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[[641~650]] 651 ①混乱してしまい、涙が溢れてきた 「愛菜! 落ち着けって!!」 その言葉に、私はいやいやと頭を振る。立ち上がって、声にならない気持ちを訴える。 聞きたいのはそんな言葉じゃない。 力が無い私には、何も出来ないのは分かっている。足手まといになるだけだって、理解してる。 守ってくれる人を犠牲にできるのか? 後ろを振り向かず、逃げ切れるのか? ……やっぱり私には無理だと思う。 守られるって――一どうして辛いの? 突然、両腕を力強く掴まれ、我に返る。 さっきまでテーブルを挟んで座っていたはずなのに、目の前には、真剣な隆の顔があった。 「混乱させるようなことを言って、すまなかった。そっか、泣くほど悩んでたんだな。……気がつかなくて、その…悪い」 (私……泣いてるの?) 呆けたまま、私は隆を見つめる。 私の頬を伝う涙を拭うと、隆は言葉を続けた。 「守るって言葉が、重荷だったんだろ?」 (……重荷?) 「その顔、自分でも気付いてないって感じか。突然、力だ、組織だと知らされて。巻き込まれて、恐い思いして。 守るって言葉を背負わされて……そりゃ、重荷に決まってるよな」 そう呟くと、隆は再び私を見つめる。 「じゃあ、こうしよう。敵に襲われてしまったとする。説得も無駄だったとして……俺と一緒だった時は、二人で逃げようぜ。 それでもダメだったら、協力してやっつけるんだ。力なんてなくたって、石でもなげてりゃいいんだしな」 (……いいの?) 「俺の力なんて、他の奴らに比べればたいしたことないだろう。けど、俺はやられるつもりはないぜ。 お前の見てる前で、負けるつもりもない。てか、絶対に勝つ」 言っていることは無茶苦茶だ。 だけど、さっきのでのモヤモヤが晴れていくのがわかる。 「しっかし、昨日は春樹の悩み相談で、今日はお前か。春樹もお前も……世話の焼ける姉弟だよ。ホント、そっくりだ。 同じようなことをウジウジ悩むんだからな」 隆はそう言うと、私の額をピンと弾いた。 (隆……) この気持ちをノートに書こうとおもったけれど、紙だと残ってしまいそうで照れくさい。 素直じゃないと思いつつ、別の方法を考える。 困ったな、どうやって伝えよう…… ①隆の背中に書く ②声がでなくても、話して伝える ③隆の手に書く 652 ③隆の手に書く 額を弾いた隆の手を、私はギュッと掴んだ。 そして、大きな手のひらに、指で文字をなぞっていく。 「なっ……!」 隆は驚いたのか、とっさに手を引っ込ようとする。 けれど、私は構わずに、文字を書いていった。 「……う…って?…今、『う』って書いたのか?」 私は『うん』と頷いて、また言葉の続きを書き進める。 「……れ、……し、……い」 隆は言い終わると、私を見つめる。 私は出ない声で『一緒だって、言ってくれて』と付け足した。 「確認していいか?……俺と一緒が嬉いって、愛菜はそう言いたいんだよな」 その問いに、私は小さく頷いた。 今、ようやく何を望んでいたのか理解できた気がする。 私の願い――それは、どんなに辛いことでも、大切な人達と一緒に分かち合いたいという事だ。 守ると言われるたび、息苦しさ感じていた。なぜか、辛かった。 だけど、隆が一緒に逃げよう、二人でやっつけようと言ってくれて、私はモヤモヤの正体を見つけることが出来た。 この答えに早く気付いて、ちゃんと伝えていれば、春樹とすれ違うこともなかったと思う。 私の考え方は、都合の良いきれい事だとわかっている。けど、自分の気持ちまで、偽りたくない。 「……ああ、うん。そっか、ハハハ…。俺と一緒がいいんだ……」 隆は照れるように顔を赤くして、目を細めて笑っている。 「とにかく前向きに考えていこうぜ。俺、絶対にがんばるから!」 心強い隆の言葉に、私は大きく頷いて応えた。 