カイエ@愛鳴藩国様からのご依頼品


カラ、コロ、
カラ、コロ。

境内に続く石畳の上を、下駄履きの素足が小走りにしていく。道の左右に広がるのは、社を守る高い木々によって構築された豊かな空間で、夜をその身に落としたアスファルトよりもひんやりと、霊所に相応しい土の匂いを一帯に漂わせている。高木がしめやかな土から立ち上る冷気をその傘の中に捉え、逃さないでいるのだ。そのうす暗がりを、ちらほらと、人影が楽しむように点在していて、ひそやかな会話たちが、森閑とした中を、耳にではなく、肌身に聞こえるように満たしている。

そんな中を、歩調こそ違えど、似たようないくつもの足音…ぺたりぺたりと草履の音も重なって、今は珍しく灯の入った石灯籠が構えた、階段脇に集まりやがて止んでいく。まあるく人の手と歳月が一緒になって削り出した石灯籠の内側から、ゆらゆらと、生きた火にしか出せない淡さで放射されている光、浮かび上がるのは男女種々の浴衣姿。影が、はしゃいでいるかのように、とめどなく揺れていた。

風が熱く、そしてどこかしら甘い、夏の夜のことだった。

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~祭囃子:前編~

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祭りの会場からはひっきりなしに上がる屋台の掛け声、子供たちの不思議によく通る甲高い声で、あれやこれやの珍しい品々を子らなりに品評している面白おかしそうな様子や、その面倒を見ている大人達の彼らを追いかけるゆったりとした足音、それに、射的や、祭りに付き物のフランクフルト、焼きそば、たこ焼き、いか焼き、お好み焼きといった、すぐに暖まる焼き物のじゅうじゅう鳴る脂ぎったうまそうな音、綿あめを回す機械のごうんごうんと低く響き渡る音などが、ぎゅうぎゅうに詰まって立ち上っている。

「では、行こうか。人数が多いからはぐれないように。はぐれたら、やぐらのところに集合ね」

浴衣の袂に手をつっこみながら、穏やかな調子で述べたのは、後ほねっこ男爵領の領主である火足水極であった。彼の同行者たちはあんまりに人数が多いものだから、中心人物となる2つのゲストを取り巻いて、二つの同心円を描いており、一つには、いかにも引率らしい先生と呼ばれる男とその賑やかしい細君を中心に、もう一つには、これまた友好国である愛鳴藩国の面々と国元の仲間が取り巻く、一人の少女と男を中心にしたグループとで構成されている。

その、少女のグループの、やや後ろの方からみなを促すように、火足は全体を視界に収めて立ち位置を決めていた。引率といえばこれも引率らしく、はぐれるもの、不都合の出るものがいないよう、しんがりで見ているつもりなのだろう。やや面長の、見るものをおっとりさせるような落ち着いた雰囲気が、その行動に違和感を持たせない。

わらり、それまでにも賑やかにしてた集団が、突如の来訪者によって緊張を帯びた。

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神社の裏山に現れた英吏と斎藤奈津子は、眼下の喧騒を避けて、ぐるりと迂回しながら進んでいた。

「……」
「ここが未確認の勢力下であることを忘れるなよ、斎藤」
「あ、はい!?」

ごくん、と生唾を飲みながらもの欲しそうにしていた斎藤は、英吏に手を引かれながら図星をつかれて二重の意味でどぎまぎした。

はわわ、手、手をつないじゃってます!

加えて彼女の高性能な両の目は、それでもこんな暗がりから容易に祭り会場の催し物を判別し続ける。ああ、あのお面はなんでしょう、猫のような狸のような…リンゴ、リンゴも、なんだかぴかぴか光ってます。透明な何かに包まれて、うわーおいしそう! いけないまた英吏さんに怒られる、でもでも、うわー、うわー、バナナが、バナナがチョコで綺麗でおいしそう…!

