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冬馬671~680」(2016/01/27 (水) 17:13:07) の最新版変更点

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[[冬馬661~670]] 私はゆっくりまぶたを開く。 目を覚ますと、そこはまだ薄暗い自室だった。 「今のは……夢……」 しばらく呆然自失で動けなかった。 動悸がひどく、びっしょりと汗もかいている。 少しずつ目が冴えていくと今の夢が何だったのか考えられるようになってきた。 (さっきの夢、あれはサイコメトリーだったのかな) (だったら修二くんは……) 私はガバッと飛び起きる。 そして机においてある携帯を掴んだ。 「あれが過去に起こっていたことなら修二くんが!」 夢とはいえ、人が目の前で亡くなるのをはじめて見た。 それもむごい死に方だった。 (修二くんが無事か確認しなくちゃ) 携帯の時計は午前三時過ぎだった。 (失礼かも知れないけど、一刻も早く無事か知りたい) 携帯のメモリーから修二くんの番号を探す。 一郎くんはクラスも委員会も一緒で何度も掛けたことがある。 でも修二くんは接点が少ないせいで、電話を掛けたことはほとんど無い。 お互いの連絡先の交換も修二くんが半ば強引に携帯に入れたものだった。 今になってみると登録してくれた事に感謝しなくてはいけない。 私は受話器のボタンを押して携帯を耳に当てる。 しばらくコール音が続いていた。 プルルル…… プルルル…… (修二くん、出てお願い) 私は祈るような思いでコール音を聞いていた。 「んぁ……もしもし……」 修二くんの寝ぼけた声がした。 「よかった……」 安堵の気持ちがそのまま声になって出てしまった。 「だぁれ……?」 「夜遅くにごめん。あの、愛菜です」 「んん……あぁ愛菜ちゃん……どうしたの」 眠そうな声で修二くんが問いかけてきた。 (生きているか確認した、なんて言えないよね) 「何でもないんだ。夜中にごめん、迷惑だったよね」 「別にいいけど……何かあったの?」 少しずつ覚醒し始めたのか、修二くんの声がハッキリしてくる。 「ううん、大したことじゃないんだけどね」 「……こんな夜中に電話なんてさ。用事があったんじゃないの?」 「本当に何でもないよ。ただ声が聞ければ良かっただけだから」 「俺の声が?」 「うん、少し恐い夢を見てしまったんだ。でも、もう平気だよ」 「恐い夢をみたせいで俺の声が聞きたくなったんだ」 「そ、そういう訳じゃないけどね」 「そっか、そっか。いいよ、どんな時間に掛けてもらってもオッケーだから」 「えっと、うん、ありがとう」 「いつも素っ気ない愛菜ちゃんでも可愛いとこあるんだね」 修二くんの声がどことなく嬉しそうに聞こえる。 いつもの修二くんらしくて、緊張していた肩の力が抜けていく。 「本当に起こしてごめんね。朝まで時間あるし、ゆっくり休んでね」 「また恐い夢見た時は電話くれればいいからさ。何時でも構わないよ」 「ありがとう」 「お休み、愛菜ちゃん。次はいい夢をみれるといいね」 「お休みなさい、修二くん。また明日学校でね」 私は修二くんとの電話を切る。 そしてフゥーと大きく息をついた。 (修二くんは無事だった……じゃあ、さっきの夢はただの夢なのかな) (分からない……でも普通の夢じゃない気がする) 何か忘れているような気がしてしばらく考える。 考えてみたけれど、答えは出てこない。 電話で確認したし修二くんはちゃんと生きていた。 とてもリアルに感じたけど、あれは普通の夢だったのかもしれない。 「目が冴えちゃった。ちょっと水でも飲んでこようかな」 立ち上がって、扉を閉める。 そしてある違和感に気付く。 (あれ、真夜中なのに今日はやけに明るいな) 廊下の窓から外を覗く。 月明かりで視界が良いのかと思ったけれど、曇り空で月も星も見えない。 「雨があがってる。よかった」 不思議と周りがよく見えるから、電気をつける必要も無い。 そのまま階段を下りてキッチンに入る。 冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを取り出した。 「ええっと、コップっと」 コップに注いで冷たい水を飲む。 乾いた体の中に冷水が入っていくのが分かった。 「おいしかった。