階川雅成@玄霧藩国様からのご依頼品


『不幸とは何だろうか?』

人は私を不幸だと言う。私の事を可哀想だと思う人はどうしてか少なくない。
私には人に言えない秘密がある。それは私の事ではなく……宰相という政治上の大人物の秘密を少なからず知ってしまっている為らしい。
そしてその秘密のせいで私は何度か命を狙われた事がある。死にかけた事も何度も、ある。

そしてもう一つ……私を不幸だと思う人達の多くは私が優しすぎるのだと言う。
私は昔、ある人に恋をしていたらしい。その人は私じゃない人と仲良くなろうとしていたみたいだ。
私はその恋を応援して、その人と仲良くして欲しいと願った……らしい。覚えは無いけど、そう聞いている。

私の事なのに、私の情報には伝聞が多い。
それは一度記憶を消されたから……らしい。どうしてそこまで至ったのか、それは知らない。
恐らく、よっぽど大きな秘密を抱えていて、あまりに命を狙われる為に誰かが少しでもそれを減らそうとしてくれた為なのか。
それとも、よっぽどその時の恋の事が辛くて、記憶を消さなければ生きていけない程だったのか。

どちらが理由だったのか、それとももっと別の理由があったのか。判っていない。
ただ、一言だけ言われたのは「あなたはあなたの事をもっと大切にしなさい」と……そんな事を言われた気もする。

誰に言われたのだろうか?
誰が言ってくれたのだろうか?
そもそも勘違い……なのかもしれない。

でも……私は別に自分を軽んじているつもりも無ければ、誰かの為に犠牲になっていると考えた事も無い。
ただ、私は……私がしたいようにしているだけ。
今も……きっと、昔も……。




『不幸とは何だろうか?』

たまにそんな事を思う。それは今の状況のせいなのかもしれない。
私が済んでいる場所は難民キャンプだ。色んな人が肩を並べて寄り添い、明日をも判らない状況で生きていくのに必死だ。
様々な政治的な事情、或いは戦争などの理由で私が居たゴロネコ藩国はまるで大嵐の日に海に出たヨットの様に上へ下へと大騒ぎしていた。

最初から難民キャンプに居た訳じゃない。
前は緊急避難という事でアパートに人が集められていて、私はそこに居た。恐らく、この国の色んな所にそんな建物があったのだろう。
ただ、この世界で起きた様々な事件はゴロネコ藩国にも大きな衝撃を与え、その結果……気がつけば難民キャンプへと私達の生活スペースは移っていた。

難民キャンプでの生活、というと悲惨な物だと思う人が多いと思う。事実、私も暮らしてみるまではそう思っていた。
何しろ、住む場所が無くなり仕方なく一箇所に寄り添ってみんなが済んでいるのだ。そう思われても仕方がない。
でも、人間というのは想像以上にしぶとい生き物らしい。住めば都、とはよく言うがそれは事実みたいだ。

「お姉ちゃん、なに笑ってるの?」
「え……あ、笑ってたかな?」

知らず知らずの内に頬が緩んでいたらしい。預かっていた女の子の1人が私に声をかけてきた。
女の子は私の言葉ににっこりと、彼女の方が楽しそうに笑みを浮かべた。

「うん、笑ってたよ。なにかいーこと、あった?」
「ふふ……うん、ちょっとだけね」

私の言葉に「そっかー、いいなー」と言うと違う女の子に呼ばれてそちらに向かっていった。
どうやらおままごとをしているらしく、そのうちに私にもお呼びがかかるかもしれない。
別の方を見てみれば、数人の男達が集まってボール投げをしている。
誰の持ち物か判らないが、運良くあったであろうボールを順番に笑い合いながら投げている。

彼らは私が預かっている子供達だ。別に親が死んでしまった訳でも、まして私が引き取った子供でない。
ただ、一時的に私が預かっているだけ。夕方か夜には自分達で親元に戻るか、直接親が迎えに来る。
私はそれまで少しの間みんなを預かり、何事も無いように注意を払っておくだけだ。

みんなに問題が無いのが判り、私は座ったままゆっくりとしている。
難民キャンプの中では年齢的に大人とも子供とも言えない私の様な人間にはこんな仕事が回ってくる事が多い。
当然、普通に働いている人も居る。男の子は同い年でも十分に力があって、色んな仕事が回ってくるらしい。
私も毎日こうしている訳じゃない。必要があれば何でもするし、それが嫌だとも思わない。

