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861
①続きを思い出す

初日とは何かが変わった春樹だったけど、どう変化したと聞かれたら私は困ってしまう。
だけど、父との会話から春樹は私達を頭から否定しなくなったのは確かだ。
春樹に色々聞きたいと頭では思うのだけど、上手く言葉にならなかった。

「……ネコ、来ないね」

自分の吐く息が白い。
寒空の下、薄気味悪い場所で二十分近く待っていたけれど猫が現れる気配は無かった。
春樹はため息をつきながら、持ってきた容器のフタを閉じようとしていた。

「せっかく来たのに、意味無かったみたいだ」
「それ……美味しそうだよね。中身、ちょっと見せて?」

思わず、返事も待たずに春樹の手から容器を奪い取っていた。
実はものすごくお腹がすいていて、いい匂いをさせている中身が気になって仕方なかったのだ。

「わぁ……美味しそうな匂い。かつお節に、ご飯に、この白いのは何?」

かつお節の下に、何か白くて細長いものが入っているのが見えて私は尋ねた。
春樹は手持ち無沙汰になってしまった自分の手を見つめると、苦笑するように答えた。

「裂いた鳥のささみだよ。少しだけ片栗粉をまぶして茹でてあるんだ」
「鳥のささみ…でもどうして片栗粉なの?」
「ささみって茹でるとパサつくんだけど、片栗粉を使うと美味しく仕上がるんだ。
そのご飯の中に混ざってる細かい緑は、よく水気を切った茹でキャベツを入れてみたんだ」
「ミケってネコがうらやましい。私が代わりに食べたいくらい……」
「調味料が入っていないから、人間が食べても美味しくないと思うけど」
「どうして?」
「塩分を入れてないから、味が無いよ」
「そうなんだ……」

お腹と背中がくっついてしまいそうで、このままミケが来なければ私が食べたてしまいたかった。
たとえ味が無くても、春樹の作ったものは見るからに手が込んでいたからだ。

「でも知らなかったな、春樹くんが料理上手だったなんて」
「別に大したこと無いよ」
「そうかな? これだけ作れればすごいと思うけど」
「僕の学校は毎日弁当だから、作っている内に自然と憶えただけだよ。
本当はこれだって、野良猫に気まぐれでお弁当をあげたのが始まりだしね」
「その野良猫がミケ?」
「うん。本当は可哀想だから飼ってあげたかったけど、マンションで無理だったからさ。
せめて、ご飯だけでもちゃんとあげたくて別に作るようになったんだ」

そう言うと春樹は容器のふたを閉めて、立ち上がった。

私は……
①続きを思い出す
②春樹をみる
③周防さんをみる

862
①続きを思い出す

春樹がネコを可愛がっていて、飼いたがっていたなんて知らなかった。
だったら、飼ってあげればいい。
私は思いついたことを、そのまま口にした。

「お父さんとお義母さんにネコを飼えるようにお願いしてみようよ」
「え?」
「頼めばきっと許してくれるはずだよ。私も協力するから」

猫を飼えば、お父さんに対する不信感も無くなるかもしれない。
生き物は今まで飼ったことないけど、きちんと可愛がってあげたい。
想像していく内に、段々楽しくなっていた。

「ねぇ、すごくいい考えでしょ?
私も動物を飼ってみたいなって思ってたんだ。春樹くんも毎日ネコと遊べるよ」
「でも……」
「きっと上手くいくよ。お父さん、動物が好きだって言ってたもん」

春樹は服についたホコリを払って、黙って片付けを始めた。
そして鞄を締め終えると、意気込む私に向き直る。

「そろそろ行こうか。母さんが戻ってくる前に帰らなきゃ」
「お腹はすいたけど……せっかくだしネコを見つけてから帰りたいよ」
「これだけ待っても現れなかったし、暗くて見つけるのは無理だと思うけどな」
「じゃあ、また一緒に来よう。明日は休みだし手伝うよ?」
「もう飼うことは諦めているから必要ないさ。さぁ、遅くなったし急ごう」
「諦めることないよ。一緒にお願いすればきっと……」

