
もう手を上げて私を見ていた人懐っこい一郎くんは嘘のように消えていた。

「あっ、えっと……何でもないよ」
「本当か? 随分驚いていたように見えたが」
「うん。本当に平気だから」 
「妙な事を口走っていたし、疲れていないか?」
「えっ……。私、へんな事を言ってた?」
「ああ。俺が二人だとか、習字がどうだとか」

(さっき一瞬だけど、一郎くんが二人に見えたよね)

気のせいだとは思うけど、どうにも気にかかる。
何か大切なものを置いてきてしまったような、奇妙な喪失感があった。

「あのね、一郎くん。確認だけど一郎くんって……双子じゃないよね?」
「いいや、俺は一人っ子だ。兄弟も居ない」
「そ、そうだったよね。私、何言ってるんだろう。ごめんね、変な事きいて」
「いや、それは構わない。だが……大堂、顔色が良くないようだ」

(どうして私、一郎くんが双子だなんて思ったのかな)
一郎くんが一人っ子だって、前から知っていたし分っていたはずなのに。
なぜかその事が、ものすごく寂しい事だと感じてしまう。

考え込む私を見て心配になったのか、一郎くんがフッとおでこに手を当ててきた。
気がつくと、大きな手の平が私のおでこに置かれている。

(あっ……)

「熱は無いようだが……気分は悪くは無いのか?」
「えっ、あ……うん」

不意の出来事に、つい顔が熱くなってしまう。

私は……
①「大丈夫だから」と言って離れる
②二人に見えたことを話してみる
③ぼうっとしてしまう

904
①「大丈夫だから」と言って離れる

「だ、大丈夫だから」
無駄に焦りながら、私は一郎くんからパッと離れた。

「大丈夫ならいい。だが、気分が悪いようだったらすぐに言って欲しい」
「うん」
「俺に気を使う必要はないからな」
「わ、わかってるよ」
「大堂、本当に分っているのか?」

念を押すような一郎くんの言い方に少しだけ引っかかりを感じた。
まるで信用していないみたいな口調だ。

「嘘じゃないよ。私、本当に平気だよ」
「君は本音を隠してしまう性分のようだからな。念を押しただけだ」
「そ、そうかな?」

一郎くんの意外な言葉に、私は首をかしげる。
そんな風にズバリ指摘されたことがなかったから、なお更そう思う。
反対に一郎君は、当たり前のような口調で話し出す。

「放送委員も本来、大堂が自分から選んだのではないだろう?
特に君は、人前で話すことが得意ではなかったようだしな」

一郎くんの言うとおり、一年生の時は推薦されるまま嫌とは言えず放送委員になった。
けれど楽しさも見つけられたから、二年目には自分で放送委員になることを決めた。

「まぁ、最初は大変だったかも……」
「実は今も断れないだけじゃないのか?」
「ど、どうしてそうなるの?」
「俺には、君がいつも損な役を買って出ているように見えるんだ」
「そ、そんな事無いよ」
「本当に損をしていないと言い切れるのか?」

一郎くんにしては要領を得ない話し方をしているように感じる。

「一郎くん、さっきから何が言いたいの?」
「ずっと進言するか迷っていたが……持ち回りで決めたはずの文化祭の準備が、君の仕事になっているように見える。
俺の気のせいなら謝るが、もしや当番の者達に変わってくれと頼まれているんじゃないのか」
「それは……」
「言いよどむという事は否定できないという事だな。大体、君はそれで不愉快だとは思わないのか」
「ふ、不愉快なんて思ったことは一度も無いよ。それに、一郎くんの方が私より早く来てるよね」
「俺は委員長だからな。しかし、君は違うだろう」
「委員の仕事が楽しいから続けているんだよ。なのにどうして損とか得の話になるの?」