さて、戻ろうかな」 コップを流しに置いて、ミネラルウォーターを冷蔵庫に戻す。 その時、ある食べ物がふと目に入ってきた。 「おいしそう……」 目に入ってきた食べ物を手に取る。 冷蔵庫からひんやりと冷えたそれをそっと取り出した。 「夜中に食べたら……太っちゃうかな」 一瞬悩んだものの、理性よりも食欲が勝ってしまう。 私はラップに包まれたそれを丁寧に剥いた。 「なんておいしそうなの。もう我慢できないや」 私はそれを直接食べてしまおうと口を寄せる。 「愛菜!」 声の方に顔を向けると、キッチンの入り口に冬馬先輩が立っていた。 「……冬馬、先輩」 「それを食べてはいけません」 「どうして?」 「今すぐ元に戻してください」 「こんなに……おいしそうなのに……」 先輩に言われて、私はしょんぼりしてしまう。 せっかくのご馳走を目の前にしてお預けを食らったからだ。 「愛菜、しっかりしてください」 「何を言っているの? 寝ぼけてなんていないよ」 「あなたは普通の人であることを望んでいるのではないのですか」 「もちろんそうだよ」 「だったらそんなものを食べてはいけません」 「どうして?」 「自身の手元をよく見てください」 「とってもおいしそうだよね。先輩も一緒に食べようよ」 私は手にしているものを先輩に差し出す。 なのに冬馬先輩は悲しそうに私を見下ろしているだけだった。 ため息にも似た息を静かに吐くと、キッチンの電気のスイッチに手を伸ばす。 パッとついた電気は目が眩むほどの光りを放った。 一瞬、目の前が真っ白になってしまう。 「ま、まぶしい……」 「愛菜、目を開けてもう一度手元を見てください」 目が慣れず、なかなかまぶたを開けられない。 涙目になりながら、うっすらと目を開ける。 「キャッ……! 何これ……」 目の前には塊の鳥の生肉がしっかり握られていた。 私はびっくりしてそのまま手を離す。 重みのある肉の塊は鈍い音を立て、床に落ちてしまった。 「キッチンから愛菜の気配を感じ、嫌な予感がしました」 「ど、どうい意味?」 「今日の夕食、あなたは何も手をつけていなかった。それに……」 「それに……何?」 「お母様が夕方に冷蔵庫の肉が消えたと言っていた時、もしやと思っていたのです」 「まさか、私が肉を………」 「愛菜。あなたが記憶する限りでちゃんと食事を取ったのはいつですか?」 先輩に言われて記憶をたどる。 昨日の夜にパンを齧って、砂のように感じてから何も食べていない。 「この二日間、ほとんど食事をしていない……」 「それはどうしてですか?」 冬馬先輩に尋ねられて、答えがなかなか出てこない。 答えは見つかっているけれど、言い出せないという方が的確かもしれない。 「私は……」 「答えてください」 「昨夜、最後にパンを食べてから……食事が苦痛になったんだよ」 「そうですか」 「本当はもう少し前から。冬馬先輩と契約した辺りから美味しいと思えなくなってたのかも」 「やはりあなたは……」 「最初は味を感じにくくなって。ここ最近はザラザラした砂みたいだから食べられなくなったんだ」 「だから夕食にも手をつけなかったんですね」 「無理して周りに合わせていたけれど、そろそろ限界なのかな」 「……愛菜」 本当は気が付かないふりをしていたかった。 せめて食卓くらいは笑っていたかった。 そうでもしないと自分自身が保てなくなりそうだったから。 「冬馬先輩に五感について指摘された時、本当にドキッとしたよ。すごく身に覚えがあるんだもん」 「どうしてその時に言ってくれなかったのですか」 「言えないよ。言える訳ないよ」 「なぜですか」 「私が普通でなくなったと認めるようなものだから」 私は落とした肉の塊を拾い上げる。 ぬるっと手に張り付くような感覚としっかりした重み。 さっきはあんなに美味しそうに思えたけど、今はただの生肉にしか見えない。 「私はいったい何者なの?」 「愛菜は自分が何者か知りたいのですか?」 「知りたいよ。だって自分の事だもん」 冬馬先輩は私の正体を知っている。 でも今まで教えてくれなかった。 昨日色々教えてくれた時にもあえて言わなかった。 (それはきっと私を傷つけたくなかったからだ) 「私が過去に神器を使っていた巫女だった……そう、教えてくれたよね」 「はい」 「それと関係があるのかな」 「……そのとおりです」 「それと味覚の事、関係があるんだよね」 「あります」 「私は何者? 特別な存在と言われているけど、その正体は何?」 