No.129 船橋さんからの依頼
この日のために。(小笠原ゲーム『はじめてのお祭り』より) ―船橋さんに捧ぐ―
柱空歌は、お祭にきたことがなかった。
どこを向いても、人、人、人。
想像していたのよりも人が多くて、ちょっと驚いていた。
今日は、船橋が誘ってくれたからここに来たのだけれど、お祭といえば浴衣だから、と思ってちょっとがんばって着て来てみた。
「そろそろお祭りシーズンもおわりだねー」
無事に船橋と合流できて、歩き出すと、やっぱり人が多くてちょっと歩きにくかった。
でも、まだ18時半を回ったところだって言うのに、辺りが暗い。
もうすぐ、冬が来るんだなぁ。
「そうだなぁ…にしても、よく似合ってるね、その浴衣」
そう言われて、柱はびっくりした。
会った時には何も言われなかったのに、このタイミングで言ってくるなんてちょっと反則だ。
顔は赤くなってないだろうか。
「あ、うん……」
なんだかすごく恥ずかしくなって、ろくに返事もできない。
口の中でもごもごと言葉にならない言葉をつむぐばかりで、それではやはり船橋には届かなかった。
「え、何? よく聞こえなかったんだけど」
「なんでもない」
ようやく照れがおさまって、内心胸をなでおろす。
「そっか。んじゃ、そろそろ出店見てまわろうか。」
船橋もそれ以上は追求しないでくれて、またちょっとほっとした。
だって、どう言えばいいかなんてわからない。
「夕飯時だし、何か食べようか?」
「うん」
たしかに、お腹はすいていたので頷いた。
船橋はきょろきょろと出店を見ていたかとおもうと、不意に振り返って柱にたずねる。
「何か食べたいものある?」
柱も、船橋と一緒になって出店をみていたものの、やきそば、ギョウザ、もんじゃ、おでん、トウモロコシ…あまりに数の多い屋台の、どれひとつとして食べたことがなかった。
「えっと、食べ方どれもわかんない」
こんなところで何か物を食べたことがなければ、食べ方も知らない。
そう告げると、船橋はちょっとだけ驚いたようだったが、すぐに笑顔になってこう言った。
「そうか。じゃあおでん食べよう。あれは美味しいし、身体もあったまるからね」
「うん」
提案してくれたのでそれに同意して、歩き出した船橋の袖をそっと指ではさんでついていった。
それに気づいて、ちょっと速度をゆるめてくれたのが嬉しかった。
「おでん二つください」
船橋が注文している隣で、柱はうわぁ、とびっくりした。
おでんの中に小さなタコが丸ごと入っている。
こんなの、本当にどう食べればいいんだろう。
串にささってるけれど、一口ではとても食べられそうな大きさではなかった。
ちょっと困っていると、船橋は食べ方がわからないんだっけ、と言って見本を見せてくれようとした。
けど。
「無理だよ」
「む? なんで?」
だって。
「口、大きくない」
一口でなんて食べられない。
「おはし、ないかな」
せめておはしがあれば、食べられるかもしれない。
そう思って、船橋に言ってみると、彼はすぐにお箸と入れ物をもらってきてくれた。
「ありがと」
お礼を言って、受け取る。
優しい人だなぁと思う。
さて、せっかくお箸と入れ物をとってきてもらったんだし、がんばってみようと柱はおでんに挑みかかった。
とりあえず、その存在感を思いっきり主張している、こんにゃく。
それが最初の相手だ。
だがしかし。
相手はかなり手強かった。
お箸できろうとしてもうまくいかない。
悪戦苦闘していると、見かねて船橋が声をかけてきた。
「えと、こんにゃくは後回しでいいんじゃね?」
「でも、おはしつけちゃったし」
一度箸をつけたものは、きちんと食べるのがマナーだ。
「じゃあ入れ物近づけてかぶり付くといいよ」
「だ、ダメだよ……」
犬食いは、もっとマナー違反の気がする。
「んー。そういうの慣れてないか」
船橋はそう言ってくれたが、みんなはもっとなんていうか。
「いやらしいって皆言うから」
「いやいや、俺は言わねーって。だから気にせず食べよう」
と言われても、気にしないで食べることが柱には難しかった。
