No.57 カイエさんからの依頼



そこは日本様式の見合い会場。
中庭も日本庭園で、庭の真ん中にあつらえてある池には高級そうな鯉が何匹も泳いでいる。
-かぽーん。
ししおどしの音が美しく響く。

そんな日本家屋のような建物、襖で仕切られたある和室の一室に、バルクはいた。びしょ濡れで。


バルクとの見合いを希望し、その願いが叶った愛鳴藩国のカイエは、そんなバルクの姿に、見惚れそして慌てた。
バルクの綺麗な黒く長い髪は水に濡れウェーブになっている。
目の前のカイエを見て、先に口を開くバルク。
「失礼しました。なぜか襲われまして」
「いいえ、大変でしたね。お手伝いしましょうか?」
「ええ。戦争には慣れているんですが、こういうのはどうも」
そう言いながらしっとり濡れた髪を少しかき上げる仕種にドキドキしながら、カイエはバルクが手にしていたタオルを借りると、バルクを拭き始めた。
(あぅっ、水も滴るいい男って、バルク様みたいな方を言うんだろうな)
タオルを持つ手が少し震えるカイエ。
「いえ、貴方が汚れます」
そう言ってバルクはカイエを止めようとしたが、彼女は奪ったタオルを渡さない。
「お気になさらないでください、それに風邪を引くかもしれません」
カイエはふわっとした優しい笑みを見せると、バルクの濡れた身体を拭くために、警戒されないようそっと近付いた。
近付くカイエを嫌がりはしなかったが、何故か唇を守りに入るバルク。カイエは彼の反応を見て再び優しく微笑んだ。
「いきなり食いついたりはしませんから」
「あー。うん。ごほん。失礼しました」
そんなカイエの笑みに癒されたバルクは、幸せそうにカイエに身を預けた。

バルクの身体を拭いていたカイエは、その身体が微かに震えていることに気付き「寒くはないですか?」と尋ねた。
「いささか」と素直に答えたバルクが濡れた黒い服をいまだそのまま身に纏っていたことに気付く。
「着替えたほうがいいかも…」
ポソリと漏らされたカイエの言葉に素直に「はい」と言うと、バルクはいきなり下帯を残しすべての衣類を脱ぎさる。

「!!???はわわっ!」
「そんなに恥ずかしくもない身体ですが。傷跡がないのが残念ですが」
いきなり脱ぎだしたのと、なかなかに鍛え上げられた綺麗な筋肉が目に入り、顔を真っ赤にするカイエと、そんなカイエを不思議そうに見るバルク。
カイエは目のやり場を捜し必死だった。
「い、いえ、鍛えてらっしゃるんですね」
「まだまだです。私は、私が目指す、まだ一人も、倒してはいない」
先ほどまでの眼差しと、また違う眼差しに見惚れるカイエ。
バルクは何やらを想いながら、カイエに語りかけていた。

「強い人がお好きなんですね」
「好き?……ああ、そうですね。好きなのかもしれません。そう言うことを言われたのは初めてですが」
ふと、遠くを見つめるバルクの瞳。
「ただ、戦ってみたいのです。どうしようもなく。勝てないでも、上手くいかないでも、自分の力で、戦ってみたいのです。本当に強い人物と」
その瞳はどこか悲しげで、自嘲を帯びていた。
「皆は笑いますが」

カイエはバルクの言葉をただただ優しく聞いている。
「努力なさっておいでなんですね」
なんて真っすぐな人だろ、と。そう思った。
そして、言わずにはいられなかった。
「私はそのお姿を見て、あなたに会いに来ました」
しかし、バルクは自嘲を止めなかった。
「いえ。それがうまくいっておりません」
「いつかうまくいきますよ!努力は報われるものです」
バルクを励ますカイエの言葉に、彼は微かに首を振ったように見えた。
「バロは武門だけでいけばそこそこにはなれるといいます。ですが、私は魔術師を棄てられないのです」
「それはどうしてなのですか?」
自分の言葉を聞いてくれる、目の前の女性にバルクはそっと手を伸ばす。
内心ドキドキなカイエは、そのドキドキを必死で隠しながら「どうかなさいましたか?」と言った。
「手を、握ってくれませんか」
彼の申し出に「はい」と答えると、自らに伸びてきたバルクの手を両手でそっと、優しく包むカイエ。
それは宝物を包み込むかのように優しく触れていた。


