ここに一人の男女の物語の一片を語ろうと思う。
男の名前は青森恭兵、少女の名は扇りんくという。

蜜月を過ごしたはずの、その数日後にりんくの元に届いた手紙は全てを打ち砕く内容であった。
「あ、青森さん…!? どうして…!」
男から少女への別れの手紙は短かった。
お前は悪くない、幸せになってくれ。そしてさよならという言葉だけである。
どこからどう見ても別れの手紙。普通なら全てが涙で終わるところである。
そう、普通ならここで物語は終わるところであった。
「悪くないなら、どうしていなくなるの…! 私の幸せは、青森さんと一緒にいることなのに…!」
ばかー!!!と叫ぶと、りんくは物凄い勢いで荷物をまとめて家を飛び出した。
青森が一つ間違っていた事は、こと色恋事に関することで乙女の辞書に諦めるとか泣いて忘れるとかその手の言葉は存在しないのであった。

飛行機から降り立つと、熱い風が吹いて来る。
ここは北海島に位置する砂の国、キノウツン藩国。とある一件以来、青森が長らく根城としている国である。
空港を出ると、りんくは早速手がかりを得るためにあちこちの人に聞き込みを始めた。
「手がかりを知ってそうな人…だれか、青森さんを知りませんかー!?」
だが、流石に全く知らない土地である。手がかりも無いまま時間だけが過ぎていった。
じりじりと太陽の熱が体力を奪っていく。森に囲まれた世界忍者国との気候の差に苦しむりんく。
とりあえず目に入った木陰で荷物を降ろすと、携帯を取り出す。おそらく小笠原に出かけていなければいるであろう知り合いの番号へとかけた。

十分ほどすると、ひょこひょこと曲がり角から一人の男が手を振りながらやってきた。
「こんにちはー」
「こんにちは、お久しぶりです。突然ですか青森さんをしりませんか、高原さん」
「青森をついに持って帰りにきたんですかw」
ド迫力のりんくに早く持って帰ってくださいよ、うちが暑苦しくていけません、とへらへらと笑い返す高原。中の人が言うのもなんだがこれでいいのかこの男。
「まあ、ある意味そんなところです。というか、もう首輪をつけて連れ戻しに行くくらいの感じです」
りんくの言葉に、首輪をつけた青森を連れて散歩している姿を想像する高原。
鎖と首輪らしきものが荷物からはみ出ているところを見ると、それほど間違った想像ではないようだった。
「青森なら、市街地です。なんなら案内しますよ」
「でも、いなくなっちゃったんです。置手紙を残して…! それで、手がかりを探しに来たのですが、何か知りませんか?」
「え?いや、それは本当ですか」
うちの嫁じゃあるまいし、と呟く高原。何か似たような経験があるらしい。
「本当です…。ほら、こんな手紙が」
りんくが取り出した手紙を読みながら、高原は何か考え込んでいる。
「というか、居場所に心当たりがあるならぜひ案内してください…!」
「あ、はい。余計なのが乗ってますけど、どうぞ」
りんくの言葉に我に返ると、高原は元来た曲がり角へと戻っていく。
「よ、余計なの? あ、えと、お願いします」
慌てて荷物を背負うと、りんくも曲がり角を曲がる。
一台のオープンカーが止まっていた。目にも鮮やかな赤一色で塗られている。
「なーにが余計なんだか」
助手席に座っていた女性が、片肘をドアについて呟く。
りんくは目の前の人物の名前を思い出そうとする。そう、確かアララ・クランとかいう人である。
でも確か普段はながみ藩国にいるのでこの国にはいないはずではなかっただろうか。あと、髪の色も違った気がする。
そこまで考えて、はっ、と慌てて挨拶をした。
「え! あ、初めまして…。扇りんくです。ちょっとお邪魔します」
りんくはわたわたと後部座席に腰と荷物を降ろす。
「気にしないで」
ひらひらとアララは手を振る。その間に高原はシートベルトを締めると、車のエンジンに火を入れた。
「お二人とも、ありがとうございます」
「すぐですよ」
がっこんとシフトレバーを入れると、車のタイヤが高速回転する。
それから到着までの事を、りんくはよく覚えていない。必死に車体にしがみついていたからである。
「って、本当にはやい…! きゃー」とか叫んだ気がしたが、よく覚えていない。
やっぱアメショーとは同じようにはいかないなあとか聞こえた気もしたが覚えていないのだ。
砂の舞う道をドリフトで流したまま通過すると、そのまま盛大にスピンして車は一件の家の前に止まった。
「急いでるわね」
「急がんでか」
猛スピードで駆け抜けたのにも関わらず、普通に会話をする二人。
「あ、ありがとうございます。えっと、それで青森さんはこのあたりに?」
「ここがやつの家です。一人暮らしがいいと買いやがりまして」
高原が目の前の砂を固めて作ったような家を指差す。酷く簡素な家だ。
「青森さんの家…! 勝手に入ってもいいですか?」
「もちろん」
鍵はこいつです、とダッシュボードから取り出してりんくに渡す高原。どうでもいいが何故鍵を所有しているのだろう。
「ご協力感謝です! では、お邪魔します」
急にしゃきっとりんくは立ち上がると、家へと歩いていった。
鍵を開けて家の中へと足を踏み入れる。心臓の鼓動が、少し早くなる。
家の中にはわずかな家具以外、何も残されていない。
「なにか、何かない…!? これは…」
りんくの目にしなびた花束が止まる。テーブルの上に置かれた白い花束。
花束を手に取ってみる。かさり、としおれた葉が擦れて音を立てた。
花束の下には、指輪が一つ置かれていた。りんくの指にあるものと同じ、2つしかない指輪の一つ。
約束は約束だ、と言って最期に会った時にくれた思い出の品。
あの時の表情が一つ一つ、一緒に浮かんでくる。
「……ばか」
そのままりんくは少し泣いた。涙を流さないと、何だかここでくじけてしまいそうだったから。
やがて指輪を手にしてポケットにしまうと、りんくはぐい、と涙を拭いて家を出た。
「高原さん、すみませんが他に行きそうな場所、心当たりとかありませんか?」
ああ早かったですね、と言いかけた高原はりんくの言葉にアララと顔を見合わせる。
「えーと。いや、貴方の家くらいしか…。だいたいなんで、変じゃないですか。何があったんですか」
「私の家…なるほど。それがわかるなら、こんな苦労してません…」
「あ……すみません」
ええと、どうすれば、とあわあわする高原を尻目にりんくは何事かぶつぶつ呟いている。
「どうせ、幸せなのが怖くなったとかに決まってる…! 男の人はこれだから…!」
徐々にエキサイトしてきたりんくを見て、アララが呟く。

