No.107 船橋さんからの依頼



【柱空歌と風間東二とサバイバル】

≪はじまり≫

この日、柱空歌は初めは少しだけうれしくて、少しだけはずかしい気持ちであった。
船橋という人物がリゾート地である小笠原に誘ってくれたのだ。
異性に誘われて、そのような気持ちになるのは年頃の柱としては当然のことである。

「やあ、久しぶりー」

久々に会った彼からの挨拶。
こんにちは、と返したのだけれども届かなくて、小走りに近づいた。
線が細い柱がそのようなしぐさをすると、まるで彼女が小動物のように可愛らしく人の目に映る。

「こんにちはっていったの」
「ああ、こんにちはー」

何気ない挨拶も少しはずかしい。

と、ゆっくりとした足取りで、風間東二が二人に近づいてくる。
風間も本日のゲストなのであった。
「やれやれ、年寄りを呼んでなんだ」
問いに船橋は「いや、勉強会でもしようかな、と」と答える。

実に何気ないこの回答が、柱空歌の試練の始まりの合図であった。
船橋と挨拶して5分のことである。


//*//


風間東二はゲームでは一見ただの動物兵器の厩務員のおじさんであるが、実際はイメージで言うならば鬼軍曹である。
本格的なアウトドア派であり、もっと正確に言うとサバイバル派の人間である。
彼に教われば、多くの軍事知識を身につけることができると言う意味ではまさに勉強会の教師としてうってつけの人物である。

一方、柱空歌という人物、線が細く病弱で、それゆえにか運動神経が悪く、且つ勉強が苦手であった。
キュートな小動物系にして、かわいい部門に特化したような人物であり、ある意味究極のよわよわな人物。
のんびりほんわかしており、よく言えば心優しい、悪く言えばちょっと浮いた感じの性格である。
”鬼軍曹”風間からみれば、戦場にいる人間として真っ先に鍛えるべき対象であった。
柱、状況・対する人物、共に相性がわるかった。

「なんの勉強?」
勉強が苦手な柱がもじもじと尋ねると、風間は「野外ならまかせておけ」と答えた。
風間はさっそくトラッキングをするために、船橋と打ち合わせをし始める。
トラッキングとは要は追跡であり、要は荒れた道を歩き続けることになる。
風間としては体の弱い子を鍛えることこそ親切であると思っているわけであるが、体の弱い柱にとっては最悪のパターンであった。

人間、最悪と思えば、次点を狙いに行くのは当然であり、柱空歌もまたそれに倣った。
「私、国語とか家庭科がいいな」と、下方修正を試みる。
こっけいに見えるかもしれないが、本人、結構必死である。勉強は苦手であるが過酷な運動はもっと苦手なのである。きっと絶対に途中で倒れる。
が、そんな願いもむなしく、「家庭科の勉強をしてどうする」風間は渋い顔で難色を示した。
風間にしてみれば、何の訓練にもならないものをなぜするのだ、ということである。
一言で無碍に断られて困った顔をしている柱を見かねて、船橋が声をかけなければ、この時点で柱は逃げ出していた可能性大であった。

船橋の提案はいわゆる折衷案であった。曰く「野外で料理でもするとかどうですか?」
これには両人、至極納得したのである。
柱は運動せずにすみそうという理由から、風間は柱が余りにもよわよわなことから厳しい訓練は難しかろうと言う判断からである。

とはいえ、運動しないからと言って、風間はサバイバル思考であった。
訓練……もとい勉強会なのだから、なにかを実につけさせてやるべきと考えているのである。
実にやる気のある教師なのだった。
風間はどうやったら訓練になるのか考える。
手元にナイフが一本。それだけである。
そもそも料理をやるつもりがなかったので当たり前である。

「ナイフだけですか……」悩んでいる風間を見て、船橋が声をかける。
「カレー粉ならあるぞ」なぜか常備している風間51歳。
「カレーですか、いいですね」
野外でカレー粉と言えば、一般的にはレジャーキャンプのカレー鍋を思い浮かべるかもしれない。
船橋もしっかり騙された。