私は立ったままの先輩を見据える。 先輩はゆっくり私に近寄ると、目の前に座る。 「話をする前に、愛菜のお母様が朝見て驚かないようここを片付けましょう」 私は生の肉を持ったままだし、落としたところはシミになりかけている。 とりあえず落としてしまった肉を処分して、汚れたところを拭いた。 すべての片付けが終わって、先輩が座っていたダイニングの椅子の隣に腰を下ろした。 「一緒に手伝ってくれてありがとう」 「いいえ」 「それでさっきの話だけど……」 「愛菜が何者かという問いでしょうか」 「うん」 「では単刀直入に言わせてもらいます。愛菜、あなたは人であって人ではありません」 (人であって人ではない……?) 「それじゃ、私は何なの?」 「あなたは人と鬼の中間に位置する者です」 「鬼……って、あの昔話に出てくるようなあの鬼の事?」 「少し違いますが、今はそう思っていただいて構いません」 色々聞かされてどれもピンとくるものは無かった。 今回の話もいきなり昔話に出てくるような鬼といわれても困惑してしまう。 「私は鬼なの?」 「今はまだです。愛菜自身の力が覚醒していくごとに近づいていきます」 「私の力……」 (そういえば冬馬先輩は事あるごとに力を求めるなと言っていたよね) 「神器の僕と契約したことで一つ鬼に近づいたのです」 「だから私は……変わってしまったの?」 「まず味覚となってそれが現れたのでしょう」 「そっか」 「本当は僕とも契約するべきではなかったのかもしれません」 おそらく冬馬先輩はこうなる事をあらかじめ分かっていた。 だからこそ力を求めるなと忠告し続けていたのだろう。 「でも契約したのは私を守るためなんだよね」 「はい」 「なら仕方が無いよ……」 責める事なんてできない。 だって冬馬先輩は死んでしまったお母さんに頼まれたんだから。 「それで……私はどうなってしまうの?」 「分かりません。過去の巫女の生まれ変わりはほとんど雲隠れしてしまい、行方知れずになったそうです」 「そうなんだ」 「ただ鬼の力は強大です。器として愛菜は完全に取り込まれしまうかもしれない」 「取り込まれるって……どういうこと?」 「あなたの身体は別の人格、内に眠っている鬼に乗っ取られるという事です」 乗っ取られる。 そうなった時、私はどうなってしまうのだろう。 今度は私が鬼の内で眠ってしまうのか。 消滅してしまうのか。 どちらにしても無事では済まないようだ。 「以前、私の意思とは関係なく勝手に話し出した事があったよね」 「はい」 「あれは、私の内にある鬼が出てきてしゃべったって事だよね」 「そうです」 「冬馬先輩と知り合いの様な口ぶりだったけど、もしかして鬼の事知ってるの?」 「僕自身に面識はありません。ただ……」 「ただ……なに?」 「僕になる前の僕。遠い過去に言った言葉を未だに鬼が覚えているのでしょう」 「遠い過去ってどれくらいなの?」 「約1700年ほど前になります」 1700年前。 途方もない時間だ。 「そんな昔の事、冬馬先輩は覚えているの?」 「僕は過去や未来をを知る鏡ではないのではっきりした記憶はありません。ですがまれに夢を見るのです」 「夢……私と同じだね」 「昔の僕は確かに鬼にこう言っていました。僕を喰らいたいのなら片腕を差し出してもいいと。 もし全身を欲しいというのなら少しだけ待って欲しい、と」 「まるで命を差し出すって言っているみたい」 「愛菜の言うとおりです。ですが過去の僕はその鬼との約束を果たさないまま死んでしまった。 以前、愛菜の口を借りて鬼が言ったあが物を差し出せとは僕の命を差し出せと言っていたのです」 まだ果たされていない約束を今も鬼は覚えている。 そして、約束を果たすようにけしかけているという事らしい。 「すごく執念深いね」 「鏡の宗像兄弟と一緒に行動している時より僕と行動を共にしている方が鬼が出やすいのも この因縁が関係しているのだと思います」 「私の中には冬馬先輩の命を欲しがっている恐い鬼が居るんだね」 「そのようです」 「でもその鬼がどう思おうと私は冬馬先輩に生きていて欲しいな。 一緒にいろんな所に行きたいし、遊んだりしてみたい。もっと先輩の事が知りたいもん」 私は素直な気持ちを口に出した。 この騒動が終わったら、楽しい事を沢山したい。 もっと先輩と仲良くなりたい。 少しでも冬馬先輩のそばにいたい。 「もちろん嫌なら諦めるけどね」 「僕も愛菜をもっと知りたいです」 「えへへ、冬馬先輩に言われるとすごくうれしいな」 「……愛菜」 「だからね。