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春樹951~960 - (2017/05/13 (土) 15:41:49) のソース

3.[[春樹941~950]]

文化祭が始まってからも放送委員の仕事は沢山ある。
BGMを流すだけでなく、迷子のお知らせや体育館で行われる文化部の発表の案内。
模擬店の紹介など放送することは意外と多い。
午前中、慌しく時間が過ぎていく。 

「大堂さん、もうそろそろ交代だよ」

次の係りの子に声を掛けられて時計を見ると、お昼少し前だった。

「ありがとう。後はよろしくね」

簡単な引継ぎを終えて校庭のテントにある放送事務局を出た。
お昼にお母さん達が来る事になっているけれど、まだ連絡が来ない。
しばらく自由な時間があるようだ。

(そういえば……)

今朝一郎くんと話していて、修二くんの元気がないと聞いた。
それが心の中でずっと引っかかっていた。

(様子だけでも見られないかな)

携帯で連絡を取ろうと思えば出来ない事はない。
だけど一昨日あんな事があったばかりで、すごく連絡し辛い。

(修二くんの居そうな場所……)

さっき修二くんのクラスの模擬店の横を通った。
焼きそば屋さんはとても繁盛していたけれど、その姿は無かった。
修二くんの性格を考えると大人しく模擬店の仕事に参加しているとも思えない。

(もしかして……)

私は賑わっている校庭を抜け、人もまばらな運動部の練習場へと向かう。
部室が立ち並んでいる部室棟の先にその目的地がある。

(いた)

修二くんはテニスコートにあるベンチに腰掛けていた。
制服の上着とネクタイを脱ぎ捨て、白シャツの袖を捲り上げていた。
手にはボールとラケットが握られている。
腕で額の汗を拭う仕草からも、一人で練習していたに違いない。

「そこにいるのは、愛菜ちゃん……?」

私に気付いたのか、修二くんは半信半疑で尋ねてくる。
物陰に隠れていたつもりなのに、鏡だから見透かされてしまったのかもしれない。

「さすが修二くんだね」

本当は元気な姿を確認したかっただけだけど、見つかってしまっては出て行くしかない。
コートに張り巡らされた金網まで近寄る。

「なんか話しにくいし、こっちおいでよ。入り口開いてるよ」
「うん……ありがとう」

私はおずおずとコートの中に入っていく。
修二くんとの距離をおきつつベンチに座った。

「やっぱ俺、警戒されてる?」
「そういう訳じゃないよ」
「ていうか、どうして来たの?」
「それは……」
「今日なんてここら辺来るのイチャイチャしたいカップルくらいじゃん」

確かにここに来る間、数組のカップルを見かけた。
みんな人目を避けるために集まったのだろう。
仲が良すぎて目のやり場に困る人達もいた。

「って……理由は一つか。俺の様子見にきてくれたんだよね」
「うん」
「もしかして、兄貴に何か言われた?」
「元気がないって言ってたよ。ボーっとしてるって」
「俺のことよく見つけられたね。校内で遊びまわってるって思わなかった?」
「思わなかった。すぐに見つけられたよ」
「そっか。それはちょっとうれしいかも」

修二くんは屈託無く笑った。
その笑顔を見て、胸がチクっと痛んだ。

「実はさ、俺。愛菜ちゃん家を出た後、ある人と会ってたんだよね」
「ある人? 一体だれ?」
「正解は周防さん。以前、愛菜ちゃんと洞穴探検したとき、連絡先渡されたんだよね」

(そういえば……)

あの時、修二くんは周防さんに耳打ちされて驚いていた。
一体何を言われていたんだろう。

「それで……どうして周防さんに会ったの?」
「連絡先渡された時言われたんだ。俺は君の過去を知ってるって」
「過去……」
「あの日からずっと迷ってた。どうせろくでもないって想像できるし」
「過去って……修二くんの小さい頃って事?」
「そ。八歳より前の記憶が無いの、俺」

修二くんは一郎くんの複製。
そう鬼は言っていた。
修二くんも気付いていたと話していた。

「俺の一番最初の記憶。それは兄貴の言葉なんだ」
「一郎くんの?」
「『アイツの顔を忘れるな。あれはNO.673。何があっても絶対に許してはいけないぞ』ってね」
「NO.673……冬馬先輩……」
「俺あの人形さんすごく嫌い。でもその理由は知らなかった。刷り込みっていうのかな。
真っ白なところに最初に刻まれた記憶だし、強烈に残っちゃって」
「…………」
「子供の頃に大病して記憶が抜け落ちただけって言われてきたけど、嘘だって分かっちゃうんだよな」
「…………」

修二くんの言葉に何と返したらいいか分からず黙り込んでしまう。
それを見て、修二くんは笑った。

「あははっ。そんな深刻にならなくていいって。
やっぱ知っておいたほうがいいかなって気持ちの変化? 愛菜ちゃんに振られてヤケ起こしたのもある」
「それで……周防さんは何って?」
「説明するより見たほうが早いって言われた。あの人すごいね。自分の記憶を逆流させて色々見せてくれたんだ」
「周防さんは思念を読み取る力もあるんだよ」
「おっかない力だよね。それでまぁ、案の定って感じで俺はやっぱクローンだった」
「そうなんだ……」
「そんな事より一番驚いたのは本物の修二ってのが居た事。全然想像してなかったから、結構衝撃だった」
「本物? だって修二くんは修二くんなんじゃ……」
「兄貴には二卵性双生児の弟が居たんだ。そいつの名前が修二」
「どういう事?」
「本物の修二ってのがあの人形さんに殺されたんだ。だから俺はその死んだ奴の代わり」

