ピピピピピピ

目覚ましのアラームを止めながらのろのろと起き上がる。

「まだ少し寝たり無いかな……」

夜中に目を覚ましたのがいけなかったのか。
カーテンを開けて青空を見ても頭がまだボンヤリする。

パジャマを脱いで制服に着替え、一階へ下りる。
顔を洗いキッチンに行くと、ダイニングテーブルに冬馬先輩が座っていた。

「冬馬先輩、おはよう」
「愛菜。おはようございます」

冬馬先輩は制服を着て、ゆっくりコーヒーを飲んでいた。
私の席にはお義母さんが作ったサンドイッチが置いてあった。

「朝食お先にいただきました。愛菜のお母様は先にお家を出て行かれました」
「昨日、地方の取材で早く家を出るって言ってたから」
「取材ですか?」
「お義母さんは雑誌の記者なんだ」
「そうですか。お忙いですね」
「まぁね。だけどどんなに忙しくても愚痴ったりしないんだ」

お義母さんはどんなに疲れていても私たち子供にはそんな素振りは見せない。
そういう所は春樹とお義母さんはよく似ていると思う。

「私は紅茶にしようかな。先輩はコーヒーのおかわりはいる?」

朝は忙しいからマグカップにティーバッグを入れる。
本当はゆっくりポットから飲みたいけれど時間が惜しい。

「僕はもう結構です」
「そうなんだ。ところで、私のサンドイッチ、かわりに冬馬先輩食べられないかな」

どうせ食べても味なんて分からない。
せっかくお義母さんが時間の無い中作ってくれたのに。

「愛菜。少しは食べないと体が持ちません」
「私はいいよ。なんだか食欲ないし」
「しかし……」
「自分の体がいらないって言ってるんだ。多分、本当にいらないんだと思う」

サンドイッチを見ても食欲は一向に沸いてこない。
以前なら、見ただけでお腹が鳴ってたのに。
まるで無機質な物のように、何も感じない。

「そうですか」
「だからもし冬馬先輩がいるなら食べて欲しいな」

目の前にあったラップのかぶったサンドイッチを先輩の前に置く。
その代わりに紅茶を一口飲んだ。
大好きな紅茶の味は今まで通りなのがせめてもの救いだ。

「では遠慮なくいただきます」
「どうぞ召し上がれ」

冬馬先輩は無表情のままサンドイッチを口には運んでいる。
私はその様子を紅茶を飲みながらぼんやり眺めていた。

「愛菜」
「ん? 何かな」
「そんなに見つめられると、少し食べづらいです」

冬馬先輩は無表情のまま言った。
だけど少し照れている様にも見える。

「ごめん。なんだか不思議だったから」
「不思議……ですか」
「うん。私の家で冬馬先輩がサンドイッチ食べてるから」

いつもの朝の風景に冬馬先輩がいるのが居るのが不思議な感覚だった。
泊まったのだから当たり前なのに、気持ちが追いついていないのかもしれない。

「なんだかよく分からない事言ってるね、私。気にしなくてもいいから」
「いいえ。僕も少し分かる気がします」
「そうなの?」

冬馬先輩が共感してくれている事に驚く。
私だってこの感覚を上手く説明できないのに。

「今朝、コーヒーの香りで目が覚めました」
「お義母さんが用意してくれてたんだね」
「サンドイッチも作ってくれました。それが懐かしくて」
「懐かしい?」
「愛菜の亡くなったお母様。あの人はよく僕に卵サンドと甘いカフェオレを作ってくれました。
あの頃の僕はまだコーヒーが苦くて飲めませんでしたから」

そういえばお母さんはコーヒーを好んで飲んでいた。
今まですっかり忘れていた事だ。

「そういえばお母さんはコーヒーをよく飲んでいたよ」
「あの頃の僕は人間が恐くて仕方なかった。きっとあの人が居なければ今も恐ろしいままでした」
「今は恐くない?」
「昔よりは平気になりました」
「よかったね」
「今朝コーヒーの香りで目を覚ました時、とても懐かしくて不思議な気持ちでした」

冬馬先輩はそう言うと、マグカップを持った。
でも空だったのかそのままテーブルに置く。

「そうだ。少し待ってて」

私はキッチンに行って牛乳に火を掛けた。
時間が無いから即席のコーヒーを入れて砂糖を入れる。

「どうぞ。甘いカフェオレです」

空になったカップをひいて、出来たてのカフェオレを冬馬先輩の前に置いた。
まだ熱いのか湯気が立っている。

「お母さんとは違う味かもしれないけどね」

冬馬先輩はフーフーと息を吹きかけている。
なんだかその姿が無防備で、年上なのにかわいく見えてくる。
一口飲んで、小さく息をついて呟く。

「とても甘い……ですね」
「ごめん。砂糖入れすぎちゃったかな」
「いいえ。懐かしい味がします」

冬馬先輩は一口ずつ味を確かめるように飲んでくれている。

「冬馬先輩はカフェオレとコーヒーどっちが美味い?」

ふと気になって質問してみる。

「今はコーヒーですね。何も入れないのがいいです」
「そっか」
「愛菜の甘いカフェオレのおかげで勇気をもらえます」

冬馬先輩はポツリと言った。

「勇気?」

私の問いには何も答えず、甘いカフェオレを時間をかけて飲んでいた。

「実は……愛菜にお願いがあります」

冬馬先輩はすべてのカフェオレを飲み終えると、唐突に願いを申し出た。

「私にできる事?」
「はい」
「それで私は何をすればいいの?」
「僕は……宗像兄弟とちゃんと話をしたいのです」
「一郎くんと修二くん?」
「そうです」

冬馬先輩は一郎くんと修二くんに嫌われていると言っていた。
そしてその事に関して何の感情も抱いている風ではなかった。
好かれていても嫌われていても関係ない。
関心がまるで無いみたいだった。

(だけど……)

今は違うように感じる。

「どうしたの? 何かあった?」
「今日の昼休み、僕は屋上で待っています。宗像兄弟に愛菜から会える様に話をしてもらえませんか」
「別にいいけど……」

その時、キッチンの柱の時計が時刻を告げた。

「大変! 先輩、急いで学校へ行かなくちゃ」

話している内に思ったよりも時間が過ぎていたようだ。
私たちは慌てて家を飛び出した。

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最終更新:2020年06月11日 14:28