みんながみんな、寄り添って生きているというのはこういう事なんだろう。
必要な仕事を分けて纏める事で対処する人数を減らして、少しでも効率的に動く。
この集団生活が始まってすぐに行われてきた事であり、そのおかげか難民キャンプは最初の頃と比べて随分と明るい雰囲気になった。

アパートに閉じ込められていた頃は部屋の行き来くらいは出来たが、やはり外で遊んだりするような雰囲気ではなかった。
今は仕方ないとはいえ、こういう状況になって子供も外で遊び、大人も日にあたって仕事が堂々とできる。
どちらが良いか、と言われると非常に難しい。でも、私にとってはこれは悪い事じゃなく、思えた。

「お姉ちゃん、いっしょにあそぼうよー」
「うん、今行くね」

さっきの女の子に呼ばれてそちらに向かう。配役を言われて、私は頷く。
ままごと、なんてこんな状況にでもならなければ出来なかっただろう。子供の頃の事を思い出し、頬が緩むのを感じる。

日は高く、今日はまだ続きそうだ。



『不幸とは何だろうか?』

午後になる前に私は呼ばれた。私を呼びに来た人と子供達の世話を変わって私はそちらに向かってみた。
向かった先は難民キャンプの一角。つまり、難民キャンプの一員の人のところだった。
問題の人はテントの中に居るらしい。だけど、外から見た限りは特に大きな変わりはない。

「すいません、今よろしいでしょうか?」

中に声をかけてみる。でも、返事が無い。
既に何があったのか話は聞いている。返事が無くても慌てる事は無い。
でも、落ち着いて返事があるまで待っている様な状況でもない。それも判っている。

「……失礼します」

声をもう一度かけて、今度は返事を待たずに私はテントの中に入る。
テントの中に居たのは20歳になるかどうかといったところの男性だった。
別に初めて見る人じゃない。何度か顔を合わせた事もあり、挨拶だってしたこともある。
お互いの名前は知らない。でも、難民キャンプではそういった人も少なくない。

「……………………」

彼は私が中に入った事に気づいていないかの様に黙ったまま、静かに宙を見ている。
だけど、一瞬だけ彼は私の方を見た。その目は暗く、まるで魂が抜けたような……底の感じられない瞳だった。

「……この度は」
「……判ってるよ、サボるなって言いに来たんだろ」

私の言葉を遮り、彼は静かに感情がこもらない声で話しだす。
それは確かに私が彼の所へ向かう事になった理由だ。
キャンプ内での仕事をこなさず、ずっとテントに引きこもったままの彼をどうにかして欲しい、と言われたのだ。

私の所にはこういった『仕事』も舞い込んでくる。
なんでかは判らない。でも、こんな私でも出来る事があるなら、と言ったらいつの間にかこの手の事は私に振られるようになっていた。

「……みんな、どうせ自分の事ばかりだ。ああ、判ってるよ、今は俺が一番そうだって事もさ」
「……………………」
「でも、仕方ないだろうが……こんな状況なんだ、少しくらい自分の事だけになって、何が悪いんだよ……っ」

彼がぐ、と拳を握りしめる。
外見に負けず劣らず力があるらしく、強く握った拳は徐々に白くなり、隙間から見える指先は赤くなっていく。
小さく震える拳を抱えるようにして、彼は静かに……だが、激しい感情を伴って言葉を吐き出していく。

「判ってるさ、ああ……別に俺が特別じゃないのも、こんなの当たり前だって事も判ってる……でも、でも……っ」

彼の言葉に涙が混じっていく。
何とか必死に感情を押し殺そうしているのも、それが失敗しているのも……全部判る。

「辛いなら少し休んでも良いんですよ?」

私の言葉に彼は歪んだ顔を私に向ける。

「確かにあなたに起きた事はこんな状況なら『当たり前の不幸』だったかもしれません。でも……あなたが悲しいのは本当の事だと思います」
「俺は……俺は……っ」
「……ご家族の方、この度は……本当に……ご愁傷様、でした」
「う、ぁ……うぁ、ああ……あああああ……っ」