「相手に飽きたとか」

りんく、なるだけ考えないようにしていた答えを言われて一気にしゅんとなる。
「アララ……」
「って、アララさん。それはちょっと凹みます…」
「じゃ、貴方に致命的欠陥あったとか」
「う……そ、そんなことないと信じたいですけど(涙目)」
二人のお前この空気でそれはあかんやろという視線をものともせず、淡々と語るアララ。
「アララ、ダメです。追い討ちかけたら」
「あら、同性としては冷静な判断だけど」
くすくすと笑うアララ。
「とにかく、そのあたりの事情もひっくるめて、本人に問いただしにいきたいんです。力を貸してくれませんか?」
「もちろんです。アララ、さんがどうあれ、手伝います」
手伝ってるつもりだけど、と言っているアララをとりあえず置いておいて高原がどんと胸を叩いた。
「ありがとうございます。お二人とも!」
りんくは頭を下げると、大急ぎで私を送ってくださいと頼んだ。
本当に大急ぎで本州までぶっ飛ばされたのでやっぱりその間の記憶はよくわからなくなった。

「ただいまー!!」
到着もそこそこに世界忍者国の自宅へと飛び込むりんく。
自分が荷物を纏めて出て行ったときのままで、何も変わっていない。
特に誰かが寄った気配も無く、手紙などもなかった。
「ここじゃ、ないの…? あと、あの人が行きそうなところ…」
ぷるぷると握った拳を震わせると、窓を開けて思い切り息を吸い込む。
「青森さーん!!!! どこいったのーーーー!!」
ビリビリと周囲の空気を振るわせるりんくの叫び。そんな魂の叫びを車に乗りながら高原とアララは聞いている。
「アララ、なにかありませんか」
「戦争屋でしょ?戦争よ」
「今は休戦期です」
そんな掛け合いをしていると、家の中からりんくが出てくる。叫んだせいか酷く憔悴していた。
「ぜー。ぜー。アララさん、お願いです。青森さんが行きそうな戦場を教えてください。というか、今戦場になってそうなところを」
そんなもの(休戦期)誰が決めたの、とぶつぶつ言いつつアララは少し考えて横に首を振った。
「パーフェクトワールドとかではないでしょうし…そもそも、そんなところには行けませんし…」
りんくはうーんうーんと頭を抱えて目をぐるぐるさせている。
「私のほうでも、国通じて調べてみます。あの、なんというか、元気出してください」
「すみません。お願いします」
疲れきった表情でりんくはありがとうございます、と付け加えた。