そんな人間最終兵器の内心の挙動不審を、見透かしているのか、いないのか、英吏に幼体の頃から躾けられた動物兵器である狐型雷電クイーンは、きゅんとも鳴かずに二人の後ろを追走している。

英吏は油断なく索敵を行っていた。状況を掌握していない地域において、何が起こるかわからない。女性にしては長身な斎藤よりも遥かに高く、でかいその巨躯を、機敏に体捌きながら林の中を突き進む。身につけた銃器の重みが心強い。じりじりと、祭りの会場に近づきながら目を配る。実弾はフルに込めてある、素性はなんだかわからんが、ああして動いている限りは生物だろう、生物なら、こいつを喰らって無事で済むものもいるまい。

「―――!!」
「ふぇ?」

気の抜けた声を漏らした斎藤の口を無意識のうちに押さえながら英吏は立ち止まる。あの姿、確か――

「~~~~!!」
「暴れるな…静かにしていろ」

手元でこくこく斎藤が頷くのを感じながら、たった今、ちらりと目にした少女の情報を頭の中で検索。

肌の色は前に見たより幾分白いか、髪も、ストレートに変わっている。だが、骨格などの特徴が記憶と合致する。

周りを取り巻いているのは…りゅうへんげとやらの仲間だろう、ちょうどいい、あれを人質に問い質してやる。

「行くぞ、斎藤」
「は、はい!!」

英吏さん、手、手に私のつばが…!

言われるがまま、慌てて身構えながらも、斎藤の頭の中はさっぱり状況についていっていなかった。

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「では、行こうか。人数が多いからはぐれないように。はぐれたら、やぐらのところに集合ね」

しんがりをつとめているらしい、長髪の男がそう言ったのを見計らい、英吏は飛び出し懐から機関拳銃を抜き放った。飛び出した、とも言えぬほど、静かでひそやかな、しかし示威的な挙動だった。

「!!」

みなが緊張し身構える中、火足はとっさに後ろを振り返った。せっかくの祭りに、どんな誤解があっても寂しい。皆が必要なことをしているのなら、自分はそれ以外の必要なことをしよう。そう思った。

果たして少女、後藤亜細亜の後ろ、構えられた機関拳銃の射線上に、射的会場はなかった。

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英吏は警戒しているようだけど、なっこちゃんは展開についていってない。トーゴさんが身構えていないのなら、この場はきっと安心なのだろう。誤解をまずは解きながら、亜細亜ちゃんのいいようにしてあげられるといいな。

火足は眼前で進む展開を見守りながら、そんなことを思っていた。

あ、亜細亜ちゃん舌噛んだ。ガチガチだなー。

「逃げないあたりに進歩が見れますね」

押し倒せー!との、自分の奥方の野次をさておきながら、吹雪先生は火足に話し掛ける。何度か会って、通じるものがあると感じてくれているのだろう。頷きながら、

「ちょっと荒療治かともおもわんではないのですが。目覚しいですな」

さておかれた方の吹雪先生の奥さんは、旦那につっこみを入れられて夫婦喧嘩を始めている。ものすごい勢いで亜細亜をプッシュ、というよりけしかけようとしている奥さんに、さすがと火足は笑いながら感心した。さすが、子供と遊ぶ時も手を抜かないでコテンパンにするひとだなあ。

展開の方はというと、自分が知らない英吏の女性関係がいきなり次から次へと繰り広げられて、なっこちゃんがほとんど怯えるように緊張している。英吏は英吏で相変わらず銃を構えたまま、人を殺せそうな目で、亜細亜に対して尋問まがいの会話を続けている。

「やっぱり抱きついてキスしたほうがはやいんじゃないの?」
「だれかこの人とめてくれ!」
「お前夫だろう」

トーゴが吹雪夫妻の喧嘩につっこみを入れた。

「先生が止めんで誰が止められるんですかー」

火足も続いてつっこみを入れた。

一方とうとう緊迫感が頂点に達してしまった会話に、亜細亜もなっこちゃんも泣き出した。たまきとミーアがそれぞれぎゅうっと安心させるように彼女らの手を握る。

「さっきからずっと思ってたんだが、りゅうへんへんげってなんじゃね」
「ああ。この間海法よけ藩国の人がですね。あ、いいですか、解説」

しかめっ面で英吏が連呼する名前について聞き返すトーゴに、なんとか奥さんの攻撃から脱しながら吹雪先生が答える。

火足はひたすら状況を見守りながら、促した。

「吹雪先生よろしく」

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後藤亜細亜は緊張していた。

一つには、英吏ともう一度会えるから。
一つには、自分で英吏ともう一度会おうとしているから。
一つには、周りのみんなを騙して、あの時の英吏と、もう一度会おうとしているから。

