NO.54 あおひとさんの依頼


本気だ。
何よりそれが伺えて、善行はご機嫌だった。自分も捨てたものではない。誰だ、賞味期限切れなんて紹介状に書いたのは。



風変わりにも頭の両脇からねじれた角を生やし、薄青色の振袖を着ている女性の、磨きぬかれた容姿と鍛えあげられた振る舞いは、この一瞬のために注ぎこまれた労力を一目で無言のうちに伝えており、その量・質ともに、見事な努力が透けて見えた。努力は、結果に結びついてこそ価値がある。そしてこの女性の努力は成功している。女性とは、この一瞬のためだけに膨大な時間と注意を常日頃から払うものだと、経験上、知ってはいたが、いや、知ったつもりでいたが…



身のこなしから、下には別の軽装も用意しているらしい。部屋に入ってきた時の目線の配り方や足取りで、自分を守るために備えている事もわかった。この女性は、口を開けば忠孝さんと言い出すだろう。何度も何度も呼びかけてくれるだろう。それがわかって、善行はほとんどもう有頂天だった。そしてもちろん、自分のことを守らせるどころか、有事になれば、善行は彼女に指一本動かさせないつもりでいた。眉一つ動かさずに上機嫌な顔で心に決める。



彼女のまなざしは、表面ではなく、まっすぐにこちらを見つめてとらえて離さないつもりでいる。笑顔は華やかで素敵だが、その瞳の奥には青い決意の光がある。赤くとも、心は、青か。



久しぶりにとてもいい気分になれそうですね。



案内も警護もいない見合いの席で、かぽんとししおどしの音が二人の静寂によく響いた。



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中略。(お見合いの席で何があったかは割愛します)



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事が終わってから善行は、改めてにやにやと資料を手繰っていた。



他のなにもかもをなげうって、僕だけを見ている。僕と、僕から見た世界を、同じように見ようとしている。文字通り、あおひとは僕のものだ。そしてあくまで自分を見失わない芯がある。寄せてくる、過剰なまでの愛情すら、今の自分には心地よい。心地よくあるようあおひとが自身でそれを律してあるから、心地よい。



上機嫌になるなという方が無理だった。趣味にも理解があって、美人で、可愛らしくて、気配りが出来て、しかも可愛がられる(世間的にはいじめるという)のが大好き。覚悟もあって、朗らかで、きちんと恥じらいもあるのにそれを奥ゆかしく隠すことも出来る。忠孝さんと、呼ばれても困らない相手は、そうはいない。



さて……



「これからどうしましょうかね」



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人の目に、自分がどう映っているのか、わかる場所はとても少ない。



痛みを理解しているあなたがいる。
痛みを踏破し戦い続けることを選んだ僕を、理解しているあなたがいる。



いたずらなあなたがいる。
普段は見せない僕の油断に乗じて、心でいたずらなことを考えているあなたがいる。



あなたがいる。
ただ、一緒にいて、心をわかちあおうとしてくれるあなたがいる。



あなたがいる。
いつもと違うことをした、僕の心を透かし見て、いつでも知ってくれているあなたがいる。



そこにいる。
他愛のないことを互いに笑いあえる、笑ってくれるあなたが、そこにいる。



そこにいる。
ただ意味もなく、なんとなくのことでも僕を見つけて愛してくれるあなたが、そこにいる。



あなたの前では普段見せない姿も見せてしまうのだろう。
あなたと一緒にいることで、僕も何気ないことを笑える僕になれるのだろう。
あなたと一緒にいることを、僕はどんなに返り血に染まったとしても守るだろう。



今、ここに。
僕の心の中に、そっと確かに降りてきた、あなたを僕は知りました。
僕を好きだという風変わりなあなたのことを僕は確かに知りました。



血と硝煙の香りはそこにない。
いつか、あなたもそこに染まるとしても、あなたが僕のためにここにいるということを僕は永遠に忘れないでしょう。
だから僕は戦い続けられるでしょう。



あなたがあなたの想いに対して一歩も怯まず勇敢であるように、
僕はあなたに対して臆病であることを無礼としましょう。



日課のトレーニングを繰り返しながら、善行はそんなことを考えていた。
みしり、みしり、彼の態度のそうあるように、内側へと濃く詰まった腹筋が、コンマの狂いもなく穏やかにゆるやかにさかさまに窓枠からぶらさがった善行の上体を180度反転させて持ち上げる。厚い後背筋が腰周りから背骨を一直線に支えて揺るがせない。内臓が、繰り返し、繰り返し、ゆっくり持ち上げられ、鍛えこまれていく。汗は爽やかにさらさらと体表を伝い、夜風に心地よく揮発していく。



そばにちょこんと丁寧に座ってこちらを見つめている、あなたを見つめながら、善行は涼しげな顔で微笑んだ。



「あなたがここにいる、だけで満足するほど、僕は世を捨ててはいませんからね…」



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善行は、そうして時々思い出すのだ。



自分のために、最初からとてもやわらかに微笑んでいた女性が、名前で呼ぶなんていうちょっとしたことでどもるくらいに気持ちを見せて、焦ったり、真っ赤になったり、口説いてきたり、それでも最後に迷わず自分の問いに答えてにっこり微笑んだ、あの始まりの日のことを。



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『私はあなたの事を、知りません』



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『教えてくれませんか。私を好きだという、少し変わった人のことを』



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僕に出会えて恋を思い出せたというのなら、僕もあなたに倣いましょう。



手を取り彼は瞳を見た。



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「さあ…どこへ行きたいですか?」



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~お見合いは互いの未来を共に見合うためのものですよ、の巻/あるいはこんな、あるべき未来~



善行さんとあおひとさんのケース



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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎


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最終更新:2007年09月26日 17:44