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冬馬651~660」(2016/01/27 (水) 17:05:57) の最新版変更点

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[[冬馬641~650]] 冬馬先輩と一階に下りて、ダイニングに行く。 するとお義母さんがキッチンで洗い物をしていた。 「御門くんも座ってちょうだいね。今日はすき焼きだけどよかったかしら」 コンロの上に、鉄のなべが乗っている。 その横には牛肉の薄切りと割り下、切った野菜も置いてあった。 「うん、大好き。先輩もすき焼き大丈夫だよね」 冬馬先輩は私の問いに黙ってうなずいた。 「冬馬先輩も食べれるって」 「よかったわ。御門くん、卵も用意してよかったわよね」 コップや食器を持ってお義母さんがやって来た。 「じゃあ愛ちゃん、火をつけて牛脂を入れてくれる?」 「私がやるの?」 「そうよ」 てきぱきと食器を並べているお義母さんは当たり前のように言った。 (こういう役目、いつも春樹だったからな……) 冬馬先輩が座ったのを確認し、私も席に着く。 卓上コンロの火をつけ、油の塊を入れる。 「次はお肉でいいんだっけ……」 普段はやらないせいか、一応要領は分かっても不安になる。 べったりくっついている生肉を菜ばしで慎重に剥がす。 「愛菜、鉄なべから煙が上がっていますが」 冬馬先輩に言われて鍋を見ると、ありえないほどの煙が立ち昇っている。 「わっ、お義母さん」 「愛ちゃん火を弱めて。牛脂を取り出して急いで肉を入れるの」 「うん」 お義母に言われたとおりにすると、ようやく煙が少なくなる。 「ほら、肉が焼けすぎてしまうわ。次に割り下を入れてね」 「わ、分かった」 慌しくお義母さんに従う。 自分の分を食べる暇なんて全く無い。 ようやく余裕が出てきた頃には、後から入れた野菜もすっかり煮えてしまっていた。 「うぅ……。鍋の用意がこんなに忙しいなんて」 「愛ちゃんもたまにはいいんじゃないかしら」 「いつもみたいにゆっくり食べたいのに」 「せっかく御門くんが来てくださったんだから、がんばってね」 「そんなぁ」 「うちには鍋奉行が居るせいで愛ちゃんは食べる方が専門なのよね」 「何にもしなくていいからラクなんだもん」 隣の冬馬先輩を見ると箸を止めて、私とお義母さんを交互に見ていた。 「どうしたの? 冬馬先輩」 「楽しそうだな、と見ていました」 「私の事?」 「はい」 「そうかな」 (どっちかっていうと空回りしてるだけかも) 「要領悪いところばっかり見せちゃって、良い所無しだよね」 「不慣れなのがよく伝わってきました」 (はっきり言われた) 「こういう鍋料理は絶対に手伝わせてもらえないんだ」 「さっき言っていた鍋奉行というのは……」 「春樹のことだよ」 春樹のことは心配だけど、今日は冬馬先輩やお義母さんも一緒だから笑っていられる。 お義母さんも冬馬先輩という来客のおかげで気が紛れているようだ。 「あの子にも困ったものよねぇ」 「でも春樹が仕切るとゆっくり食べられるから、いい事もあるんだよね」 「駄目、愛ちゃん。女子としてその発言は危険よ」 「そ、そうだよね」 (もっとがんばらないと) 女子力をフルに働かせて周りを見ると、冬馬先輩の食器が空になっている事に気づく。 「冬馬先輩、もっと食べていいよ。お肉まだあるから」 「はい、いただきます」 「貸して。一番近いし私が入れるよ」 「……お願いします」 鍋から煮えているものをより分けて入れていく。 とんすいが一杯になったので、冬馬先輩に差し出す。 「ありがとうございます」 何気なく渡そうとしてフッと冬馬先輩の指が被さってきた。 触れ合った瞬間、心臓が跳ねて思わず手を引っ込めてしまう。 器が傾いたけれど冬馬先輩が器用に受け取っていた。 「ご、ごめん」 「いいえ」 ふと視線を感じてお義母さんを見ると、私達を見てニコニコしている。 「お義母さん、笑ってる……」 「だって」 「そんなに面白かった?」 「愛ちゃんがかわいかったんだもの」 「私が?」 「女の子してるなぁ……と思って。きっとおまじないの効果ね、愛ちゃん」 (おまじない?) 一瞬、何の事か分からなかった。 数日前に施した術をお義母さんは恋のおまじないと勘違いしていた。 (なっ) 「ち、違うからっ」 「うふふふ」 「もうっ。笑わないで」 「まじないとは僕が愛菜に教えた術のことでしょうか」 「御門くんが?