だが、風間的正解はつまりこうだ。
「カレーはいいぞ。なんでも食べれるようになるからな。悪い肉にも降りかけてやけばなんとかなる」一人うなずく風間。
要約すると、どんな劣悪のものを食べさせられるかわからない、ということである。

柱は凍りついた。

船橋もまた、一瞬だけ凍りついたが、復活も早かった。伊達に軍人してなかった。
「ええー。それはちょっと。ていうか他にまともな材料ないんすか?」
わざわざリゾート地まで来て、劣悪な何かを食わされるのもどうかと思ったのである。
正しい見識である。

とはいえ、風間は「まともな材料があればな」と飄々と答える。
正論だった。
現状、食材がないのである。
「とりあえず、キノコを採るぞ。教授してやるから、ついてこい」
おもむろに山を掻き分けていく。

「ま、いい勉強と思って、ついていきますかね。いきましょうか」
船橋は柱に声をかけて、風間についていく。
柱はがっくりしながらも仕方がないとばかりに船橋についていった。

少し林を分け入ったところに、風間がしゃがみこんでいた。
「お前ら遅いぞ」
そういいながら、ナイフでキノコを掘り出して、おもむろに匂ったりかんだりしている。

柱、ぶっ倒れる。
支える船橋。

「こいつはダメだな。毒性がある」ぺっとキノコを吐き出しながら、風間はつぶやく。
「まあそこらに生えてるキノコなんて半分以上毒キノコですからね」柱を支えながら、船橋は相づちを打つ。
「そうだ。経験が者を言う。蝿がたかるやつは食えるのが多い」うなづく風間。

そして、柱、再びぶっ倒れる。
風間が関わると、料理も試練になることを思い知った瞬間だった。
蠅が集った物を食べさせられる可能性を考えれば、「や、やっぱりおさいほうとかにしませんか!?」と訴えても致し方のないことなのかもしれない。
もっとも「料理だ」と風間にすげなく言われて、がーんとショックを受けることになったわけであるが……。

固まる柱を見かねて、「えーと。キノコがダメなら山菜とかどう?」と船橋が提案したのが柱にとってはもはや救い手に映った。
柱の様子を見て、「やれやれ。どこがサバイバルの勉強なんだか」とは風間の言であった。


//*//


「良いじゃないですか別に。のんびりやりましょうよ」
「実戦はまってくれやせんぞ」
「あとまあ山菜採るのもサバイバルの勉強になると思いますよ」
船橋、この時点で自動フォロー機とでも言うべき活躍ぶりである。
風間は懇願するような目で見る柱と船橋を交互に見て、「わかった」とため息をつく。

「山菜は日陰にはあまりない。日当たりが良くて、出来れば丈の長い草がないところがいい。今度は二人で探してみるといい」
風間は船橋と柱に山菜の特徴を説明して、山菜の取り方を教え始めた。
「へえー。じゃあちょっと探してみようかな」
船橋は説明を聞いて、さっそく山菜を探しに歩いていき、柱がおっかなびっくり追いかけていった。
風間はさらにその後をゆっくりとした足取りで付いて来る。
しばらくの間、たまに風間の指示を聞きながら山菜を探すこと10分程度。
木が倒れたところにいくつかの山菜が見つけることが出来た。
「お、あった!柱さーん。こっちにあるよー」
そう言われて、柱は及び腰になりながら船橋の影から覗き見る。
「あ、ほんとだ」
かすかに微笑んで山菜を見る。
船橋もやっと笑顔が見えたと胸を撫で下ろしたところで、風間が覗き込んで言う。
「なに。蟲がいても良く噛めば大丈夫だ」

柱は気絶した。
瞬殺だった。

「……余計なこと言わないでくださいよ…。つーか洗えば何の問題もないじゃないですか」
さすがに苦い顔をして苦情を言う。
だが、風間は風間で考え合ってのことである。
「鍛えてやっておるんだ。正直、今のままじゃ、この子は死ぬんじゃないかなあ」
「…俺もそう思いますが」
「だったら鍛えるしかなかろうが。ここに落ちた以上、奇麗事は言ってられん」
さすが”鬼軍曹”と言うべき、発言であった。
「なるほど……。っと、それよりも起こしましょう」
思わず納得しかけたが、気絶している柱が目に入り、あわてて「おーい」呼びかけて柱の体を揺さぶる。

