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冬馬641~650」(2014/09/24 (水) 14:53:41) の最新版変更点

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[[冬馬631~640]] 「ここが私の部屋だよ」 私は扉を開け、先に中に入る。 「失礼します」 冬馬先輩は続いて入ってきた。 「子供の頃からのぬいぐるみとかあるし、あんまり綺麗じゃないけどね」 くたびれたぬいぐるみがチェストの上に何体か置いてある。 もちろん隆からもらったチハルもいる。 みんな子供の頃から可愛がっていたから、手放すのもかわいそうで今も捨てられずいるものだ。 「いいえ、愛菜らしい部屋だと思います」 「……私らしいって?」 「よく整頓されています。新しいものに限らず古いものでも大切に使っている」 「そうかな」 「はい」 私が寝起きする最もプライベートな場所。 その場所を褒められると私自分が褒められているように感じる。 「あっ、先輩を立たせたままだったね」 「いえ、僕は平気です」 「駄目だよ。えっと、このクッションの上に座って」 「はい」 冬馬先輩は私がすすめたクッションに腰を下ろす。 小さな折りたたみテーブルを挟んだ対のクッションに私も座った。 「愛菜」 先輩から話しかけてくるのは珍しい。 いつも私が話しかけなければ何時間でも黙っていそうなくらいの人なのに。 「何かな。気になる事でもあった?」 「あのぬいぐるみ、この前の襲撃であなたを守っていた精霊の器のようですね」 先輩はチェストの上に飾ってあるテディベアを見ていた。 「うん、よくわかったね」 「気配が一緒なので。しかし今は眠っているようです」 「うん……、昨日からチハルが出てこなくなっちゃって」 「精霊の名はチハルと言うのですか」 「そうだよ」 「今は眠りについていますが、また時が来れば元のように動くと思います」 「そっか。じゃあチハルが動かなくても心配ないんだね」 「はい」 「よかった。動かなくて心配してたんだ」 「力を付けるのに時間が必要なのでしょう」 (そっか。じゃあ無理に起こさない方がいいよね) 私はチハルを見る。 いつも小さい時は一緒にご飯を食べたり、眠ったりした。 寂しい私のそばにいつもいてくれる、そんな存在だった。 「チハルは私のかけがえのない友達でもあるんだよね」 「友達ですか」 「子供の時にね。一人ぼっちの時はいつも一緒にいてくれたから」 「そうですか」 「精霊として一緒にいるようになってからは見た目が子供のせいか、友達って感じでもなくなっちゃったんだけどね」 精霊のチハルは年の離れた弟のようになってる。 あの姿はあれでとてもかわいいのだれど。 「子供の姿なのはあなたの記憶が反映されているのだと思います」 「どういうこと?」 「あなたが望んでいた友達の姿を今も留めたままなのかもしれません」 (チハルってくまちゃんといつも一緒に過ごしていた頃の私と同じくらいの歳だ) 「そっか。チハルはやっぱり友達だったんだね」 「そのようです」 「ぬいぐるみで話すことはできなかったけど、昔から私を見守ってくれていたんだね」 私はチェストの上のテディベアを抱き上げる。 「ありがとうね、チハル」 「眠っていますがきっと愛菜の声は届いていると思います」 「そうだといいな」 「はい」 会話が一区切りついたところで沈黙が部屋を包む。 以前は何か話さなくちゃいけないと思っていた。 けど今はこんな沈黙も悪くないなと思えるようになってきていた。 (そういえば話さなくちゃいけないことがあったよね) 今日の昼休み、一郎くんから教えてもらったことを思い出す。 私の力についてと記憶についての内容だった。 「あの、冬馬先輩」 「なんでしょうか」 「今日の昼休みにね、一郎くんと話したよ」 私は言いながら冬馬先輩の様子をうかがう。 一郎くんの時のように露骨に嫌な顔をされるかもしれないと思ったからだ。 けれど冬馬先輩はいつもと同じで無表情のままだった。 「そうですか。彼は何か言っていましたか」 「冬馬先輩とは共闘できないって言っていたよ」 「僕は彼らに嫌われていますから」 「あの一郎くんが嫌うって……ほんとどうしてなんだろうね」 一郎くんがむやみに人を嫌ったりするとは思えない。 放課後に水野先生がくれた703の番号札にその理由が隠されているらしい。 けど、先生は誰にも見せてはいけないと言っていた。 一体、何があるというのだろうか。 「先輩、コードナンバーが703だった人って覚えてる?」 「703ですか……すみません、その被験者とは会ったことは無いと思います」 「そっか、冬馬先輩はその人を知らないんだね」 「はい。