雅戌@玄霧藩国様からのご依頼品


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 小笠原の秋空に硝煙の匂いを運びながら、それは訪れた。
 べきべきと、むき出しのコンクリートが悲鳴を上げる。風は、どこか怯えるように小刻みに小さく吹き荒れた。
 アスファルトを捲りながら現れた戦車は、その巨体を遺憾なく、待ち構えていた2人の男性に見せ付ける。彼らの隣につくと、天を貫く砲塔を旋回させ、まるで頭を下げるようにそのごつごつとしたフォルムからはとても予測できないほどの謙虚さを見せた。
 鈍色の装甲が照りつける陽光を反射する。
 その様は、兵器としての仰々しい威圧感と、完成された美しさを兼ね備えて見えた。
 男性たちが狂喜する。男はいつだって、誰だって少年らしい一面を持っている。もはやその形が意味合いの薄い人型兵器、大空に翼を広げて支配する戦闘機、重力の縛りを振り払って真空世界を駆け抜ける宇宙船……。彼らにとっては、戦車というこのわかりやすい力強さこそがそれだった。

 そしてそれは、この2人だけではない。

 停止した90式戦車の中で、カチャカチャと何かが動く気配がする。
 まるで舞台袖でそわそわする芸人かなにかのようだ。そう思いながらも、期待に胸を躍らせながら見上げる彼らの目の前で、戦車の上部装甲が勢いよく開き、狭い穴から3人の男たちが、青空の下に顔を出した。

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 秋空に蝉が鳴く。なんともおかしな光景だ。
 季節感の違う南国の密林は、世間的には秋であっても特に大きな変化はない。いつもどおり蝉は煩く、日差しはじりじりと身を焼き、種類もわからない鳥が空を駆けていく。
 故に、密林の中に戦車がいても、それは言うほどに奇天烈なものには見えなかった。
 その、風流も何もあったものではない世界に、一筋の虹がかかった。人間の子供くらいだろうか。それほどに小さな小さな虹だ。
 それを眺め、虹を作った水を霧雨のように撒き散らしている男は惚けた顔で、さらに握っていたホースを振り回した。降り注ぐ水が戦車の泥に塗れた装甲に溜まり、固形化したそれをどろりと溶解していく。そこにすかさず、デッキブラシによる、撫でるような応酬が加えられ、見る見るうちに戦車は輝きだす。
 男の動きは、まるで舞踏だ。無駄だらけのようでその実無駄はなく、洗車という行為を最大限に楽しみながらも、それを疎かにするようなことは一切していない。

「小太刀小太刀」
「ん?」

 遠巻きから眺めている2人の男――三輪清宗と小太刀右京が呟く。その表情は、感心しているようなものでこそあれど、目だけはホースを片手に踊る男への哀れみを忘れていない。

「加納君はなんであんなに元気に戦車を洗車して――」
「ギャグですか」
「違います」

 言い終えるよりも素早く、きりりとして聞き返す小太刀に、三輪もまた電光石火の早業で切り返す。前振り一切なし。阿吽の呼吸というに相応しい。

「そう、アレは数日前のことなんですが……」

 とまれ、あまり面白くなかったようなので、咳払いをひとつ挟みながら小太刀は思い返す。自分たちが小笠原に呼ばれたことと、その直後の彼の反応を、鮮明に。一字一句はさることながら、身振り手振りまで含めて、すべて。

「『小笠原ってアレだろ? いちゃいちゃすることろだろ? そこに汚れたまま行くわけにもいくまい!』だ、そうです」

 思い出した割には、一言で終わってしまった。実際、この台詞の直後に、加納は新品のデッキブラシとホースとカーワックスを買いに走っていった。そして拘りどころが何かおかしいという点を指摘するまもなく、今に至っている。
 そしてそもそも――

「あれ、私たちを呼んだの、男性じゃ――」
「夢は壊しちゃ、いけないと思うんですよ」

 小太刀は天を仰ぐ。雲ひとつない青空が眩しい。まるで思い込みで鼻の下を伸ばしながら、キラキラと輝く笑顔で洗車している加納のようだ。
 そんなことを思いながら、視線を加納へ戻す。何かもう、既に脳内で顔も名前も知らない相手と添い遂げるシミュレーションを済ませているかのようなその姿は、夢とか以前に真実を教えてあげられる空気ではない。
 三輪も合点がいったのか、並んで生暖かい目を彼に向けながら、優しく見守ることにする。

 数時間後、真相を知った加納がワックスをぶちまけたのはまた別の話。
 その傍らで新車の如く光り輝く、一両の物言わぬ戦車だけが満足げに佇んでいた。

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引渡し日:2009/04/


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最終更新:2009年04月10日 19:32