結城杏@世界忍者国様 様からのご依頼品



小笠原の海辺。
競り上がる潜水艦。
今、久々の母と子の再会がはたされようとしていた。

甲板に仁王立ちするエリザベスを見つめながら、マイトは複雑な気持ちを抱いていた。
親子の再会を暖かく見守りたい、とは思う。
しかしほんの数時間前まで続けられていたある騒動のことを思い出すと、凄まじく悲しい気持ちになってくる。
あまりの悲しみに涙が滲んできた。
「あのね、親ってやっぱり、すごい子供にいい格好しようと」
彼女の努力はまさに賞賛に値する、といえた。
それは今から一週間ほど前の話になる。


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――――艦内、一階エレベータ前――――

その時、マイトは三階のトレーニングルームへ向かう途中だった。
いつもの日課であるところの

腹筋×2000
背筋×2000
腕立て伏せ×2000

をこなしてから今日は赤鮭に稽古をつけてもらうのもいいなぁとか考えていた。
やたらムチャクチャやってる気がするが、まぁ主人公を名乗るならこれくらいやるだろう。多分。

さて、そんな我らが主人公がゆく先に一人の男が立っていた。
ゆるりと羽織った着流しと、なまめかしい黒のアイパッチ。そして長く垂らした金髪とくればもうおわかりだろう。
本物のフリークス(変態さん)と呼ばれるあの男。 レッドサーモン北海道である。
挨拶をしようと近づいていったマイトだったが、よく見るとどうも様子がおかしい。
なぜか通路の真ん中で突っ立ったまま動こうとしない。
頬はこけ、顔からはすっかり血の気が失せて土気色に変わっていた。
しかも微妙にけいれんしているように見える。
視線も宙を彷徨っており、意識を保っているかどうかもあやしい。
ついに限界に達したのか、ぐらりと身体を倒しはじめる。
「わ、あぶない!」
間一髪、背を抱きとめた。
衝撃で目が覚めたのか、苦しそうにうめいて赤鮭が目をあけた。
「よかった!気がついたんですね。大丈夫ですか?」
だが、赤鮭は返事をすることもなく腹を押さえて苦しみだした。
最後の力を振り絞るようにして、手を伸ばす。
その先にあるのはマイトの心配そうな顔だけだった。

「マ イト  ニゲ ロ」

それだけを言い残して、彼は息絶えた。
彼が男ばかりの天国へと逝ったのか、はたまた女ばかりの地獄へと落ちたのかはさだかではない。

「一体、何があったんだ?」
赤鮭は変態ではあったが、戦闘のセンスについてはかなりのものがある。
いくつもの修羅場をくぐり抜けてきただけあって、並大抵のことでは動揺しないだけの度胸も、実力もあった。
そんな漢の中の漢である赤鮭をこれほどまでに疲弊させた出来事とは一体なにか。
マイトには想像もつかなかった。

よく見ると、赤鮭の唇が真っ赤に腫れ上がっている。
その姿はまさにたらこ。
二本の明太子そのものであった。
ますます謎が深まり、首をひねるマイト。

この時、マイトは気づくべきだった。そして、逃げるべきだったのだ。
人生はつねにワンチャンス。
彼はそのチャンスを逃した。

「おや、マイトじゃないか」
赤鮭の死因(?)について考えを巡らせていたマイトに声をかけたのは、軍服を身に着けた恰幅のいい女性。
夜明けの船艦長、エリザベス・アリティその人であった。
「こんにちは、エリザベス。ちょうどいい、赤鮭を医務室に運びたいんだ。手伝ってくれないかな」
エリザベスは胸のあたりで腕を組み、倒れたままの赤鮭をのぞき込んでいる。
「なんだい、だらしないねぇ。いきなり泣きながら逃げ出したと思ったらこんなところまで来ていたのかい」
「に、逃げ出した?」
どうやらエリザベスは少し前まで赤鮭と一緒にいたようだ。
「アキもヤガミも潰れちまったし、イカナは赤いのは飽きたからってつき合ってくれないし、どうしたもんかねぇ」
困ったねぇとつぶやきながらため息をひとつ。
と、そこで互いに目があった。
「そうか、まだマイトがいたね。よし、ちょっと食堂までつきあいな」
「え、でも赤鮭の介抱をしないと」
「ほっぽっといても死にゃしないよ。そんなことより急いだ急いだ!」
「うわ、ちょっと、引っ張らないでってば!」
後ろ襟を掴まれ、強引に引きずられてゆく。


