ツカ@たけきの藩国様からのご依頼品



居住区の外れのバザール。
ツカを始めとするたけきの藩国民にとって、現実味の薄い光景が広がっていた。辺りに漂う、食欲を誘う匂いと、ふにゃふにゃふにゃらーという異国の音楽、そして見慣れぬ異邦人達の姿に、夢を見ているかのような気分になる。慈詠は、何度か仕事で訪れているこのバザールが気に入っていた。ついつい、上機嫌になって鼻歌を歌いたくなる。普段から不機嫌そうな彼の表情は、彼の事をよく知る人が見る分には多少緩んで見えた。
TAKAやツカは、匂いにつられて出店を覗きながら、そんな慈詠と共に待ち人の姿を探した。
その待ち人、金は糸目のまま、少し離れた場所で周囲を見渡していた。それを見つけて、慈詠が鼻歌をやめ、手を振る。

「金さんはじめまして、ここです、ここにいます」

人混みを掻き分け、近づいていく。
ようやく会えた、とたけきの藩国の三人は顔を綻ばせた。

「こんにちわー」

ツカが普段は無口ながらも、この時ばかりはと勇気を出して声をかけると、金は会釈を返した。

「金さん、どうかなさいましたか?」

それまで少しぼうっとしていた風情の金。TAKAが心配そうな顔でその調子を伺った。
金は、いえ、と首を横に振ってから、辺りを眺めながら口を開いた。

「変わったところですね」

TAKAは、その言葉に頷いてからたおやかな口調で答えた。

「でもとっても素敵な風景ですわ」

この人、口調に代表されるように、身体は男ながらも心はれっきとした乙女だった。
慈詠も、うんうん、とそれに続く。

「色々と変わってて、良いじゃないですか。たまには。」

「たしかに」

金は歯を見せずに少し微笑んだ。元々細い目が、更に細まり、優しそうな表情になる。
つられて、慈詠とツカは思わず微笑んだ。

「こちらは初めてですか」

「はい。はじめてです」

そうでしたか、と金の答えを聞いて頷いたTAKAが、そういえば、と言葉を続ける。

「以前、うちの国の砂神さんが、ノギさんとこちらに来てすごく愉しんだそうですの」

「ええ。それは聞いています。親父二人で」

そこまで言ってから、言葉を切るようにして金は黙り込んだ。眉根が上がって、少し、苦い表情になっている。

「どうなさいましたのっ」

TAKAが、腹でも痛いのかと即座に心配するが、金は手で大丈夫、と示してから、少々の間を置いて、苦笑交じりに答える。

「いえ、自分は人に親父といえる年齢かと」

「気にしない、気にしない。」

即座にフォローを入れたのは、慈詠である。自分も親父ですよ、と強面を緩ませて見せた。
金はその言葉に微笑してから、三人に改めて向き直る。そして、バザールのにぎやかな方へ手のひらを向けた。

「いきますか?みなさん」

「歩いてみましょうか。」「はいっ。」「はーい。」

微笑みと共に与えられた誘いに、それぞれの音色で、しかし、誰もが嬉しさを滲ませながら三人が答えた。
露天が賑わって行くにつれ、元来5mほどの道幅に露店が連なって居る所為で、人が通れるのは精々2m程となっていた通りは、どんどんと人だかりの所為で狭くなっていく。其処へ、溢れんばかりの人々の活気と熱気が辺りを覆っていた。
慈詠は、先導して人々の波をかき分けていき、他はそれに続いた。

「にぎやかな場所ですわ」

TAKAの台詞に頷きながら、ツカは目を輝かせ、露店をキョロキョロと覗き込んでいる。
帽子、古物、シシカバブやケバブ、野菜、見たこともないペット、絨毯。ツカには、そのどれもが、とんでもなく素敵なもののように、輝いて見えた。特に、怪しげな物売りの売るものには、なにか世界の重大な秘密が隠されているような、そんな魅力が溢れていた。そんな様子だから、ツカは、どうにも露店に気を取られてしまい、注意はするものの、始終人にぶつかってしまっていた。大柄な体格ゆえ、人の頭が丁度眼鏡に当たってしまい、度々眼鏡がずれる。