……愛ちゃんったらそんな事一言も教えてくれなかったのよ」 「お義母さんっ」 「そうだわ御門くん。外はまだ雨だから部屋が空いているし泊まっていったら?」 お母さんは冬馬先輩のコップに麦茶を注ぎながら言った。 「……しかし」 「遠慮しなくていいのよ。一人暮らしだそうだし、愛ちゃんがいつもお世話になってるんだもの」 「お言葉は嬉しいのですが、従者がそこまで甘えるわけにはいきません」 「ジュウシャ?」 お義母さんは首をかしげている。 (気付かれたらマズい。ど、どうしよう) 「わっ、私も泊まっていった方がいいと思う。明日になったら雨も上がってるだろうし、ねっ、ねっ」 「愛菜が言うのであれば、よろしくお願いします」 御門先輩はお義母さんに頭を下げる。 (はぁ……焦った) こんな風に終始和やかな雰囲気で夕食が過ぎていった。 お義母さんと冬馬先輩の噛み合っている様でズレている会話にヒヤヒヤしっぱなしだった。 そのせいか食欲もわかずあまり食べる事ができなかった。 (まぁ、楽しかったしいいか) お義母さんは仕事の整理のために書斎に篭ってしまった。 私は夕食の後片付けを手早く済ませる。 料理は苦手だけど、それ以外の家事なら自信がある。 と、ちょうどお風呂から上がった冬馬先輩がリビングに入ってきた。 「お先にお風呂いただきました」 その声の方へ行きかけ、思わず足を止める。 風呂上りのためか少しへ照った顔。 乾ききらない髪をタオルで拭く仕草。 いつもより無防備な姿に、以前見た裸の冬馬先輩が脳裏によみがえってきた。 「……愛菜?」 「あっ、えっと」 「どうかしましたか」 (そういえば私、無断で見てしまったんだよね) 「あの……私、先輩にまだ謝っていない事があるのを思い出したよ」 「僕にですか?」 「私、勝手に先輩のお風呂を覗いてしまった事があったでしょ」 「この前のシャワーの時に愛菜の思念に会いましたが、その時でしょうか」 「うん。あの時は本当にごめんなさい」 しっかり頭を下げて冬馬先輩に謝罪する。 「なぜ謝るのですか?」 「だって、ちゃんと謝っていなかったから」 「……そうですか」 「わざとでは無いんだけどチューニングを試そうしたらタイミングが悪かったんだ」 「タイミング……」 「すごくびっくりさせてしまったよね」 微かに先輩は少し考えるような素振りを見せる。 「冬馬先輩?」 「愛菜がなぜ謝るのか分からないのです。よければ僕に教えてください」 「……教えるって言っても」 「それは教えていただけないという事でしょうか」 先輩が冗談を言っているようには見えない。 本気で私が謝っている理由がわからない様子だ。 「じゃあ、ソファーにでも座って話そうか」 「はい」 私達は向かい合ってソファーに腰掛けた。 「入浴中なのに現れてびっくりさせてしまったでしょ。だから謝っているんだよ」 「あの時は特に驚きはありませんでした」 「そうなんだ。でも嫌だったでしょ」 「嫌でもありませんでした」 「お風呂を覗くなんて怒鳴られたって仕方無いほどの事だよ」 「そうなのですか?」 「普通は嫌なはずだよ」 「しかし僕は嫌な思いはしていません。ですから謝らないでください」 「そういう訳にはいかないよ」 私の言いたい事がうまく伝わっていない気がする。 どこか論点がズレているような。 「冬馬先輩は嫌じゃなかったかもしれない。でも私は失礼な事をしたから謝りたいんだよ」 「失礼な事ですか……」 「そうだよ」 「失礼な事というのは愛菜が突然僕の前に思念体で現れた事に対してでしょうか」 「それもあるけど……時間と場所が特に良くなかったから」 「時間と場所ですか。それはシャワーの最中という事ですね」 「うん」 一々説明している自分に対して何をやっているのかと落ち込んでくる。 でも冬馬先輩気付いていないようなら分かってもらえるまで付き合うしかない。 「冬馬先輩」 「はい」 「あの時の私は、とても申し訳なくて恥ずかしかったから逃げ出してしまったんだよ」 「そうですか」 冬馬先輩の様子を伺い見る。 私の言葉に対して、ただ事実を受け入れているだけに見えた。 そこには恥じらいや動揺や怒りのような感情は無い。 ただ淡々と受け答えしているようだった。 「本当に何も感じない? 嫌だとか、迷惑だったとか無かった?」 「はい。ただ……」 「ただ? 何かあるのかな」 「謝罪を受け入れなければ、愛菜の気が治まらないみたいです」 「うん。