結局、隆は私が落ち着くまで、私の側にいてくれた。 十一時を廻ったの確認して、隆はソファーから腰を上げた。 「よし!……もう、寝るか。お前の体調も心配だしな。 美波さんに連絡するのも明日でいいだろう。…じゃ、お前も早く休めよ」 隆はそう言って、リビングを出て行った。 私は片づけを済まして、チハルと一緒に自室に戻った。 未だに動かないチハルと一緒にベッドに潜り込む。 これから、どうしようかな……。 ①目を瞑って眠りについた ②今日のことを思い返してみる ③冬馬先輩と話してみる 653 ③冬馬先輩と話してみる (そういえば冬馬先輩、美波さんと連絡とって見るって言ってたっけ……) ふと思い出して私は、冬馬先輩と話しをしてみることにする。 目を閉じて、冬馬先輩に会えるように祈る。 しばらくして眠りの波が訪れ一瞬意識が途切れた後、いつの間にか学校の前に立っている自分に気付いた。 (そういえば、夢で学校にいることがおおいな、私) そう思いながら、あたりを見回す。 「愛菜」 声に振り返ると冬馬先輩が立っていた。その後には美波さんもいる。 (冬馬先輩、美波さんと一緒だったんだ) 声を出したつもりだったが、夢でもやはり声は出なかった。 そんな私を見て、美波さんが近づいてくる。 「大丈夫ですか?声が出なくなってしまったと聞きました 失礼します、少し診せてください」 そう言ってt近づいてきた美波さんは私の首筋に手を当て、目を閉じた。 最初はひんやりしていた指先が、ほんのりと熱を帯びてくる。 「これは呪いの一種ですね」 (呪い?) 「つかまれた場所が首だったので、声帯がまず影響を受けたようです」 言いながら、美波さんは私の首から手を離す。 「残念ながらこの手の呪いは私では……。物理的に影響を受けたというのなら、治療することが出来るのですが……」 申し訳なさそうに美波さんが言って、言葉を続けた。 「この呪いはファントムをベースに使ったもので、かなり力の強い人がかけたようです。無理やりファントムを引き離すとどのような影響があるか予想がつきません」 (そんな……それじゃ、このままなの?) 「ですがあなたの力なら、この呪いを解くことが出来ます」 (え?私の?) 「まだうまく力を使いこなせていないようですが、使いこなせるようになれば、あなたなら容易に出来ます」 確信を持って言われると困惑する。そんな私の表情に気付いたのか、美波さんは元気付けるように微笑んだ。 「まずは自分の力を信じることからはじめてください。  あなたは自分に力があることを信じ切れていないでしょう?それでは力を使いこなすことは出来ませんよ」 (そういうものかな……) 力があることは分かっているけれど、予知夢を見るだけの力だとおもっていた。 それ以外の力があるといわれても、半信半疑だ。 (信じることから……) 私は美波さんに頷いてみせる。 すると美波さんはにっこり笑っていった。 「あなたなら自分の力を自覚すれば、すぐに使えるようになりますよ。さあ、そろそろ起きる時間ですよ」 美波さんの声とともに、美波さんと冬馬先輩の姿が薄くなっていく。 意識が浮上していき、目が覚めた。 身を起こしてチハルを見ると、まだピクリとも動かない。 (まず自分の力を信じて……力を使いこなせるようにならないと) でも、力をつかいこなすってどうすればいいんだろう? 誰かに聞いてみようか? だれに? ①隆 ②一郎 ③冬馬先輩 654 ②一郎 (カードでの訓練を教えてくれたし、力についてかなり詳しそうだよね) 私は学校で一郎くんに聞くことを決めると、さっそく制服に着替えを終え、鞄にチハルを入れる。 一階に降りて、洗面所に向う廊下で「愛ちゃん、おはよう」と声を掛けられた。 お継母さんに条件反射で『おはよう』と挨拶して、ハッと喉を押さえる。 「どうしたの? 愛ちゃん」 私の様子に、お継母さんは心配そうに覗き込んできた。 『風邪』『声出ない』と細い息で説明すると、「風邪で声が出ないの?」