「は、はぐれないようにしないと」

眼鏡を直しながら、無意識のうちに声に出して、そう自分に言い聞かせ、三人にくっついていては離れ、くっついては離れを繰り返す。

「カラフルですわね~」

一方、TAKAが呟いた矢先、彼の足元をすり抜けるように小さい子供が走っていく。其方に気を取られると、今度は反対側を別の子供が歓声をあげながら通り抜けて行った。小さな体を生かして、人の波を泳ぐようにすり抜けていく。人ごみの中に消えては現れ、現れては消える子供達の姿を見ながら、TAKAは目を細めた。慈詠も頬を緩ませ、口を開く。

「子供は良いですね。どの国でも。」

金が、慈詠を見やった。

「最近まで、自分が子供好きだとは知りませんでした。」

ぽつぽつと語るその慈詠の強面には、普段の不機嫌そうなだけの表情とは違い、優しさが滲み出ていた。勿論、彼を知る人が見れば、なのだが、金もそれは感じ取ったらしい。慈詠の横顔を斜め後ろから見て、金は微笑みながら、其の侭歩を進める。

「慈詠さんモテモテですものね。自国の子供たちから。」

丁度追いついたツカが、そう言って微笑んだ。

「ええ、なぜか」

答える慈詠、そしてその後ろで微笑みながら歩く金。TAKAは、子供達から興味を移し、そんな三人をのほほんと微笑みながら見守っていた。




「バラバラに分かれて買い物しますか?」

ふと、金がそんな提案を口にする。

「いいですよ、何かお目当ての物がありますか?」

慈詠が一旦立ち止まって振り返り、尋ねる。

「自分は特に」

金はそういうと、また真面目な顔して歩き出した。TAKAはそんな金の横に並ぶように歩き出す。

「そうですか、では、金さんに見立てて欲しい物があるんですが」

慈詠は先頭を歩いて人混みをかき分けながら、そう切り出した。それを聞いて、金は戸惑ったような声をあげる。

「自分が、ですか」

「ええ、ぜひ」

肩越しに首を金の方へ一瞬向かせ、慈詠が言う。

「自分はあまり、物を見る目はありません」

対する金は、困り顔だ。そんな困った顔の金の横顔をチラチラと盗み見ながら、TAKAは頬を染めている。しつこい様だが、この人、身体は男でも心は立派な乙女であった。金はそれ以上はなんとも言えず、黙ってしまう。慈詠もなんといったものか、と考えあぐねていると

「あら、そんなつれないこと、おっしゃらないで見立ててあげてください」

と、金の困り顔を堪能し終わったTAKAが助け舟を出す。慈詠は御願いします、というようにまた後ろを一瞬だけ見て頷いた。

「私の守り刀を見立てて欲しいんです。貧乏なので安い奴で良いですから。」

「銃とかの方が・・・」

守り刀、と聞いて、金はすぐさまそう呟いた。実務家らしい発言である。そう呟いた後、しまった、と思ったのか、すぐさま言葉を続けた。

「単なるお守りとしてなら、いいかもしれません」

そんなやり取りに少し吹き出してから、TAKAは振り向いて

「ツカさんは、何か欲しいものあるのかしら?」

とツカに声をかけるが、ツカは露店に夢中で、気がつかない。

「じゃ、さっき刀剣屋さんがあったのでいってみましょう」

そんなツカの袖を引っ張って、TAKAは注意を自分に向かせてから、そう金達に提案した。金は、TAKAの言った刀剣屋をちらりと見て、首を振り、別の店にいきましょうと言った。慈詠を追い越し、あたりを見回しながら、先導する。
少し過ぎてから、金が理由を口にした。

「お土産屋さんですね。あそこは」

TAKAはその金の言葉を聞いて納得すると、頷き、黙って後に従った。

「なるほど、仕事でしか来た事ないので」

慈詠も頷き、ツカがそれに続く。やがて一行は、金に連れられ、怪しげな路地に入っていった。周囲をきょろきょろと見渡す、たけきの藩国の面々。

「何か、薄暗い場所ですね・・・」

TAKAはそうぽつりと呟くと、さりげなく金の裾を握り締めた。ツカも、不安そうに身を縮ませている。
暫くして、ようやく金の足が止まった。其処には、たくさんのまじない物が売ってある、怪しい屋台があった。老婆が、けけけと笑っている。昔話に出てくる、魔法使いのようだ。ツカはそんな老婆が怖くて、思わず、慈詠の後ろに隠れた。背の高さの違いで隠れきれずに、若干身を屈める。TAKAは、魔法をかけられまいとするかのように、おほほと対抗して笑って見せた。

