SW-M@ビギナーズ王国様からのご依頼品


 正直を言えば、よくわからない人だと思った。
 何がしたいのか、どうしてそうなのか。話せばいつも結果ばかりで、でもそれでは意味はわからない。ほら、答えは2だよと言われても、そうなる式が1+1なのか、3-1なのか、それともかけ算か、割り算か、そんなのわからないだろう?
 つまり、そういうこと。
 だからとりあえず、一番妥当な答えを出す。思えば難しい事じゃない。その答えは、実にわかりやすくて、たいていの不条理に通用する万能みたいな答えだったから。
 だから思う。彼女は僕のことを嫌いなのだと。


 /*そのコーヒーはシュガーレス <Strike someone as tragicomical>*/


 屋上に到る階段を登っている途中、SW-Mの姿を見つけてきびすを返してしまったのは、苦手意識があったからだった。きっと話を聞いてと言われなかったら、振り返ることもなかっただろう。何しろ、どうやって話したらいいのかよくわからなかったから。
「ええと、色々と悪いことしたみたいだから、まずは謝る。ゴメン」
 だからそうと言われたとき、普通に返していい物かどうか、ちょっとだけ悩んだ。もっとも、そんなちょっとの悩みなんて気付かなかったと思うけれど。
「SW-Mさんは悪くないよ」
 それだけ言って、ちょっと言葉が足りないかなと思い、もう一つ付け加える。
「気にしないで」
 ただ、やっぱりそれでは納得しなかったらしい。彼女はなおも言いつのった。
「いや、ここだけは間違いなく悪いのは私だよ。マイトのことなんつーか、拒絶してたみたいでさ」あははと苦笑いを浮かべながら彼女は言う。「だから、まぁ、いきなり殴りかかったりしたりして、暴走しちゃってさ。本当に悪かった」
「本気じゃなかったから。大丈夫。僕を見て、イライラする気も、少しは分るから」
 それは本心だ。実際、そういうことを口にして言われたこともあった。何度も言われるうちに、その理由も少しだけわかった。ようするに、性格の問題なのだ。自分はあまり良い人ではないのだろう、とマイトは思う。
 だが、それでも、自分が理由で誰かが不快な思いをするのは、こちらの本意ではない。だからマイトは冷静に答えを述べた。
「ごめんね。もう、近よりもしないから」
 でも、うまく行かない。SW-Mはああもうと言って天を仰ぐと、少し呆れた感じで言った。
「だー、だから何でそうなるかなー」
 ――その態度が、ちょっと腹に立つ。何だというのだ? これでも何か足りないのか? 嫌っているのだから、離れていってもらうのは好都合じゃないか。それでなんでそんな態度になる?
 ああいや、落ち着こう。マイトはそっと息を調える。SW-Mとの話を続けながら、屋上に上がった。
 空を見上げる。空の色は複雑だが、それでも、彼女ほどわかりにくくはない。
「私はね、嫌いだったら殴りかかりもしないんだよ。大抵無視するだけ」
「そうすればいい」
「で、殴りかかったのは、こう友情の証みたいなもんかな?」
 なんだそれは! 瞬間的に頭が熱くなる。それを誤魔化すように、苦笑した。
 まったく、妙な言い分だ。腹が立って、嫌いになったから殴ったんじゃないのか? ああでもそれでは本気で殴らなかった理由がわからない。ああ、わからない。わからない。なんなんだ一体。
「誰かに、脅されているの?」
 とりあえず経験上一番それらしい物を言ってみる。でもやっぱり違うらしい。彼女は不満そうにため息をつく。
「だーかーら、呼び出してる時点で無視してないでしょう? 嫌いじゃないってことだよ」
 じゃあなんでそういう言い方をする。こういう態度になる。全く意味不明だ。
 今度こそ、完全に嫌になった。マイトはため息をついて口を開く。
「言いたいことが分らないよ」
 そう言うと、SW-Mは一瞬口を閉ざした後、相変わらずの口調で言った。
「私はマイトが嫌いじゃないってことだよ。まず言いたかったのはそれだけ」
 あれ、とマイトは片方の眉をあげた。嫌いじゃない? どういう事だ。嫌いでもないのに、こういう態度を取っている?
「分かった」
 とりあえず、嫌いでないと思っていることは。
「じゃあ、もう近寄らないーとか言わない?」
 勝手な言い分だ。微笑を浮かべて、小首をかしげる。
「さあ」
「んー、まぁ言わなさそうだし、今日のところはこれでいいや」
「本当に自分勝手だなあ……」
「最低限そこだけは通したかったからね。仲良くなりたい人間に誤解だけで近寄らないなんて言われたくないの」
 誤解? 誤解だって?
 一体何が? どれが?
 だいたいだ。どういう形にしろ――
「結果は同じだよ」
「む、そりゃそうだけど、前のあの別れ方だけは嫌なんだ」SW-Mは相変わらず不満そうに続ける。「これも自分勝手、かね?」
「そうだね。相手に同意なく、話を進めるのは、それが正義に立脚してない限りは全部自分勝手だと思うけど」
 でも、まあ、それはそれ、これはこれ。とりあえず、何が言いたいのかはよくわからないけれど、答えだけはわかった。
「まあ、でも、それで気が済んだのならよかった。僕も悪いことをしていたと思ったから」
 それは本当だ。いや、それはと断りをつけるまでもなく、僕は嘘は言ってない。彼女だって、誤解する余地は無いだろう。
 ――そこに、かすかに違和感を感じる。
 でもそれが何か考えつく前に彼女は再び口を開いていた。
「んーと、そうだ。昼休みなんだしさ、弁当食べない?」
 だから、なんでそうなる? ああいや、よくわからない。そもそも何なんだ彼女は。つまり、どういう事なんだ? 何もかも矛盾している気がする。
「遠慮しておくよ。ありがとう。今は、いろいろなものでおなかが一杯なんだ」マイトはゆっくりと言った。「SW-Mさんも、元気で」
「っと、あ」
 立ち去ろうとすると、彼女は口をまごつかせる。
「待った。弁当じゃなくてさ、お菓子作ってきたから、それだけは渡したいんだけど、ダメ?」
 ああもう。どこまで自分勝手なんだ。
 ――珍しく、反射的にそう思っていた。今にして思えば、ああ、そう、あのときは自分は腹を立てていたんだ。めずらしく。
 だって、何を言っているのか訳がわからない。なのにこっちの言葉には訳のわからない態度を振る舞うばかり。一体何だというんだ。言いたいことがあるのなら、きちんと説明すればいい。そういう態度を取ればいい。彼女の『言動』はよくわからない。
「大丈夫です。僕は、あまりあまいもの、食べませんから」
 そう言いつつ――そこでようやく、一つ、思いついた。
 そう、言動がわからないのだ。
 ――つまるところ、そこが二人のズレなのだ。
 ならそこ、確認すればいい。
 マイトは無言で手を伸ばす。彼女の髪に触れた。柔らかな髪。しかし気がかりなのはその感触でも、ましてや枝毛があるかどうかなんてことでもない。
 彼女の表情を観察する。こわばったり、警戒するようなら、これで確定。彼女はやはり僕を嫌っている。
 ――でも、そう言う反応はいつまでたってもなくて。
 それでようやく、彼女に敵意は無いのだと理解できた。
「マイト?」SW-M不思議そうに顔を見つめてくる。
「言葉の使い方が、多分全部間違っている。気の使い方も。大丈夫?」
 警戒心がない。敵意も。だから嫌っているわけじゃない。それでも、あんな言葉になっていた理由は、ここまで来るとこれくらいしかない。これでも違ったら本当にアウトだ。違っていたらどうしよう、と少しだけ内心苦笑する。苦笑できる程度には、しかし、内心に余裕を取り戻し始めていた。この答えには、確信がある。
「んー……どうだろう。自分では分からないかな」
「人の嫌がることを言っているよ」
 ああもう。そう言うことか。まったくの無自覚!
 それまではずっと、なんでこの人は僕を嫌ってしつこく話すんだろうって思っていた。けどそう言うわけじゃない。単に言動がおかしいだけか。
「直せとは言わないけど、気をつけたがいいと思う」


