《全 文》

【文献番号】25451190

東京地方裁判所
平成19年(ワ)第2795号 受信料請求事件(甲事件)
平成19年(ワ)第13179号 受信料請求事件(乙事件)
平成21年7月28日民事第12部判決
口頭弁論終結日 平成21年4月28日

       判   決

甲事件・乙事件原告 日本放送協会
同代表者会長 ○○○○
同訴訟代理人弁護士 高木裕康
同 永野剛志
同 内藤滋
同 千葉克彦
同 清水豊
同 前岨博
同 鈴木知幸
同 中村繁史
同 手島康子
同 宮武泰暁
甲事件被告 ■
乙事件被告 ■
上記2名訴訟代理人弁護士 梓澤和幸
同 澤藤統一郎
同 坂井眞
同 飯田正剛
同 中村秀一
同 日隅一雄
同 杉浦ひとみ
同 西岡弘之
同 藤川綱之
同 秋山亘


       主   文

1 甲事件被告は,甲事件・乙事件原告に対し,8万3400円及びうち4万7430円に対する平成19年4月1日から,うち3万3280円に対する平成21年4月1日から,うち2690円に対する同年6月1日から,それぞれ支払済みの日が属する月の前月(支払済みの日が偶数月に属する場合)又は前々月(支払済みの日が奇数月に属する場合)の末日まで,2か月当たり2パーセントの割合による金員を支払え。
2 乙事件被告は,甲事件・乙事件原告に対し,8万3400円及びうち4万7430円に対する平成19年4月1日から,うち3万3280円に対する平成21年4月1日から,うち2690円に対する同年6月1日から,それぞれ支払済みの日が属する月の前月(支払済みの日が偶数月に属する場合)又は前々月(支払済みの日が奇数月に属する場合)の末日まで,2か月当たり2パーセントの割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,甲事件及び乙事件を通じて,甲事件被告及び乙事件被告の負担とする。
4 この判決は,仮に執行することができる。


       事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
 主文同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)甲事件・乙事件原告(以下「原告」という。)の請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は,甲事件及び乙事件を通じて,原告の負担とする。
第2 当事者の主張等
(事案の概要)
 本件は,原告が,甲事件被告(以下「被告■」という。)及び乙事件被告(以下「被告■」という。)との間の各放送受信契約に基づき,被告らに対し,それぞれ放送受信料8万3400円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
(当事者の主張)
1 請求原因
(1)当事者
ア 原告は,放送法に基づいて設立された法人であり(同法8条),総務大臣の認可を受けて,放送受信契約の内容を規定した日本放送協会放送受信規約(以下「放送受信規約」という。)を定めている者である(同法32条3項)。
イ 被告らは,いずれも,原告との間の各放送受信契約に基づき,平成16年3月31日までは放送受信料を支払ったが,同年4月1日以降放送受信料の支払をしていない者である。
(2)放送受信契約の締結
ア 被告■
 原告は,平成15年11月8日,被告■との間で,次の内容の放送受信契約(以下「本件放送受信契約(■)」という。)を締結した。
〔1〕契約種別 カラー契約
〔2〕支払区分 訪問集金
〔3〕支払コース 毎期末支払(毎年4月1日から2か月ずつを1期とする。)
〔4〕受信料額 月額1395円
〔5〕遅延損害金 2か月(1期)当たり2パーセント(ただし,放送受信料の支払を3期分以上遅滞した場合)
イ 被告■
(ア)契約の締結
 原告は,平成14年5月28日,被告■の妻との間で,被告■のためにすることを示して,次の内容の放送受信契約(以下「本件放送受信契約(■)」といい,本件放送受信契約(■)と併せて「本件各放送受信契約」という。)を締結した。
〔1〕契約種別 カラー契約
〔2〕支払区分 訪問集金
〔3〕支払コース 毎期末支払(毎年4月1日から2か月ずつを1期とする。)
〔4〕受信料額 月額1395円
〔5〕遅延損害金 2か月(1期)当たり2パーセント(ただし,放送受信料の支払を3期分以上遅滞した場合)
(イ)日常家事該当性
 本件放送受信契約(■)は,夫婦の日常生活に必要な法律行為である上,放送受信料も月額1400円弱と低廉であるから,民法761条本文にいう日常の家事に関する法律行為に当たる。
 したがって,被告■の妻は,本件放送受信契約(■)の締結当時,同契約の締結に関する代理権を有していた。
(3)放送受信規約の改正
 本件各放送受信契約が締結された後,平成19年4月1日付け放送受信規約改正により,同年10月1日をもってカラー契約が地上契約に変更された(ただし,放送受信料の額は変更しない。)。
 また,平成20年4月1日付け放送受信規約改正により,同年10月1日をもって同規約の支払区分のうち「訪問集金」が廃止され,これに伴い,同日以降の放送受信料の額は月額1345円に変更された。
(4)放送受信料の不払
 被告らは,本件各放送受信契約の締結後,平成16年3月31日までは放送受信料を支払ったが,同年4月1日以降放送受信料の支払をしない。
(5)まとめ
