那限逢真@天領様のご依頼



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『風が吹く』





 ウェールズの山奥に風が吹く。





 那限逢真はその風の香を感じ、ふと辺りを見渡す。辺りには荒野が広がっており、しばらくはそれ以外のものをお目にかかることは無いようだ。先を行くピクシーQを追い、再び歩き出す。



 Qの故郷を訪れるという約束を果たす為、那限逢真はピクシーQと共にイギリスを訪れていた。
 が、到着した場所は、那限が想像していた場所とは、失礼だが少し違っていた。
 辺りは、軽い土埃を起こす荒野と丘ばかり、路地側には申し訳程度に木が生えているものの、森と呼べるような場所は辺りには見受けられなかった。
 その景色のせいか、それとも人の気配が無いせいか。
 風の鳴る音と、風景が2人の歩みを妙に淋しげなものしている。




「ここがイギリスかぁ……思っていたのと違うな」



「そう?」




 背中にリュックを背負って浮かんでいるピクシーQがふりむいて、ぱたぱたと羽を動かしながら、なんでもないよう微笑んで答える。
 周りのさびしげな風景のせいか、その笑みはどこか浮いている様に感じてしまう。



 Qがパタパタと飛び、先行し、再び歩き出す。



 那限逢真はひそかに期待を抱いていた。
 彼女の故郷は森の中だと聞いていたし、何より妖精である彼女の故郷であるなら、さぞ幻想的な場所だろうと。
 だが、実際に到着したこの場所からは森の姿など探しようが無い。
 本当にこの場所で良いのかと、もう一度辺りを見渡すが、やはり森は見えない。




「Qの故郷って、森の中じゃなかったっけ? もう少し森があるかと思ったんだけど」




 ピクシーQは那限逢真に背を向けたまま、何事でもないように、口を開く。




「ここ、森だったんだよ」





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昔は何処へ言ったんだろう・・・





   昔はここにある。





私がそれを忘れない限り。





   昔はここにある





今となってはただの思い出だけど・・・、





   昔はここにある






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 一時間ほど歩いたのか、綺麗な湖のほとりで那限逢真は、そこから臨む街を見ていた。



「あそこに森あって、そこが故郷」



 Qは人差し指を湖の先に向けて、そう言った。 その指の差し示す先には、街があり、森の姿は何処にも無かった。




 そして、Qの言葉の意味に気づいた那限は、考えが至ら無かった自分の言動を悔いた。




 ピクシーQの故郷、ウェールズの森は、すでにここには無かった。
 約400年前、産業革命によって近辺の森は切り開かれ、人の住まう街へとその姿を変えていた。



 くしくも、ニューワールドでも同様の事件があったことが思い出される。
 かのもの問題による魔法を中心としたライフスタイルの忌避、そしてそれに伴う森国人の急速な近代化。
 その中でネコリスの住む森が無くなるかもしれないというニュースがあった。
 事態を危惧したNWでは、環境保全の為、森の土地の購入を広く呼びかけていた。
 かくいう、那限逢真も40㎡の森を購入している。



 人の為すことの結果は何処であって変わらないのか、胸にくる何かを感じる。




「見ていても埒が明かない。街に行って聞き込みしよう。」




 このまま約束を果たせず居ることが、悔しかった。 Qにむかってそういうと、那限逢真は、街へ向かう道へ向かおうとした。




「――――いいよ・・・。もういいよ。故郷はQ、胸の中にあるから。」




 その声には、悲しげな感情はなかった。
 ピクシーQは、それをすでに過去のものとして認めていて、戻らぬものだと知っていて、そしてその胸に大切に刻んでいて、きっとその輝きは永遠に消えることは無いだろう。



 しかし、だからこそ、それを見ることが叶わぬことが、那限逢真は悔しかった。




「……Qは良くても、オレが悔しい」




 感情が高ぶり、動悸が早くなる。自然、五指に力がこもる。




「オレは、Qの見ていた景色を一緒に見たくて来たんだ。それなのに……」



 Qがパタパタと那限に近づく。



「せめて、Qが見た覚えのあるところだけでも探しに行きたい。……だめかな?」



 那限逢真がそういって、彼女を見た時、彼女は彼の眼前に浮かび、綺麗な笑顔を見せた。
 その笑顔に呆気に取られてしまう。そしてその笑顔のせいか、那限逢真は彼女の言葉をすんなりと信じられた。



「見れるよ。夜を待とう? 露がまるい月光を受けるまで・・・」



「わかった。 じゃあ、一緒に待とう」




 彼女に負けない様に、那限逢真は微笑んで見せた。




 ピクシーQは嬉しそうにうなずくと、那限の肩に降り立った。







 エンジンの音が遠くから聞こえてくる。車のオーディオにはロックが流れているようで、次第にその音は大きくなり、やがて離れながらその音を小さくしていく。
 車に乗った人が通り過ぎていく。