 そして屋上で彼女と別れてから、ようやく自分は本当に落ち着いた。そして落ち着いてみれば、これはこれで、自分の見方も悪いのかもしれない、と思う。
 少なくとも、自分の見方は客観的だとは思う。彼女の言葉を素直に受け取った。態度もそうだ。そしてその言動を結びつけて、意味を考えた。その意味は、全くわからなかったけれど……。
 でもその理由は、全く言動がうまくいっていないせいだった。あれではどんな人も嫌わせてしまう。落ち着いて考えてみれば、可哀想な人だとも、言えなくはない。
 ああそれでも。
 それでも、こちらも足りていなかったのでは無かろうか?
 だって、客観的にはわかっていた。その言葉、その態度自体は、正確に抽出できていた。それらを結びつけて考えることもできた。結論も得られた。
 でもそこまで。
 何もかもが綺麗につながっているわけではない。つながることもあれば、つながらないこともある。良いことがあれば、悪いこともあるように。
 もうちょっと早く気づけていても良かったかもしれない。そうすればこちらも苛立たずに済んだだろうし、彼女に不快な思いをさせる事もなかった。
 悔やむとしたらその一点。まったく、まだまだ足りていない。


 だから。
 もしも……そう、もしもまた、懲りずに彼女が会いに来たりしたならば。
 もう少しだけ、うまくやってみることはできないだろうか?
 たぶん、今度は今よりも――


/* ただし、ミルク付き <After that time> */


 そして彼女は現れた。わざわざ、入院している病院にまでやってきた。
 だからあのとき思った通り、まず、こう口にしてみる。
「ごめんね。僕は、あやまらないといけない」
「なんで?」
 SW-M はちょっと目を見開く。驚いている、というよりは、本当によくわからないという感じだ。
「ずっと、僕のことを嫌ってると思っていたから。――ごめん」
「ああ、そのことか。いいよいいよ。そういうことをしてた私も悪かったし」
「ありがとう」
「ケンカじゃないけど、喧嘩両成敗ってとこで水に流さない?」
「ありがとう」
 ああ、なんだ。
 普通に話せるじゃないか。
 いや、違うな。きっと、話そうとしているんだろう。単に、前とは違うだけ。何か、変わろうとしているだけ。
 それは別に特別なことではない。自分だって、彼女と別れた後にそう思ったではないか。
 そう。それは単に、お互いがうまくやろうとしているだけ。
 そんな単純な出来事が、でも、実は奇跡的な事なのだと今は思う。そして素敵なことなのだとも。これはただの会話だけれど、そんなことすら、実は数多の幸運とそれ以上の何かに恵まれた結果である。
 それはたぶん、幸せなことなのだろう。

「うん。じゃあこの話はこれでおしまい!私も気にしない」

 このとき、初めて、彼は彼女に本当の微笑を見せた。


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最終更新:2007年11月20日 23:32