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――――艦内、食堂――――

机の上に置かれたのは、みるも鮮やかな赤一色のスープだった。

「極上☆宇宙ハバネロ入りトムヤンクン エスニック風 になります」
銀の盆を抱きながら、笑顔でそう告げたのはBLだ。まったく邪気のない顔をしている。
何その殺人料理、と言いかけたがすんでのところで思いとどまる。
幸運にもマイトは武人であった。彼はこの限界まで追い込まれた状況の中にあってなお、自身の肉体を己が心の制御下におくことができた。
部屋の隅には艦内の男達が折り重なるようにして人の山を築いている。
見える範囲だけでハリー、MPK、サウドの姿が確認できる。まったく動く気配がない。
まさに死屍累々。兵どもが夢の跡であった。
背中に冷たい汗が流れる。
一刻もはやく、ここから脱出しなくてはならない。
マイトは自身の命が今、危険にさらされていることをようやく認識した。
「えーと、これはBLが作ったの?」
引きつった笑顔を浮かべたマイトは、時間稼ぎにそう尋ねた。なんとかこの激辛スープを食べずにすむ方法はないものか、と必死で考える。
「はい。エリザベス艦長に頼まれました」
愛想笑いはそのままに、目だけを隣へ向ける。
そこには全力でスープをむさぼり喰うエリザベスの姿があった。
全力の、全開であった。
その形相はまさに修羅。
この世に降臨した羅刹そのもの。
「そ、そう。ところでこのスープとっても辛そうだよね。エリザベスはこういうのが好みなのかな」
「それは……」
BLの答えをさえぎるように『ドンッ』と音をたてて置かれたのは、エリザベスが掻き込んでいたスープの皿だった。中身はすでにからっぽだ。
「そいつは、アタシから説明しておこう」
やたらとドスの効いた声で、エリザベスがそう言った。よく見れば目が据わっている。さしもの女艦長も殺人スープが相手ではかなり苦戦したらしい。唇は真っ赤に腫れ上がり、額から汗が滝のように流れている。
BLはカラになったスープの皿をさりげない動作でトレイに乗せ、調理室へと静かに去っていった。二杯目を持ってくるつもりなのだろう。
もはや逃げ場はない。おとなしく話を聞くことにする。
「一週間後、アーシュラが嫁を連れてくる。それまでに体重を今の半分に落とす」
聞けばさきほどの食事療法(?)のみならず、運動、サウナ、薬物使用など古今東西のあらゆるダイエット法を仕事そっちのけで続けているらしかった。
どうやらくだんのアーシュラとその嫁にイイ格好したいらしい。

まずい。
マイトはそう思った。

エリザベスがダイエットを続けることに問題はない。
普通の人間なら体を壊して医務室送りだが、彼女の場合、普通というカテゴリにはあてはまらない。
あと一週間、このまま無理を続けても彼女は耐えきるだろう。愛する息子のため、ただそれだけのために。
女はつよし。されど、母はもっとつよしなのだ。

まずいのは、もっと別のことだ。
繰り返すが、エリザベスがダイエットをすること自体にはなんら問題はない。
なぜ、今ここにマイトが連れてこられたのか。
そこが問題だった。

「えぇと、僕あんまりお腹空いてないし、そろそろ行くね。じゃ」
「まちな」
意を決して席を立とうとしたマイトだが、その腕はしっかりとつかまれ手首をねじりあげられる。

「このだだっ広い食堂に一人ってのも寂しいじゃないか。メシぐらい付き合いな」
短い沈黙。
無駄と知りつつも、それを破ったのはマイトだった。
「き、急に用事を思い出し「いいから食えーーーー!!!」
ついにしびれを切らしたエリザベスが立ち上がり、マイトの顎をつかんでスープを強引に流し込む。
「モガーーーー!!!」

ポーン

食堂で マイト が 倒  れ   ま   し   た

のちに『エリザベス、ダイエットでちょっと頭がイッちゃった事件』と呼称される一連の騒動、その始まりであった。

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最終更新:2007年11月23日 20:37