私は素直な気持ちをそのまま言った。
他の子は放送の仕事を面倒だとも言うけれど、私は嫌だとか、煩わしいと思ったことは一度も無かった。

「……その考え方が心配なんだ。大堂、君は……もっと賢くなった方がいい」

一郎くんは眉をひそめ、真剣な顔つきで言った。

一郎君に何て答えようか……
①「うん」とうなずく
②ムッとする
③考える

905
②ムッとする

真剣な一郎くんの言葉に、私は少しムッなる。
一郎くんに比べれば、私なんてゾウリムシみたいな頭かもしれない。
けど、それを一々心配される覚えは無い。

「賢くなくて……悪かったですね」
「ち、違うんだ。俺はもっと要領よくなった方がいいと……」
「ムッ。どうせ私は要領が悪くて、一郎くんに迷惑ばかり掛けてますよ」
「そういう意味ではなくて。君みたいな人間は騙されやすいから気をつけたほうが良いと……」
「私の周りにそんな悪い人は居ません。もしかして一郎くんは私をからかっているの?」
「どうしてそうなるんだ。俺は、お人好し過ぎる君の身を案じてだな……」

「あらあら、二人ともいつもご苦労様」

声の方を振り向くと、いつの間にか水野先生が立っていた。
若くて美人な音楽教師として学校の男子からも、話が分る先生として女子からも好かれる人気者だ。
そして、私たち放送委員の顧問でもある。

「水野先生、聞いてください。一郎くんが私を馬鹿だって言うんです」
「ち、違います、先生。俺はただ……」

「はいはい。二人とも落ち着いて」

水野先生はいつも通りのんびり話しかけてくる。
だけど私の気持ちは、穏やかな水野先生の登場だけでは収まりそうにない。

「私だって自覚はあったけど、そんなハッキリ言わなくてもいいのに」
「別に君が馬鹿だとは言っていない。ただ賢くなった方がいいと言っているだけだ」
「それって馬鹿って事でしょ? 言い方が少し違うだけだよね」
「どうしてそうなるんだ。さっきから勘違いをしているのは君の方だろう」
「勘違いって……また私を馬鹿にして。酷いですよね、先生!」

「困ったわ。二人とも、もっと冷静になってくれないかしらねぇ」

「水野先生。最初に悪口を言ったのは一郎くんなんですよ」
「大堂、君はもっと人の話を聞くべきだ。先生もそう思いませんか?」

私たちは水野先生を挟んで、対峙する。
水野先生は少し困った顔をしてから、仕方なさそうに口を開く。

「お友達同士、仲が良いのはとても素敵な事よ。だけどいい? 全校のみんなに聞こえるように話すのはダメ」

(えっ? 今、何って……)

「全校のみんなに……話す?」
「ま、まさか……! だ、大堂! 手が……!!」
「……手?」

私は恐る恐る自分の手元を見てみる。
すると、放送の実行ボタンに私の親指がおもいきり触れていたのだった。

私は……
①この場から逃げ出した
②泣いた
③弁解した

906
①この場から逃げ出した

「あー可笑しい! 愛菜、アンタって最高!!」
「か、香織ちゃん。もう言わないでよ……」

穴があったら入りたいと言うけれど、穴に入っただけでこの恥ずかしさはとても消えそうに無い。
放送室から屋上に逃げだして、あれから一時間は経っただろうか。
一方、隣に座る香織ちゃんは私の顔を見ては笑い続けている。
今だけは、この澄んだ青空までうらめしいと感じてしまう。

「あの委員長の動揺ときたら! 何あれ!」
「その話はもう止めてよ。お願いだから」
「だって……! あははっ。やっぱりアンタ達いいわ!あはははっ」
「わ、私は泣きたいよ……」
「泣いちゃダメよ、愛菜。面白いんだから大丈夫!」
「大丈夫じゃないよ。うぅ……」

うずくまって膝に顔を埋めた私を見て、やっと香織ちゃんは爆笑をやめてくれた。
ひと息フゥと吐いて、うな垂れる私の背中をポンポンとあやすように叩いてくれる。

「そんなに深刻にならなくっても平気だって。ほら、お祭りなんだし」
「文化祭は明日だよ……」
「それはそうなんだけど。じゃあ、ほらマイクテストみたいなものってことで。いいから、顔を上げてさ」
「散々笑っておいて……もういいもん」
「ごめんごめん。もう笑わないから、ね」