私とは対照的に、春樹はどんどん不機嫌な顔に戻っていった。

「ミケを見たことも無いのに、飼うって何。そういう適当なのが、一番嫌いだな」
「世話もするし、ちゃんと可愛がるよ」 

冷ややかな春樹の態度が気に入らなくて、私は頬を膨らませた。
せっかくの名案なのに、最初から諦めてしまうなんてもったいない。

「もういいんだ。これ以上、君の家に迷惑をかけるつもりはないよ」
「そういう言い方は止めて。私の家は春樹くんの家でもあるんだから」
「じゃあどうすればいいのさ」
「それは……」
「もう、あの公園で言ったような波風をたてるつもりはないよ。
どうせ僕には他に行く場所もないし、母さんも一緒に住むことを望んでいるからね」

初日から比べて、何かが変わったと思っていた。
少しは認めてもらえているつもりだったのに、根本では何も変わっていない。
春樹は拒絶するように言うと、暗い夜道を先に歩き出したのだった。

私は……
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②春樹をみる
③周防さんをみる

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①続きを思い出す

「ま、待ってよ。怖いのに置いていかないで……」

薄気味悪い場所に取り残されていることに気づき、遠くなっていく影を追いかけた。
春樹はピタリと立ち止まって、無言のまま私を眺めている。
とりあえず待っていてくれたことにホッとしながら、急いで春樹の元に向った。

「はぁ、やっと追いついた」

肩で息をしている私を気使ったのか、春樹はしばらく待っていてくれた。
息が整ったのを確認すると、今度はゆっくり歩き出した。
私もその横を黙ってついていく。
春樹はこちらを一瞥すると、不機嫌な様子を崩すことなく口を開いた。

「ねえ……君ってさ……」
「私? 私がどうかしたの?」
「君ってさ、すごく頭が悪いの?」
「えぇ!?」
「もしかして、鈍感を通り過ぎて馬鹿がつくほどお人よしだとか……」
「ちょっ、馬鹿って。ひどい!」

春樹は真面目な顔で尋ねるものだから、カチンときてしまった。
冗談ではなく、本気で問いかけてくるから余計に悔しい。
だけど私の態度なんてお構い無しに、春樹は言葉を続けた。

「あのマフラー、君の手作りだったんだろ? 僕のした事は最低だよ。
なのに君は、懲りずに付きまとってくる。どうして?」

急にそんなことを聞いてくるなんて予想していなかった。
どう答えていいのか分からず、もじもじしてしまう。

「えっと……」
「嫌われる理由ならいくらでもあるよ。そう仕向けてきたし」
「酷い事をしたと思っているなら……私に謝って」
「嫌だよ。僕はまだ認めたくないんだ」

春樹の声は小さかったけれど、はっきりしていた。
認めたくないのは、きっと私とお父さんが家族になることだろう。

拒絶しながらも、迷っているのかもしれないと私は感じた。
頭でうまく整理がつかないまま、私は自分の思いを一つずつ声にしていった。

「私は……春樹くんのことを少しでも知りたい。
お姉さんとして認めてもらえないからって諦めたら、絶対に後悔すると思う。
お父さんが家族はできるものじゃなくて、つくっていくものだって言ってたもん。
家出と勘違いしてここまで来たけど、学校や料理やネコのこと。
たくさん知ることが出来て、今日はとっても嬉しかったんだよ」

私の言葉を聞いて、春樹がどんな顔をしていたのかは知らない。
なぜなら突然、ガサガサと草むらから音がしたからだ。
私はビックリして、春樹の背中に隠れる。
すると「二ャー」という鳴き声がして、一匹のネコが顔を出した。