崩れ落ちるように彼が泣き出す。慟哭がテント内に響く。

「もっと、もっと色んな事が出来たはずなんだ……なのに、俺は……俺は……っ」

後悔、悲しみ、不甲斐なさ、過去にしてきた事。
そういったことが彼の中でどんどん浮かび上がっては弾けて、彼の『芯』を揺さぶっている。

「自分に言い訳してたんだっ、仕方がないって、こんな状況だからどうしようもないんだって! でも、でも、違うんだ、本当はもっと出来たんだ、それなのに、俺は何もしなくて、自分を誤魔化して」
「……私はあなたの抱える苦しみの全てを理解出来る訳じゃありません」

崩れ落ち、懺悔するような彼に私は近づき、抱きしめる。

「でも、あなたが苦しいのは判ります。だから、少し休んでも良いですよ。大丈夫です、何とかしてみせますから」
「うぁ、あ……あああ……ああああ……っ」

強く抱きしめ返される。苦しくて、痛い程の力。
その痛みと苦しみは彼が感じている物の何分の一なのだろうか? そう考えると胸が詰まる。

「ごめん……ごめんなさい……ごめん、ごめん……っ」

泣いて、謝りながら彼は私は抱きしめる。
……でも、その言葉はきっと私に対してだけではなく……他の人に対しても送られているのだろう。

「良いですよ……これで少しでも楽になるなら」
「うぁ、あ……う、くぅ……うぁ、ああああ……ああ、ぁぁぁぁ……っ」

洋服が少しずつ濡れていくのを感じながら、私は彼の背中を撫でる。
もうしばらく、きっとこのまま……でも、それで彼が少しでも楽になるなら私はそれを喜んで受けいれよう。



『不幸とは何だろうか?』

彼はただ私を抱きしめ、私を誰かに見立ててひたすら謝り、泣き続けた。
どれほどの時間が経っただろうか? 感覚が麻痺するほどの時間が過ぎた頃になって、彼はゆっくりと私を離した。

「……すまなかった、みっともないところ見せた」
「いえ……大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫……一生分泣いたかな、うん……何だか妙にスッキリしたよ」

彼の目はまだ赤い。私の洋服は彼の涙で濡れ、抱きしめられた事でしわが幾つも出来ていた。

「あの……少し休んでも良いんですよ? あなたの仕事なら、私が代わりにする事も出来ますから」
「いや……ありがとう。でも、これだけ泣いたし、スッキリさせて貰ったんだ。いつまでも……甘えてられないさ」

少し照れた様に、それでもしっかりとした表情で彼は応える。
それは挨拶の時に何度か見た『彼』の顔だった。

「……本当、ありがとう。あと、その……ごめんな、何かその、悪い事した」
「? いえ、気になさらないでください。少しでもあなたの苦しみが和らいだのなら、それ以上の事は無いですよ」
「……勘違いするから、もう少し言動には気をつけた方が良いよ、君は。優しそうに見えるし、そんな態度されると誤解する奴も出てくるからさ」

そう言われて、彼が何を言いたいのかようやく判った。
一気に顔が赤くなっていくのが判る。目を合せる事が出来なくなった。

「はは、ごめん。まぁ、それに甘えた俺が言えた義理でもないし、俺は勘違いしてないから安心してよ」

バツが悪そうに彼は言うと、私の洋服を軽く直してくれた。

「俺も出かけるからさ、君も戻りな」
「どちらに向かわれるんですか?」
「……仲間の所。今日休んで悪かった、今からちゃんと働くって謝りにね」

彼はそう言うと照れたような、困ったような笑顔を浮かべる。
感情的になっていたのを今思い出して、きっと恥ずかしいのだろう。それは判る。

彼の言葉に頷き、私はキャンプを出て彼と別れた。
さすがに日はまだ落ちていないが、難民キャンプ全体は昼の時と比べると喧噪は静かな物になっていた。
何人かの大人が環になり、瞑想をしていたりする。私はそれを邪魔しないように歩きながら、自分のキャンプへと戻った。