シロ宰相からもらったマイルで呼び出す相手を藩国逗留の英吏から、何も知らずに呼び出されてしまった英吏に切り替えた。着用アイドレスを、吹雪先生の奥さんの着付けで夏祭り用の金魚風浴衣に着替える時も、それで緊張した。

まんまるくて大きなぬいぐるみに、こっそり英吏と名前をつけて可愛がっていた。ガンオケ緑の英吏は格好いい。自分で直接会ってみて、ますますその思いが強まった。

火足さんたちから、また小笠原に行こうと声を掛けられた時、ひそかにこの計画を実行しようと思いついて、我ながら驚くほどの行動に、やっぱり緊張した。先生の奥さんに一所懸命お化粧してもらって、自分でもちょっとびっくりするくらい変わった姿に、ほんの少しだけ、心が期待で躍った。

いつもより、ずっとずっと、緊張した。周りにいっぱい人がいて、わーっとなるのより、周りの人たちに気付かれて何か言われないか、英吏さんにまた会えるけどほんとに会ってしまったらどうしようどうしよう、とか、そんなことで緊張した。

唾がのみこめないくらい、緊張した。

いきなり現れた英吏に突きつけられたのは、銃口だった。

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「英、吏、さん……」

英吏がこういう人間だということは知っていた。だから亜細亜はそのことでは動揺しなかった。

「なぜ私の名前を知っている?」
「し、調べましたっ」

少しでも、英吏に答えよう、答えようと、必死に会話を続けた。

「どうやって、調べた?」

英吏は人殺しのような冷たい目で、自分を見ている。

「もう一度尋ねる。どうやって調べた?」
「イ、インターネットです」

冷たい口調に、知らず、ぎゅうと手を固く握りこんでいた。

「それはナショナルネットワークのようなものか」

頭がかーっとなって、冷たくなって、頬が強張った。英吏さんのいる世界は第五世界で第五世界はインターネットがなくて、ええと、ナショナルネットワークってどんなものだっけ、何か答えないと、何か答えないと……

「あと、ゲームです。ガンオケ緑を買ってもらって」
「りゅうへんげが言っていたのだな。どういうものだ。いえっ!」

怒鳴られた。

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「怒鳴らないであげて!」

隣で誰かがしゃべってる。

「子供を泣かせるのが貴方の趣味ですか?英吏さん。」

また別の誰かが言う。

違う。違うの。

思いながらぼろぼろ涙がこぼれてきた。

「まあまあ、子供相手に大人気ないかと」

涙をぬぐうことすら思いつかずに、凍りついて立ち尽くしながら、唇を噛む。

違うの。

英吏さんは悪くない。

英吏さんは悪くない。

悪いのは私。

みんなを騙して、英吏さんを怒らせてしまった私。

なっこちゃんの泣いてる音もする。誰かがなっこちゃんに寄り添ってる。

ごめんなさい、なっこちゃん。

ごめんなさい、先生。ごめんなさい、先生の奥さん。ごめんなさい、トーゴさん。

ごめんなさい、みんな。

ごめんなさい、英吏さん。

ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんな、さい…

立ち尽くしている肩に、暖かな手が置かれた。

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火足は、ずっと懐に差し込んでいた手を抜いて、亜細亜の肩に手を置いた。それで少しは落ち着いたのだろうか、手に感じる亜細亜の体はわずか、ほぐれたようだった。

吹雪先生がみんなに状況説明を始めている。一人、ほねっこの仲間が飲み物を買いに走ってくれた。ありがとうと思いながら自分も説明に耳を傾ける。

「ああ。この間海法よけ藩国の人がですね。あ、いいですか、解説……亜細亜に聞いたんですが、亜細亜と英吏を呼んだらしいんですよ。それでその、まあ、英吏は大変不機嫌だったようで、イベントは夏祭りだったかな。まあ、ところがですね。亜細亜はあれ以来どういうわけだか英吏英吏とうるさくて。ぬいぐるみに英吏って名前をですね」

ここまで説明が来て、亜細亜が不意に火足の手から逃れて走り出した。真っ赤になって、英吏の顔を見てからのことだった。

ありゃ。

「あああ、下駄で走ると危ないってばー」

慌てて声をかけるが恥ずかしくて聞いていない。かわりに彼女を追いかけてくれる仲間たち。よし、そっちは任せよう…任せた!

