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冬馬631~640」(2014/08/29 (金) 11:04:38) の最新版変更点

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[[冬馬621~630]] 校門に入り、私は冬馬先輩と向き合う。 「少しはしゃいじゃったかな。先輩も私も肩がぬれちゃったね」 「はい」 「先輩の下駄箱はあっちだよね」 私は三年の下駄箱のある入り口に視線を向ける。 この学校はそれぞれの学年ごとに下駄箱のある入り口が違っている。 「愛菜、傘をありがとうございました」 冬馬先輩は大荷物を左手にまとめると傘をさす。 「やっぱり荷物半分持つよ」 「いいえ、大丈夫です」 「だけど」 「あと少しですので平気です」 冬馬先輩はやっぱり私に荷物を持たせてはくれなかった。 (もうっ) 「じゃあ私、教室にタオルがあるから取ってくるよ。冬馬先輩も濡れてるし拭かなくちゃ」 「わかりました」 「先輩は荷物を持って先に戻っていてください」 「はい」 私は冬馬先輩と別れてぬかるんだ校庭を歩く。 そして雨から逃げるように二年の下駄箱に入った。 ポケットの小さなハンカチでとりあえず水滴をふき取る。 「靴下はびしょびしょだからもう履かないほうがいいかな」 独り言を呟きながら上靴を素足で履く。 特に濡れている肩をハンカチで押さえていると見知った人物が目の前を歩いてくる。 「あら、大堂さん」 「水野、先生……」 廊下には水野先生が歩いていた。 歩く姿すらも大人の女性の色気と妖艶さがある。 だから男子生徒からは憧れの的でもあった。 「今日は放送委員には顔を出さなかったのね」 「別の用事があったので……」 水野先生は放送委員の顧問だ。 今まではただそれだけだった。 けど色々知ってしまった今は違う。 (先生は組織の人間なんだ) 思わず警戒して身構える。 「一郎くんに大堂さんが来ない理由を尋ねたの。そうしたら、もう来ないかもしれないって言うじゃない」 「そ、そんな事は……」 「一郎くんとあなたの間に何かあったのね」 「別に大した事は何もないです」 「顧問として心配なの。訳を話してくれるかしら」 「話すことは無いです」 「そう?……被験者No.673、今は御門冬馬くんって言ったかしら。彼が原因では?」 「いいえ……」 (水野先生はどこまで知っているんだろう) 「さっきNo.673と楽しそうに買い物から帰ってきていたわね。仲の良いこと」 「……な、何が言いたいんですか」 探りでも入れているのだろうか。 私は緊張しながら水野先生に尋ねる。 「弟が貴女のためにこちら側に来たのに……そんな事忘れちゃったみたいに嬉しそうだったから」 「そ、それは……」 「大堂さんってとっても薄情なのね」 私は冷や水を浴びせられた気持ちになる。 (そうだ。浮かれている場合じゃないのに) 冬馬先輩と一緒に買い物が出来て嬉しかった。 春樹は今もどうしているのか分からないままなのに。 自分勝手だったと思い知らされる。 「弟の春樹くんは元気よ。よかったわね」 「春樹は……」 「会いたいの?」 「もちろん会いたいに決まっています」 「なら私に付いて来る?」 「それは……」 「会わせてあげる。春樹くんと」 「でも……」 (これも罠に決まってる……) 「あなたは大切な弟を放っておくの?」 「会いたい。でも今は……行けません」 「そう。やっぱりあなたは薄情なのね」 水野先生は冷ややかに私を見る。 「そんな駄目な生徒でも先生は見捨てたりはしないわ。だから……いい物をあげる」 水野先生は小さくて角ばった硬いものを握らせてきた。 「これは……」 「何に見える?」 「No.703って……番号札ですか?」 「そう。ある被験者が身に着けていたものよ」 「……これがどうかしたんですか?」 「大堂さん、サイコメトリーって知ってるかしら」 「名前くらいなら」 「物から思念を読み取る能力よ。伝説の巫女の生まれ変わりなら当然視ることができるわよね」 「今の私では……無理かもしれません」 「伝説の巫女なのかすら眉唾物ね」 「…………」 私は何も言えず黙り込む。 「いいわ。これは宗像兄弟がなぜ御門冬馬を拒絶しているのか分かる物なの」 「これが……」 「とりあえず受け取ってくれるかしら」 渡された番号札を握る。 一郎くんや修二くんがなぜ冬馬先輩をあんなに嫌っているのか理由が知りたい。 