私は……
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②春樹をみる
③周防さんをみる

864
①続きを思い出す

「ミケ……。こんなところに居たのか」
「この子がミケなんだ。おいで」

私が手を出すと、警戒するように草むらへと隠れてしまった。
春樹にもネコにも嫌われて、本気で悲しくなってくる。

「あぁ、逃げちゃった」
「ミケは少し神経質な性格なんだ」
「なんだか春樹くんみたい……」
「……僕が神経質で悪かったね」

私のいう事が気に入らなかったのか、春樹がジロリと睨みつけてくる。
人間にも動物にも、こんなに嫌われまくったことが無いだけに、ダメージも大きい。

「まさかミケにまで嫌われちゃうなんて……ショックだよ」
「別に嫌ってる訳じゃない」
「えっ!?」
「多分、ミケは驚いてるだけだと思うんだ」
「そ、そうなんだ」

一瞬、春樹が私のことを認めてくれる発言をしてくれたのかと期待してしまった。
けど、ミケことを言っているだけだと分かって、ちょっとガッカリしてしまう。

「大丈夫。かつお節の匂いを嗅げばすぐに寄ってくるよ」

そう言うと、春樹は鞄を開けてさっきの容器を取り出した。
地面にその容器を置くと、「ミケ」と何度か呼んでいた。

すると、またひょっこりとネコが顔を出した。
白と茶と黒の毛並みをした、綺麗な顔をした三毛猫だった。
子猫にしては大きいけれど、まだどこかあどけなさの残る顔立ちをしていた。

「かわいい。ほら、ミケ。春樹くんがつくったご飯だって」

ミケは見慣れない客である私に警戒していた。
しばらくすると食欲に負けたのか、よたよたと近づいて来る。
そして、春樹の持ってきたご飯を美味しそうに食べ始めた。

「すごい勢いで食べてるよ。お腹空いてたんだね」
「本当だ。取ったりしないんだから、もっと行儀よく食べればいいのに」

春樹はしゃがみ込んで、ミケが食べるところを微笑んで見ていた。
こんなに優しい顔ができるんだったら、私にも愛想よくしてくれてもいいのにと思ってしまう。

眺めているうちに、容器の中身はあっという間に無くなってしまった。
しばらく容器を名残惜しそうに舐めていたけど、そのうち前足で毛づくろいを始めた。

私は……
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②春樹をみる
③周防さんをみる

865
①続きを思い出す

かわいい仕草をみせるミケをどうしても触りたくなってきた。
ご飯を食べ終え満足している今なら、快く触らせてくれるかもしれないと思った。

「ちょっとだけ触ってみたい。春樹くん、いいかな?」
「ミケは僕のネコってわけじゃないよ」
「そっか。ミケおいで……って、あっ逃げないでよ」

私が手を差し出すと、ミケはひょこひょこと不器用に走り出した。
右の後足が悪いのか、そこだけ庇うように浮かせて逃げている。
少しばかり鈍い私でも、ミケをあっさりと捕まえることが出来た。

抱かれることに抵抗がないのか、しばらく撫でてあげると大人しく喉を鳴らし始めた。

「この子、足が悪いんだね」
「僕が見つけた時には、もうこんなだったよ」
「ミケって、やっぱり捨て猫なのかな」
「うん。怖がりだけど人にはよく慣れているからね」
「そうだ、ミケ。ここじゃ寒いだろうし、うちにくる?」

ミケは「二ャー」と鳴いて、私の手をペロペロと舐めて応えてくれる。

「あははっ。舌がザラザラしてる。うちで飼われたいって言ってるよ」
「足が動かないネコだけど、君はいいの?」
「なんで? さっきから飼う気満々だよ」
「…………」
「どうしたの?」
「だってみんなミケを見ると、断ってくるから……」

マンションでネコの飼えなかった春樹は、友達に引き取り手がないか色々聞いてみたらしい。
たたでさえ探すのは大変なのに、足の悪いネコとなると誰も首を縦に振らなかったそうだ。
今までの経緯を話し終えると、春樹は乾いたため息を漏らした。