703がどうかしたのですか?」 「……ううん、ちょっと気になっただけだから」 「そうですか」 不自然すぎる誤魔化し方だったけれど、冬馬先輩はそれ以上詮索してこなかった。 これ以上703のことについて話してもボロが出そうなので話題を移す。 「あと一郎くんと話ていた時にね、私の力の話もしたんだ」 「愛菜の力……ですか」 「子供の時にあった能力をまた手に入れれば、私も少しは役に立てるかなって」 「…………」 「だから力を取り戻すにはどうしたらいいか尋ねてみたの。そうしたら私の過去を探れば可能性があるって」 「愛菜の過去……」 「勾玉に封印された時まで催眠術で戻れば、勾玉の正体が突き止められるかもしれないって教えてもらったんだ」 「退行催眠ですね」 「うん。一郎くんも同じことを言っていたよ」 「退行催眠で勾玉を特定することは可能です。ですが……」 「冬馬先輩?」 「僕の個人的な意見ですが、あまりおすすめできません」 冬馬先輩が自分の意見を言うことは珍しい。 「どうして? 一郎くんは自我を失う可能性は低いって言っていたよ」 「鏡が思っている以上にあなたが不安定な状態だからです」 「私が不安定……」 最近の事を思い返す。 変な声を聞いたり、乗っ取られたり。 以前より私の中の良くない何かが蠢いている気配も感じる。 「でも一郎くんは鏡で能力を見極める力が高いって教えてくれたよね」 「はい、言いました」 「見える人が大丈夫って言っているのに、どうして見えない冬馬先輩が反対するの?」 「それは……」 「はっきり言って」 「鏡と共に行動している時よりも僕と一緒に行動している時の方があなたが不安定なりやすいようです」 (そういえば) 冬馬先輩と一緒に行動するようになってから顕著に変化があった。 私の中の何かが先輩に話しかけていたことを思い出す。 (たしか御霊をささげよとか言っていたよね) 「私の中には一体何が居るの?」 「…………」 「私を乗っ取ってまで先輩に話しかけていたのは誰?」 「…………」 「教えて。私自身のことなんだよ」 先輩は黙り込んでしまう。 「冬馬先輩の知っていることなら話してくれるって言ってくれたよね」 「それは……」 「私は平気だよ。だから教えて」 私はなるべく感情を抑えて先輩に言った。 「……確かに約束しました」 「じゃあ教えてくれるよね」 「はい……愛菜との約束ですので」 先輩は目を伏せながら言うと、私に真っ直ぐ向き直った。 「愛菜、あなたに質問してもよろしいでしょうか」 「う、うん……何かな」 質問される側に逆転してしまって少し戸惑う。 「愛菜の五感。たとえば嗅覚がとても鋭い、視力が異常に良い、そのような身体的な特徴がありませんか」 (私の五感……) 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。 外からの刺激を感知するための器官だ。 私は自分の五感について考える。 視力も普通、匂いに敏感というほどでもない。 耳も特にいい訳じゃないし、触覚だって人並みだと思う。 (あっ……) 『お前は味覚がおかしい!』 一昨日、隆に力説されてしまった。 私の料理が壊滅的に下手だと教えられた時、言われた一言だ。 あの時は隆の嫌味くらいにしか思わなかった。 けど……。 私が五感で人とは違うといえば味覚しか思いつかない。 「しいていえば味覚かな。私、どれだけ料理を作ってもなぜか美味しくできないんだよね」 「そうですか」 「私、やっぱり味覚がおかしいのかな」 「……おそらく」 (はっきり言われてしまった……) 隆にからかわれて半分冗談くらいに思っていた。 けど隆が言うことがまったくの間違いではないらしい。 「私、やっぱり料理が下手なんだ」 「下手かどうかは実際に食べたことがないので僕には判断できません」 「そ、そうだよね」 「ですが愛菜が美味しい感覚と一般の人が美味しい感覚にズレがあるのかもしれません」 「どういう事?」 冬馬先輩が言おうとしている意味が分からない。 冬馬先輩はひと呼吸置いて、ゆっくり口を開けた。 「あなたが特別……いいえ、普通ではないからです」 「私が普通じゃない……」 「はい。あなたは神に選ばれた巫女。ですから一般の人と同じ物差しでは測れないのです」 「じゃあ……この味音痴は私が巫女の生まれ変わりだからなの?」 「はい」 (だけど……) 「料理上手の春樹が作ってくれたものは美味しく感じるよ」 「そうですか」 「みんな美味しいって言うものも共感してきた。これでも私の味覚がおかしい事になるのかな」 「……あくまで仮定ですが愛菜は場の雰囲気や他者の意見に引っ張られてきたのかもしれません」 (そうなのかな) 言われてみれば、美味しいと感じる基準なんて昔から曖昧なものだった。 