 よって,原告は,本件各放送受信契約に基づき,被告らに対し,それぞれ放送受信料8万3400円(平成16年4月1日から平成21年3月31日までの60か月,30期分)及びうち4万7430円(平成16年4月1日から平成19年1月31日までの34か月,17期分)に対する弁済期後の日である同年4月1日から,うち3万3280円(同年2月1日から平成21年1月31日までの24か月,12期分)に対する弁済期後の日である同年4月1日から,うち2690円(同年2月1日から同年3月31日までの2か月,1期分)に対する弁済期後の日である同年6月1日から,それぞれ支払済みの日が属する月の前月(支払済みの日が偶数月に属する場合)又は前々月(支払済みの日が奇数月に属する場合)の末日まで,2か月(1期)当たり2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1)請求原因(1)(当事者)は認める。
(2)同(2)(放送受信契約の締結)について
ア 同ア(被告■)は否認する。
 被告■は,原告の担当者に言われるまま,甲ロ2の放送受信契約書に署名押印をしたが,その際,被告■は,原告の担当者から同書面が本件放送受信契約(■)の契約書であるとの説明を受けなかったし,また,被告■による同書面への署名押印は,わずか3分ないし5分程度の間に行われたものであるから,被告■は,同書面が本件放送受信契約(■)の契約書であることを認識していなかった。
イ 同イ(被告■)の(ア)(契約の締結)は否認し,(イ)(日常家事該当性)は争う。
(ア)被告■の妻は,原告の担当者に言われるまま,甲ハ2の放送受信契約書に署名押印をしたが,その際,被告■の妻は,同書面が本件放送受信契約(■)の契約書であることを認識していなかった。
(イ)一般に,テレビ番組を視聴することは,夫婦の日常生活に必要であるが,原告の放送にかかるテレビ番組を視聴しなくとも,民間放送(以下「民放」という。)のテレビ番組を視聴すれば必要にして十分であるから,原告の放送にかかるテレビ番組を視聴することは,夫婦の日常生活に必要であるとはいえない。また,本件放送受信契約(■)は,一旦締結すると受信機を廃止しない限り解約できないものである上(放送受信規約9条),放送受信料も40年間で60万円以上にのぼる。したがって,本件放送受信契約(■)は,民法761条本文にいう日常の家事に関する法律行為には当たらない。
(3)同(3)(放送受信規約の改正)は認める。
(4)同(4)(放送受信料の不払)は認める。
(5)同(5)(まとめ)は争う。
3 抗弁
(1)牽連性,対価性
ア 牽連性
 原告は,本件各放送受信契約に基づき,被告ら個々人に対し,「豊かで良い放送を行う義務」を負担しており(放送法7条参照),同義務は,被告らが負担する放送受信料支払義務と牽連関係にある。ところが,原告は,そのテレビ番組の制作において政治的介入を許容し,また,豊かで良い放送を行うために支払われた放送受信料を不正に流用していたのであるから,上記義務を誠実に履行していたとはいえない。
 したがって,被告らは,上記義務と牽連関係にある放送受信料支払義務の履行を拒絶することができる。
イ 対価性
 被告らは,原告のテレビ番組を一切視聴していないのであるから,テレビ番組視聴の対価である放送受信料の支払を拒絶することができる。
(2)本件各放送受信契約の無効
ア 憲法19条違反
(ア)被告らは,「テレビ番組の制作において政治的介入を許容するような原告には放送受信料を支払いたくない。」,「豊かで良い放送を行うために支払われた放送受信料を不正に流用するような原告には放送受信料を支払いたくない。」,「政治的介入や不正流用について何ら説明責任を尽くさないような原告には放送受信料を支払いたくない。」という認識・判断を有しているところ,これらの認識・判断は,被告らの政治的・社会的な思想等に基づく真摯なものであるから,憲法19条にいう「思想及び良心」に当たる。
 したがって,被告らの上記認識・判断に反して,原告の放送を受信することのできる受信機を設置しただけで原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制する放送法32条は,憲法19条により保障される思想良心の自由を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である。
(イ)また,被告らの上記認識・判断に反して,原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止する放送受信規約9条も,憲法19条により保障される思想良心の自由を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である。
イ 憲法21条1項,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)19条1項違反
(ア)被告らは,原告のテレビ番組を一切視聴せず,民放のテレビ番組のみを視聴しているところ,放送法32条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を設置すると,それだけで,原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制するものである(民放のテレビ番組の放送のみを受信する受信機は存在しない。)。そのため,被告らは,原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を免れようとすると,必然的に,民放のテレビ番組の視聴を妨げられることになる。
