奥羽りんく@悪童同盟様からのご依頼品


/*わかるよりも少し早く*/

―――幸せすぎて、夢みたいかも……
―――こんな時を手に入れられるとは。俺も思っていなかった

 在りし日の言葉。
 振り返るほどに遠くはなく、されど手に掴めるほど近くはない。
 どれだけ近しい出来事でも、ひとたび過去の座に居座ったなら、もう決して手は届かない。

 だから、心には羽がある。
 それだけは、いつでも自由に飛べる。

 では、本日もまたひとつの飛翔を。

/*/

 終わった後で考えてみれば、ずいぶん濃い時間だった気がする。
 最初はそう、彼女の行動にただただ驚いた。まさか、各地で情勢不安が囁かれる中、結婚式を断行するとは。
 もしかして、自分は彼女の事を何もわかっていなかったんじゃないかと不安になったのは最初の一瞬。
 こんなに度胸があるなんて、と楽しくなった。

 そして。四十秒の結婚式が、始まった。

 奥羽りんくと奥羽恭兵のささやかな結婚式は、小さな教会で開かれた。慎ましいというよりはこぢんまりとした印象を与えがちな教会だったが、しかし、その日ばかりはそんな無粋なことを考える者は一人もいない。
 入ってすぐの、小さなホール。ささやかながら、正面上部にはステンドグラス。人気は少なく、花嫁と花婿を除いたら、たった三人が同席しているばかり。わずかに漂う緊張は、決して、式をひかえてのものばかりではなかった。
 列席したのは、悪童屋四季と、スイトピー・パペチュアル。二人は式典に合わせた正装を着こなし、恭兵と話して、かすかに笑っていた。
 そしてもう一人。りんくの隣に立っているのは、一人の老人である。彼はしわの寄った顔に緩やかな笑みを描き、りんくと身近い話を交わす。彼は、その立場故に宰相と呼ばれる人物である。
 がらんとした式場。そろそろ始めようと、宰相に促されてりんくは歩き始める。バージンロードをゆっくりと進む。足並みがそろって歩く姿は、実に落ち着いた姿。勿論、自然となったものではない。どちらともなく互いの歩調にあわせていった結果である。
 りんくは、白いドレス姿である。腰から床へと緩やかに広がるスカートが、さらさらと絹すれの音を立てる。腰のあたりにさりげなく添えられた花の飾り。ひらりと揺れるベールとあわせて、それは春の穏やかな陽光を切り取ったように見えた。
 そして、聖壇の前にきて、彼女はゆっくりと面を上げた。
 そこに立っている恭兵は白いスーツ姿だった。灰色の縁で飾られて、それが余計に目に映える。どこか着崩したように見える上着に、青いアクセントのついたベレー帽。じっと立ったまま揺れることもなく、しかしたくましいというよりはどこか飄々として。それはいつもの彼を思わせる。
 恭兵は優しく微笑み、りんくを見ていた。今ならサングラスの奥に隠された瞳の形もわかっただろう。
 そして指輪を取り出し、恭兵は言った。
「いついかなる時でも、お前を愛す」
 唱和するように、りんくが続ける。
「いつでもなにがあろうとも、貴方を愛します」
「死が二人を分かつまで」
「死が二人を分かったあとも」
 恭兵は笑った後、そうだなといってりんくに指輪をはめた。
 たった四十秒の結婚式。

 その最後に、式の時間の半分ほどもの長い長いキスをする。
 その唇が離れるて、
 式は締めくくられたのだった。

/*/

 ただ、一筋縄ではいかないというか。
 恭兵は車を運転しながら少し笑った。助手席に乗ったりんくは、胸に手を当てて、ほうとため息をついている。車はほとんど揺れることなく、恭兵の丁寧な運転で進んでいく。
 あの後は、ちょっとした余談があった。
 たとえば、セプテントリオンのフットワーカーが現れるとか、空から冒険艦が現れて教会の屋根に突き刺さってきたとか。宰相が100マイルもの新婚旅行を用意してくれたり。
 まあ。恭兵が予想していたよりは大分大事だったけれど、たまにはそういうこともあるだろう。恭兵はこの結婚式に何一つ不満は無かった。ついでに言えば、上機嫌でもあったから、大抵のことは許すことが出来た。
 二人は、りんくの住む家に向かっていく。それはりんくのたっての希望で、何か企んでいるらしかった。
 これ以上いいことがまだあるのか、と恭兵は機嫌良さそうに言ってから、ハンドルを回した。
 そしてたどり着いた、小さなアパート。
「こっちですよ」
「おっと、ちょっと待て」
「はい?」
「そのままあるくと、服が汚れる」
 恭兵は素早く車から降りると、彼は助手席のりんくを腕で抱えて歩き出す。どっちなんだ、と照れているのを隠しながら聞く恭兵に、りんくは顔を赤くし、あ、あっちですと指をさす。指さされた部屋に向かい、鍵を開けて、中に入る。
「で、何があるんだ?」
「前に、美味しいパスタを作りますって言いましたよね?」
「ああ……」
 プロポーズの時に、そういう約束をしたことを思いだして恭兵は笑った。それからりんくは楽しそうに説明する。どんなものを買ったか、今日は何を作ろうと思っているか、それから……。
「ただ、ちょっともったいないな」
「もったいない、ですか?」
「ああ」恭兵は頷く。「まだもう少し、その姿を見ていたい」
「……ふふ」
 言って、恭兵は恥ずかしそうに笑う。
 りんくもくすくす笑っている、ほんのりと赤くなった頬は、照れているのが明らかだった。

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 さて、そのあと二人が何をしたかは。
 語ることもなく。
 この話は、ここでひとまず、羽を休めるといたしましょう。



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引渡し日:2008/06/17


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最終更新:2008年06月17日 23:45