黒霧@星鋼京様からのご依頼品


 帰りの馬車が襲われた。
 聞き込みをしただけでこれだった。

――いったい、アリエスはどんな秘密を抱え込んでいるのだろう。

 ホワイトスノーはふーと鳴いて身構えている。
 夕方の濃い闇に潜む敵を察知したのはホワイトスノーだった。

「闘ってもいい、どうせたいしたことはわからないだろうが」

 ラッシーは楽しそう。
 今にも飛び出しそうだった。

「もちろん、友人を刃にさらしたりしないさ」
 慣れた動作で剣を引き抜く。
 細身の刀身は夕焼けに照らされて、血の色のように妖しく輝いている。
「合図したら馬車に」

 ため息。

「もちろん、友人を一人で危険な目にあわせたりはしませんが?」
「OK。では二人で戦おう」



 などといって馬車を飛び出したはいいが。
 黒霧はなにもできないので逃げ回っている。

 いや、これで陽動になれば――
 と、戦闘開始よりずっと逃げ回っているのだが、誰も追いかけて来ていない。
もっとも、黒霧は逃げ回るので必死になって気づいていないが。
 戦力的驚異でもなければ目標でもない人間に陽動がつとまるのかというと、その可能性は限りなく0だった。

 ようやく気づいたときには、遠くで悲鳴がいくつも重なっていた。
 見ると、ラッシーが射撃手を倒しだしていた。
 そして、ようやく自分がスルーされていた事実に気づく。
 唯一こちらを気にかけるのは、射撃手を優先的に狙っているラッシーのみ。
むしろラッシーだけが黒霧に気を配らなければならないので、

(――ああっ、これは...はてしなく邪魔している気がする...)

 その通りだった。

「断言しますが僕は強くありません」
 なら出るなよと、十秒前に自分が言った台詞にツッコミをいれる。

 ふと、ラッシーが三人の射撃手を倒したところで、乱戦エリアから離れた場所から四人目が撃とうとしているのが見えた。
 遠くから見ていた黒霧だけがそれに気づいた。
 ラッシーからは完全に死角となる場所だったのだ。

 気づいていない。

 あぶないっ――という叫びは、声にはならなかった。迫る死の気配に居竦んで喉が押しつぶされた。
 だが、ラッシーはそんな黒霧を見ていた。
 そして黒霧の緊張から、自分に脅威が近づいていることを瞬時に悟った。


 銃声と金属を打つ音が同時にこだまする。

――銃弾を剣で弾くという行為は可能なのだろうか。
 思わずYahoo!知恵袋で質問しそうになるのを、黒霧は堪えた。
 相手の射撃手の拳銃は第七世界では骨董品と言えるようなもので、おそらく音の半分ほどの初速も出ないだろう。
 そこに減衰率を考慮すれば、距離によっては弾速が新幹線より遅くなる可能性も...

 まあ、だからって打てるとは一ミリも思わないが。 

「趣味にあわないなら、降りてもいいよ」

「え」黒霧はよくわからないままに反応した。

 戦いの残響に頭がしびれて抜け出ていない。
 大立ち回りにあきれているうちに戦いは終わっていたのだった。
 なにか見当違いのことを呟いたような気もする。
 ホテルに戻るならギリギリまでつきあうよ、とラッシーは言ってくれたのだった。

「うまくいえませんが...今このあたりでは、ここが一番安心できる場所だと思いますよ?」

「いや、アリエス嬢の捜索さ」

 訪ねるラッシーの表情は逆行気味の夕焼けで暗く、判断できない。
 しかしその声は明るく、好奇心と、それとちょっとだけ心配を含んでいた。

 ラッシーは自分よりも先に嗅ぎ取っていたのだろう。
 夏の暑さと空気に僅かに紛れた冒険の薫りを。

 黒霧の横では、ホワイトスノーが顔を洗っていた。

「まさか」
黒霧は、楽しそうに笑った。
「書き始めた物語は、最後まで書かないと」

 それはよかった、とラッシーは横を向いた。
 夕日に照らされてあれこれ話すラッシーは、実に楽しそうで、

「僕の城へ。妹でも案内するよ」

 もっとも9歳だがといって、また笑った。




――続く


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引渡し日:2008/12/17


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最終更新:2008年12月17日 18:20