経@詩歌藩国様からのご依頼品


まだまだ風が冷たい雪解けの初春。
詩歌藩国は王都イリューシアの大通りを一組のカップルが歩いていた。
その様子をよく見れば、歩いていたというよりは、のんびりと散歩しているようだった。
急いでどこかへ向かうのではなく、ゆっくりと終わりを惜しむように歩く。
並んで歩くこと自体に価値を見出だしている者の歩みだった。
カップルの片割れはひょろりとした優男だった。
迷彩柄のジャケットが白い肌によく映えている。
なにか嬉しいことでもあったのか、にこにこと笑い顔で意気揚々と歩いていた。
その隣を歩くのはもじゃもじゃアフロのボンバーヘッド、ではなく。
サラサラのストレートヘアをなびかせた年若い少女だった。
透き通る肌と雪のような髪は北国人特有の特徴だ。
春らしく花柄のワンピースを身につけて、男の隣をちょこちょこと歩いていた。
なぜか髪の毛が気になるのか、つまんだり、指に巻き付けたりしてしきりに遊んでいる。

それはもちろん、今回の主役。
岩崎と経の二人だった。

「それで、今日はどこに行くんだい?」
「今日はですねー、お友達に教えてもらった占い師さんのところですー」
それを聞いて岩崎は(笑顔は崩さなかったが)少しだけ意外そうな顔をした。
「なるほど、占いね。女の子はそういうの好きだよねぇ」
「すごくよく当たるらしいですよ。来年の天気を占ったら、雨粒の数まで言い当てるとか」
「すごいね。それは楽しみだな」
期待できますよと嬉しそうに語る経を見て、岩崎は微笑んだ。
本当にそんなことが出来たら立派なTLOだと思ったが、わざわざ口に出して困らせる必要はない。
女性の泣き顔を見る趣味などなかった。
「今日はなにを占ってもらうの?」
聞く前から大体の予想はついていた。
恋愛運とか、好きな人との相性とか、そのあたりだろうと。
だが岩崎の予想は外れていた。
えへらー、と笑いながら経は答えた。
「竜と仲直りするにはどうすればいいか、教えてもらおうと思って」
それは岩崎にとって、想定外の言葉だった。
ニューワールド各国を襲った竜の群れ。
それはたくさんの人とモノを焼き払っていった。
今歩いているこの王都とて道を一本外れてしまえば、いつ終わるともしれない復旧工事の様子を見ることができるだろう。
国民の多くは竜を恐れ、そのふるまいに怒りを感じているだろう。
人と竜のみぞは、深い。
それでも経は彼女なりに考えて、和解の方法を模索しているらしかった。
それを
「なにも知らない第七世界人の浅智恵」ととるか
「諦めずに努力する人の姿」ととるか。
岩崎には決めることができなかった。
いや、岩崎の中の理性と呼ばれる部分は冷徹に結論を提出してきたが、感情がそれを押し止めていた。
だから、みずからの中で答えが出る前に岩崎はこう言った。
「うん、うまくいくといいね」
さいわい笑顔は崩さずにすんだ。
昔からの習慣に少しだけ感謝する。
笑顔の経を見て、これでいいと自分に言い聞かせる。
わざわざ彼女を困らせる必要はない。
岩崎には、女性の泣き顔を見る趣味などなかった。

いまだ雪がのこる初春のことだった。



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たどりついたその場所には、どう見ても店などなかった。
かわりに駅前などでよく見かける手相占いのようなこぢんまりとした卓と、いかにも黒魔法使いますと言わんばかりのローブをまとった人物がいた。
卓には「うらないます。よくあたります」と楷書で書かれていたが、手書き感バリバリで、書いたのは女性なのか微妙に丸文字だったりするのがミスマッチだった。
「ふ、ふ、ふ~。よく来ました、こひ……えーと、まよえるこひつじよ」
黒ローブの人物が顔を上げながらそうのたまった。
途中で台詞を忘れたのか、胸元からカンペを取り出して読み上げていた。
隠しているつもりらしいが、二人の位置からバッチリ見えていた。
「うーんと、おすすめは相性占いで……」
「あれー、花陵さんなにやってるんですか?」
経がそう言うと、占い師はあわててふところからサングラスとマスクを取り出し装着した。
しばしの間があって、占い師が取り繕うようにしゃべりだした。
「えーと、お二人の相性は最高ですが、ここから南へ向かうとさらに運気上昇の気配が」
「まだ手相とか見てもらってませんけど」
「私は見ただけで占いができる、すごい占い師なので、大丈夫なんです」
「というか、やっぱり花陵さんですよね?占い師のこと教えてくれたの花陵さんだったけど、なんでここにいるんですか?」
「な、なんのことしょう?私は、ただの、占い師なんです~」
「まぁまぁ、その辺で」
と、それまで傍観者に徹していた岩崎が間に入ってきた。そのまま経の手をとる。
「占い師さんは忙しいみたいだし、そろそろ行こうか。たしか南だったね?」
「え、え、うえぇ~!?」
とられた手と岩崎の顔を交互に見ながら連れ去られる経。