 このような結果をもたらす放送法32条は,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である。
(イ)また,放送受信規約9条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を廃止しないでいると,それだけで,原告との放送受信契約の解約を禁止するものである(民放のテレビ番組の放送のみを受信する受信機は存在しない。)。そのため,被告らは,原告との放送受信契約を解約しようとすると,必然的に,民放のテレビ番組の視聴を妨げられることになる。
 このような結果をもたらす放送受信規約9条は,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である。
ウ 憲法13条後段違反
(ア)一般に,テレビ番組を視聴することにより収得する情報は,人格の形成・発展にとって必要であるから,「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」は,憲法13条後段により保障される自己決定権の範疇に属するものといえるところ,放送法32条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を設置すると,それだけで,原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制するものであるから,被告らは,民放のテレビ番組のみを視聴して原告のテレビ番組を視聴しないという意思決定をすることができない。
 このような結果をもたらす放送法32条は,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である。
(イ)また,放送受信規約9条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を廃止しないでいると,それだけで,原告との放送受信契約の解約を禁止するものであるから,被告らは,民放のテレビ番組のみを視聴して原告のテレビ番組を視聴しないという意思決定をすることができない。
 このような結果をもたらす放送受信規約9条は,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である。
(3)本件各放送受信契約の解約(消費者契約法10条)
 放送受信規約9条(原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止する規定)は,消費者契約法10条にいう「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項であって,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であるから,消費者契約法10条により無効であるところ,被告らは,平成16年4月1日以降,本件各放送受信契約に基づく放送受信料の支払を拒絶することによって,原告に対し,本件各放送受信契約を解約する旨の意思表示をしたのであるから,本件各放送受信契約は,同日をもって解約済みである。
4 抗弁に対する認否
(1)抗弁(1)(牽連性,対価性)について
ア ア(牽連性)は争う。
 原告が負担する「豊かで良い放送を行う義務」は,公法上の義務であって,被告ら個々人に対する義務ではないから,被告らが負担する放送受信料支払義務とは牽連関係にない。
イ イ(対価性)は争う。
 原告のテレビ番組を実際に視聴することは,本件各放送受信契約に基づく放送受信料支払義務の発生要件ではない。
(2)抗弁(2)(本件各放送受信契約の無効)について
ア ア(憲法19条違反)は争う。
 憲法19条にいう「思想及び良心」とは,世界観,人生観,主義・主張など人格の形成・発展に必要な内面的精神作用をいうところ,放送法32条及び放送受信規約9条は,そのような内面的精神作用とは無関係に,原告の放送を受信することのできる受信機を設置した者に対して原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を求め,また,原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない者に対して原告との放送受信契約の解約を禁止するものにすぎないから,憲法19条により保障される思想良心の自由を侵害するものではない。
 また,放送法32条及び放送受信規約9条は,原告の放送を受信することのできる受信機を設置せず又は同受信機を廃止した者に対しては,上記のような強制又は禁止をしないのであるから,憲法19条により保障される思想良心の自由を侵害するものではない。
イ イ(憲法21条1項及び自由権規約19条1項違反)は争う。
 放送法32条及び放送受信規約9条は,民放のテレビ番組の視聴を妨げ又は原告のテレビ番組の視聴を強制するものではないから,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものではない。
