那限逢真・三影様からのご依頼品


 遮光板のはめ込まれた、武骨にも見えるゴーグルを額から瞼の上におろす。
パイロットが使うそれのような作りこまれたデザインは、そのサイズを考えればとても繊細なものだということが分かる。
 目を濃い緑の色ガラスに隠されてなお上機嫌だと分かる表情で、ピクシーQが笑った。

「GO!」

 親指を立ててみせるQは、やはり細かなところまで装飾されたライダースーツを着用していた。
ゴーグルとライダースーツの製作者である那限逢真が、Qの隣で笑う。
揃いのデザインのゴーグルを自分も着用し、カップホルダーを改造したサイドカー――ただし地面に触れる部分はない――にQを乗せて、キーを回す。

「それじゃあ、行こうか。」

 ヘルメットとシートベルトを確認してサイドカーで頷くQ。逢真がハンドルを回す。
マフラーから煙を吐き出しながら、二人を乗せたバイクは滑らかに走り出した。

 天領で会って以来、Qは乗り物が好きになったようだった。とは言っても自分で運転するのが好きなわけではないらしい。
現に自分が乗り物に乗る度に胸ポケットに飛び込んでくるQを見て逢真が作ったQサイズのキックボードは、家で埃を被っていた。

「Q、一緒がいい。」

 と言われて逢真が蔵から引きずり出した自分のキックボードも、不評だった。
どうやらQはスピードも好きらしい。それに気付いた逢真は、Qを胸ポケットに入れてバイクに乗ることを日課にした。
 ほとんどポケットから顔を出さないQが本当にドライブを楽しめているのかと逢真が気にかけたのは、それが日課になって3日目の朝のことだった。

「なぁQ。バイクに乗ってる時、何が見える?」
「服!」

 即答されて頭を抱える逢真。
それはそれで楽しいのかも知れないが、Qには自分と同じ景色を見てほしいと思った。
バイクを改造しよう。心配そうな顔で頭を抱えている自分の回りを飛ぶQを見て、逢真はそう決意した。

 視界は広い方がいいと考えた逢真が最初にQを乗せたのは、カップホルダーの中だった。

「わー…!」

 初めての走るバイクから見る景色に顔を輝かせるQを見て、後ろに座っている逢真も微笑んだ。
少しサービスしようかとハンドルを回し、速度を上げる。
 次の瞬間、風にあおられたQがカップホルダーから吹き飛んだ。
 スローモーションで飛んでいくQの腕を掴んだせいでハンドルから手が離れる。
バランスを崩したバイクは、柔らかい草の上で盛大に転んだ。

「……Q、風になった!!」
「……そうだな。」

 興奮したQの声に、道路脇の草むらに転がりながら逢真が答える。
胸で受け止めたQに怪我がないのを確認して、深く反省した。次はベルトをつけようと考えて、車庫にこもる。

 シートベルトのついたカップホルダーを見て喜ぶQのために、砂の飛ばないところを、と考えた逢真が選んだのは水辺の道だった。
速度を抑えて走るバイクのサイドカーから顔を出して景色を見ていたQが、突然もがきはじめる。
慌ててブレーキをかける逢真。

「か、蚊柱! 蚊柱!!」
「何ぃ!?」

 自分には見えなかった蚊柱の被害にQだけを合わせてしまったというのは、なかなかショックの大きな事態であった。
再び車庫にこもる逢真。バイクを改造する逢真の周りを、興味深そうにQが飛び回る。

「なにしてるの?」
「風よけをつけてるんだ。」
「おー。」

 うんうん、と頷いてQが天井近くまで飛び上がる。
がちゃがちゃと工具をいじる逢真を横目に戸棚や壁にかけられた色々なものを見ながら高度を下げていく。
光を反射して眩しく輝く板を見つけて、自分と同じくらいの大きさのそれを引き抜こうと力を込めた。

「……ねえねえ、これとれない。」

 …込めたものの。ぴくりとも動かない板に涙目になったQが逢真を呼ぶ。

「何かあったのか?」
「これ!」

 作業を中断して近寄ってきた逢真に、Qは引き抜こうとしている板を片手で指差す。
逢真が片手で軽く引いただけで、板はするりと抜けた。引き抜いた板を見て逢真が目を細める。

「……懐かしいな、昔使ってたゴーグルだ。」
「Q、見つけた!」
「ああ。ありがとうな、Q。……ゴーグルか。」

 顎に手を当てて逢真が呟く。ゆっくりとゴーグルの輪郭を指でなぞり、Qを見た。

「Q、ゴーグル好きか?」
「うん、好き。」
「じゃあ作ろう。これなら砂も蚊柱も怖くない。」
「ゴーグルすごい!」
「あぁ、ゴーグルは凄いな。どんな色がいい?」
「Q、お揃いがいい!」

 即答されて、今度は少し照れたように逢真が笑った。

 髪の毛を風に遊ばせるQを乗せて、バイクは海沿いの道を走る。
誰も居ない道に、エンジンの音がとけていく。海に顔を向けたQは、水平線を指差して叫んだ。

「逢真! 夕焼け!」
「おー。綺麗なもんだなー。」

 バイクを止めゴーグルを外して、逢真がQの指差した先を見る。
強い海のにおいと紫の空を感じて、目を細めた。
ぼんやりと海を見ていたところに不意に袖を引かれてそちらに視線を向ける。

「Qより?」

 ゴーグルをずらしてじっと自分を見上げるQに逢真が笑う。

「…いや、Qの方が綺麗だな。」

 ほんの少し泣きそうだったQの顔が満面の笑顔になる。サイドカーから文字通り飛び出して、逢真の頬にくちづける。

「嬉しい?」
「あぁ、嬉しい。」

 満足そうに笑うQを見て、逢真も笑った。


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最終更新:2008年03月12日 17:29