/*三歩進むために二歩下がる <Make some sence>*/


 一度首を突っ込んだからにはとことん付き合います


/*1*/

 深浦まゆみは頭を抱えている。理由は、目の前の机に広げられたテストの答案だった。もちろん、良い数字はどこにもない。良い数字があれば頭を抱えたりしない。
 きっかけは、先週末のテストだった。何のつもりか、教官が突然テストをとやると言い出してきたのだ。悲鳴を上げたのはまゆみだけではなかった。教官は、そんな皆の様子を見て実に楽しそうに笑うと、問答無用でテストを開始した。
「成績には入らなんから気軽になー。単なる実力調査だ」
 そう言われたのは、主要五科目全てのテストを受け終え、一部が放心し、一部が平然として、一部で混沌が発生しつつあった頃である。その話を聞いてクラス一同はそろって歓喜の悲鳴と呪いの言葉を吐いたが、まゆみはとても歓声を上げられる状態ではなかった。
 テストの感触が、その、誤魔化しようがないからはっきり言うけれど、最悪だったからである。
「私ってだめだー」
 そして予想通りどうしようもないほどに最悪だった答案を前に、まゆみはがっくりとうなだれた。

 そして翌日。小笠原の学校、休日の教室である。え、何故休日か? 理由は簡単。成績逆優秀者に対する特別講義のため、教官がわざわざ教室を用意したのである。
「特別講義ってー……とほほー」
 せっかく藩王様に一緒に小笠原行こーと誘われていたのに。誘われていたのに。よりにもよって、特別講義。
 なんでこう、短距離走とか、走り幅跳びとか、そういうテストはないんだろう。そういうのだったらいくらでもどうにかなるのに、と心底思う。自慢じゃないけれど、短距離走なら大の得意だ。そこいらの幻獣にも負ける気がしない。
 でも、もう文句を言っていても仕方がない。窓の外に見える青い空、広い校庭をいいなと思いつつ、まゆみは机に広げた教官おすすめの参考資料集とにらめっこする。参考書は、何故か、小学一年生の者から高校三年生の物まであった。
 とりあえず。まゆみは中学生らしい勉強をする事にした。真っ先に引き当てたのがよりにもよって数学だったのは、これ、いっそ呪われてるんじゃなかろうかと思う。
「とほほー」
 がっくり肩を落としつつ、勉強開始。
 一日は、長い。


/*2*/

 五分後。まゆみは打ち上げられた鯨のごとく机の上に突っ伏して死んでいた。
 駄目だった。撃沈だった。文句なしのTKOだった。
 背中から機関砲喰らってもここまで木っ端微塵にはならないんじゃなかろうかとまゆみは思った。泣けてくる。
「しかも、教官にまで見捨てられるし……」
 先ほど様子を見に来た教官は、勉強のできを聞いて、その後何も言わずに立ち去った。もうその時点で初めてまゆみは絶望という言葉の意味を知った気がする。底なしの穴に埋まりたい。埋めてもらいたい。


 一方その頃。紅葉ルウシィはいつも通り寄ってきた男共を蹴散らして一息ついたところだった。金のリンゴの魔力は未だ衰える様子はない。ついでに言えば、ルウシィの戦闘並びに危機対処能力は引き上げられる一方だ。
 ただ、そのせいか、運はがた落ちである。リンゴに吸い取られてるんじゃないかというのが世間一般の見解である。世界というのは、これ、実に帳尻あわせが上手い。
 余談だが。これから三日後、彼女の運の悪さは一つの極値を迎え、ついでに言えばその危機対処能力が遺憾なく発揮されることになる。
 それはともかく。今日のルウシィは暇だった。何しろ少し前に約束を取り付けたまゆみとの小笠原観光が、彼女の急な予定(理由は聞かされていない)でキャンセルになったからである。
 さて。一通りの日課も終わったことだし。昼寝でもしようかしらーと朝から駄目駄目な事を考えていると、ぶっ飛ばされた男達をさらに追い打ちをかける=殴り倒すことで治療するアルバート・ヴィンセント・ログマンがやってきた。黒電話を持っている。
「お嬢様、小笠原の学校の教官からお電話にございます」
「うーん。切っていいわよ」
 まてや。
「お嬢様」
 完璧な口調で呼ばれる。ルウシィは少し考えたあと、昼寝の時間は倍にしようと決めて電話を取った。
 それをきっかけに。三日間、彼女は昼寝をしなくなる。