ウ ウ(憲法13条後段違反)は争う。
 放送法32条及び放送受信規約9条は,民放のテレビ番組の視聴を妨げ又は原告のテレビ番組の視聴を強制するものではないから,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものではない。
(3)抗弁(3)(本件各放送受信契約の解約―消費者契約法10条)は争う。
 放送受信規約9条(原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止する規定)は,放送法32条(原告の放送を受信することのできる受信機を設置した者に対して原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制する規定)の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重するものではないから,消費者契約法10条にいう「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項には当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 請求原因について
(1)請求原因(1)(当事者),同(3)(放送受信規約の改正)及び同(4)(放送受信料の不払)は,いずれも当事者間に争いがない。
(2)請求原因(2)(放送受信契約の締結)について
ア 被告■について
 本件放送受信契約(■)の契約書(甲ロ2)が被告■の意思に基づいて作成されたことは,当事者間に争いがないところ,契約書が当事者の意思に基づいて作成された場合には,特段の事情のない限り,その契約書に記載されたとおりの法律行為がされたものとみるべきことはいうまでもない。
 被告■は,〔1〕原告の担当者から,甲ロ2の書面が本件放送受信契約(■)の契約書であるとの説明を受けていなかったこと,〔2〕被告■による同書面への署名押印は,わずか3分ないし5分程度の間に行われたものであること等の事情がある旨主張するが,これらの事情から甲ロ2が放送受信契約書であることを認識できなかったとは到底考えられないのであって,被告■が,本件放送受信契約(■)の締結後,平成16年3月31日までの間,本件放送受信契約(■)に基づく放送受信料を支払っていたこと(当事者間に争いのない事実)に照らせば,被告■は,甲ロ2の書面が本件放送受信契約(■)の契約書であることを十分に認識した上で,同書面を作成し,これにより,本件放送受信契約(■)を締結したものと認めるほかはない。
 したがって,原告と被告■との間には,本件放送受信契約(■)が成立したものと認められる。
イ 被告■について
(ア)契約の締結について
 本件放送受信契約(■)の契約書(甲ハ2)が被告■の妻の意思に基づいて作成されたことは,当事者間に争いがない。そして,被告■の妻が,本件放送受信契約(■)の締結後,平成16年3月31日までの間,本件放送受信契約(■)に基づく放送受信料を支払っていたこと(当事者間に争いのない事実)に照らせば,被告■の妻は,甲ハ2の書面が本件放送受信契約(■)の契約書であることを十分に認識した上で,同書面を作成し,これにより,本件放送受信契約(■)を締結したものと認めるほかはない。
 したがって,原告と■の妻との間で,■のためにすることを示して,本件放送受信契約(■)が締結されたものと認められる。
(イ)日常家事該当性について
 民法761条本文にいう日常の家事に関する法律行為とは,夫婦の共同生活を営む上で通常必要な法律行為を指すものであるところ,現代社会において,テレビ番組の視聴は,日常生活に必要な情報を収集するため又は相当な範囲内の娯楽として,夫婦の共同生活を営む上で通常必要なものといえるから,本件放送受信契約(■)の締結は,民法761条本文にいう日常の家事に関する法律行為に当たることはいうまでもない。したがって,被告■の妻は,本件放送受信契約(■)の締結当時,同契約の締結に関する代理権を有していたものと認められる。
 被告■は,日常生活に必要な情報を収集するため又は相当な範囲内の娯楽として通常必要なテレビ番組の視聴は,民放のテレビ番組を視聴することをもって必要十分である旨主張するが,原告の放送にかかるテレビ番組を一切視聴せず,いかなる場合も民放のテレビ番組のみを視聴することが,夫婦の日常生活において一般的であるとは到底いうことができない。
(ウ)小括
 したがって,被告■の上記主張は採用の限りではなく,原告と被告■との間には,本件放送受信契約(■)が成立したものと認められる。
2 抗弁について
(1)牽連性,対価性について
ア 牽連性について
 被告らは,原告は本件各放送受信契約に基づき被告ら個々人に対し「豊かで良い放送を行う義務」を負担しており,同義務は被告らが負担する放送受信料支払義務と牽連関係にあるところ、原告はそのテレビ番組の制作において政治的介入を許容するなど「豊かで良い放送を行う義務」を誠実に履行していたとはいえないから,被告らは同義務と牽連関係にある放送受信料支払義務の履行を拒絶することができる旨主張する。