家族のみんなが美味しいと言えば、その料理は美味しく感じた。 思い返せば自分からこの味が好きと断言できるものは何一つない。 「じゃあ私は味なんて全然分かってなかったってこと?」 「いえ、まったく感じていなかった事はないと思います」 「どういう事?」 「あなたは長らく力を封印され、一般の人と同じように生きてきました」 「そうだね」 「ですから一般的な感覚が養われていても不思議ではありません」 「養われるって……」 「後天的に皆と合わせている内に培われたもの。本来あなたが美味しいと思うものとは別の、徐々に開発された味覚があるのかもしれません」 (なにそれ……) 話を聞くうちに段々悲しくなってくる。 これじゃ私が普通からかけ離れた異分子みたいだ。 自分自身が人間じゃない者、たとえば化物みたいに聞こえてしまう。 その化物が何も知らずに人の中に紛れて生きてきたみたいだ。 「先輩の話を聞いていると、私って人間じゃないみたい」 「……そうですか」 「私は普通だよ。料理が下手なのは単に間抜けだからだよ」 「そうかもしれません」 「そうだよ。そうに決まってる」 私は特別だと何度も言われてきた。 特別といえば響きはいいけど、裏を返せば特殊であり異常だという事だ。 けれどこんなハッキリした形で自分が異分子だと気づかされたのは初めてだった。 私は何者なんだろう。 認めてしまったら、私が私でなくなる気がする。 先輩が言う事に納得できている自分がいるからこそ。 だから絶対に認めちゃ駄目だと私自身が警告していた。 「この話はもうやめよう」 「ですが愛菜が平気だから教えて欲しいと望んだのです」 「……でも……」 「あなただけではありません。能力者はすべて異端なのです」 「わかってる。でも……」 「特に僕や宗像兄弟、そしてあなたは産まれた時から運命づけられています。もう普通に戻ることは叶わないのでしょう」 そんな事言わないで欲しい。 本当のことだからこそ、聞きたくなかった事だった。 「わかってる。わかってるけど……」 耳をふさいだ先輩が私を見ている。 それは悲しそうにも見えたし、見下しているようにもみえた。 「愛菜」 「もういいよ。何も聞きたくない」 「……そうですか」 自分から聞きたいと言ったくせに私は耳をふさいでしまった。 先輩は私のお願いを聞き入れてくれただけなのに。 これではただの八つ当たりだ。 私は耳を塞いでいた手を膝の上に置く。 そしてスカートをギュッと握り締めた。 「ごめん。冬馬先輩を責めても仕方ないのに」 「いいえ。僕の言い方が悪かったのです」 「教えてほしいっていったのは私なのにね」 「僕は感情の機微に疎いので……傷つけてしまってすみません」 先輩は私に謝った。 でも本当は先輩には謝って欲しくなんてなかった。 先輩が謝った時点で私が普通の人ではないと宣言されたようなものだ。 (でも……受け入れなくちゃ) 「私の中にその巫女って人がいるから、不安定になるんだね」 「はい」 「でも巫女を私から引き剥がすこともできないんだよね」 「残念ですが」 「そっか。じゃあ受け入れていくしかないね」 「急に受け入れるのも難しいと思います。今は少しずつ認めていけばいいと思います」 (少しずつ、か) いつか時が来れば、その巫女って人に私が取って変わられていくのだろうか。 自分が少しずつ消えて、いつか巫女が私になる。 そうなった時、今の私はどこに行くのだろう。 (やっぱり……このままじゃ嫌だ) このまま私が消えたとしても。 ただその時を待つだけじゃ悔しすぎる。 (力が欲しい) リスクがあるから冬馬先輩は反対したのだろう。 退行睡眠をすれば巫女に乗っ取られる危険があるのかもしれない。 それでも対抗出来る力がどうしても欲しい。 「冬馬先輩。やっぱり一郎くんが教えてくれた退行睡眠を試してみたいよ」 「本気ですか」 「だってこのままじゃ何も変われないから」 「ですが」 「やれる事は試してみたいんだ」 「………そうですか」 冬馬先輩は私を見る。 その視線を受け止めるように私も見返す。 視線と視線がぶつかりあった。 「わかりました」 「本当?」 「はい。周防に話しておきます」 「ありがとう、冬馬先輩」 その時、一階からお義母さんの声がした。 「愛ちゃん。夕飯できたわよ~」 「わかった。今行く!」 私は大きな声で返事をする。 「冬馬先輩、下に降りようか」 「はい」 私達は立ち上がると、お義母さんの居るダイニングまで降りていった。 次へ[[冬馬651~660]]

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