屋上に逃げた私を追って来てくれた香織ちゃんを、これ以上困らせるのもいけない。
(いつまでもいじけてたって、仕方が無いよね)
私は膝から顔を上げ、目をこする。

「もう大丈夫ね、愛菜」
「うん。なんとか」
「そう。じゃあアンタはもう帰りな」
「えっ、でも……」
「クラスの方はあと少しだし、委員会にも顔出さなくて良いって言われたんでしょ?今日は登校だって自由なんだから、無理することないわよ」
「香織ちゃんと一緒に、私もクラスを手伝うよ」
「いいのよ、愛菜。今まで委員会とクラスの両立、ずっと頑張ってたでしょ。それに、委員長も言ってたじゃない」

香織ちゃんはそう言うと、クルっと背中を向ける。
そして、屋上のフェンスに手をついて空を仰ぎ見ていた。
少し肌寒い風が吹き抜け、香織ちゃんのスカートがフワッと揺れる。

「香織ちゃん……?」
「私、委員長をちょっと見直しちゃったの。愛菜のこと、意外としっかり見てるじゃんってね」
「一郎くんが、私のことを?」
「そうよ。私と同じように、委員長もアンタの心配してたんだからね。驚いちゃったわ」
「……?」
「そんな不思議そうな顔しないの。アンタってなぜかほっとけないのよね」
「私ってそんなに頼りないんだ……」
「ションボリせずに、もっと自信持ちなさいよ。委員長もアンタが気になってしょうがないって、放送でバッチリ言ってたわよ」
「放送って……さっきの……」
「そうよ。さっきの全校放送でしっかりと聞いたもの」
「全校放送……も、もうその話しはヤメてぇ……」

私は……
①クラスを手伝う
②委員会へ戻る
③帰る

907
③帰る

クラスに戻ったとして、みんなに面白がられるのは想像がついた。
香織ちゃんに少し笑われただけで、こんなにガックリうな垂れてしまっている。
今日は大人しく帰ったほうが、身のためだろう。

「じゃあ……帰る」
「そうそう。今クラスに戻っても、冷やかしの的になるだけなんだからさ」
「ごめんってみんなにいっておいて」
「了解。明日はちゃんと来るんだよ」
「もちろんだよ。じゃあね、香織ちゃん」

私は屋上の重い扉を閉めると、なるべく人に見つからないようにして学校を出た。
コソコソと道路まで歩いていき、ハァと大きなため息をつく。

(ていうか、私……学校まで何しに来たんだろ)

結局、今日は準備らしいものは何も出来なかった。
なんとなく重い足取りで、帰りの道を歩いていく。

いつも空回りが多いのは自覚していたけれど、今日は特に酷かった気がする。
私語を全校放送で流すなんて放送委員として失格だし、おまけにクラスの後片付けも出来なかった。
さっき一郎くんから賢くなった方がいいと言われたけれど、実際その通りだ。

(一郎くんを見返すためにも帰ったら勉強しよう。でもな……)

文化祭のすぐ後にテストがあったけれど、文化祭前日でなんとなく気持ちも浮き足立っている。
やっぱり勉強には集中力だと言うし、こんな気分じゃやる気が出ない。
最近なにかと忙しくて遅くまで学校に残ることも多くて、自由な時間なんて無かった。

(そうだ。録画してあるドラマを観よう。決めた)
DVDレコーダーには、二週間以上溜めたドラマが入っているはずだ。
話題に乗り遅れる前に、内容くらいは把握しておかなくちゃいけない。
そう思っていると、いつの間にか家の近くまで来ていた。

(あれ? お客さんかな)

玄関前、道路脇でうろうろしている人影が居た。
体の大きさから考えると、おそらく成人男性だろう。
なのにその影は家に近づいたかと思えば、数歩後づさりしている。
その様子は、呼び鈴を押そうか止めようか迷っている子供のようだ。

(今はお母さんも千春も居ないんだった。どうしよう……不審者っぽいかも)

私は……
①携帯で連絡する
②学校へ戻る
③人影へ歩いていく

908
③人影へ歩いていく

不審者といえばそう見えるけれど、もしかしたらお客さんかもしれない。
私の勘違いで不審者と決め付けてしまうのは良くない気がする。
もしお父さんかお母さんのお客さんだったら、このまま知らんぷりも出来ないだろう。
万一不審者だったとしても、大声を出せば近所の誰かが出てきてくれるに違いない。