 しかし,放送法は,広告料収入等を財政基盤とする一般放送事業者(同法2条3号の3,第3章)と,広告料収入等を財政基盤とせず,営利を目的としない原告(同法第2章,特に9条4項,46条1項)とを並立させ,かつ,原告の財政基盤を国家予算ではなく放送受信料に依拠させることによって,一方では,広告主の意向や視聴者の意向(視聴率)に配慮した一般事業者による放送を実施させ,他方では,広告主,視聴者及び国家のいずれの意向にも影響されない原告による放送を実施させ,もって,放送番組の多元性及び質的水準の確保等を図ろうとするものである。このような放送法の趣旨にかんがみれば,原告は,広告主や国家はもちろん視聴者(放送受信契約の相手方)からも一切の影響を受けず,自らの表現の自由を全うすることによって,「豊かで良い放送を行う義務」を実践することが求められているというべきであって,原告が負担する「豊かで良い放送を行う義務」は,放送受信契約の相手方(被告ら)個々人に対する義務ではないというべきであるから,同義務は,被告らが負担する放送受信料支払義務とは牽連関係にないと解するのが相当である。 
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
イ 対価性について
 被告らは,原告のテレビ番組を一切視聴していないから,テレビ番組視聴の対価である放送受信料の支払を拒絶することができる旨主張する。
 しかし,本件各放送受信契約の内容を規定する放送受信規約の5条,10条1項,13条2項及び3項等によれば,本件各放送受信契約に基づく放送受信料支払義務は,原告のテレビ番組を実際に視聴するか否かに関わらず発生するものと認められる。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
(2)本件各放送受信契約の有効性について
ア 憲法19条違反について
 被告らが,原告について,テレビ番組の制作において政治的介入を許容し,放送受信料を不正に流用し,これらの問題について説明責任を尽くしていないなどと認識し,それ故に放送受信料を支払いたくないとの判断をしているとすれば,それは一つの物の見方・考え方として尊重されなければならない(なお,単に原告が嫌いだなどという感情から放送受信料を支払いたくないと主張すること,又はもっと単純に金が惜しいから放送受信料を支払いたくないと主張することも自由ではあるが,それが憲法19条の思想良心の自由の範疇に含まれ,同条違反の問題が生じ得るというのでは,あまりにも思想良心の自由の内容を空疎にするから,放送受信料を支払いたくないことそれ自体を取上げて,思想良心の自由の問題として検討するのは相当でない。)。
 しかし,原告の放送を受信することのできる受信機を設置した者に対して原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を求めたり,同受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止したとしても,そのこと自体は,原告の放送内容や経営活動を適切と肯認するよう強制するものではなく,上記被告らの認識自体の変更を迫ったり,その認識故に不利益を課すものではない。また,前記1(2)に認定のとおり,被告らは,自己又は権限ある代理人の自由な意思に基づいて,本件各放送受信契約を締結したものである上,本件各放送受信契約の内容を規定する放送受信規約は,官報や原告のウェブサイト等により一般に周知されていたのであるから(放送受信規約15条,公知の事実),同契約の締結後にこれを解約するには受信機の廃止が必要であることも事前に知り得たのであって,これらの事情に照らせば,放送法32条及び放送受信規約9条は,自由な意思に基づいて本件各放送受信契約を締結した被告らとの関係においては,憲法19条により保障される思想良心の自由を侵害するものとはいえない。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
イ 憲法21条1項及び自由権規約19条1項違反について
(ア)被告らは,放送法32条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を設置すると,それだけで,原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制するため,被告らが原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を免れようとすると,必然的に,民放のテレビ番組の視聴を妨げられることになるところ,このような結果をもたらす同条は,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である旨主張する。
 しかし,放送法32条は,原告の放送を受信することのできる受信機を設置した者に対して原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制するものにすぎず,民放のテレビ番組の視聴を妨げ又は原告のテレビ番組の視聴を強制するものではないから,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものとはいえない。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