と逆に尋ねられる。 私はコクコクとうなずいて肯定する。 「じゃあ、学校はお休みする?」 その問いに今度は、首をブンブン振って否定した。 (うーん。やっぱり、不便だな) 私は『待ってて』と身振りで伝えると、急いで自室に戻り、紙とペンを持って来た。 そして、『熱もないし、平気だよ。それより、春樹のことなんだけど』と書いたところで、今度はお継母さんが首を横に振った。 「知ってるわ……私の携帯にも、昨日、春樹から連絡があったの。愛ちゃん、迷惑かけて本当にごめんなさい」 お継母さんは、春樹の我が侭を代弁するように謝ってくる。 『謝らないで。春樹が単なる我が侭で出て行くような弟じゃないって事、わかってるよ』 「……愛ちゃん」 『必ず戻って来るって約束してくれたし、いつも通り、待っててあげよう?』 「そうね。愛ちゃんの言うとおりだわ」 『じゃ、朝食にしようよ。私、お腹空いたな』 「あっ、急いで用意するわね」 少し元気を取り戻したお継母さんは、いそいそとキッチンへ戻っていった。 (板ばさみで一番辛いのはお継母さんだもん。支えてあげなきゃ) 顔を洗い、ゴシゴシとタオルで拭いて気合を入れる。 なにげなく窓を見ると、強い雨が降っている様だ。 (雨か……。あっ、隆を起こさなきゃ) 客間の扉を開けると、案の定、隆は気持よさそうに寝息を立てていた。 普通に起こしても、寝ぼすけの隆はなかなか起きないだろう。 どうやって起こそうかな… ①布団をひっぺ返す ②口と鼻をつまむ ③耳元で囁く 655 ①布団をひっぺ返す 私は勢いよく、掛け布団をひっぺがす。 隆はTシャツにスウェットパンツの姿で大の字になって寝ていた。 「うーーーん」 隆は布団を剥ぎ取られて寒いのか、眠ったまま顔をしかめている。 (まったくもう。雨だし、少し早く家を出たいのに……) 雨脚がさらに強くなったのか、室内からでもザーっという音が聞こえてくる。 せっかくの文化祭を前に、こんなに雨が降ってしまって大丈夫なのか本気で心配になってきた。 文化祭まで日にちが無いし、グランドの状態も気がかりだ。 (早く起きてよ、隆) 私は隆の身体を大きく揺すってみる。 それでも隆は目を覚まさない。 (困ったな……。って、アレ?) 大の字で寝たままの隆の身体が一部、大きく変化していることに気付いた。 スウェットパンツの股部分の形状が、昨日の寝る前とは明らかに異なっているのだ。 (こ、これは……!) びっくりして、目を覆いながら、部屋の端まで一時後退する。 けれど、私も一応高校二年生。初めて見るけど、知識だけはそれなりに持ち合わせていた。 (うわっ……。はじめて見たよ…) 見てはいけないと思いつつ、指の間から、しっかり確認してしまう。 健全な男子なら当然の生理現象らしいけれど、春樹は早起きだし、そういった隙は一切見せなかった。 香織ちゃんからも奥手だとからかわれるけど、確かに反論できない。 慣れないものを見て、私は今、ひどく動揺してしまくっている。 (ど、ど、どうしよう。お、起こしちゃっていいのかな……) 私は…… ①起こす ②諦める ③お継母さんに助けを求める 656 ②諦める (そ、そうよ。私は何も見なかったことにしよう) なんとか自分に言い聞かせて、また隆のそばへ戻る。 下手に騒げば、気まずい雰囲気になってしまうかもしれない。 何事もなかったかのように、この部分を布団で隠してしまえば良いだけ――。 「……うぅん、愛菜?」 その時、突然、隆が目を覚ました。 私は掛け布団を両手で持ったまま立ち止まる。 (うっ……) どうしていいのかわからず、私はその場から動けない。 不運なことに、私の視線は相変わらず、特定の部位に注がれたままだった。 そして、私の注目する部位へ誘導されるように、隆の視線が少しずつ移動していく。 「うわわぁぁぁああ!」 隆は飛び起きると、前かがみにしゃがみ込んだ。 