「捨てられたのも、きっと足がおかしかったからだよ」
「そんなの事で捨てるなんて……」
「さっき君、ミケと僕は似ているって言ってただろ?」
「あっ、あれはつい本当のことを……」
「別に気にしてないよ。僕はね、ミケの中に自分を重ねてる気がするんだ。似てるからこそ放っておけなかったのかもね」

私はこの時、どういった気持ちで春樹が言ったのかよくわからなかった。
よくわからなかったけど、春樹が本音を漏らした事だけはなんとなく感じ取ることが出来た。
だから、暗く沈んでいる春樹に向って明るく声を掛けた。

「よーし。ミケも良いって言ってくれたし、飼うこと決定だね」
「君は飼うつもりみたいだけど、さすがに僕たちだけで決めても仕方ないよ。ちゃんと母さん達にも了解を得ないと」
「理由を言えば、お父さんもお義母さんも許してくれるよ。大丈夫、お姉さんに任せなさい」
「それが一番不安なんだけどな……」

そう言うと、春樹はミケの頭を撫でていた。
憎まれ口だったけど、その顔は何か吹っ切れたように穏やかだった。

私は……
①続きを思い出す
②春樹をみる
③周防さんをみる

866
①続きを思い出す

ミケをひとしきり撫で終えると、春樹は顔を上げた。
「急ごうか。どんどん遅くなってしまうよ」
「そ、そうだね。ミケも一緒に行こう」

私はミケを抱いたまま歩き出し、春樹と一緒に山道を帰っていく。
横で歩く春樹に顔を向けると、不意に視線がぶつかった。
あえて視線を外すように、春樹は足元の小石を一つ蹴った。

「こういうのも、悪くないのかな……」
「なにが??」
「信じてみてもいいかなって思ったんだよ」
「春樹くん……?」
「だって、お姉さんに任せておけば大丈夫なんでしょ?」
「も、もちろんだよ! 私にかかれば、お父さんとお義母さんを説得するくらい余裕なんだから!」
「じゃあ……姉さんに任せるよ」

一瞬、自分のことを言われていることに気付かなかった。
だけど、今たしかに「姉さん」って言われた気がする。

「今、私の事……」

にわかには信じられなくて、空耳かと疑ってしまった。
ここで下手に確認すると、また機嫌を悪くされてしまうかもしれない。
出来ればもう一度「姉さん」と言って欲しい。けど、聞きづらい。

悶々と葛藤しながら歩いていくうちに、いつの間にか小学校の前まで出ていた。
私は胸にミケを抱いたまま、再度、横を歩く春樹に向って話しかける。

「あのね春樹くん。確認するのも変だけど、さっき私を姉さんって言ってくれたんだよね?」

上目遣いで春樹の顔を見ると、びっくりしたように目を見開いていた。
息を忘れたように硬直している。

「どうして……」
「ご、ごめん。こんなこと確認することじゃないよね。
さらっと受け入れる方が格好いいって思うんだけど、聞き違いかもって……」
「どうして……あなたがこんな所に……」