そして、一度そういうことを気にし始めると、今度はこうして立ったまま食べていることすら気になってくる。
「立ってないと、だめ?」
上目遣いに聞くと、船橋は急いであたりを探してくれた。
けれど、近くのベンチは全部埋まっていて、ちょっと離れたところまで行かないと、座れそうにはなかった。
「あ、そうだ。俺が箸持って食べさせるっつー方法もあるけど」
「い、いいよ」
「そうか。じゃあ、まずどこか座れるところ探そう」
そんな冗談にまぎれさせながらも、ちゃんとベンチを探してくれる船橋は本当に優しい人だなぁと思う。
結局、ベンチは空いてなくて神社の境内までふらふらとやってきてしまった。
本殿のお賽銭箱の隣に、並んで腰掛ける。
柱はなんだか落ち着かなくて、きょろきょろとあたりを見回した。
ここは、座ってもいいところなんだろうか。
「人いないみたいだし、ここならかぶりついて食べても大丈夫だろ」
しかし、船橋は全く気にしていないようで、そんなことを言うと柱におでんをさしだした。
「お、音とかするから」
「じゃ、食べさせてあげようか」
困って首を振ると、間髪いれずにそんな答えが返ってきた。
自分じゃ食べられそうもないし、食べさせてもらった方がいいのかも。
柱はちょっとだけうなずいてみた。
「はい、あーんしてー」
船橋がこんにゃくを箸でつまんで口元までもってきてくれた。
けれど、大きすぎて一口で食べられそうもない。
「お、おっきいよ……」
もじもじとそういうと、船橋は怒りもせずにちょっと笑いながら、こんにゃくを箸できってくれた。
「よーし。これでどうよ?」
ここまでしてもらって、実はこんにゃくが苦手だとはさすがに言い出せなかった。
「はい、あーん」
言われるままに目を閉じて、口を開けた。
口の中にころりとこんにゃくが入ってくる。
はむはむごっくん。
「あったかいね」
「だしの味が染みてて美味しいだろ?」
こんにゃくはあんまり味がしない気がする。
ちょっと苦手だから、なおそう思うのかもしれない。
「良くわからない……けど、うん」
とりあえず、次はたまごを口に入れてみた。
これはおいしいな。
もぐもぐ。
「大根がオススメだよ」
船橋がにこっと笑って、器の中の大根を指さした。
「おでんは卵と大根が特に人気あるんだよね」
すすめられるまま、箸で小さくきった大根を口に入れてみる。
ぱく。
かみ締めると、いい出汁の出ているつゆがじゅわりと口の中に広がった。
「あ……」
思わず、口を押さえる。
「おいしい」
船橋がすすめるのもよくわかる。
こんなにおいしいとはおもわなかった。
「そりゃあよかった。全部食べたこと無いみたいだったんでちょっと心配だったんだけど」
「うん。あの、あのね」
なんだか嬉しくなって、船橋の袖をひいた。
そのままちょっと顔を赤くする。
「お祭りもはじめて」
「ええー!?そ、そうだったのか。」
それを聞いた、船橋があまりにも驚いたので、柱はちょっと恥ずかしくなった。
「い、いこうとは思ってたんだよ。ほんとよ」
別に慌てるようなことじゃないのに、必死で弁明してしまう。
「でも、恥ずかしいし」
とちょっと俯くと、船橋から優しげな声が返ってきた。
「別に恥かしがるようなことじゃないと思うけど、まあ呼んでよかったよ」
それが本当に心からの言葉のように聞こえて、柱は幸せな気分になった。
うん、と頷いて顔を上げる。
「ありがとう……嬉しかった」
頬が熱いけれど、ちょっとだけがんばってそういうと、船橋は笑みを浮かべながらこう言ってくれた。
「いやいや、どういたしまして。俺も一緒に祭りに来れて楽しかったよ」
今度こそまともに顔が見られなくて、視線を下に降ろしてうん、と頷いた。
今絶対顔が赤い。
どうしよう。
でも、嬉しい。
お祭に行きたくてもずっと来られなかったのは、今日の日のためだったのかも、なんてそんなことを思った。
END
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最終更新:2007年11月25日 18:45