(イ)また,被告らは,放送受信規約9条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を廃止しないでいると,それだけで,原告との放送受信契約の解約を禁止するため,被告らが原告との放送受信契約を解約しようとすると,必然的に,民放のテレビ番組の視聴を妨げられることになるところ,このような結果をもたらす同条は,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である旨主張する。
 しかし,放送受信規約9条は,原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止するというものにすぎず,民放のテレビ番組の視聴を妨げ又は原告のテレビ番組の視聴を強制するものではないから,憲法21条1項及び自由権規約19条1項により保障される「民放のテレビ番組を視聴することにより情報を収得する自由」(知る自由)を侵害するものとはいえない。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
ウ 憲法13条後段違反について
(ア)被告らは,一般に,テレビ番組を視聴することにより収得する情報は,人格の形成・発展にとって必要であるから,「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」は,憲法13条後段により保障される自己決定権の範疇に属するものといえるところ,放送法32条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を設置すると,それだけで,原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制するため,被告らは,民放のテレビ番組のみを視聴して原告のテレビ番組を視聴しないという意思決定をすることができず,したがって,同条は,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である旨主張する。
 しかし,放送法32条は,原告の放送を受信することのできる受信機を設置した者に対して原告との放送受信契約の締結及び放送受信料の支払を強制するものにすぎず,民放のテレビ番組の視聴を妨げ又は原告のテレビ番組の視聴を強制するものではないから,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものとはいえない。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
(イ)また,被告らは,放送受信規約9条は,被告らが民放のテレビ番組を視聴するために受信機を廃止しないでいると,それだけで,原告との放送受信契約の解約を禁止するため,被告らは,民放のテレビ番組のみを視聴して原告のテレビ番組を視聴しないという意思決定をすることができず,したがって,同条は,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものであるから,本件各放送受信契約は,民法90条により無効である旨主張する。
 しかし,放送受信規約9条は,原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止するというものにすぎず,民放のテレビ番組の視聴を妨げ又は原告のテレビ番組の視聴を強制するものではないから,憲法13条後段により保障される「いかなる番組を視聴し又は視聴しないかに関する意思決定権」(自己決定権)を侵害するものとはいえない。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。
(3)本件各放送受信契約の解約(消費者契約法10条)について
 被告らは,放送受信規約9条(原告の放送を受信することのできる受信機を廃止しない限り原告との放送受信契約の解約を禁止する規定)は,消費者契約法10条にいう「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項であって,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であるから,消費者契約法10条により無効であるところ,被告らは,平成16年4月1日以降,本件各放送受信契約に基づく放送受信料の支払を拒絶することによって,原告に対し,本件各放送受信契約を解約する旨の意思表示をしたのであるから,本件各放送受信契約は,同日をもって解約済みである旨主張する。
 しかし,〔1〕放送受信規約9条は,放送受信契約の解約を絶対に禁止するものではないこと,〔2〕放送受信規約は、あらかじめ総務大臣の認可を受けていること(放送法32条3項),〔3〕放送受信規約は,官報や原告のウェブサイト等により一般に周知されていること(放送受信規約15条,公知の事実)等の各事情に照らせば,放送受信規約9条は,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」とまでいうことはできない。
 したがって,被告らの上記抗弁は理由がない。 
(4)小括
 以上の各検討によれば,被告らの前記各抗弁は,いずれも理由がない。
3 結語
 よって,原告の請求は,いずれも理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第12部
裁判長裁判官 綿引穣 裁判官 佐藤重憲 裁判官 金洪周

(TKC編注:■表記は資料入手時に伏字とされていた部分である。)
最終更新:2011年08月04日 10:54