春樹は私を見ているわけじゃない。
私は春樹の見ている方向に、首を動かした。

そこに居たのは……
①知らないおじさんがいた。
②知らないお兄さんがいた。
③お義母さんがいた。
④お父さんがいた。

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②知らないお兄さんがいた。

誰だろう、と私は思った。
詰襟の学生服の上に、紺色のダッフルコートを着ている。
知らないお兄さんは春樹と私に向って、ゆっくり近づいてきた。

「こんな遅くまで遊んでいたら駄目じゃないか、春樹」
「なぜ……こんなところに……」

春樹は相手を見て言葉が出ないようだ。
反対に知らないお兄さんは、落ち着いた様子で春樹に話しかけていた。

「ちょっと初等部の先生に用事があってね。交流会の打ち合わせをしていたんだ」
「な、なんだ……僕はてっきり……」

安心したのか、春樹の肩から力が抜けていった。

「何だい。てっきり家に連れ戻されるんじゃないか……なんて思った?」
「それは……」
「いいよ。お互い隠し事をするような仲でも無いじゃないか」

知らないお兄さんは眼鏡を指であげながら、フフッと笑った。
春樹もそれに合わせるように笑みを浮べる。
私には見せた事の無いような、屈託のない笑みだった。

「そうだ、春樹。今日、わざわざ中等部にまで桐原製薬のお嬢さんがみえたよ」
「ええっ!?」
「ちゃんと説明してあげないと可哀想だよ。
彼女、どうして転校する事を教えてくれなかったのかってすごい剣幕で僕に詰め寄ってきたんだから」

知らないお兄さんは困った顔をしながら、春樹に諭すように言った。
一方の春樹はため息をついて、白状するように口を開く。

「転校するって何度も言ったよ。僕はもうあの家とは関係ないって事も。けど、ちっともわかってくれないんだ」
「桐原のお嬢様は強情そうだしね。散々文句を言った挙句、最後には春樹君がつれないし一緒に浮気しませんかって誘われてしまったよ。
初等部の子が来るのは珍しいし、ひどく悪目立ちしていたな」
「さ、最悪だ……」

春樹は頭を抱えるようにしてうなだれてしまった。
知らないお兄さんは仕方なさそうに微笑んで、今度は私に視線をすべらせた。

「貴女は……? もしかして春樹の……」

なんて答えようかな。
①「私は大堂愛菜。春樹の姉です」
②「先にそちらから名乗るのが礼儀じゃないですか?」
③春樹を見る

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③春樹を見る

私は突然話しかけられて、どうしていいのか分からなくなった。
助け舟を求めるように、春樹の方を見る。

「この人は姉の大堂愛菜。僕の一つ上なんだよ、こう見えてもね」

おどおどしている私を見て、春樹は呆れたように説明していた。
その態度は悔しかったけど、初対面の人に挨拶一つできないかったのだから仕方がない。

「君が……。よく顔を見せて」

そう言うと、知らないお兄さんはコートの胸ポケットから眼鏡を取り出した。
素早く眼鏡を掛けると、私の顔に穴が開きそうなほど眺められた。
自分の容姿に自信が無い私は、ただ俯くしかない。

「あの……私……」
「愛菜さんって言うんだ。素敵な名前だな」
「ど、どうも……」

(こんなに見られているのに、名前しか褒められない私って……)

春樹の知り合いのようだし止めてくださいとも言えず、黙って受け入れるしかなかった。
しばらくして、お兄さんの怪しい視線からようやく開放された。

「そういえば自己紹介がまだだったか。僕は中等部三年の高村と言います。春樹とは……そうだな。
昔からの知り合いなんだ」

そのお兄さんが知り合いだと言った瞬間、春樹の横顔が凍りついた。
私は様子の変わった春樹を慌てて覗き込む。

「春樹くん? 具合でも悪いの?」

けれど春樹は私など眼中に入っていないように、高村と名乗ったお兄さんだけを見ていた。

「にい…さん。今の言葉……本気?」
「もう僕たちは係わりを断ち切るべきなんだ。そうだろう、春樹」
「でも……」
「それは春樹自身のためでもあるんだ。わかるね?」

高村と名乗ったお兄さんは静かに呟くと、春樹の肩をポンと叩いた。

私は……
①「にいさん?」
②「関係を断ち切る?」
③春樹を見る

869
①「にいさん?」

私は首をかしげて誰とも無く問いかける。
すると、高村と名乗ったお兄さんは私の方に振り向いた。

「春樹はね、僕を兄のように慕ってくれているんだよ」
「そうなんですか」
「親しくしていたのに、この学校からも去ってしまうのは寂しいのだけどね」
「…………」
せっかくお兄さんが寂しいって言っているのに、春樹は表情を固くしたままお兄さんを見ていた。
「春樹くん?」
私は心配になって春樹の顔を覗きこむ。
今の春樹には私の問いかけすら聞こえないようだった。