 2人は道のはずれの、木陰でたわいのない話をしながら、その時を待っていた。




 那限は影を作る木の根元に寄り添うように腰を下ろし、ピクシーQはその肩にちょこんと座って居る。
 そして、彼女は一体何処で手に入れたのか、リュックに入れて持ってきていた乾パンとミルク取り出し、食事を取っている。乾パンが非常に食べにくそうである。



「なぁ、待っている間、Qの故郷の話をしてくれないかな?」



「大丈夫、見れるよ・・・・」



 結局、Qはその話になるとそう言って、微笑むだけだった。






 やがて、日が沈み、夜が月を輝かせ始める。
 薄白く浮かんでいた昼の月は、空が夜に染め上げられる度、呼応するようにその輝きを増す。



「そろそろかな?」




 と、那限逢真がつぶやくと同時に、那限の肩でQはスッと立ち上がり、虚空を・・・空を見上げてたたずむ。ピクシーQは空に浮かぶ月を見つめている。そしてその輝きによって浮かび上がる何かを見つめていた。
 それはひたむきにまっすぐで、那限逢真は綺麗な横顔に魅入られる。




 幻想の住人である彼女は、淡い光を放つように、羽を広げ陽炎の透き通った羽に月光が移し、かつてこの地に存在した幻想に向かい合う。



「Qも綺麗だな。羽が月光で煌いていて、本当に綺麗だ」



 その言葉を最期に湖を中心とした空間をゆったりと霧が包み、月明かりが満たし、湖が静まりかえる。





――――――――そっと、小さな唇を開き、歌を歌いだした。







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さびしげな雰囲気から、一変、古い風景が、月光の中で蘇る。




 森が生まれ帰る。
 時をさかのぼるかのように街の輪郭が崩れ、変わりに木々が芽吹き、その枝には葉が生い茂る。



 それはイメージである。現実ではない。なぜなら時が遡ることは無いからだ。



 だからこそ、幻想。 



 だからこそ、思い出。



 故にだからこそ、これが彼女の、ピクシーQの故郷。 その胸の内に刻むその風景。



 妖精伝承に伝わる神話の森の再現である。






――――――夜空に、水面に、月が輝きだす。






 水面に浮かぶ月影のテーブルを中心に、湖のほとりの木々のかげから多くの光が瞬き、月明かりに誘われるように漂い、湖上に踊り出る。




 それはまるで、月から零れ落ちた光の球のようで、風に遊ばれるように湖上を舞う。





 夜空に浮かぶ満月のライトが降り注ぎ、幻想を満たすきりに光りの筋を柱の如く移し、その照明を受けた多くの光りの球からの響きが重なり合う。




 それはまるで、風の始まりの場所。水月はまるでステージ、空気に触れて人には聞き取れぬ歌が響きとなり、身体を振るわせる。






―――――淡い月の光が、――――霧を照らし、






――――――――風が、―――――――――湖を揺らし、






――――――――――静かな歌声が、――――――満たされる。








 その意を汲むことは出来なかったが、確かに那限逢真はその歌を聴いた。








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 祭りの後のように




 夕暮れの帰り道を歩くのように




 目覚めるそのときに、それが夢であったことを悟るように




 朝日を仰ぐそのときに、夜空に輝く月がその輝きを失うように





――――――――――幻の如く消えてしまう。






 孤独にも似た何かを心に残して。








「―――――――――――――――――――――――――――――――」







「……あ」




 那限逢真は、湖のほとりの車道の端にある木陰、ぼんやりと空を見つめていた。
 夜明けのひんやりとした風が頬を伝い、幾分ぼんやりとした意識を現実に引き戻す。
 目を開いて紫色の空を見上げた。




 妖精の夜会に当てられたのか、記憶がぼんやりしている。そもそも夜が明けるほど、ここでたたずんでいたのだろうか。
 そして、誰かを見たような会ったような、とても奇妙なことを聞いたような気がする。が、何故だか靄がかかったようにうまく思い出せないでいる。
 過去視の影響か、意識こそ覚醒するものの、未だ記憶の整理がつかない。




 そうして、幻想の記憶を辿るうちに、重大な違和感に、気づく。








 「……Q?」








 夜明けと共に魔法は消え去り、朝と共に現実が現れる。



 そこに、彼女は居なかった。






―――――――――― 幻想夜会のその跡に、風が吹く ――――――――――




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引渡し日:08/09/12


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最終更新:2008年06月28日 16:54