扇りんく様からのご依頼品



 りんくはベットの傍にいた。動きやすい普段着だ。
 彼女は青森を看病しやすいようにとスカートをやめていた。
 青森は、黙って自分の腕を見ている。
「青森さん? 腕、痛むんですか…?」
 心配そうに覗き込むりんく。
「いや、やることがないだけ」
「ちなみに、私がスカートだったら……」
 上目遣いで青森を見る。
「いえ、やっぱりいいです……」
 顔をほんのりと赤くして言葉を止めた。
「?」
 不思議そうな表情の青森。
「スカートだったら?」
 りんくの言葉は、青森の予想のはるか斜め上をいっている。
「やることないなら、りんごでも食べますか? とりあえず、看病の基本かと思って、りんごは持ってきたんです」
 どん、とかごのりんごを目の前においた。
 青森は左手で取ってそのまま食べようとした。
「すとっぷ!」
「スカートだったら?」
「あ、えと、さっきのは言葉の綾です。忘れてください!!最初の頃の青森さんだったら、セクハラしそうだとおもっただけです!!」
「俺はそんなことやらない」
 青森は胸をはってりんごを置いた。
「で、ですよね。えと、じゃあ今りんごを剥きますから、ちょっと待ってくださいね」
 りんくは少し寂しそうな表情を浮かべた。
 しょりしょりとリンゴをうさぎの形に剥く。
 青森は微笑むと、窓の外を見た。
 思いは遠くにはせている。
「すまなかった」
「……どうして、謝るんですか?」
 りんごを剥く手は止めずに聞いた。
「戦場に行きたかった」
「看病なんか、しなくったっていいんだ」
 悲しげな表情が見て取れた。
「……ずるい」
 りんくは手を止めて青森を見た。
「たしかに」
「………戦場には、何かあるんですか? その、青森さんが行きたくなるような、何か」
「戦場には何もない。だが、お前さんもいない。お前さんのことを考える暇も、ほとんどない。考えても、死ねる」
「要するに俺は、ずるいんだ」
「お前さんとの距離を、考えて絶望した」
「私との、距離……」
 りんくはうつむきかげんになり、言葉をかみしめた。
「どうして、距離があるんですか。こうして、触れられるほど近くにいるのに……」
 りんくは青森の手を取った。
「俺はもう、若くない。お前さんは、若すぎる。この間、それが、良くわかった」
「だから……」
 青森は別れの言葉を捜している。
「嫌です。ダメです。聞きません」
「まだ何も言ってないだろう」
「距離があるなら、縮めればいいんです。これから、もっとわかりあっていけばいいんです」
 青森は苦笑した。
「そんなんじゃない」
「じゃあ、なんだって言うんですか…!また、いなくなろうとしたでしょう!?」
 りんくは言葉を強くはくと急に泣きだした。
 青森は大丈夫な左手で、りんくの髪を撫でた。
 青森は何も言えないでいる。
「悪かった」
 青森は涙に弱い。表情には少しの寂しさのようなものが浮かんでいる。
「別に、謝ってほしいんじゃないんです。でも、お願いだから…お願いだから、いなく、ならないで……!」
 りんくはなおも涙をこぼし続けている。
 青森は貴方を抱き寄せている。親子のように。
 髪を撫でている。
「ご、ごめんなさい。泣かれても、困りますよね。今、いま、泣き止みますから…」
 青森は目を伏せた。
 貴方を抱き寄せたまま、目を伏せている。
 嫌な予感がする。
「青森さん、あの、離してください。さすがに恥ずかしいです」
 りんくの顔は真っ赤になっていた。
「もう、子供じゃないから。抱きしめられなくても、泣き止めます」
 青森は貴方の見えないところで寂しそうに笑った後、手をぱっと離した。
 全面的な笑顔だ。
「そうだな」
「今は一刻もはやく、よくなりたい」
 青森は窓の外を見た。
「な、なんでそんなに笑顔なんですか。そりゃ、はやくよくなってほしいのは私も同じですけど」
「そうか? いや、なんだろうな。いや、なんでもない」
 青森は自分のあごに触れた。
「髭が生えそろう頃までには、直りたいもんだ。いや、逆か」
「さびしくていけない」
「たしかに、髭がないと、青森さんらしくない気もしますね。まだ、生えてきてないんですか? ちょっと、触ってみてもいいですか?」
 りんくはにっこりと笑った後、興味しんしんに青森の髭を見つめた。
「子供じゃないんだから」
 青森は笑って、それでも許した。
 とても悲しそうに見えたが、口は優しく微笑んでいる。
「あ、そうですね。子供じゃないのにすみません。でも、本当に、青森さんがここにいるか、もう一度確かめたかったんです。」
 青森は何も答えない。
「リンゴの色が変わりそうだな」
「けど、たしかに子供っぽいからやめておきますね。おかしなこといってすみませんでした……」
 りんくは頭を下げた。
「って、あー! せっかくうさぎにしたのに…!」
「り、りんご、食べます?」
 りんごを一つとって目の前に差し出した。
「ああ」
 青森は今のこの時間を大切にしているようだ。
 青森はゆっくりと食べている。
「友達の農園から収穫してもらってきたので、きっとおいしいですよ」
 うまそうに。もう二度とこんな時はこないかのように。
「青森さん……。あの、一つお願いがあるんです。もし、次にどこかに行くときには、私も連れて行ってください」
「ん?」
 青森は笑顔だ。
「分かった、約束する」
「青森さんが一人でどこかに行ったら、きっともう私は死んじゃうから。それなら、一緒についていきたいの」
 りんくは切なそうな表情になると青森に願いを請いた。
「人間は中々しなないもんだ。俺がそれを証明している」
「体は死なないかもしれない。けれど、心は?」
「希望さえ持たなければ、楽になる」
「私の心は、きっともう耐えられません。青森さんが、私の前からいなくなった瞬間に、砕けてしまう」
「楽になる以前に、ダメになっちゃいます。だって、今の私は青森さんに会うためだけにここにいるんですもの」
「子供の時には、そんな夢も見るもんだ。俺だって、そうだった」
「馬鹿ね。子供だろうが大人だろうが、そんなことは関係ないの。ただ、貴方を思うこの心だけが私にとって真実であるのなら、私はそれに従います」
「そうか」
「どうしたら、私の本気をわかってもらえますか。貴方がいなければ、もうここにいる意味がないのだと。」
 青森は黙ってる。
 青森の唇が動いた。
「それが分からないから、子供なんだ」
「そうかもしれない。けれど、今の貴方に伝えるのに、他に方法がないの。好きだから、一緒にいたい。それじゃダメだというのが大人なら、私はまだ子供でいい!」
 りんくは青森をベッドに押し倒した。
「乱暴だな」
「青森さんがわからずやだから。逃げないで、ちゃんと見て。私、ここにいる! 貴方が絶望するほど、遠いところにいない!」
「唇までの距離が遠い」
 りんくはキスをした。リンゴの味が、ほのかにした。




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最終更新:2007年10月29日 16:02