久珂あゆみ@FEG様からのご依頼品
巨大なホールに参列者が次々と入場し始める。
大きさと比べてずいぶん少ない人数の彼らが全員入場し終えるのを確認すると、老人が静かに自らの席、中央に位置するパイプオルガンの前の席に腰を下ろした。宰相だ。ふっと息を吸い込み、両手を鍵盤の上に音も無く運ぶ。
一瞬の静寂。次の瞬間、パイプオルガンの立体的な音色が響き始めた。
オーケストラさえ凌駕する広大な音域を惜しみなく使った荘厳なハーモニーがホール上部から全体へ降り注ぐと、合わせたように煌びやかな輝きがホールへと差し込み始めた。
音と光につられ、参列者の視線が上へと奪われる。ステンドグラスだ。色取り取りのガラスが、美しい光を帯びて輝いていた。
その間に、左右の扉が静かに開かれ、一組の男女が登場する。
純白でケープ付きの礼服に身を包み、腰に剣帯を下げた新郎と、こちらも純白のドレスとヴェールに身を包んだ新婦だ。
2人はそれぞれから歩き出し、ホール最前列の中央で向き合い、巨大なパイプオルガンの方を向いて並んだ。
曲は次第に低音になり、それに合わせて参列者たちの視線も下へと降りていく。そしていつの間にか現れていた新郎新婦を見て、全員が笑顔で驚いた。
曲が終わり、弾き終えた宰相が新郎新婦へと歩み寄る。
「よい日だね」
パイプオルガンから立ち上がった宰相が、あゆみの前で微笑みかけた。
それに負けないほどの笑顔であゆみも応える。
「ええ とても」
応えを聞いて再び宰相は笑顔を見せながら、一歩引いて晋太郎とあゆみの2人に語りかける。優しく、しかしそれでいて峻厳に。
「その日が、ずっと続くように。その火が消えぬよう。守り抜きなさい」
2人が同時に頷き、迷い無く心地よい返事を返す。
まったく。笑顔を崩す暇が無いな、と思いながら宰相は両手を広げ、ステンドグラスから差し込む光を一身に浴びながら歌を紡ぎ始めた。
低く抑揚のある威風堂々とした声が式場に広がり、反響し、新郎新婦を包み込む。
あゆみの隣で晋太郎が、それに続いて歌を歌いだした。綺麗な声が、宰相の声にもまけないほどの存在感を式場に溢れさせた。
昇も眼鏡を外して歌いだした。小夜が、日向が、ペルカインが、ペンギンが、続いていく。
7人の声が互いに絡み合い、時には反発し合いながら、まるで事前に何日も練習して来たような美しい、華麗なセプテットが奏でられる。
まさに天に昇る歌声だった。
歌いながら、晋太郎は自らの左薬指に口付ける。その指が淡い白に輝きだした。
いつものような綺麗な笑みを浮かべながら、晋太郎はその手をあゆみに差し出し、彼女を自分の下へ迎え入れた。
白い光はあゆみの指にも移り、離れてもなお輝いている。
「行こう」
「いきましょう」
抱き合いながら確認しあうと、ゆっくりと離れて式を見守る大勢の友人たちを振り返る。
指の光は既に消えていたが、感覚だけは2人の指に残っていた。
それを感じながら、2人が期待に満ちながらも、名残惜しそうに門の前に立つ。
そう、ここはゴールではない。2人にとってのスタートラインなのだ。
長い、長い剣のアーチを、2人は並んで歩き出した。
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最終更新:2008年06月13日 20:28