(そんな……)

私は何も言えず、ただ黙り込む。

「でもおかげでスッキリした。だから知って良かったよ」
「スッキリって?」
「どうして兄貴が俺の影に徹しようとするのか。
いつも俺には得を、自分には損ばかり被うとするのか……俺はその理由が分からずイライラしてたから」

優しさは人を傷つけるって修二くんはよく言う。
それは私だけでなく一郎くんに対して言っていたようにも思う。

「きっと救えなかった弟への贖罪なんだよ。それで死人が蘇る訳でもないのにさ」
「一郎くんの罪の意識がそうさせてたって事?」
「多分ね。そのくせお前には未来が見えるはずだって言われ続けててさ。
未来を見ることは出来たのは本物の方で、俺には出来ないのにね」
「修二くん……」
「兄貴が本物の弟と俺を重ねてるのは仕方ないのかもしれない。だって自分の弟が目の前で殺されたんだから」
「でもそれじゃ、修二くんの気持ちは……」
「まぁ、ムカつくって気持ちもあったよ。だから昨日、兄貴をテニスでボッコボコに叩きのめしてやった」

得意げな顔をして修二くんは笑った。
そして少し間をおき、また話し出す。

「その時言ってやったんだ。『ニセ者にも意地があるんだ。どうだ参ったか』ってね。
兄貴のやつ、俺が沈んでる理由にようやく気付いたのか、すごく驚いた顔してた」

今朝一郎くんに聞いた話だ。
二人で久しぶりにテニスをして修二くんに負けたって言っていた。
でも今朝の一郎くんはなんだか嬉しそうだったけど。

「そしたらさ。兄貴に『お前が言う本物の方は格下にも手加減をして圧倒的な差で勝つ事はない。
そういう奴だった。でもお前は違う。俺はお前のような潔い戦い方が好きだ。強くなったな、修二』ってすごく嬉しそうに言われたよ」
「一郎くんらしいね」
「参ったよ。試合では勝ったけど、すごく複雑な気分だった」
「それで修二くんは……納得できた?」
「わかんない。でも色々な事に決着はつけられそうかなって思う。
兄貴との事も、自分自身にもね」

そういうと、修二くんは手を広げて大きく伸びをした。
修二くんの手の平の向こうには、雲ひとつ無い快晴が広がっていた。

「よかったね、修二くん」
「まあ現状は何一つ変わってないんだけどさ。気持ちの問題的には少しマシになったかも。
ところでさ……」

修二くんは伸ばした両手を下ろすと、まじまじと私の顔を見る。

「愛菜ちゃんの方は俺との約束守れた? 自分の気持ちに正直になるってやつ」

修二くんに好きな相手に気持ちを伝えると約束した。
きっと修二くんはその後を尋ねているのだろう。

「一応……伝えたよ」

言いながら自分の顔が熱くなっていのが分かる。
多分、耳まで赤くなっているだろう。

「ちぇっ。上手くいった感じじゃん、よかったね」
「その言い方、ちっとも良さそうじゃないよ」
「そりゃね。けしかけておいて拗ねるのも変だけどさ」
「でも修二くんらしい」
「それ、すごい馬鹿にされてるみたいに聞こえる」
「違うよっ。褒めてるんだよっ」

私は必死に否定する。
修二くんの素直さは羨ましくもあるからだ。

「分かってる。愛菜ちゃんって面白いから、ついイジりたくなるんだよな」
「もうっ! そういうの止めてって言ってるのに」
「ゴメン、ゴメン。そっかー、弟くんに取られちゃうのかー。くっそー妬けるなぁー」

修二くんはラケットを持つと、座ったままガットだけで器用にボール弾き始める。
一定の速度で正確にボールは真上から網の中心へと戻っていく。
ポンポンと小気味のいい音が続く。
私はそれをしばらく無言で眺めていた。

チャララ~チャララ~

突然、ポケットの携帯が鳴り出した。
見ると、お母さんからの着信だ。

「私、そろそろ行かなくちゃ。修二くん、色々教えてくれてありがとう」
「こっちこそ辛気臭い話につき合わさせちゃったね」
「ううん。教えてくれて嬉しいかったよ」
「俺も油売ってないで、クラスの模擬店でも覗こうかな」
「それがいいよ。忙しそうだったし、喜ばれると思うよ」

そう言って私は立ち上がり、この場から離れる。

「愛菜ちゃん」

コートから出た所で呼び止められる。
私は金網越しにいる修二くんへ体を向けた。

「バイバイ! 愛菜ちゃんのこと、マジ大好きだったんだからね!」

(色々あったけど、本気で好きになってくれたんだよね)

感謝の言葉の代わりに大きくうなずくと、私は校庭へ向かって走り出した。

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