No.253 高原鋼一郎@キノウツン藩国様からのご依頼品



/*休日紀行*/


/*Outline.*/

 食糧危機である。
 なんのこっちゃと思われるかもしれないが、現在、キノウツン藩国は高原家では絶賛食料危機に陥っていた。
 別に飢饉に襲われたわけではない。この前日、戦争より帰還した高原アララが力尽きて光になりかけたという事件が発生しており、その際、高原鋼一郎の機転により復活は出来たが、体の再構築に家中の食料品を消費してしまったのである。
 このときは緊急事態であったため、誰もそんなこと気にしなかったが、翌日になって、高原鋼一郎と育ち盛りであり子供達、雷蔵・翠蓮の双子は何とも言えない沈黙状態に陥ることになった。ちなみに、この事実に気付いた時、アララはまだ昨日の疲労をうけて眠っている。
 この日常生活的には充分危機な状況を受けて立ち上がったのは、雷蔵・翠蓮の二人であった。昨日何もできなかったという気持ちも後押しした。この見た目明らかに十歳オーバの約三歳児達は、この食糧危機を乗り越えるべく大量の食料購入に向かうこととなる。

 まあ、早い話が、おつかいなのだが。


/*1*/

 高原家から二人が目指す商店街までは若干距離がある。というのも、元々高原家があった場所は砂と岩に満たされた砂漠であり、高原鋼一郎が微笑青空獲得後に行ったゲームにて、高原アララ強引に緑地化させた地域だからである。その地域は、元々国営の緑地事業団体が行っていた緑地計画とは無関係に増設された地域であるせいで、若干、他の区画とは離れているのであった。
 数ヶ月前までは砂漠だったその地域は、今や目映い緑に満たされている。砂吹きすさぶ熱い風ではなく、丘を流れ下草をそよがせる柔らかな風がゆるやかに抜けていく。
 さて。勢い任せに家を出た二人であったが、家から二十メートルほど進んだところで、はたと雷蔵は立ち止まった。つられて、隣を歩いていた翠蓮も立ち止まり、首をかしげる。
「どうかしたの?」
「お金忘れてきた……」うなだれる雷蔵。
「大丈夫だよ。ちゃんと持ってきたから」手提げのポーチを持ち上げる翠蓮。
「それってお小遣いでしょう? 足りるの……?」
「うん。いざとなったらつけで」
「えー」
「大丈夫、大丈夫」
 それって大丈夫って言うのだろうか。るんるんと歩き出す翠蓮。雷蔵は何か言いかけたが、まあ、そう言うなら大丈夫かと適当に頷いて後ろに続いた。ふわふわと揺れている翠蓮の髪をぼんやりと見つめつつ、うーんと首をかしげた。
「ところでさ、どこの商店街に行く?」
「どこって? 住宅街じゃないの?」
「うん。あとさ、廃墟空港にもあるでしょ?」
「あれは闇市」
「でも安いよ?」
「確かに」
 確かに、ではない。
「でも、パパは危ないから行っちゃ駄目って言ってたよ?」翠蓮がちらとこちらを見る。
「農業地域まで行けば同じくらい安いかも……」
「遠いよ」
「翠蓮ってさ、現実的だよね」
「雷蔵ちゃんがぱかすか言いすぎなだけだと思うけど」
 遠慮無いな、と雷蔵は心の中でつぶやいた。父ちゃんやママには素直なのに、どうして僕だけこうなんだろうと内心で不満をこぼす。翠蓮はそんな雷蔵の様子に気付くこともなくどんどん進んでいった。
「結局どこに行く?」追いついた雷蔵が聞いた。
「ダイス持ってるよ」翠蓮はにこりと笑った。「ふる?」