りんくの家に高原とアララが再び訪ねてきたのはそれから数日後の話である。
調査は続行しているが、全く情報がないという答えだった。
流石に凄腕の元イリーガルである。足取りどころか目撃情報すら手に入らない。
沈痛な表情のりんくは、携帯を取り出すと世界忍者国の国民が誰しも『最後の頼り』とする人物へ電話をかけた。

第6世界群の一つ、通称式神世界と呼ばれる世界。
東京市にある玖珂家ではじりりりりん、じりりりりんと黒電話が鳴っている。
はいはいといいながら台所から誰かが走ってきて受話器を取った。
「はい、玖珂でございます」
この女性は玖珂ミチコ-元(?)セプテントリオンにして橙のオーマ。更に元世界の秩序と未来の神様の母親という玖珂家最強の人である。
受話器の向こうから物凄く早口であわあわとまくし立てる少女の声が響く。素早く受話器を耳元から放すと、ミチコは相手が落ち着くのを待って話しかけた。
「どうしたの?」

「青森さんがいなくなっちゃったんです。捕まえたいんですが、どうすればいいですか?」
家にはいなかったんです。白い花束と、指輪が一個だけ。とその後ろに付け足す。
『……そうね。彼は家を買ってたようだけど。今確認したわ、キャンセルされている』
どうやって、と聞いてはいけない。ミチコにはそれが出来るのである。
「そうなんです。現在地すらわからなくて……」
「小笠原でなにか起きたと考えたほうがよさそうね」
貴方に会いたくない、かしら、と少し言いづらそうに答えるミチコ。りんくの背中がますます小さくなる。
「……うう。でも、私は会いたいんです。会う方法はありませんか?」
『会ってどうするの?……原因が貴方なら、冷たいようだけど、会っても何の解決にもならない』
「……原因が私でも。それでも、会って事情を聞かなきゃ納得なんてできません。ましてや、何が原因かすらわからないんです」
携帯を持つ手に力が入る。みしみしと軋む音が受話器にも聞こえており、ミチコはため息をついた。
『……おちついて。何も、思いつくことはない?手がかりは?』
「お、落ち着けません…えと、原因…かもしれないのは、『引退する』とか言ってたあたりのような気も…今手に入れた手がかりは、家にあった白い花束と、指輪しか。あと、手紙…」
『引退する……どう答えたの?』
ミチコの問いにええと、と言いながら海岸沿いでの出来事を頭の中で再生してみる。確かあれは指輪をつけてもらってきききキスをしてもらって抱きしめてもらった時だったはず。
「私、そんなに弱くないつもりですよ。青森さん、絶対子供が危ないのを見過ごせないじゃないですか。って答えました。」
「遠まわしな拒否に聞こえない?」
いつの間にか背後に回っていたアララが、少し前かがみになっていたりんくに体重を預けながら会話に割り込む。
自分が青森を拒否した、という今まで考えていなかった方向の意見に、りんくの表情は青ざめた。
「え…! そ、そんなこと少しも考えてなかったです…」
『微妙な線ね……他に何かなかった?妙によそよそしいとか』
「妙によそよそしい……夏も終わりだなとかは言ってましたけど…」
うーんうーんと考えるりんくの耳元でアララが囁く。
「Hを断ったとか」
「え!?」
時速100マイルを超える直球ど真ん中の発言にりんく、赤面どころか体温が急上昇する。
「貴方だけです。すみません、この人は愛情表現がえーと」
言葉に詰まってひとしきり謝った後、額に指当てて頭痛そうにちょっとこっちきなさいとアララの首根っこ掴んで外へ引きずっていく高原。
なによー相談に乗ってるだけじゃないのーといった発言がだんだんと遠ざかっていった。
その間にりんくはすーはーすーはーと深呼吸を繰り返して、落ち着きを取り戻していた。
「えーと…えーと…ちょっとだけ心当たりのようなものはあったりなかったり…(汗)」
ふうん、とりんくの言葉を受けて、ミチコは少し考え込んだようだった。
『夏も終わり……恋の終わりみたいな表現にも聞こえるわね』
「!!」
そんな、という形に口が動く。だがあまりのショックに言葉が出てこない。
『でもHなこと断ったくらいで別れ話になるかしら……難しいわね。相手はどんなティーンエイジャーかしら』
「……青森さんはいい年したおっさん(byソーニャさん)です……」
『だったら……そんなにせっぱつまってもいないとは思うけど……』
流石に一般常識をわきまえた主婦である。青少年のことを考えて直接的な表現を控えた発言であった。
それはそれとして電話から聞こえてくるミチコの声も、大分困っているようだ。
「じゃあ、どうして……」
もういろいろな世界を飛び回っている出張鳥の須田にでもすがるしかないのだろうか、そんな考えがりんくの頭を掠める。
『どうして……他にはなにか』
りんくの必死な思いを感じて、何とかしてりんくの話から手がかりを得ようとするミチコ。
「愛情表現がわかりづらいとか、悩み相談で好きな人と一緒にいられないとか言った事は関係なさそうだし…」
あと気になるのはやっぱり引退の話のときに出た、『家族が人質にされたらそれで終わりの軍人では役に立たないんだよ』くらいです…と少し涙目になりながら話すりんく。
『その線もあるか。でも、それなら、引退の話はふらないか……他には、ない?本当に?』
「他…えーとえーと…初っ端に、神様に悪い気がするとか言ってましたけど。だからどうしたとも言ってたし…指輪くれたときも普通だったし…散々子供だとは言われましたが…」
『……子供だとなにか問題が?』
子供、という単語にミチコが反応する。
「って、子供でもいいとは言ってくれてたはず、です。たぶん」
たぶん、か、と呟いてから数秒経って、ミチコは一つの仮説を口にした。