「ところで、吹雪先生。あなた、学校で女生徒から何か言われたりしませんでしたか、もー(この無神経!)」

火足は、落ち着きかけた場に一服の清涼剤となるべく、吹雪先生に話し掛けた。

華麗にスルーされた。

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気に食わん、と英吏は思う。

気に食わんことだらけだ。

状況は不明で、にも関わらず相手方には自分の情報を相当のところまで握られている。当人達にそのつもりはないのだろうが、ぬいぐるみだの、女の子の特権だの、あれこれと余計な話が間に加わってくると、余計にいらいらする。

亜細亜は逃げる、状況はさっぱり把握できない、にも関わらずこいつらは必要以上に慌てない。苛立っている自分の方が弱い立場にいるようで、ますます頭に来る。

「ここはどこで、お前達はなにかだ。そこから話せ」

例の、しんがりに立っていた髪の長い男、亜細亜に先ほどまで手をかけていた、火足とかいう奴が、話し出した。やはりこいつがこの一群のリーダーか、と思いながら、荒唐無稽な話を聞く。

「私達は、自分達の世界をニューワールドと呼んでいます。かつていた世界から、我々は落ち延びました。そこで世界を発見、開拓しました。こことは別です」
「頭が痛くなるようなおとぎ話だな。それを信じろと?」

意外なことに、冷静な答えが返ってきた。

「そうですね、まず仮定として考えてくれても構いません」

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事情を聞いてみると、思ったより状況は悪くないようだった。

「あなたに会いたい、そういう人がたくさんいたからです。英吏さんの都合をお聞きできなかったのは、申し訳なく思いますが」

「自由に呼び出せるわけではありません。想いが一定量にならないと、奇跡めいた現象はおきません」

「人に焦がれ、一目でも姿を、声を、存在を感じていたいという想いです。それは魔術と呼ぶには、少しばかり原始的に過ぎる」

自分が誰かの思い通りに無限に呼び出される危険性はないと、わかっただけでも充分だ。試すまでは、信用できないが、思ったよりこの男は話せた。言っていることは曖昧で感傷的な言い回しをするが、言おうとしていることが何なのかは、よくわかった。

「…………」

なにより一番大事なことは。

俺を呼ぶ、こいつらがいなくなれば二度とこういうことは起こらないと理解出来たことだ。

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わあ、なんだか賑やかな催し物がやってますー、英吏さんと二人きり、て、手をつないでもらって……

などとのん気に思えていたのはほんの少しの間だった。

「お願い、ちょっと待って!」
「あいにく、私は私の勝手にやる、人に命令されるのはまっぴらだ。給料でもでないかぎり。抵抗するなら射殺する」

気付いたら、英吏さんは知らない人たちの前に立って拳銃を突きつけている。しかも、なんだかよくわからないけど、お、女の子が英吏さんの前に出てきて、しししかも英吏さんとしりしり知りあいみたいであああああ。

「この間、さらわれて、こりてなかったと見える」

さらった?

英吏さんが、この女の子を?

「押し倒せー!」

無責任な野次が心に刺さる。そ、そうなの? そうなんですか、英吏さん?

「やっぱり抱きついてキスしたほうがはやいんじゃないの?」

の、ノー!!

「りゅうへんげが言っていたのだな。どういうものだ。いえっ!」

なぜだかわからないけど、英吏さんが大声を出して、それでもう緊張の糸が切れてしまった。斎藤は、誰かに手を握られながらほろほろ泣いた。知らない人に涙をぬぐってもらいながら、はー、はー、と落ち着くために深呼吸。

「なっこちゃん、大丈夫?」
「ありがとうございます。でも、まあ、そうですよね」

二人きりで、一緒なんて。

こんな私にそんなラッキーなことが起こるわけなんて、

「そんなにうまくいくわけもなく……」

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亜細亜は暗いところで一人しゃがみこんで泣いていた。

ジュースを差し出されても、反応がない。

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「こいっ、クイーンオブハート!」

英吏の朗々たる韻律を持った声があたりに響き渡り、闇から獣が立ち現れた。

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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎




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最終更新:2007年10月26日 16:00