「……兄さん」
「なんだい、春樹」
「あの家とは縁を切ったけど、僕は兄さんとの関係まで断ち切りたくないよ!」
春樹は懇願するように、お兄さんに向って言った。
春樹の言葉にお兄さんは小さくため息を漏らすと、口を開いた。

「僕は高村家の人間だ。決して逃れることは出来ない。だからもう僕と関わってはいけないんだ」
「あんな扱いを受けて、まだそんな事を言うの?」
「仕方がないんだ。僕には半分卑しい血がながれているのだから」
「卑しいって兄さんの母親の事? 兄さんは兄さんじゃないか!」
「……少し落ち着こう、春樹。愛菜さんがびっくりしている」
お兄さんは苦笑を私に向けてくる。
怒っている春樹に手を焼いているという顔だった。

「ごめんね、愛菜さん。春樹が興奮してしまって驚いただろう?」
「……いいえ」
「兄さん、まだ話は終わって無いよ!」

春樹はまだ話し足りないのか、声をあげている。
それを制すように、お兄さんは強い視線を春樹に向けた。

「春樹。せっかく与えられた未来なんだ。新しい家族と上手くやっていくためにも僕とはこれきりにしなくちゃいけない。
ここに居る愛菜さんの為にもね」

(私のため?)
私の名前が出てきたものの二人の会話が分からなくて、話に加わることができない。

①別の話を振る
②黙って見守る
③春樹に帰ろうと言う

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②黙って見守る

きっと大切な話をしているのだろうという事は感じ取れた。
私は黙ったまま、二人の様子に目を向けた。

「……それは僕に大堂春樹として生きていけって事?」
春樹はお兄さんを見据えるように呟いていた。

「そうだよ。春樹は僕のために怒ってくれる真っ直ぐで優しい子だ。
今度はその優しさを新しい家族に向けるべきなんだ」
「…………」

春樹は納得できないように口をつぐんでしまった。
それでもお兄さんは構わず話を続ける。

「春樹、よく聞くんだ。これは僕のお願いなんだ。愛菜さんを大切にしてあげて欲しい」
「この人を……?」

お兄さんと春樹の視線が私に注がれる。
私はどうしていいのか分からず肩をすくめて俯いた。

「もしかしたら、愛菜さんは僕にとって特別な人かもしれないんだ」
「特別な人……!? 二人は知り合いなの?」
春樹に尋ねられて、私は慌てて首を横に振った。

(し、初対面なのに特別って……)

「いや、僕と愛菜さんは初対面だよ。だけどね、分かるんだ。そして、春樹もきっと……。
たとえ仕組まれたものだとしても、作っていくのは君達なんだから……」
「……兄さん? 何をぶつぶつ言っているの?」
春樹は訝しげにお兄さんを見ていた。

「なんでもないよ。ところで愛菜さん。そのネコは?」
お兄さんは話題を変えるように、腕の中のミケに視線を移していた。

「足の悪い捨て猫なんです。春樹くんが世話をしていたんだけど、うちで飼ってあげることにしました」
「ミケって名前を付けて、きまぐれでご飯をあげていただけだよ」

「なるほど、春樹が。ちょっとそのネコを見せて……」

お兄さんは私の腕からひょいとミケを抱き上げた。
そして、悪い足の関節を触っている。

「春樹。このネコ、ちょっと預かっていいかな」
「えっ、だけど兄さん……勝手にそんな事したら……」
「心配することはないよ。あの人は僕のいる別邸までは来ないから」

お兄さんは春樹に向って微笑むと、今度は膝を屈めて私を見た。

「愛菜さん。もしかしたら、このネコの足が治るかもしれないんだ。僕に預からせてくれないかな」

私は……
①預かってもらう
②断る
③春樹を見る
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