「何を買うんだい。若い魔術師さん?」

老婆は、相変わらずの笑った表情のまま尋ねた。慈詠は、なんといっていいものやらと金を見やった。

「少しのお守りを」

金がそう答えると、TAKAは、裾につかまってた手を離し、首を傾げて尋ねる。

「おばあさま、何かおすすめのお守りはありますか?」

「さてね。けけけ」

意地悪そうに、老婆は笑った。
ツカはそんな老婆にも慣れたのか、慈詠の後ろから、おずおずと店先へと進み出た。そのまま座り込み、恐る恐る品物の一つに手を伸ばして、ぺたぺたと触ってみる。触ってみると、もう、怖くはなくなったようで、小さく歓声をあげながらあれこれと物色しだした。それを見ていたTAKAも、私も私もと隣に座り込んで、品物を見始める。そのうち、とあるネックレスに目をつけた。

「ツカさん、これ綺麗だね。」

TAKAがそうして手を伸ばし、ネックレスに触れた瞬間。

「ほんとですねー、きらきらしてる。TAKAさんに似合いそうー......って!!」

ネックレスから何かがほとばしり、TAKAはびりびりとしびれてしまった。それを見たツカが悲鳴をあげ、慌ててTAKAに手を伸ばし、支えた。ツカにも、若干の刺激が伝わる。TAKAがネックレスから手を離していなければ、ツカまで危く倒れる所だった。

「あービックリした」

ツカに支えられて、しびれから開放され、TAKAが安堵の声を漏らす。それを聞いて、老婆はけたけたと嬉しそうに笑った。

「慈詠さんは、どんなことを守りたいですか」

そんなやり取りを尻目に、金が慈詠に問うた。
慈詠は顎に手を当てて、少し考える仕草を見せて。

「そうですね、少しなら怪我をしませんように、ですね。」

そういって、うん、と頷く。そして、

「大きいのは言えません」

口の端を若干上げて、そう、付け加えた。
金はその言葉に微笑んで頷くと、老婆の方へ向き直り、

「守りのお守りを」

と注文する。老婆は、はいよ、と答えると、迷わずに一本の小さな剣を取り出し、金に手渡した。金は、細目を見開き、その品定めをする。納得したような表情で頷いてから、目をいつもの細さに戻す。

「これで」

そういって、金は老婆の言う値の代金を支払った。慈詠は、金と老婆を見ているうちに割って入る気を逃し、いうべきことを言えずにもごもごしていると、なすがままに金からお守りを手渡された。

「むむっ、ありがとうございます。」

「おいくらですか、金さん。」

TAKAがフォローを入れた。そう、それを言いたかったのだ、と慈詠が頷いて続ける。

「ちゃんと代金は払います。礼儀です、払えなければ稼いできます。」

そんな事は申し訳ない、と慈詠が迫力のある面持ちで迫る。だが、金は胸の前で両の手の平を慈詠のほうに向けて、いえ、といい、言葉を続けた。

「藩王にお金は頂いています」

その言葉に、驚き、感激する一同。皆、心の中で感涙し、たけきのこ藩王に感謝と敬愛の念を送った。こう人に言われた時に、素直にその行いが藩王のものであると信じられる所が、たけきのこ藩王の人徳の顕れであると言えよう。この金の台詞の真偽は別として。

「信じます。あなたの真心に感謝します。」

金は会釈で答える。
そして、いい品を有難う、と老婆にも黙って頭を下げる慈詠。

「よかったですね、慈詠さん!」

「ありがとうございます。」

ツカが、さも、自分の事のように嬉しそうににこにこという。

「ツカさんもお守り見立ててもらったら、どう?」

そんなツカに、TAKAが提案する。
その言葉に、んー、とツカはどうしよう、困ったようなそぶりを見せ、ちらちらと、今TAKAがしびれたばかりのネックレスを見やってから、老婆に尋ねる。

「お婆さん、このネックレスもお守りなんですか?」

老婆は大仰に首を横に振って見せた。

「それは呪いの品だよ」

ツカを怖がらせるかのように声色を変え、そして、にやりと笑う。ツカは少々、怯えて後ずさった後、残念そうな表情を作った。どうやら、大分気に入っていたらしい。
TAKAがそんな様子をみて、金に声をかける。