大切な命を取ろうとする鬼なんかに負けたくない。冬馬先輩の命は冬馬先輩のものだよ」 もし乗っ取られてしまったら、冬馬先輩の命を私自身が狙う事になってしまう。 そんなの絶対に嫌だ。 この手で殺そうとするなんてあり得ない。 私は冬馬先輩の事が好きなのだから。 「私はただの器かもしれない。けど、器だからって簡単に消えたくないし、消えるつもりも無いよ」 「いいえ、あなたはただの器では無い。僕が主としているのは鬼ではなく愛菜です」 「ありがとう」 「僕達反主流派は巫女としての存在ではなく、愛菜の存在そのものを守る事が目的です」 「うん」 「……宗像兄弟も同じなのかもしれない。ただその方法が違うだけなのでしょう」 「きっとそうだよね」 春樹の事や変わっていく身体で迷いや焦りが多かった。 けど、私は改めて色々な人達に支えられていたと気付く。 「先輩達や周りの友達に守ってもらえてたのに、私、その事を忘れかけてた。 私の中にいる鬼のおかげで思い出せたよ」 「愛菜、あなたは……」 「少し弱気になってたんだ。だけど、もう大丈夫だよ」 私は私自身を失う訳にはいかない。 目的がハッキリしたせいで心のもやもやが晴れた気がする。 「愛菜」 「どうしたの?」 「あなたから感じる念にも変化がありました」 「どんな風に変化した?」 「前より明るい色をしています」 「冬馬先輩にも伝わってしまうなんて、少し恥ずかしいね」 好きだという気持ちまで見透かされそうで立ち上がる。 気付かれてはないなだろうけど、やっぱり気恥ずかしい。 「も、もう寝ないと。私、部屋に戻ろうかな」 私は先輩から視線をそらしたまま、一歩踏み出す。 これ以上居たら、私の気持ちまで知られてしまいそうだ。 (えっ……) 突然、冬馬先輩に手首を掴まれ止められてしまう。 「待ってください。愛菜」 「な、何」 「なぜ僕から逃げるのですか」 「に、逃げてなんて……いないよ」 「いいえ、逃げています」 「き、気のせいじゃないかな」 「愛菜は僕から逃げる時、決まって強い動揺が見受けられます」 「そ、そうなんだ……」 「今だけではありません。この二、三日頻繁に僕から逃げていました」 「えっと……」 「……僕はまた愛菜を困らせる事をしてしまったのでしょうか」 何と言っていいのか分からず、先輩を見る。 相変わらずほとんど表情には出ていないけれど、真っ直ぐ私を見ていた。 「せ、先輩は何も困った事はしてないよ。守ってくれるし親切にしてくれるし」 「そうですか」 冬馬先輩の言葉の端から微かだけど安堵が感じられた。 「冬馬先輩がその……」 「何でしょうか。僕は感情に疎いのでハッキリ言ってください」 (好きなんていえる訳ないよ) 「その、先輩が近くに居ると……かっこいいから、つい恥ずかしくなるんだよ」 私なりの精一杯の告白だった。 あまりに遠回しすぎるけれど。 「愛菜は僕の容姿を褒めてくれますが、よく分かりません」 「冬馬先輩が気付いていないだけだよ」 「ですが僕の感覚では容姿は鏡達の方が優れていると思います」 「……確かに一郎くんと修二くんは学校でも有名だよね」 「他にも弟の春樹さんや幼馴染の隆さんも優れた容姿です」 「うん……そうかも」 「ですがそういった方々と接している愛菜は平常心を保っている」 「そうだね……」 「容姿だけの問題ではないという事でしょうか」 (す、するどい) 「なんというか……」 私は言葉に詰まってしまう。 すると冬馬先輩は掴んでいた手首をそっと離した。 「済みません。また愛菜を困らせてしまったようです」 「ううん。気にしないで」 「本当に最近の僕はどうかしている」 「冬馬先輩?」 「引き止めてすみませんでした」 「……お、おやすみ。冬馬先輩」 「はい、おやすみなさい愛菜」 逃げるように足早に部屋を出た。 私の気持ちを知った時、冬馬先輩はどうするのだろう。 間違いなく今以上に先輩を混乱させてしまうに違いない。 (私情なんて後回しだ。とりあえず今できる事をしなくちゃ) 部屋に戻って、頭まで布団をかぶる。 この夜だけで色々知る事ができた。 心のわだかまりも少し晴れた気がする。 だけど何かを置き忘れたような引っかかりを感じながら、私は深い眠りに落ちたのだった。 次へ[[冬馬681~690]]

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