自分のキャンプに戻ると私の姿を見て、連絡を持ってきた子が慌てたように走ってきた。

「あ、大丈夫だった? なんか酷い事されなかった!?」
「酷い事って……大丈夫ですよ、心配する様な事は何も無かったですから」
「そう? いや、見た感じ服が乱れてるから、ちょっと心配しちゃったんだけど……本当に何も無かった? あんた、押せば倒れそうっていうか、そんな雰囲気があるから……それに服も乱れてない?」

……ああ、そうか。確かにそこだけ見たら、誤解されても仕方ない。
また顔が赤くなっていくのを感じる。即座に否定すれば良いのに、そういう勘違いをされていると思うだけで顔が赤くなってしまうのは、自分でも良くない癖だと思う。
そんな私の様子に彼女は更に誤解を強くしそうになる。私は慌ててあった事をかいつまんで話した。
もっとも、彼にとっては恥ずかしい事だったと思うので所々ではぼやかしてはおいた。

「そっか……まぁ、良くある事っちゃ良くある事だけどね」
「ええ……仕方ない事、なんでしょうけど」
「みんな無事で情勢が良ければ、そもそもこんな場所でこんな風に生活してる訳無いしね。そう考えると少し気が重いよ」
「そうですね……そういえば、広場の方で環になって何かしてましたけど、あれはなんでしょう?」
「ああ、瞑想通信の為の樹を育ててるんだよ……通信が出来ればさ、色々と判るかもしれないでしょ?」
「でも、すぐに樹が育つ訳でも無いのに……」
「みんなさ、やっぱり不安なんだよ……家族の安否が判らない人も居るし、他国の知り合いとだって連絡がつかない事が多い。なら、自分達でやるしかないでしょ……どれだけ時間がかかってもさ」

彼女は諦めたような、それなのに前向きな……不思議な笑顔を浮かべた。

「良し、んじゃ、あんたは今日はもうお休みで良いよ。あの子達はあたしが今日は面倒見るからさ」
「そんな、悪いですよ。私も仕事しないと」
「あんたはもう、仕事したじゃない。働き手の男、1人助けてくれた。それだけで大感謝さ。良いからたまには休みな、自分の休みもああいうトラブルがあると働くの、あたしは知ってるんだからね?」
「でも、私は好きでやってる訳ですし、無理してやってる訳では」
「はぁ……あんた、自分から不幸をしょいこむタイプよね。良いから、たまには甘えなさい。息抜きも重要、良いわね?」

彼女はそう言うと「ほら、子供達に気づかれる前に行った行った」と強引に私をキャンプの中に放り出してしまった。

急にお休みを貰ってしまった……どうした物だろう?

別に生き急いでいるつもりも無ければ、無理をしているつもりもない。
ただ、自分にもやる事がある、やれる事がある、と思ってやってきただけに、こうして不意にお休みを貰うと少し困ってしまう。
それに対して「自分が空っぽだ」とからかわれた事もある。
でも、そうじゃない。私にだって自分の時間とプライベートはある。
ただ、他の人よりもその割合が少し小さいだけなんだろう。
それ自体を『可哀想』だと、『不幸』だと言う人が居る。他人の為に自分を捨てる様な行為だと言われる事もある。

『不幸とは何だろう?』

私にとって、それは判らない。でも、私は不幸ではないと思う。
確かに住むところは無くなった。今は生活に不便もある。時折だが、自分ですら厄介と思う事に巻き込まれる事もある。

それでも。

「…………」

難民キャンプの一角、先ほど彼女が通った場所の近くで見覚えのある姿が見えた。
『彼』は小さくジェスチャーで自分に挨拶をしてくる。恐らく、近くに居る瞑想している人達の邪魔にならないようにだろう。
『彼』と話をするには確かに瞑想している人達の近くは良くないだろう。それに、せっかくなら他の人に邪魔されない場所が良い。


鋸B:「こんにちは。おひさしぶりです」

芝村:
鋸Bは微笑んだ

芝村:
鋸Bはそれとなく貴方を案内した。

雅戌:
「こんにちは。またお会いできて嬉しいです。例によって突然すいません」


『彼』が微笑む。私はそれに微笑み返す。笑みを交わすだけで感じられる事も、ある。

これからちょっとだけ、プライベートの時間。

私は決して『不幸』なんかじゃ、ない。



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引渡し日:2011/07/05


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最終更新:2011年07月05日 16:09