 そして、深浦まゆみが頭を抱えていると、ふいに教室のドアが開いた。先生が戻ってきたのかと思ったら、そこから入ってきたのは見慣れた細目の女性――紅葉ルウシィであった。
「あら、何を悩んでるの?」
 いつものぽやんとした笑顔で聞いてくるルウシィにちょっと癒されたりしつつも、まゆみはがっくりと肩を落とした。これは、あれか? もう手がつけられないからっていうんで、保護者面談とか、そういう話なんだろうか……。
「藩王までよばれてしまった。もうだめだ……」
 しかもよりにもよって藩王。約束すっぽかしただけでなく、保護者面談なんて。
 謝らないと。謝るしかない。そんな思いが、まゆみの中でふくらんで、はじけた。
「成績、よくないんです……」
「あらら」
「本格全開ごめんなさい」
 ぐっと頭を下げる。するとルウシィは相変わらずの笑顔で、言った。
「いいのよ、成績なんて。実際に必要な知識は必要になれば身に付くわ」
「とほほー」
 必要なときに身についていなかった身としては痛い。
 って、それより。
「藩王って、成績良かったんですか?」
 意外である。まゆみは知らず、見開いた目でルウシィを見つめていた。
「まあ、それなりに」ルウシィはのんびりと頷く。「得意な科目と苦手な科目の落差は激しかったけれど」
 なんてこった。驚きにしばし硬直する。
「うそみたい」
「あ、やっぱり言うと思った。みんな私のことを何だと思ってるのよー」
「えー。だってどうみても……」
 お祭りでも、ほら。思い出してみればあれだ。お賽銭に一億放り込もうとしてたり。ギャンブルにはまってたり。不用意に金のリンゴをつけたりして二百人切りとかしてたし。そういうのを思い出す限り――。
「バカの親玉」
「ぐふっ」胸を押さえてうなだれるルウシィ。「バカだけならまだしも親玉とは……」
「えー」
「確かに無茶はやったけどーやったけどもー」
 ルウシィも思い出したらしい。祭りで二百人切りしたり。敵に追いかけられたり。そんな過去の悪行(?)の数々を。
「だって。どうしてなんでしょうね?」
 まゆみはそう言ったあと、でもまあ何となくこの人らしいなぁと思って頷いた。なんだかんだでギャンブルに勝っていたり。輪投げでもあっさりいれて商品のライタをもらっていたり。肝心なところではあたる人なのだ、彼女は。
「そうかあ」
「納得されても困るのだけれど」
 一体何を想像したんだろうと思うルウシィ。
「でも藩王、見た目は大事ですよ。私はいつもお菓子の袋で買うんです」
「あー私もパッケージで買ったりするわねぇ」言いつつ疑問を覚えたらしい。ルウシィは首をかしげる。「ってそういう問題?」
 まゆみはこくこくと首を振った。


/*3*/

 それから。
 実は保護者面談じゃないとか、いろいろ話があって、結局まゆみの勉強の面倒はルウシィが見てくれることになった。なんというか、なんと言えばいいんだろう。まゆみは内心で首をかしげる。とりあえずわかったのは、教官の職務放棄という一点だけた。
「ところでまゆみってどんな勉強してるの?」
「……中学生らしい勉強です……陸上とか」
 言ってから、テストの結果を思い出す。へこむまゆみ。
「すみません……」
「謝る事はないわよ」
 軽く笑って、少し話す。短距離走が得意とか、運動が好きとか。そういう事を話しているうちに、少しだけ元気が出てきた。やっぱりルウシィは良い人だなーと思う。
「私も手伝うわ、中学校の勉強は昔やったし」
 半分以上風化してるけど、という言葉は飲み込んだルウシィである。
 その後、二人の勉強が始まる。ルウシィ曰く、まゆみは基本的なところができてないということだった。わからない上にわからないで、さらにわからない。ある意味では、できない子が陥る状況の典型であった。
「問題が分からないときは分からなくなった段階まで戻るのがコツよ」
 ぐっ、と言葉に詰まるまゆみ。それから視線を泳がせると、隣の机に置いてある小学生向きとかの教科書が目に入った。慌てて首を振ってルウシィを見るまゆみ。泣きそうな顔だった。
「小学生まで戻ったらどうしよう……」
 ちょっとどころではなく絶望的である。
「中学校の勉強の復習で小学校まで戻ることもあるわ」
 でもルウシィはなんてこと無いように言った。事実、大学まで行って中学の英語を習ったりしている学生も最近はいると聞く。
「盛大とほほー」まゆみは再びうなだれた。「今日本で一番とほほが多い女の子ですよね私」
「今とほほが多くても明日1個減ってればいつかとほほじゃなくなるわ」ルウシィはにこりと笑う。「手伝うからがんばりましょう」
 そうして初めて、五分後。
 まゆみ、小学校2年まで戻った。
「まさかここまでバカとは」
 まゆみは死んだ。机に突っ伏して、絶望する。本格的に涙が出てきた。
「何年掛かるんだろう……」
 ルウシィは苦笑いした。手を伸ばして、背中をさすってやる。
「あらら、泣かないで私も手伝うから。……一緒にがんばればすぐに中学校まで戻れるわ。なんたって私は一度卒業してるし」
「はい……」
 うなずくまゆみであったが、ルウシィの常識で言えば、中学は義務教育であるから、普通は卒業しているはずなのである。能力は、あまり、関係なかったりする。

 それはさておき。
 こうして、勉強会は始まったのだった。






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最終更新:2007年11月27日 20:28