そして残された占い師は
「ふー、気づかれるかと思った……」
正体がバレバレだったことに気づいていなかった。


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占い師のいた通りをあとにした二人は南を目指して歩いていた。
目的なくぶらぶらしているともいう。
ちなみに手はつないだままだった。
岩崎は手をはなそうとしたのだが、経が切羽詰まった顔で
「このままでお願いします!」
と言って押し切ったのだ。
その後、経は手の握り方を色々と試行錯誤した結果、最初と同じ握手するようなタイプの握り方に落ち着いた。
途中で指をからめるかたちの、いわゆる恋人繋ぎも試験的に行われたが、経の中の人がリアル萌え死する危険があり5秒で断念された。
その様子を岩崎は楽しそうに見ていたが、ふとなにかに気づいたように後ろを振り返った。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。気のせいだったみたい」
そう言ってまた前を向いた。いつもの笑顔だった。
「次はこっちに行ってみようか」
突然、横道にそれる。
「今度はこっち」
また違う道に迷い込む。
そうしてジグザグに進むうちに、どんどん人気がなくなってきた。
気がつくと二人のほかには誰もいない小路にたどりついてしまった。
ビルのような建物の間で薄暗い場所だった。
ふいに岩崎は立ち止まった。そのまま空を仰ぎ見る。
「やっぱりつけられてるみたいだねぇ」
「え、誰にですか?」
振り向こうとした経は手を引かれ、そのまま抱きしめられた。
「ごめんね、ちょっとこのまま我慢して」
耳元でささやく。
驚きを通り越して声も出ない経だった。
岩崎としては、カップルのふりで相手がこのまま立ち去ってくれればよし、駄目でも自分の体を盾にして経だけでも守れるようにという判断だった。
が、もちろん経に意図が伝わるわけもなく、頭の間に入れられた指が優しく髪を梳いていく感触に脳が煮えている最中だった。
「あああ、あの、これって夢とドッキリのどっちですか」
「うーん、どっちでもないと思うけど」
さりさりと頭の皮膚をかかれるのが心地よかった。
せっかくなので抱きしめ返してみた。
なんとなくごつごつした背中で、男らしい……ような気がしたが、ジャケット越しでよくわからなかった。
ふと経が顔を上げると、通りの向こうにこちらをうかがっている人影が見えた。
三人もいる。細身で、女性のようだ。
黒服にサングラスをかけた怪しい三人組だった。


よく見たら星月と花陵と駒地だった。


三人とも声には出していなかったが、いけー、そこだー、ちゅーしろーといったことを口の動きだけで伝えようとしているようだった。
やがて、経が三人に気づいたことを悟ったのか、星月が親指を立てながら口パクしてきた。
絶技メッセージも瞑想通信もなかったが、経の耳にははっきりと聞こえた。
『暇だったので、お膳立てしてみました。グッドラック!』
経もまた親指を立てて口パクを返した。
『ありがとーございます!』
花陵と駒地も指を立てて微笑んだ。
この時、四人の中に何かが芽生えた。
友情はなによりも尊いのだった。


しばらくして、岩崎は経を開放し
「……どうやらいなくなったみたいだねぇ」
と言った。もちろん納得がいっていない顔だった。
しかし経は
「いえ、堪能しました」
と興奮気味に答えた。
もちろん、岩崎の疑問は深まるばかりだった。

詩歌藩国は今日も底抜けに平和なのだった。


作品への一言コメント

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  • きゃっふー。ステキすぎます。友情ナイス!! -- 経@詩歌藩国 (2008-12-04 22:49:41)
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最終更新:2008年12月04日 22:49