「金さん、ツカさんにも何かお似合いのものを見立てていただいても、かまいませんか?」

「どんなお守りを?」

金が頷き、ツカを見て問うた。
なんと答えたものかと悩んで、何も言えずに戸惑うツカ。
そんなツカに、TAKAが指輪を見せた。

「この指輪なんか、ツカさん似合いそうだけど」

どう、と小首をかしげる。ひどく女性的な仕草で、それもこの人物がやると並みの女性よりも似合ってしまうのがこのTAKAという人物の魅力的な所だ。

「指輪……。似合うかなー」

興味津々と言った様子で、ツカはその指輪に見入った。
そんな女性陣、と形容できなくも無い二人を見て慈詠は微笑んでいる。

「何を守りたいか、次第です。お守りは」

金はその様子を見ながら横で説明する。

「小物がよければ、それを探してもいいでしょう」

んー、と少々悩んでから、勇気を出して指輪を指差すツカ。

「では、この指輪をおねがいします」

金はその指輪をちらりと見たが、何も言わず、老婆にこれを、といって金を払った。

「ありがとうございます!!」

ツカが感激してぺこぺこと頭を下げる。早速指にはめて、空にかざして眺めている。
その様子を、嬉しそうに目を細めて見つめていたTAKAがふと思いついて金に尋ねる。

「ちなみに、その指輪にはどんな感じなんですか?」

金は、頬をぽりぽりと書いた後、ちょっと言いにくそうに口を開いた。

「……食あたりのお守りですね」

「ぐは…」

ツカはちょうどいいかもしれない、と心の中で思いながらもダメージを受けて、ちょっとへこんだ。
慈詠がそれはいい、と微笑む。そして、願うように呟いた。

「ツカさんが健やかに過ごせますように」

その声は、多分、誰にも聞こえなかったが、しかし、きっとどこかに届くと信じられるような、そんな優しげな音で。

TAKAがその横で愉快そうに手を口に当てて笑う。

「おほほ、食あたり、いいですわね」

慈詠も、あわせて口を開いた。

「おあつらえ向きかも、ご飯大好きだし」

無言で、ツカが照れる。そのやりとりにつられて、金は微笑んだ。
それを見ていた老婆が、金に声をかける。

「あんたはなにかいらないのかい?」

金は、今まで和らいでいた表情を引き締め、その言葉にきっぱりと首を横に振る。

「いえ。守られるのはもう、いいです」

金はそういうと歩き出す。其処に込められた感情は、酷く複雑そうで。ただ、それを聞いていた者達は、なんとなしに、悲しさを覚える。その歩きだした金の背中が、一瞬、彼を追いかけるのを躊躇わせる。彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
しかし、それも僅かの間のこと。老婆に頭を下げて、慈詠が金の後を追い始めた。

「おばあさま、ありがとう~」

TAKAとツカも口々に老婆に礼を言って、それに続く。
直ぐに追いついた慈詠が、金の背中に声をかけた。

「金さん、ありがとうございます。」

金が立ち止まって、振り返る。

「いえ。あまり面白くなくてすみませんでした」

金は、生真面目に頭を下げた。たけきのの面々は、とんでもないというように微笑んで口々に金に礼を言う。

「金さん、今日はとても楽しかったです!また遊んでくださいな」

TAKAは何時もどおりに、いや、何時も以上に乙女らしく振舞ってそう言った。
頬が少し赤い。

「たのしかったです!大事にしますこの指輪」

何時もにないくらい、喋った今日。ツカは、楽しくて仕方が無かった。
もっと上手く感謝の言葉が伝えられないのが口惜しい。

そして、同じく生真面目な慈詠が最後に口を開いた。

「いいえ、大切なことです。私、今度戦場に出るんです。」

短刀を握り締める、慈詠。

「私も守りたいものがあるので。」

その眼差しには光が宿る。守り刀はその、守りたいものを守る為のもの。

「いつか、もっと大人者になったら、お返ししますから。」

それまで、自分は死なず、大切なものを守っていてみせる、と。

金は歯を見せずに微笑み、深々と頭を下げた。



作品への一言コメント

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  • ありがとうございます。感激です。無事に初陣から帰って来ました。いまだに宰相府藩国で働いています。また、機会がありましたらよろしくお願い致します。 -- 慈詠@たけきの藩国 (2008-06-18 05:01:13)
  • とっても素敵でした。あのログがこのように素晴らしいSSとなっているのを見て、あのときの思い出がよみがえりました、多謝です。 -- TAKA@たけきの藩国 (2008-06-20 23:59:56)
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引渡し日:2008/06/17


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最終更新:2008年06月20日 23:59