ミーア@愛鳴藩国さんからのご依頼品


閉鎖的な環境にいると、その環境内での常識しか知らない、というのはままあることだ。

実際、日本人における常識と諸外国の方のそれとが大きく違うように、同じ「人間」という種族の中でもその地域、国家などによって常識というのは大きく変化していく。

そして、カルチャーショックという物は、時に大きな悩みを生み出す材料になる。


……暑い、だがこれを脱ぐわけにはいかない。私は戦士、戦士なのだから戦士なので戦士だからして……。

長身の美青年であるバルクは汗をだらだらとかいていた。いや、もうどうしようもないくらいかいていた。

バルクは誘われるまま、小笠原に来ていた、のだが。

暑い……どうにも暑い。おかしい……ふらふらするのはどういう事だろうか?

空を見上げる。さんさんと照りつける太陽。その日の小笠原はその時点で37度を観測し、黒いローブをぴっちりと着込んだバルクにとっては灼熱地獄というか、すでに彼の装備自体が歩くサウナスーツと化していた。

「バルク様、その黒いのぬぎませんか? このままじゃ倒れそうですよ」

「ああ、いえ………一応制服ですし」

とはいえ、既に肌にくっついている部分はぐっしょり、目の前は何か明るくなったり暗くなったり。

それでも、わざわざ誘ってくれたカイエの言葉に何とか受け答えをしようとは思うのだが、どうにも頭が動かない。

とりあえず、倒れられたら困るという事を言われ、それもそうかと納得。というか、暑い。

よいしょ、と何とか黒ローブを脱ぐ。大分快適になったが、まだどうにもふらふらする。

「バルク様、鎧も脱いで!」

「ああ、いえ、ですが戦闘に備えないといけませんし」

そうか、鎧……鎧を着てるから暑いのか……うん、当たり前だ。でも、戦闘に備えなければならない。これは脱げない。

「いいから脱ぎなさい」

「いえ、ですが……あ、そんなご無体な」

バルク、ふらふらの頂点ゆえか黒のオーマなのにほとんど無抵抗で鎧まで脱がされてしまう。

大分楽になった。そもそも鎧を脱いだおかげで体は軽くなった。とはいえ、びしょびしょの鎧下の感触はどうにも好きじゃない。

カイエが自分を見て口をあんぐりと開けた。かなり驚いたようだ。そして、すぐに口を開く。

「着てるもの下着以外全部脱いで!! 今ここ37度もあるんですよ! しかも目の前は海です!」

「はあ」

目の前をみる。確かに海だ。あぁ、あそこに入れば冷たくて気持ちいいだろう……。

早く脱ぎなさい、とせっついてくるカイエに渋々ではあるが、従う。

森林国人だろうがはてない県人だろうが第七世界人だろうが黒のオーマだろうが、怒った女性に逆らおうとする男はそういないだろう。バルクもそういう意味では完全に男である。

鎧下を豪快に脱いでみる。そうすると先程までの倦怠感などがかなり和らぎ、今度は照りつける太陽が肌を焦がす。

改めて周囲を見てみる。笑えるくらい晴れた空と目の前は海だ。ここはリゾート、余暇を楽しむところらしい。
ならば、海で水泳をするのも良いだろう。脱水症状寸前のバルクにとって、それはまるで天国に行くような心地よさを想像させた。

体を伸ばして、カイエの方をみる……カイエは顔を赤くして、手のひらで自分の顔を覆っている?

「きゃー! 下着はつけてください!(チラ見しつつ」

「いえ、水泳や入浴の時には何もつけないほうが」

その方が動きやすいのだ。当たり前だが布などを身につけて水につかれば水を吸った分、動きにくくなる。

それを嫌がり、自分などはこのようにするのだが、どうにも違うのだろうか?

とりあえず、カイエが何かを言っているが、それを半ば無視するような形で海に入っていく。冷たい……体中の熱が奪われていく。

ひんやりとした感触が心地よく、バルクは海の中で体を伸ばした。んー、と空を見上げてみると……なるほど、リゾートも悪くないと思う。

「生き返ります……」

「本当ですよ・・・」

「いや、申し訳ない。同じ東京ときいておりましたので」

「いえ、こんなに暑いなんて私も予想を超えてました」

ここで少し強めの波が体を引っ張る。だが、長身のバルクからしてみればこの程度、どうという程でもない。

だが、カイエは心配したようだ。そのバルクの姿を見て、声をかけてくる。

「危ないですよ~」

「はい」

「気持ちいいですか、バルク様」

「ええ」

「海はいいですね」

「ええ」

ここでようやく……本当に頭がいつも通り動き出した。そもそも、自分は何で呼ばれたのだろうか?