カイエの両手が触れると、バルクは杖を呼び飛翔の呪文でカイエごと飛んだ。
「わあ!すごいです、バルク様!」
「いえ。なんの価値もありません」

二人がある屋敷に着地した瞬間、子供たちが現れるとカイエ達に抱き着いてきた。
「かわいいですね」
子供が好きなカイエは、自分達に抱き着く子供達が純粋に愛おしい。
そんな子供達に抱き着かれながら、カイエはバルクを見た。
「この子達は?」
カイエの瞳に、その質問の答えではない言葉を紡ぐ。
「魔術師だから、できることもあります。治療や、親探し、勉強を教えることも」
「そうですね、立派なことだと思います」
子供達の相手に専念したために、カイエは彼の表情に気付いていない。
「いえ。中途半端なのです。私は。魔術師に専念すれば、あるいはもっと多くを、助けられるかも知れません。でも、力を試すことも捨てられないのですね…」

「でも、それでいいと思います」
少しの間の後、カイエから発せられたはっきりした言葉。
バルクは彼女の言葉にハッとした。
「……申し訳ない」
「どうされました?」
「中途半端を悪く、思いました」
「思いも何もなく半端なのとは違いますから」
バルクの色々な表情を見て、幸せを感じずにはいられないカイエ。
そんな彼女を我に還らせたのは子供の声だった。

「なんでバルクは裸でねーちゃんといるの?」
純粋にバルクを見詰める子供達。
しかしカイエはそれどころではない。
(ぎゃわっ!忘れてた!)
あわてふためき、辺りを見渡す。
「何かお着替えになるものはありませんか?」
そんなカイエを不思議そうに見るバルク。
「いえ、男ですので裸でもかまいません」
「え、えとあの、おなか冷やすかもしれませんし…」
あの、その、と口ごもる。
「というか、このまま私が襲い掛かってもいいんですか」
カイエの告白にまたもや何かを思い出したバルクは、とっさに唇をかばった。
「あなたの裸は十分魅力があります…わたしには刺激が…」
バルクと子供達の視線がなんとなく痛い(ように感じる)。

(なんてこと言わせるんだっ!)
カイエは批難するような眼差しを向けるが、バルクはえーという顔を返す。
「良くわかりません」
「私は、あなたが気になったので会いに来ました。あなたをもっと知りたいのですが」
「はあ」
バルクは警戒している。
それでも怯まないカイエ。
ここで怯むわけにはいかない。
「ええと、たとえば、好きな食べ物はなんですか?どんな本を読みますか?」
「あなたに飛び掛るのはそういうことをたくさん話をした後でよいのです」
「食べ物には好き嫌いは、ありません。本は、魔術書を」
ここまで答えて、カイエの思惑を違う方向から見るバルク。
「戦う前に相手を知りたいわけですね。ですがそれでは、偵察しますので教えてくださいと敵におしえるようなものです」

このバルクの反応には少しむー、となったがここはもう引き下がれない。
恋する乙女として。
「必要ないかもしれませんが、私のこともお知らせします」
「はい」
「私はイタリアンが好きです。自分で料理もします」
「はい」
「好きな本はたくさんあります」
一呼吸。そしてバルクを真っ直ぐ見詰めた。
「あなたのことが好きです」

バルクがカイエの気持ちをどう受け取ったのかは解らない。
ただ、カイエの告白に頷いた。
「なるほど」
「私にあるのはそれだけです」
カイエの告白を聞いたバルクは礼をした後、ファイティングポーズを取り、カイエへ向かって言った。
「では、お相手いたします」
カイエも頷く。
「では、よろしくお願いいたします!」
お辞儀をし、走っていった。抱きつくために。



しかし-

カイエはバルクにいきなり殴られたのだ。
いくらバルクが魔術専門とは言え、それなりに鍛えた身体に比べ、カイエは女性、それも小柄で細身なのだ。
バルクに殴られて、無事なハズもなく。

カイエはそのまま、その場でぶっ倒れ、意識をなくした。


 *****


カイエは知らない。

あの後、バルクが子供達に責められたことを。

そして、バルクが次にカイエに会った時は、まず最初に謝ろうと誓ったことを。


【終わり】


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最終更新:2007年09月26日 17:47