 二人のおつかいは、続く。


/*2*/

 一時間後。住宅街の一角を二人組の子供が歩いていた。年の頃は十代前半から半ばと言ったところだろうか。男女の組み合わせで、少女の方はポーチを片手に店を物見している。一方、少年の方はその数メートル後ろをついて行っている物の、荷物の量は段違いである。有り体に言って、少年自身の体積分の半分くらいはありそうなサイズのビニル袋を両手からぶら下げていた。大量の食料品が満載されたその袋はドライアイスを大量にいれたためか冷気を帯びており、表面には水滴がついている。おかげで足下だけはひどく涼しかったが、上半身はすでにぐったりである。
 なんで僕だけ持ってるんだ。両腕がぷるぷる言うのを必死にこらえて、雷蔵は道を歩いていた。ちなみに、荷物運びに関してはダイスを振って決める権利すらなかった。以下、そのときの会話である。
「いっぱい買ったのはいいけど、これ、どっちが持つの?」
「……」にこーと笑う翠蓮。
「えー。僕だけ?」
「私、お金持ってきたよ?」
「う……」
「雷蔵ちゃん男の子だもんね」
「……わかりました」
「うん。雷蔵ちゃん好きよ」
「なんかひどい気がする」
 くそぉう。今思い出してみてもやっぱり何か変な気がする。父さんのことを思い出す。父さんならこう言うと起動しただろうか? ママに荷物を預けられたとして……。普通に持ちそうだなぁ。でもこんないっぱいの荷物でも? ひーひー言いながら持ちそう。
 これが男の宿命という物なのかな、と雷蔵は遠い目をした。
 一方で、道を歩く翠蓮は機嫌が良さそうだ。両手を後ろに回してのんびりと商店を見回している。それから時々こちらを見ると、距離が開きすぎないように立ち止まる。立ち止まるくらいならもてよーという気がした。
「あら?」
 ただ、今回止まったのはそういうわけではなさそうだった。今のうちにと何とか追いついた雷蔵は、道ばたで立ち止まった翠蓮に並んだ。
「どうしたの?」
「うん、ちょっと」
 軽く頷いた翠蓮は、きょろきょろと虚空を見つめている。時々、彼女はこうしてよくわからないことをするのだ。父さん曰く、精霊が見えているとか、なんとか。よくわからないけれどそうらしい。こういうとき、翠蓮の言ったことは大抵重大事だということを経験的に知っていた雷蔵は、黙って横に並んだ。すぐ脇を、買い物客が歩き去っていく。
 ややあって、翠蓮はこちらを向いた。右手に触れて、引っ張るような仕草をする。
「こっちね」
「何があったの?」
「うーん。たぶん、猫だと思う」
「猫ならもういるよ?」
 家には一匹の猫がいる。が、そういうことではないらしい。翠蓮は首を振ると歩き出した。雷蔵ものんびりと――とは行かず、改めて荷物を持ち直して必死について行った。
 大通りから路地に入り、建物の影に覆われた涼しい場所に潜っていく。裏道は表の商店街ほど活気があるわけではない。元々、少々曲がりくねった、細い道の多い場所であり、商店が多いわけではない交通路である。特定の時間体は人通りが多くなるけれど、それだって、表ほどではない。
 ただ、時々道ばたに見える小店舗は、人通りが少ないのもあってか閑静な街中によくなじみ、かえっておしゃれであった。ちなみに、雷蔵は女の子を誘って来るときは大抵こっちの道に来る。なにげに当たりが多いのだ。
 が、翠蓮は当然ながらそれらの店に入るわけではないらしい。二人そろってしばらく歩いていく。そして数分後、翠蓮は再び立ち止まった。電信柱の下である。雷蔵も立ち止まり、足下に目を向けた。
 そこには、「拾ってください」と書かれた段ボール箱に数匹の子猫が入っていた。


/*Interlude -In the house.-*/

 その頃、高原家は久方ぶりの夫婦団欒といった様子である。場所は寝室。アララはベッドの上であり、鋼一郎はその横に椅子を持ってきて座っていた。
 昨日の一件をうけた鋼一郎の「念のため、今日一日はそこにいてください」という発言に、アララはあっさりと頷いた。彼女自身は、最初「別に大丈夫よ」と言っていたけれど、まあ無理しなくてもいいかなという気になったのである。
「大丈夫ですか、アララ」
 鋼一郎は穏やかな口調で言った。アララは微笑み、ええ、と答える。
「ですか」鋼一郎も少し笑う。「えーと、話題がありませんね」
「そう? そういえば、子供達は?」
「二人なら買い物に行ってますよ」
「そう」アララは軽く頷いた。「二人がいないと静かね。結婚したばかりみたい」
「そう言えば、前にもそんな話をしましたね」
 ええ、とアララは頷く。あのときは、仕事に行っている間はどうか、という話だった。あのときはさびしいと言ったし、今度転職して仕事になろうかなとか考えた物だ。無論冗談であるが、本当に、と問い返されたら、少し躊躇うかもしれない。少なくとも、あのときは今よりもずっと一緒にいたいという思いが強かった。
 子供のおかげかな、という気がする。一緒にいたいという思いが薄れたわけではなかったけれど、今は今で、目が回る忙しさだ。二人がいるときは相手をしているだけで時間が過ぎるし、学校に行っている最中は、庭園の手入れが待っている。そうでなくても、朝は早起きをして、お弁当と朝食を用意して、と昔では考えられない忙しさだ。
「正直、子供の相手がこんなに大変だとは思わなかったわ」
「二人とも元気ですからね」
「ええ、本当に」アララはそう言ってじっとこちらを見た。「ただ……」
「ただ?」
 そのままこちらに倒れてくる。慌てて抱えると、頬をすり寄せてきた。
「時々、二人きりで甘えたいわね」
「……」
 ほっとため息をつく鋼一郎。驚かせないでください、と言おうかと思ったが、抱きしめている体の温かさに心のとげがすっかり落とされてしまった。そのまま手を伸ばして頭を撫でてみる。アララは嬉しそうに笑った後キスをした。