敷布団に中腰でかがみ込んだまま、恨めしそうに私を見る。 「見たのか!?見たんだろ!」 私はおおげさに首を振って否定した。 けれど、私がしっかり見ているのを隆はすでに目撃済なのだ。 「えーっと……あの…こ、これは、朝だからいけないんだ!」 苦し紛れに、隆は言い訳ともつかない説明を始める。 「決してエロい夢をみていたわけじゃないんだぞ。俺だけじゃない。春樹だって、宗像兄弟だって男なら全員なるんだからな!」 動揺している私は『はい』と私は大きな相槌で応える。 「こんなの便所に行けば収まるんだ。ということで、俺は便所に行ってくるから!」 わざわざ報告しながら、隆は不自然な格好で立ちあがる。 「もう一度言うが、ホントにエロい夢とかみてたわけじゃないからな!」 そう言って、隆はふらふらと客間から出て行った。 (き、気まずかった……) 私は泣きたい気持ちを抑え、客間の布団を片付けていく。 重い気分のままキッチンへ行き、並んだ朝食の前に座った。 「愛ちゃん。なんだか客間が騒がしかったけど、隆くんと何かあったの?」 ご飯茶碗を私に手渡しながら、お継母さんが尋ねてきた。 どう答えようかな。 ①『大丈夫。なんでもない』 ②『色々あったけど、平気』 ③『へんなもの見ちゃったんだ』 657 ①『大丈夫。なんでもない』 (はぁ……。言えるわけないよ) 心の中で溜息を漏らしながら、お継母さんに書いた言葉を見せた。 「そう?少し言い争っているように聞こえたけど、愛ちゃんがそう言うなら、私の気のせいだったみたいね」 お継母さんは私の書いた言葉に納得したのか、それ以上追及してこなかった。 朝食を食べ終え、食器をシンクに置いたところで、キッチンに制服を着た隆が入ってくる。 私をチラリと横目で確認して、席に着くと朝ごはんを食べ始めた。 (うーん。やっぱり、気まずい……) 元々は寝ぼすけな隆が悪い気もするけど、ここは私が謝っておくのが正しい気がする。 早めに解決しないと、気まずいままで後々まで引きずってしまいそうだ。 黙って食事をしている隆のところに、私はおずおずと近寄っていった。 『さっきはゴメンね。私の配慮が足りなくて、嫌な思いさせちゃって』 食器を洗っているお継母さんに見つからないように、私はそっとダイニングテーブルに紙を置いた。 「まぁ、気にしてねぇよ」 と言った後、隆は制服の胸ポケットに入れたままのシャーペンを抜き取る。 そして、『気持ち悪いもん見せちまったな』と私が置いた紙に書いた。 (隆……) 私も恥ずかしかったけど、隆はその何倍も恥ずかしかったと思う。 『びっくりしたけど、気持ち悪いなんて思わなかったよ』 「そうなのか?」 私の言葉を見て、隆は私に目を向ける。 私は『うん』と頷いて、『男の子も色々大変だなって思っただけ』と書いた。 それを見て苦笑した隆が、小声で話しだす。 「なんか、スゲー恥ずかしくなってきた」 『今頃になって?』 「違う意味でな。お前と一緒だと、なぜか空回りばかりでさ。愛菜のことを子供っぽいままだと思っていたけど、…俺も相当なもんだ」 自分自身に呆れているのか、隆の口調は投げやりだ。 私は隆に元気になってもらいたくて、わざとふざけた顔をしながら言葉を書いていく。 『隆は子供の頃からちっとも変わってないよ?』 「ちぇっ、愛菜に言われたくないっての」 『ははっ、ならお互いさまって事だね』 「同等かよ。少なくとも、お前よりは俺の方が大人になってると思うぜ」 『私は隆よりもマシだと思ってたのになぁ』 「随分みくびられたもんだな。じゃあ、今度、大人になってるか試してみるか?」 『え? 何を試すの?』 「……だからお前は子供なんだ、馬鹿が」 そう言って、隆は顔を真っ赤にしながら、残りのご飯を掻き込んでいた。 「あら、二人とも楽しそうね。何を話してたの?デートの相談?」 洗い物を終えたお継母さんが、いつの間にかニコニコ笑いながら私たちを見ていた。 