「お待たせしました。今日、呼ばれた理由はなんですか?」

体を起こして、相手をまっすぐと見る。布で体を隠したカイエをまっすぐに見つめながら、一体どんな用件だったのか聞こうと思った。

**

それから話したことはたわいと言えばそうだし、そうじゃないと言えば、その通りの話だ。

先日のお見合いについての話と、バルクの付けていたサークレットの話を少々。

うっかりと外し忘れたサークレットをカイエが不思議そうに見ているのがこっちも不思議で、見せたら褒めてもらえた。それが嬉しく、また大事な物なのでバルクは一度海岸に上がり、鎧下の中にそれをしまった。

「バルク様」

「はい」

「もう少し、泳ぎましょう」

「ええ、喜んで……それにしてもなにかお顔が赤い気もしますが?」

バルクを正面から見ているカイエの顔を見て、少し不思議に思う。とにかく、不思議だらけだ。

まず、あの布。あんな物を付けたら水中ではより動きにくくなるのではないか? バルクからしてみれば、かなり不思議である。

「バルク様、お慕いしております」

不意のその言葉に少し、ドキリとした。それでも、バルクは律儀に頭を下げて、礼を言う。

「でも、今度から水着を着けてください」

笑いながらカイエに言われる。みずぎ……みずぎ?

「水着とはなんでしょう」

「これです」

そう言ってカイエが指さしたのは当然、自信の水着である。胸と腰の部分を隠したそれを見て、なるほど、アレは下着ではなく水着という別の物なのか、と頷く。

噂では確かに女性という物は己の体を隠す物を身につけている、というのは聞き及んでいたがバルクの想像の中ではそれはライトアーマーであったり、プレートアーマーであったり、武具の想像であったので驚きよりも興味が先立つ。

「まあ女性はたしかに。しかし、自分はこういう髪型ですが、実は男でして」

長い髪を見せると、カイエは笑う。そんなことはまるで判っていると言わんばかりに。

「男性もつけたほうがよいと思いますよ、下だけでも」

「普通なら胸も隠すのですか?」

「女性は隠すと思います」

ふむ、なんの防御性も無い装備……に見える。だが、それを付けなくてはならない。
装備を増やせば機動性は当然その分損なわれていく。頭の中で色々と考えた結果。

「なんというか、不便そうですね」

バルクの感覚としては、余計な装備を増やすのは不思議でしょうがない。だが、それを聞いてカイエは微笑を浮かべる。

「まあ、不便ともいえなくもないですがつけてないとそれはそれで問題が発生します」

「なるほど。蚊とかでしょうか?」

確かにこの季節なので蚊に刺されるのは嫌なことだ。かゆくて仕方ない。だが、それにしては布面積が少ないようにも思う。

バルクは妙な試行錯誤に陥っていたのだが、どうにも違ったらしい。その言葉を聞いてカイエは堪えきれなくなったのか、声に出して少し笑い。

「えーと、たとえば、わたしが何も着ていなかったら、どうでしょう?」

言われて、想像してみる。体のラインはそれこそ隠す布が少ないからすぐに想像できる。

頭の中でイメージしたカイエの体から、布をはぎ取ろうとした瞬間、何かとても後ろめたいという……何というか、恥ずかしいというか、とにかくそのような気がして想像をすぐにやめた。

**

それからまた話、笑い、そして、様々な事実を知り、カイエと秘密の約束をした。

そして、髪の一房を銀に変えたバルクは……当惑していた。

カイエが自分の名前を平然と自分に言ってきたことにもかなり驚いた、がそれはこの銀の髪が保たれている限り、自分以外には知られていないだろう。

……自分以外、誰も……知らない。そう思うと、ドキリとした。心臓が跳ね上がる。こんな経験は初めてだ。

自分は女性という物を理解しているつもりだった。自分は30人ほどの女児を養っている。

だから、普通以上には女性に対して免疫と、何より知識があると思っていた。思っていたのだが。

「……………………」

バルク、頭を振った。今度は事故というか偶然というか、何というか、とにもかくにも、見てしまった二つの双丘が微妙に頭から離れない。それがまた心臓を高鳴らせる。

水着は大切だ、大切……本当に大切な物だったのだ。

ある種世間知らずというか、それこそ常識の違いなのだろう。女性とにも二次性徴があることは知っていたし、性犯罪がそれによって引き起こされる、という事も判っていた。

知識としては知っていたのだ。だが、そんなことが本当に起こりえるのか? よほど野蛮人の集まりなのか、と想像していたそれが一気に瓦解した。

自分の中で何度も繰り返させる光景、そして落ちるのを抱き留めた時の腕の感触、彼女の体温。

全てが気恥ずかしく、どこかそわそわさせる。これはどういう事だろう? こんな事、自分は知らない。

バルクは煩悶する。どうにも抑えられない謎の衝動が体を走り続ける。一体これは何だろう? 何なのだろう?

それはもしかしたら病気かもしれない。人類の英知がどれほどの時間をかけても解くことの出来なかった難病。

草津の湯でも治らないその病に、彼はかかったのかもしれない。だが、本人はほとんど気づいていないだろう。

今日は様々なことを教えて貰い、そして、様々なことを経験した。

知識でしか知らないことも体感した彼は、新たな問題に直面している。

目の前に垂れ下がる銀の一房の髪を見て、思いを馳せる。その想いがそれがどう転ぶかは……また、別の話である


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引渡し日:2008/06/17


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最終更新:2008年06月17日 23:49