/*3*/

 住宅街の一角で二人組の子供が立ち尽くしている。片方は食料品のつまった袋を両手にさげた雷蔵であり、片方はしゃがみ込んで段ボール箱の中の子猫を撫でている翠蓮である。ちなみに、すでに五分ほどこうしている。
 というのも、この猫を連れて帰るかどうかで少々困ったことになっていたからだ。抱えて連れていくこと事態には、さほど問題はない。雷蔵が考えたかぎりでも翠蓮が考えた限りでも、体力的には充分どうにかなると思われた。そして仮に連れて帰ったとしても、あの両親が、連れ帰った猫を戻してきなさいと言うとは考えられなかった。
 問題は二人にではなく、猫の方にある。
 一度は段ボール箱ごと猫を運びだそうとしたのだったが、そのとき、いきなり猫たちが暴れ始めたのだ。翠蓮が慌てて段ボールから手を放せば、猫たちはいきなり落とされたというのに、暴れるのをやめた。
 それから、今度は段ボールごと運ばれるのがいやなのかと思って一匹ずつ抱えてみたけれど、やはり、連れていこうとすると暴れるのだ。
 かといって、このまま放っておくわけにもいかないし……翠蓮が言うには、この中にいる一番小さな一匹が、危ないらしいのだ。
「このままだと、死んじゃうかもしれない」
 そう言ったとき、雷蔵は昨日のことを思い出して泣きそうになるのをぎりぎりでこらえた。死んだらどうなってしまうのだろうとか、残された子猫たちのことを考えて、どうにかしたいと思った。
 けれど、この様子だと連れて帰るわけにもいかなくて。
「困ったね……」
 雷蔵はもう荷物を持っている不満などすっかり忘れていた。否、比較するのも愚かしい。彼の意識は今や眼前の子猫のことだけに集中していた。
 一方で、翠蓮も困っていた。どうにかしてあげたいと思うけれど、このままでは連れていくことも出来ない。死の精霊がかげっている一匹に関しては、やり用はあるのだ。この猫を助けるだけなら、方法はある。けれど――
『翠蓮、ストップ。それ、前にも使ったやつだろう。自分の命をすぐに使うんじゃありません』
 そう言われたことを、思い出す。あの言葉は、簡単に無視してはいけないことだと思う。けれど、それがどういうことかはよくわからない。単に、少し成長が止まるだけなのに。でも……これさえ出来れば……。
「どうすればいいのかな……」雷蔵がつぶやいた。
「え……」
 翠蓮は少し目を大きくした。
 おそらくは無意識の一言だったのだろう。翠蓮も、今までならさして意識することの無かったはずの言葉だった。ただ、今はその一言に愕然とした。
 そうだ。どうすればいいのかなということすら考えられなかった。昨日だって、鋼一郎はいきなりアララが光になったというのに、止まったのは一瞬だけで、すぐに治療を始めた。それも、はじめからそういう力があったわけでもないのに、結局は治してしまったのだ。
 命を使ってはいけない――というのはわからないけれど、やり方は他にもあるのだ。何も、それだけにこだわる必要はない。
 ちょっと莫迦だったかも。翠蓮は反省しつつ、ちょっと雷蔵を見直しながら口を開いた。
「どうすればいいと思う?」
「うーん。父さんを呼んでくれば何かしてくれるかも」雷蔵が眉根を寄せながら言う。
「でも、パパは家よ? あ、そうか」
「何?」
「パパでなくてもいいのかも」
「あ。え、でも誰か知ってるの?」
「ううん。だからね、聞いてみよう? 外にはいっぱい人がいるんだし」
「そっか」雷蔵は頷いた。「そうだね」
「うん」翠蓮は微笑んだ。