そうすれば何か打開策が思いつくかもしれない。 「これは誰にも見せないで。きっと取り上げられてしまうだろうから」 「どういう事ですか?」 「知られたくない、思い出したくない過去というものが誰にでもあるものよ」 (どういう意味だろう) 「もう犬が匂いを嗅ぎ付けてきたようね」 その言葉で振り返ると冬馬先輩が雨の中、出入り口に現れた。 「冬馬先輩」 「愛菜。大丈夫ですか」 「うん」 冬馬先輩は水野先生と私の間に入ってくる。 そして私を庇うように立ちふさがった。 「愛菜に手を出したら、ここが学校でも容赦しません」 「あぁ、怖いわ」 水野先生は芝居がかった怖がり方をする。 わざとらしくて馬鹿にしているようでもある。 「大丈夫よ、私は化け物とやり合うつもりなんてないから」 「交戦の意思は無いということですか」 「そうよ」 「では今すぐ立ち去ってください」 「わかったわ。それじゃあ、大堂さんまたね」 水野先生はヒラヒラと手を振りながら立ち去っていく。 私と冬馬先輩はその背中を見届ける。 「愛菜、怪我はありませんか」 「うん……大丈夫」 受け取った番号札を冬馬先輩に悟られないようポケットに仕舞う。 「水野先生から何か言われたのですか?」 「ど、どうしてそう思うの?」 「何か目的があって愛菜に近づいたのでは無いのですか?」 「えっと……うん、春樹の話をね」 私は冬馬先輩に向き直る。 スカートの上からポケットに触れ、入っているのを確認しながら。 「春樹さんの事ですか」 「一緒に来れば会わせてくれるって」 「それで愛菜は何と言ったのですか」 「会いたいけど今は行けないって言ったよ」 「そうですか。正しい判断だったと思います」 「うん……」 隠し事ができた。 だから歯切れの悪い返事しかできない。 「今日の三年の出店の準備は終わっていいそうです。そのまま帰られますか?」 先輩は私の荷物を持ってきてくれていた。 「ありがとう。そうしようか」 それを受け取りながら私はため息混じりに言う。 水野先生と話して緊張していたのか疲れてしまった。 「では行きましょう」 私たちは傘をさして学校を出る。 雨は相変わらず私達を避けてくれている。 先輩のお陰で傘はただの飾りみたいなものだった。 しばらく歩いているとめずらしく冬馬先輩が話し始める。 「やはり僕は普通の高校生にはなれないようです」 「そんな事無いよ」 「あなたを守るためにもこの力は必要ですから」 「それは……さっきのこと?」 水野先生が私の前に現れた事を言っているのだろう。 「はい」 「別に先生は私を無理やり連れて行かせようとはしなかったよ」 (私の意思を確認していたし) 「それは僕とあなたが契約をしているからです」 「そうなの?」 「僕は幸か不幸か強い力を持っています。それが抑止力になっているのです」 (そういえば……冬馬先輩のことを修二くんも先生も化け物と言っていたっけ) 「冬馬先輩は自分の力が嫌い?」 化け物なんて言われて嬉しいはずが無い。 私は思いついた疑問をそのまま口に出す。 「どうでしょうか。強い力は災いの元なのですが……」 「嫌いじゃないの?」 言葉を濁した冬馬先輩の気持ちが読めなくて、そのまま聞き返す。 「僕はこの力を得たせいで父から逃れることが出来たので、嫌いになりきれないのかもしれません」 「父?」 「研究者だった僕の父です。以前、少しだけお話したことがあったと思いますが」 (ショッピングモールで聞かされたっけ) 私は以前言われた言葉を思い返す。 『僕の父親はとある研究所の研究員でした。 彼は素養もあり研究熱心で、施設でともに働く職員の中でも極めて優秀な人間だったようです』 冬馬先輩は自分の父親のことをそう評していた。 「お父さんって……確か冬馬先輩のお母さんを……」 「そうです。僕は母の胎内にいる時から被験者でした」 「でも失敗だって……教えてくれたよね」 「全くの失敗だったという訳ではありません」 先輩は片手を受け皿のように広げる。 雨は飼いならされたペットのように渦を巻きながら集まる。 「わっ、動いてて生き物みたい」 「いいえ、これは僕が動かしているだけで生き物ではないです」 「あ、えっと……わかってるよ」 先輩は手を握って再び開く。 すると手のひらサイズの水の短剣ができていた。 「すごい」 「見ていてください」 先輩は短剣の鋭利な先端を手のひらに向ける。 冬馬先輩の手が血がにじんでいく。 「先輩! 何やってるんですか!」 「少し傷つけただけです。