(よし、行こう)

私は意を決し、不審者の背中に向かって声を掛ける。

「すみません、私の家に用事ですか?」
その声でようやく私に気づいたのか、驚いたように不審者は振り向いた。

年齢は私と同じくらいかその少し上くらいだろうか。
Tシャツに薄手のジャケットを羽織って、ジーパンを履いている。
私と同じくらいの年齢にしては少し大人っぽい雰囲気を持っていた。
優しそうだけど、少し近寄りがたい感じだ。

「ね、姉さん!」
不審者は嬉しそうに顔を歪ませると、突然ガッと肩をつかむ。

「なっ…!?」
「間違いなく姉さんだよね! 動けるようにもなって……本当によかった」
安堵したように、不審者は大きなため息を吐いている。

(この人……誰?)

姉さんって何のことだろう。
馴れ馴れしい態度をしてくるのは、新手のナンパか何かだろうか。
地味な私をターゲットに選ぶなんて、物好きな人もいるものだ。
どちらにしろ、やっぱり怪しい人物には違いない。
見た目は真面目そうだけど、こういう人に限ってとんでもない事をするとニュースでも取り上げていた。
声を出して近所の人の助けを呼ぼうとしても、いざとなると思うように声が出ない。

「姉さん、もし知っているなら教えて欲しい。本当に訳がわからないんだ!」

肩を大きく揺すられて、私は息をすることも出来ない。
反対に不審者の方は、矢継ぎ早に話しかけてくる。

「どうして俺が高村春樹のままなんだ!? なんでみんなそれを当たり前のように受け入れているんだ!?
冗談にしてもこんなの笑えない。ねぇ、姉さんもそう思うだろ!?」

さっきから訳が分らないのは私の方だ。
一方的に意味不明の言葉を叫ばれているこちらの身になってほしい。
相手が私よりも興奮しているのを見て、少しずつ冷静さを取り戻してきた。

「とりあえず、この手を離してもらえませんか?」
「ご、ごめん。つい……」

私の言葉で、掴まれていた手がサッと離れる。
素直に謝っているのを見ると、そんなに悪い人でもないのかもしれない。
(もしかして、人違いしてるだけかも?)

「すいませんが。私、あなたの事なんて全然知らないんです。どなたか別の人と私を勘違いされていませんか?」
「何を言っているんだよ! 姉さんまで俺を騙してからかうつもりなのか?」
「からかっているのはあなたの方でしょ! もしナンパのつもりなら他を当たってください」
「ナンパ?! どうして俺が姉さんをナンパするんだよ!」
「違うんですか。じゃあ、やっぱり人違いです」
「俺が姉さんを間違えたりするはずない。姉さんまでは悪い冗談に付き合わなくていいんだよ」
「いい加減にしてください。私、あなたなんて本当に知らないんですから!!」

きっぱりと言い放った私の一言に、不審者は言葉を飲み込んだ。
悔しそうにうつむいた不審者だったけれど、しばらくすると右手で頭をかきむしるようにして小さく呟く。

「姉さんまでそんな事言わないでよ……。このままじゃ頭がおかしくなりそうだよ……」

(何よ、この人……)

うな垂れた姿を見ると少し可哀想になってしまうけど、不審者には毅然と立ち向かわなければいけない。
見た目は悪くないのに、なんてしつこい人なんだろう。
そう思った時、誰かが私を呼んだ。

その人物とは……
①お母さん
②千春
③隆

909
①お母さん

振り向くと、買い物袋を持ったお母さんが立っている。
私よりも大人のお母さんの方が、こういうしつこい不審者を撃退しやすいのかもしれない。

「愛菜、おかえりなさい」
「あのね、お母さん!」
「あら? 愛菜、文化祭の準備だったんじゃないの?」
「じゅ、準備だったんだけど、ちょっと訳ありで戻ってきたの」
「訳あり……?」
「それよりも、お母さん! この人、本当にさっきからしつこくてね」

私はそう言って、不審者をお母さんの前に突き出そうとする。
すると目の前から居なくなっているのに気づく。

(あれ……どこに行ったんだろう)