私は…… ①否定する ②曖昧に答える ③照れる 658 ①否定する 『デート!? 違う違う。全然そんなんじゃないよ。ね、隆?』 私は今まで書いていたページをめくり、新しいページに力強く言葉を書いた。 「……全力で否定するなよ」 隆は複雑な表情を浮かべていた。 「それは冗談としてもね」と微笑んだ後、「愛ちゃんのために、タクシーを呼んでおいたわ」とお継母さんは言葉を続けた。 『タクシーって……』 「これから病院に寄ってから学校へ行くのよ」 『えぇ?』 「だって、愛ちゃんは風邪でしょ? ちゃんと病院に行かなきゃダメよ」 (嘘なんだけどなぁ) そんなことも言えず、困った私は隆に助けを求める。 だけど、隆は気付いていないのか「大丈夫か?」と余計な心配までしてくれている。 (あ、あれ? 風邪って理由で誤魔化すって話じゃ……) 「病院に行くなら、遅刻するって俺から担任に伝えときますよ」 そう言って、鞄を持って立ち上がると玄関に向かってしまった。 「ありがとう。隆くん」 お継母さんは助かるわと言いながら、お礼を言っていた。 結局、流されるまま、私はタクシーに乗って病院へ向う羽目になってしまった。 今思い返すと、声の出ない理由を風邪にしとけばいいと言ったのは、隆ではなく武くんの案だった。 一晩寝たことで、私はすっかり隆が言ったものだと勘違いしてしまっていた。 あの時、武くんは隆のマネが上手くて、私は騙されていたのだ。 本当に紛らわしい。 (にしても、隆も気付いてくれてもいいのに……) 隆と武くんは身体を共有していても、隆は武くんの行動を知らないのだから仕方が無い。 今更、恨み言を呟いてもしょうがないと思いつつ、タクシーの車窓に目を向けると、相変わらずの雨だった。 (そういえば、春樹は何をしてるんだろう。この雨を見ているのかな……) 車の振動が眠気を誘ったのかもしれない。 とりとめなく考えているうちに、だんだん瞼が重くなってくる。 闇に引き込まれるように、私は夢の中へ落ちていった。 私がみた夢とは…… ①春樹の夢 ②隆の夢 ③武くんの夢 659 ①春樹の夢 姉さんに呼ばれた気がして目を覚ますと、あの人の顔があった。 「春樹、目覚めたか」 頭痛を振り払うように頭を振って、上半身だけ身体を起こす。 かるく眩暈を覚えたが、耐えられないほどでもない。 真っ白な病室にはベッドが四床並んでいるが、俺だけしか使っていないせいで、空調は適温を保っているのに酷く寒々しい。 任されている研究室の規模が大幅に縮小され、被験者が減ってしまったせいだと、目の前にいるこの男が教えてくれた。 一部の記憶が混乱しているせいで、その言葉をいつどこで言われたのかまで思い出せなくなっている。 「俺は大丈夫です。もう投与の時間ですか?」 「ああ、そうだ」 男は注射器を用意し、アルコールを含ませた脱脂綿を俺の腕に擦り付けた。 ひんやりとした感覚で、これは幻覚ではないんだとようやく理解する。 「どうしたんですか?」 注射器を持ったまま、なかなか動かない男に声を掛ける。 「春樹。本当にこれでいいのか?」 「何を……ですか」 「このまま薬を投与し続ければ、幻覚や錯乱も多くなるだろう。そして、精神を確実に蝕んでいく。昨日も説明したと思うが、お前の自我が崩壊する可能性もある。いますぐ止めて欲しいと言えば、私から皆に話をしよう」 あれだけ恐れていたはずの人が、心配そう俺を見ていた。 その事がやけに馬鹿馬鹿しくて、なぜか笑いがこみ上げてくる。 「続けてください。あなたも望んでいた事ですよね。力を持つ子供が欲しかったんじゃないんですか?」 母さんを痛めつけてまで望んでいたはずなのに、何を躊躇っているのだろう。 まさか、今更になって、父親面をするつもりなのか。 皮肉を込めて放ったはずの言葉なのに、目の前の男の態度は変わる事は無かった。 「これを投与したからといって、力が手に入るとは限らない。それはお前にも昨日説明したはずだ」 「確かに聞きました。