じきに血が止まり傷が塞がってきます」 冬馬先輩の言うとおり、もう血が止まって傷が少し小さくなっている。 「これは……」 「自己再生です」 透明な短剣はただの水になって先輩の手から零れ落ちていく。 その手の傷はもうほとんど消えていた。 「自己再生? ……先輩が治したの?」 「治したというのは少し違います。治癒は美波の得意分野ですが僕には出来ません」 「治癒……って?」 「治癒は術者の意思で自分以外の者でも治すことが出来ます。しかし自己再生は本人の意思とは無関係に再生していきます」 「どうしてそんなに早く治っていくの?」 「元に戻ろうとする力が逸しているのです。これこそ父が求めていたものでした」 「じゃあ、冬馬先輩のお父さんは成功したってこと?」 「いいえ。この程度の自己再生など望んでいませんでした」 「もっと……ってこと?」 「はい。父は死なない人を作り上げたかったようです」 (そんなの不可能なんじゃ……) 「だから冬馬先輩は失敗って言われたんだ」 「そうです。彼には実験と称して色々されました」 (そういえば……) 『あなたにお聞かせするような内容ではありませんので詳細については割愛しますが、周防は 『胸くそが悪くなる』と言っていました』 そんな事を前に話してくれていた。 一体、どんな事をされていたんだろう。 (とても聞けない……) 「辛かったって事だよね」 「僕は心を完全に閉ざすことでしか逃れる術を見出せませんでした」 前に一郎くんが幼少期の冬馬先輩を蝋人形のようだったと教えてくれた。 想像するだけで胸の締め付けられる。 淡々と話を続ける冬馬先輩が余計に見ていて辛い。 (あの時、こんな話もしてくれたっけ) 『彼はさまざまな調整を行い、僕が彼の望む能力を持って生まれてくるようにした。 ……そのはずでした。しかし、僕に発現した能力は全く違うものだった』 冬馬先輩の父親が求めていた死なない体を持つことは出来なかった。 でも発現した能力って何だろう。 「前に話してくれた冬馬先輩の発現した能力って何?」 「分りませんか?」 「えっと……」 「剣の力です。当時はコップの水をほんの少し波立たせる……そんな微弱なものでした」 「別の能力が出てきて、冬馬先輩のお父さんはどうしたの?」 「自分の研究が失敗だと悟ったようです。まだその時は僕も含めて誰も剣だと気付いていませんでした」 「そっか。三種の神器を研究所は探していたんだよね」 「はい。そんな時、僕の剣の力が突然暴走したようなのです」 (えっ……) 違和感のある言い方に首をかしげる。 「暴走したようって……?」 「他人事のように聞こえましたか」 「うん」 「そのように取られたのなら謝ります。間違いなく僕は大勢の人を殺めました」 「もしかして……その時の記憶が無いの?」 「はい。マジックミラーのある個室に連れて行かれたことは覚えています」 「他には何も覚えていないの?」 「誰かに何かを問いかけられたような気がします」 (問いかけられた?) 一体、誰に何を問いかけられたと言うのだろう。 冬馬先輩が歩みを止める。 考え込んでいた私もそれに倣って立ち止まる。 「どうしたの?」 「あなたの家の前です」 顔を上げると家の前に着いていた。 話に集中していて全く気付かなかった。 「あっ……いつの間に」 「それでは僕は失礼します」 「ま、待って」 「どうかしたのですか?」 「先輩も少し家にあがっていかないかな」 冬馬先輩を一人ぼっちにさせたくない。 ただそう思った。 「しかし」 「冬馬先輩、一人暮らしなんだし夕食でも一緒にどうかな」 「僕などが伺ってもお邪魔になるだけです」 「そんな事ないよ。今日はお義母さんが早いから夕食作ってくれるかも」 「なお更ご迷惑になります」 「他にも聞きたいことがあるから、お願い」 「では……お邪魔させていただきます」 私のお願いに折れたのか、冬馬先輩は頷く。 先輩より先を歩いて、玄関の扉を開けようと鍵穴を回す。 (あれ……開いてる) (もしかして……) 「春樹!」 私は勢いよくドアを開ける。 すると玄関には女性物のパンプスが一足あるだけだった。 「お義母さんか……」 私はガックリと肩を落とす。 一瞬でも春樹が帰ってきたと期待してしまった。 「愛菜……」 「ははっ……ただの勘違いだったみたい」 乾いた笑いでその場を誤魔化す。 お義母さんの仕事が定時で終わっただけだったようだ。 夕食の支度中なのかいい匂いもしてくる。 「愛ちゃん、お帰りなさい」 私の帰りに気付いたのか、お義母さんが玄関まで出迎えてくれる。 