「まぁ、大変! あなた顔が真っ青じゃない!」

お母さんが叫んでいる方に視線を向けると、私の足元で不審者がうずくまっている。
顔に血の気は無く、肩で大きく息をしていた。

「だ、大丈夫?」

私は膝を曲げ、不審者の顔を覗き込む。
聞こえるか聞こえないかの小声で、ぶつぶつと何かを呟いている。

「五年前のあの日、義父さんから確かに聞いたんだ……」
「聞いたって何?」
「姉さんとの食事、生まれて初めて心から美味しく感じたから……この笑顔をずっと曇らせたくない……だから義父さんに誓って……」
「聞こえないよ。何を言っているの?」
「姉さんが母親の死を受け入れられるようになるまで……隠し通すのがずっと辛かった……」
「ねえ、辛いって体が辛いの?」
「隠し通してきたはずの……どうして新聞で確認した顔が、目の前に居る……」
「よく聞き取れないよ。さっきから何を言っているの?」
「これは夢なのか? それとも現実なのか?」

そう言うと不審者はアスファルトの地面に向かって、拳を思い切り振り落とした。
右手の拳の皮はずるりと剥がれ、鮮血が滲み出ている。

「っ…きゃ!」
「痛いや……。ははっ、やっぱり現実なんだね」
「何やっているのよ!」
「姉さん、教えて。俺は……何者なんだ?」

私にすがりつくようにして、掠れる声を搾り出し問いかけてくる。
訳が分らず、私はただその様子を眺めることしか出来ない。
やがて不審者の男の子は力尽きたように、地面に頭をこすり付けながら倒れた。

私は……
①警察に届ける
②家まで運ぶ
③お母さんを見る

910
①警察に届ける

「ねぇ、しっかり! 目を開けて!」

気を失った不審者の男の子に向かって、私は声を掛ける。
体を揺すったりしてみたものの、目を開ける様子は無い。

「どうしよう……警察に……」

私は震える手で、制服のポケットから携帯を取り出す。
親指でダイヤルを押そうとするけれど、焦って携帯を地面に落としてしまった。
そんな私の動揺を見て、お母さんが私に駆け寄る。

「愛菜。警察よりも救急車を呼んだほうがいいわ」
「そ、そうだよね。倒れたんだし……救急車だよね」
「場所や状態を尋ねられるかもしれないわ。ちやんと答えてね」
「わかった」
「まず救急って事を伝えるの。火事だと思われてしまうかもしれないから」
「そ、そうだね。えっと……番号って何番だっけ!?」
「119よ。愛菜、震えているけれど電話出来る?」

生まれて初めての出来事ばかりで、何をどうしていいのか分らない。
動揺と焦りで、涙がにじんでくる。
情けないけれど、私には上手く出来そうにない。

「駄目。お母さん、お願い……」
「わかったわ。じゃあ愛菜、あなたはこの男の子のご両親に電話してあげて」

(この人の両親と言われても……)

「この人の連絡先なんて、私知らないよ」
「この子、愛菜のお友達じゃないの?」 

母が尋ねてきたその時、さっきまで意識を失っていた不審者の眉が歪んだ。
肩が小さく揺れ、指先がピクンと動いた。

「……うぅ」
「待ってお母さん! この人、目を覚ましそうだよ!」

不審者の男の子はゆっくりと目を開ける。
まず覗き込む私を見て、その後お母さんを見ていた。
そして、すぐに身をよじるような怠慢な動きでフラフラと立ち上がろうとする。

「大丈夫? 顔まで擦り傷になってるよ」
「平気さ。ずっと寝られなくて、ちょっと疲れが溜まったのかもしれないね」
「寝られない? 何かあったの?」
「整理しきれないほど沢山ありすぎて……本当にどうすればいいんだか」

投げやりな言葉で答えられ、自嘲ぎみの笑顔を向けられた。
少しでも力になれるよう肩を貸そうとしたけれど、やんわりと手で遮られた。

不審者の男の子は壁に片手を預けながら、家とは反対の方向へ歩いていく。

私は……
①引き止める
②着いていく
③見ている

|