/*Interlude -Tommorow's man.-*/

 その日、片手に大きな袋をぶら下げて裏道を歩いていたのはアシタスナオ氏であった。ちなみに、その手に提げている袋の中身はチョコレートケーキである。何の因果か、商店街が主催する福引きに大当たりして、地元でも有名なケーキ店の試作品(賞味期限は二日後まで)を贈呈されたのだ。ちなみに、ホール。
 これ絶対バレンタインデーの売れ残りだろうとぶつぶつつぶやいているが、その予想は微妙に外れである。これはホワイトデー用の試作品であった。まあ、たとえそれを知ったところでどうというわけでもなく。ホワイトデーにソートに送ろうかと考えたけれど、それまでもつはずもないので、やはり食べるしかない。
 一人で?
「喧嘩売ってんのかあの福引き」
 もしくは自分の福引き運。まあせっかくもらったのだから食べるとして、だ。えーと。高原でも呼んでくわせるか? いや、いかん。あいつは結婚している。すなわち敵だ。敵なのだ。ああ、この世は悲しみに満ちている。あ、しかしなんだ、今度誕生日を祝うとかなんとか言ってなかったっけ。
 何故か一人で戦意を高めているアシタスナオであったが、道を歩いていると、ふと、それに気付いた。
 何か呼びかけしているらしい、二人の子供がいる。しかも微妙に見覚えがある。
「あれは……高原んところの」
 何してるんだ。しかも雷蔵の方は大荷物抱えて。あれ重いだろうに。俺だって持つの嫌だぞ……などと考えつつ、近づいていく。すると当然向こうも気付くわけで、アシタが片手をあげると、二人は同時につぶやいた。
「あ、綺麗な人だ」
「ギギギッ……高原め。なんて覚えさせ方してやがるんだ。ちなみに言っておくがそれは玄霧藩国の陰謀だ!」
「そんなことはどうでもよくて」いいながら翠蓮が近づいてくる。「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」
「え? 何?」
 あれこれしかじかと説明されること五秒。要するに猫がそこに居座っていると言うわけである。
「そりゃあ、現物見ないことにはなぁ」
 連れて行かれた。反論すら出来ないままにアシタは裏道に連れて行かれてぼこぼこに、じゃない、猫がいかにその場に居座っているかを実演させられた。
「わかった。よーくわかった」
 そう言う彼の両腕は暴れる猫の爪に刻まれて真っ赤になっていた。
「じゃあこれに関してはおじさんがどうにかする。だから二人はとりあえず帰れ」アシタはのんびりといった。今度メイド学校の方に連れていこう。確か定期的に猫の里親捜しとかやっていたよな、と思い出す。「ところでなんだ、重くないか、それ」
「そうなんだよ」荷物を持ったまま肩を落とす雷蔵。
「あー」その反応でアシタは全てを察した。「がんばれ。男の定めだ」
「やっぱりそうなんだ……」
「絶望するな。強く生きろ」
「うん……」
「そうか……あ、そうだ」アシタは翠蓮を見た。「これ持ってけ」
「何?」小首をかしげる翠蓮。
「帰ってからのお楽しみ。というか俺じゃ喰いきれない」
「食べ物?」
「ケーキ」
「ありがとう」ふわりと微笑む翠蓮。
 やっぱ女の子はいいよなーと思いながら、アシタはケーキを渡す。それを両手でうけとると、翠蓮はぺこりと頭を下げた。それから二人は改めて礼を言うと、歩き出していく。
 二人の背中が見えなくなってしばらく。さて、どーしたもんかとアシタは首をひねった。
「このまま居座らせるのもあれかと思って帰したけれど……さて、どうしたもんか」
 見栄だけだったらしい。
 これより一時間、アシタスナオは、子猫の移動に奮戦し、両腕の傷をさらに濃くすることになる。そしてちょうど食料探しから戻ってきた子猫たちの母猫に子猫攫いと勘違いされて襲われるのであった。
 アシタスナオと母猫の和解には、これよりさらに二時間の時間を費やすこととなる。

 後日、高原家に謎の治療費用請求書が送られ、夫婦そろって首をかしげたのは言うまでもない。


/*5*/

 そんなことはつゆ知らず、高原夫妻は帰ってきた子供達を迎えて、その日の食事を始めることになる。食事を作ったのは鋼一郎であり、その間、アララは雷蔵と翠蓮の話す今日一日の出来事に耳を傾けている。雷蔵と翠蓮の話は尽きることなく続き、食事が終わった後も、今度は鋼一郎も含めて話をすることになる。
 猫のアントニオだけが、退屈そうに丸くなって寝ていた。

 和やかな団欒の時間。
 平和な一日の風景を最後に、この話は、ひとまず、終わり。



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最終更新:2008年03月11日 22:56