吾妻 勲@星鋼京様からのご依頼品


一日の授業が終わり、誰もいなくなった教室の中。
さて帰るかーと伸びをしていた篠山 瀬利恵は、おもいきり机に突っ伏したまま動かない親友を発見した。
「ちょっと古関、アンタ大丈夫?」
「だ、だいじょうぶです。だいじょうぶ……うぅぅ」
そうは言うものの立ち上がるだけの気力はないらしく、うなだれたままの古関。
なにか思い出している様子で、顔が赤くなったり青ざめたりしている。
その様子を見て調子が悪いとでも思ったのか心配した顔で篠山は訪ねた。
「なんかほんとに具合悪そうだけど。ヘンなもんでも食べた?」
「そんなことありません!クッキーはおいしかったです!」
なぜか全力で否定して、直後にし、しまったーな顔をした古関は「なんでもないですー!」と叫びながらこれまた全力で教室をあとにした。あ、頭をぶつけて泣いた。また走り出した。
残された篠山は追いかけようか3秒だけ迷ったが、まぁあれだけ元気なら大丈夫だろうと思うことにした。


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教室から飛び出してあてもなくさまよい、気がつけば扇浦まで来てしまった。
時刻はすでに夕暮れ。古関 里美は海辺で静かに目をつむってたたずんでいた。
心地よい海風は長い髪をゆるゆると揺らしたが、彼女の心にまでは届いていなかった。
なぜなら古関の関心は今、たった一人の人物に向けられていたからだ。

まぶたの裏にうつるのは優しい笑顔。
自然と頬がほころぶ。
名前は吾妻 勲。たれ目をした可愛い人。
少しだけ癖の掛かった銀髪と鮮やかな青い瞳は、外国の血を引いているからだろうか。
出会ったのはほんの数日前のこととはいえ、今でも鮮明に思い出すことができた。
レストランでお茶をして、色々と話をして、それから――――

『な、なんで、なのか。おききしても?』
『その…一目惚れ、という奴です、恥ずかしながら』

そこまで思い出して、頬が真っ赤になった。
顔を冷やそうと手を当てるが、どうにも我慢しきれずにわー、と顔を左右に振りまくる。
亜麻色のツインテールがばっさばっさと豪快に波打った。

この人物、可憐という言葉がまったく似合わないと本人は心底思っているが、その心は乙女の可憐さそのものであった。

「一目惚れだなんて……し、少女漫画みたいです!」
そう言ってお気に入りの漫画のワンシーン(王子様とお姫様がようやく再会してキスするというよくある場面)を思い出しきゃーきゃーと黄色い声をあげる。
人生を揺るがす大事件、乙女的一大イベント「異性からの告白」を経験してからというもの、寝ても覚めてもそんな調子だった。
古関が男とあれほど長く話をしたのは(マギーを除けば)はじめての経験だった。
古関 里美、18歳。
今まで生きてきた中で、男性からこれほど好意をよせられた経験はかつてない。
クリスマスに届いた手紙といい、本土から遠く離れた父島までわざわざ訪ねて来てくれたことといい、乙女的ストライクゾーンに直球ど真ん中であった。

レストランまでの道のりで気づいたことだが、彼は背が高い。ひょろりとしている。
180㎝くらいはあっただろうか。
並んで立っても古関よりすこし小さいくらいで、あまり変わらない。
一緒に街中を歩いても、マギーのように姉と弟に間違われることはまずないだろう。
友達とか、もしかしたら恋人同士に見えるかもしれない。
「こ、こいびと……」
頭に血がのぼりすぎてくらくらした。
うにゃーと倒れそうになる。

どうでもいいが、人のいない扇浦なのが幸いした。はたから見てるとあからさまに変な人である。

「また、会えるでしょうか」
少しだけ寂しそうにぽつりとつぶやく。
レストランでぶっ倒れた後に介抱してくれたことはお店の店員さんが教えてくれた。
お礼を言いたかったが、たがいに連絡先も知らない身だ。
そのことだけは、ちょっとだけ残念だった。
どうせなら連絡先のメモだけでも置いていってくれればよかったのに、と思う。

いや、もしかしたら。
あまり考えたくないことだが。
ただ自分をからかって遊んでいるだけだったとしたら。
浮かれている大女を見てあざ笑っていたとしたら。

想像して後悔した。
ものすごく嫌な気分になった。
胸の中の深いところが、重く、暗く、沈んでいく。
この世のすべてがひどく怖いものに思えて、無性に泣き出したくなった。
もしかしたらと肯定する心と、そんなはずないと否定する心がぶつかりあう。
自分で自分を抱き締めながら、その時彼女は思い知った。
人を信じることの難しさと、苦しさ。そして自分の心の醜さを。
こんな気持ちになるのなら、出会わないほうがよかったのではと、そう思った。

その時、優しい風が頬をなぜた。
びっくりしてあたりを見回すが、どこから吹いているのかわからない。
古関には昔から人の心に吹く風を感じる力があった。
しかしあたりにそれらしい人影はないし、それはずいぶんと弱い風で、方向すらよくわからなかった。
注意深く観察すると、それは自分のポケットから吹いていた。
はたと思い出して中身を取り出す。
それは吾妻からもらったクッキーだった。
白と黒のチェック柄をした焼き菓子。
ちょっと形がふぞろいなのは、がんばって手作りしたからだろう。
代用砂糖だって手に入りにくいだろうに、たくさん袋に詰めてある。
なんだかもったいなくて、まだほとんど手をつけていなかったクッキーを一枚、口に運ぶ。
とても優しい味がした。
ただそれだけでなんだか救われたような気がした。


それはか細くて、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい風だったが、古関の心にはたしかに届いた。


ただからかわれていただけかもしれない。
けれどそうじゃないかもしれない。
もしかしたら、自分は好かれているのかもしれない。
晴れ渡る青空のような気持ちでそう思った。

「また、会えるといいな」

明日はきっといい日だと、信じられる気がした。


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その後の二人がどうなるかは、まだ誰にもわからない。
けれど、きっと明日はいい日になると、筆者はそう思いたい。
二人の進む道の先にしあわせの光が差しますように。




作品への一言コメント

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  • に、ニヤニヤが止まらない…ステキな文章をありがとうございますー(涙) 連絡先を置いてこりゃ良かったと真剣に後悔しました…。 -- 吾妻 勲@星鋼京 (2008-06-08 03:20:20)
  • 楽しめていただければ幸いです。 お二人の進む先が幸せに満ちていることを願います。  -- 鈴藤 瑞樹@詩歌藩国 (2008-06-13 21:49:29)
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最終更新:2008年06月13日 21:49