起きた柱は、ちょっと目に涙を溜めていた。
「なんでいじめるの……。お買い物いけばいいじゃない」
「いつも買い物にいけるとは限らないよ? 広島の時みたいに山の中で数日過ごしたりしなきゃいけなくなることもあるんだし」
「数日なら我慢できる・・・」
広島の山岳部隊にいたのにとても現代人な回答をする柱に、船橋は少し風間の気持ちが分かった気がした。

そんな柱の様子を見ていた風間が口を開く。
「無理やり食わせるか」
これはこれであんまりと言えばあんまりな発言に、柱は「ひどいよ…」と泣きそうになる。
「風間さん、言いすぎですよ」船橋が風間に苦言を呈して、柱に向き直る。
「柱さんも、山菜とか使ってもちゃんと調理すれば美味しいものが出来るから大丈夫だって。とにかくこの山菜摘んで料理やってみよう。って…」

「たしか近くに綺麗な川がありましたね。山菜洗ってくるから、二人は火を起こしといてください」
そう言って、川の方へ向かう。
残された風間と柱はお互いを見た。
柱は怯えた視線で風間を見て、風間をその視線を受けてにやりと笑った。どうでもいいがこの描写だけ見ると、風間は誘拐犯かなにかのようである。
「いや、こっちはライターで十分だ。おまえさんは気のきれっぱしを集めてきてくれ。芯まで乾いている奴を選んでくるんだ」
絵面のわりには普通の受け答えで、柱はほっとした。
「は、はい。乾いた木の枝を集めてくればいいんですね」
「そうだ」
柱はもう一度胸を撫で下ろして、木を拾いに離れていく。
風間はその様子を見て、「やれやれ、本当にあれじゃ死んじまうぞ」とため息をつきつつ即席の釜戸を作り始めた。

20分ほどで、船橋が戻ってくると、火があがっていた。
「あ、丁度良かったみたいですね」
「おう、戻ってきたか。水も汲んできているな。よしよし。こういうときは焼くよりも煮るが基本だ。焦げたらまずいし、煙が余計に出るからな」
「なるほど。煮る方が簡単そうですしね」
「そうだ」
言いながら、風間はバックをごそごそと探る。
「カレー味と味噌味、どっちがいいか?」と言った瞬間に、「お、お味噌で」と柱が声を上げた。
この瞬間において、カレー=中身が何かわからない的な図式が成り立っているように感じていたからだった。

「味噌汁ですか。俺作ったことないなぁ。柱さんは作ったことある?」
何気ない問いに「小学生の、頃・・・。ごめんなさい……」と柱は縮こまる。
味噌味と言った手前、作れないと言うのが申し訳ない気持ちになったのだ。
「別に謝らなくても。今教えてもらえば良いじゃない」縮こまる柱に笑いかける。

その間に風間はテキパキと、最初に味噌を少し入れる。
話している二人を見て、「聞いてるか?」と注意を促す。
この時点で風間の感想はサバイバルの勉強じゃなくて、平和な森のピクニックだな、である。
「あ、はいはい」
「煮るのは牛乳パックでやるぞ」
「牛乳パック?そんな方法があるんですかー。面白いですねえ」
「牛乳パックはいいぞ。小さく刻めば燃料になる。水を入れて火をかける分には、そうそう燃えん。沸点にいかんからな」
「なるほど。いや、これは結構勉強になるなあ…」風間の講義にうなずく船橋。
一方、柱は「蝋のにおい、しない?」と違った意見を持っていた。
これには風間も「ま。気にしないのが一番だな」と苦笑いするしかなかった。

こうして、風間による野外実習は無事(?)終了したのでした。

その日の昼ごはんは、まあまあのうまさだった












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最終更新:2007年11月11日 21:53