「ただいま。お義母さん」 お義母さんは私の後ろにいる人物に目を留める。 「この方は? 愛ちゃんのお友達?」 「うん。一つ上の先輩で御門冬馬さんって言うんだ」 「そう。愛菜がいつも世話になっております」 お義母さんは冬馬先輩に頭を下げる。 「御門です。こちらこそ仲良くさせていただいています」 冬馬先輩も頭を下げる。 なんだかあまりに形式的過ぎて背中がくすぐったくなる。 「先輩に一緒に夕食を食べようって誘ったんだけど……大丈夫?」 「春樹と隆くんの分も買ったから余らせてしまいそうだったの。有難いくらいよ」 (そっか。春樹も帰ってこないし隆も戻っちゃったもんね) 「ご馳走になります」 「いいえ。さ、上がってください」 「お母さん。雨に濡れたから、冬馬先輩に服を貸して上げられないかな」 買い物の時に冬馬先輩の右肩はかなり濡れていた。 「春樹のTシャツを出すわ。でも……少し小さいかもしれないわね」 お父さんより大きいとはいえ、先輩と比べると春樹の方が華奢だ。 だからサイズも合わないかもしれない。 「僕にお構いなく」 「そういう訳にはいかないわ。さぁ、こちらの和室で着替えてください」 「私も自分の部屋に戻って着替えてくるね」 私も二階に上がり自室に戻る。 「チハル、ただいま」 動かないチハルに声をかけて、制服を脱ぐ。 湿った体を拭いて私服に着替えると、一階に戻った。 「愛ちゃん、愛ちゃん」 濡れたシャツを洗濯機に入れた後、キッチンから小声でお義母さんが呼びかけてくる。 「どうしたの?」 「あの子、とても礼儀正しいのね」 「うん……」 突飛な行動に出るかもしれないから、不安はある。 あまりお義母さんと会わせない方ががいいかもしれない。 「まだ着替えてもらっているの。ちょうど春樹には大きいのが買ってあったからよかったわ」 「ありがとう、お義母さん」 「いいのよ。あの服はあの子にあげてちょうだい。サイズが合う人がこの家には居ないから」 「わかった。伝えておくよ」 「愛ちゃんの力になれるんだもの。お安い御用よ」 お義母さんはニッコリ笑う。 また勘違いされてしまったようだ。 「お義母さん、違うから……」 「そうだ。愛ちゃん、昨日は自分で何か作って食べた?」 「どうかした?」 「冷蔵庫に入ってたお肉が全部無くなっているから……」 昨日は菓子パンを食べてそのまま寝てしまった。 今朝も何も食べずに出てきたから、お肉は使っていない。 「ううん。棚にあった菓子パン食べただけだよ」 「おかしいわね。結構な量があったと思ったんだけど」 「そうなんだ。どうしたんだろう……」 「私の勘違いかもしれないわ。とりあえず材料が足りないから買い物に行ってくるわ」 「うん。暗くなり始めてるから気をつけてね」 「そうね。いってきます」 「行ってらっしゃい」 私は玄関までお義母さんを送る。 玄関のドアが閉まったのを確認して振り向くと冬馬先輩が目の前に居た。 「わっ! びっくりした」 「驚かせて済みません」 先輩の私服姿は二度目だ。 頭身がある分、シンプルな長そでTシャツでもカッコよく見える。 「冬馬先輩は何でも着こなすんだね」 「どういう意味でしょう」 「その……似合うなって意味だよ」 (照れる……) 「ありがとうございます。愛菜の私服もかわいいです」 「あ、ありがとう……」 無表情すぎて本心かどうか分らないけど、かわいいと言われるのは嬉しい。 「ところで、お母様はどちらへ行かれたんでしょうか」 「買い物だよ。冷蔵庫にあるはずのお肉が消えちゃったんだって」 「……そうですか」 「きっとお母さんの勘違いだと思う。でも大丈夫かな……組織の人が襲ったりしないかな」 「大丈夫です。あなたの家族は反主流派の者が見張っていますから」 「そうなの?」 「僕達が至らなかったので、春樹さんは組織に出し抜かれてしまいましたが」 「ううん。先輩達のせいじゃなく、春樹が自分で決めたことだよ」 「…………」 「冬馬先輩?」 「いいえ。何でもありません」 「ここで立ち話も何だし、私の部屋で話さない?」 「いいのですか?」 「込み入った話の最中にお義母さんが帰ってきてもいいようにね」 「わかりました」 「二階にあるよ。案内するね」 私は先輩を二階にある自室まで案内する。 先輩は大人しく私の後に従って歩いてきた。 次へ[[冬馬641~650]]

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