でも、可能性がゼロでは無いとも言ってましたよね。俺は力が欲しい。だから、続けてください」 「……わかった」 腕に針が刺さり、透明な液体が俺の身体に注ぎ込まれていく。 また一時間も経てば、酷い頭痛と眩暈に襲われるだろう。 「あの、少しだけ二人で話をしませんか?」 子供の頃はあれだけ大きくて恐かったはずなのに、目の前にいる男は俺よりも小さくなっていた。 実際には俺が成長したんだろうけど、知れば知るほど平凡な男だったことに拍子抜けしているのかもしれない。 いつも俺を阻みながら大きく立ちはだかっていた壁は、この目の前にいる父親だった……はずだ。 「ああ……いいだろう」 男は白衣の女性に目配せして、人払いをした。 そして、俺に向き直るとベッド脇の椅子に腰を下ろした。 まるで春樹自身になってしまったのように、私は目の前の男性を見た。 春樹の気持ちも胸の痛みも、すべて感じられる。 春樹は今、とても戸惑っている。幼い頃から憎み続けてきた冷酷で非情な父親像と目の前にいる父親が大きく食い違っているからだ。 私自身は、はやくこんな事を止めさせなくちゃと焦っているけれど、存在そのものが希薄なのかそれすら曖昧になっている。 どうしよう…… ①恐くなり目を覚ます ②そのまま様子をみる ③春樹に話しかけてみる 660 ②そのまま様子をみる 「……かあさんは元気か? 見かけた限りでは良さそうだったが」 最初に話しかけて来たのは、あの人の方だった。 「はい、元気です。いつも忙しそうにしています」 「まだ出版社の方に勤めているのか?」 「ずっと勤め続けていますよ。今は、女性向けの経済誌を手がけてるみたいです」 「そうか」 まさか、この人と他愛ない会話をする日が来るなんて、夢にも思わなかった。 この人と俺の共通の話題なんて、母さんの事しかない。 全く話が通じない相手ではないことは、数日の間でわかっている。 俺は見えない父親の幻想と戦っていただけなのかと、ひどく落胆しているのは間違いない。 だけど、いい加減に冷静にならないと。 俺は深呼吸して、気持を切り替える。 相手を知るいい機会でもあるし、子供の頃から何度も考えていた疑問をこの人に尋ねてみようと思い至った。 「少し質問をしていいですか?」 前置きをして、目の前の男を見る。 「なんだ」 「あの……母さんとは…どういうきっかけで結婚したんですか? どうして別れてしまったんですか?」 物心がついた時には、すでに二人の関係は終わっていた。 この人はいつもイライラと焦っていて、母さんに暴力を振るっていた。 「……そんな事を聞いてどうする?」 「単に興味があるんです。一応、俺にも聞く権利があると思いますし」 「随分、冷めた言い方をするものだな。……まだお前は、十六歳だろう」 「俺の歳、憶えていてくれたんですね」 せっかく家庭を築いたのに、簡単に壊してしまえるものなのか、今の俺にはわからない。 そんなにあっけないものなら、最初から結婚なんてしなければよかったのに、とすら思う。 だから、俺は怯むことなく言葉を続けた。 「あなたにとっては過去の話かもしれない。けど、その結果として生まれてきた俺とっては現在なんです。 今の継父の手前もあって、母さんにはずっと聞けずにいました。 教えてください。別れた理由は子供の俺に能力が無かったから、ただそれだけなんですか?」 言い終えると、部屋に沈黙が落ちた。 そして、雨音に気づいて窓の外を見ると、大粒の雫が遠目からでも見えた。 低い暗雲が空を覆いつくし、遠雷が雲間で光っていた。 (春樹……) 春樹のお父さんにも能力があるはずだけど、私の存在は気づいていないようだ。 どうしよう? ①目を覚ます ②様子をみる [[③考える>http://www22.atwiki.jp/1000ed/pages/86.html]]

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