『相手が子供過ぎて、愛情でないことに気付いた。とか』

「……!!……あう………」
違う、きっと違う。そう頭の中では思っているのに、言葉が、出ない。
またしても、沈黙が支配した。
『結論は出たみたいね』
さて、どう慰めればいいかしらと考えをめぐらせるミチコにこの日何度目かの衝撃的な発言がぶつけられた。
「み、ミチコさん。私を大人にしてください……!できるだけ今すぐに……」
ミチコ、危うく受話器を落としてすっ転びそうになる。
何とか態勢を保つと、再び受話器に向かった。
『……え、どうやって(汗)』
「どうにかして」
目が据わっている。りんくが見えないはずなのにミチコはそう感じた。
声だけでそれを察せるのだから、相当なものである。
『どうにかって、時が解決する問題をどうやって』
「なんかないですか!方法とか怪しい薬とか!なんでもいいですから!!」
時間が解決じゃ遅いんです…!とりんくが叫ぶ。あまりにも痛々しい叫びに、しかし逆に冷静になるミチコ。
『外見や体つきはどうにでも出来るわ。でも、それが本当の問題かしら』
「中身が大人になる方法…!」
『ないわ。そんなものは、どこにもない』
「……うう。青森さんのばか。それなら、面と向かって普通にそう言ってくれればいいじゃない。手紙だけ残していくのなんて、卑怯だ…」
『会えば、気が変わるとおもったのかも知れない』
「やっぱりずるい。そんなの。会いに、いってやる。絶対、会いにいってやるんだから…」
床に座り込んで、涙を流しながらそう言い放つりんく。この瞬間、彼女の決意は新たに塗り替えられたのかもしれない。
『一応、調べるだけ調べておいてあげる。彼の居場所を』
来週にでも連絡するわ、とミチコは約束した。
「ありがとうございます、ミチコさん。よろしくお願いします」
『OK』
ガチャン、という音と共に通話が途絶える。
りんくは顔に残っていた涙を腕で拭くと、再び荷物を纏め始めた。
人に頼っているだけじゃいけない。自分で探し出して、自分で文句を言わなきゃ。

「全く、恋する乙女は大変ね」
受話器を戻すと、ミチコはそう言って少し微笑み、手早くエプロンを外して茶の間にいるであろう養父に少し出かけてきます、と声をかけた。

今回語れる物語はここまでである。この先の結末はまだ誰も知る事は無い。
機会があれば、また物語を語らせていただく事にして、今日はここまで。

扇りんくの大冒険 エピソード5~運命の逆襲~了


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最終更新:2007年09月26日 14:58