間違ってないよ」 「あと謝った理由が羞恥からくるものだと理解もできました」 (ちゃんと判っているみたいだね) 「嫌だとか恥ずかしいといった気持ちと今回の事がなぜ結びつくのか……僕には分からないのです」 「冬馬先輩が知りたい事って……」 「湧き起こる感情が知りたい。愛菜から伝わる念はいつも目まぐるしく変化しています」 「う、うん……」 「僕にとってそれはとても不可解な事なのです」 (……でもどれくらい冬馬先輩は私と繋がっているのかな) 「聞きづらいんだけど、冬馬先輩はいつも私と繋がっているの? すべて筒抜けだったりするの?」 「いいえ。愛菜と契約してもずっと繋ぎっぱなしにするなと、周防に強く言われていました」 「周防さんに?」 「女子には見られたくない事が多いから、契約しても深く繋がるなと。 なるべく私生活は覗かないように浅く繋がっておくようにと教えてもらったのです」 「そうだったんだ」 (深いとか浅いとか、分かり辛いけどなんとなくは分かるかも) プライベートが丸見えでなさそうなのでホッする。 どこまで冬馬先輩が私を感じ取っているのか分からないけど、制限してくれているようだ。 「周防がどうしてそんな命令をしたのか当時は考えもしませんでした。また命令にどんな意味があるかも分かりませんでした」 「今は分かったの?」 「踏み込んではいけない事柄が愛菜には多くあるようです」 「私だけじゃなく、きっとみんなにあるはずだよ」 「僕にもですか?」 「もちろんだよ」 「しかし僕にはそういった曖昧な境界が最もよく分からないのです」 「そうなのかな……」 「常識や情緒が欠けている自覚はあります。周防はそんな僕をフォローしてくれているのでしょう」 「周防さんっていい人だよね」 「愛菜のお母様が亡き今、周防が足りない僕を最もよく知ってくれています」 (でも冬馬先輩は欠けている……のかな) 「私には感情が欠けているようには感じないんだけどな」 「……そうでしょうか」 「最初は私も冬馬先輩が何を考えているか分からなくて感情が抜け落ちているのかなと思ったこともあった。けど……」 「…………」 「今は思わないよ。冬馬先輩の個性かなって思うくらいで」 「個性……」 「うん。ハプニングにも動じなくて羨ましいくらいなんだから」 「そうですか」 「さっきも冬馬先輩の心の中で引っかかりがあったから、私が謝った理由を聞いてきたんだよね?」 「はい」 「もう持っているんじゃないかな。少し表に出にくいだけで」 「そうなのでしょうか」 「前より冬馬先輩は自分の意見をはっきり持てるようになっていると思うよ。 お母さんの遺言を破ってまで本当のことを教えてくれた時も自分で決めたって教えてくれたよね」 「確かに僕の意思でした」 「出会った頃に比べて冬馬先輩は変わってきているよ。私にも沢山お話してくれるようになったしね」 生い立ちのせいか、知らない事が多いみたいだ。 けど疑問を持つ度に気付いていけば何の問題もない。 さっきみたいに尋ねられた時は、少しでも多く教えてあげたい。 冬馬先輩が持っている感情を素直に表現できるように。 「また疑問に思ったことがあれば教えて。私も頑張って考えて答えるから」 「ありがとうございます」 冬馬先輩はそう言うと微かに頬を緩めた。 「あっ、今。良かったって思った?」 「はい。でもどうして分かったのですか?」 「だって笑っていたでしょ?」 「僕が……笑う……」 「うん」 「僕自身全く気付きませんでした」 「だからね、冬馬先輩は欠けてなんかいないよ」 「あの周防でさえ何をしても笑わないと呆れてしまっているのに……」 「何をしてもって?」 「つまらない洒落を聞かされたり脇をくすぐられたりします。迷惑でしかありませんが」 「あははっ、なんか周防さんらしいね」 (二人の姿が簡単に想像つくもんね) 「しかし……愛菜の観察眼はとても鋭いです」 「冬馬先輩を見ているとね、自然と気付いてしまうのかも」 「僕をですか?」 「だって……」 会ったときから冬馬先輩が気になって、つい目で追っていた。 そして今は……。 (先輩が好きだから、分かってしまうんだ) 「わ、私もお風呂に入ってこようかな!」 気持ちを振り払うように勢いよく立ち上がる。 「それでは僕は休ませてもらいます」 「あっ、うん、客間に布団は敷いてあるから」 「ありがとうございます」 「また明日ね、先輩」 「……お休みなさい、愛菜」 先輩から逃げるようにリビングを出ると、私は脱衣所へ急いだのだった。 次へ[[冬馬661~670]]

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