那由他、初めての出撃【是空とおる救出作戦】




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 それは12月13の出来事。

 わたしにとってそもそもの事の起こりは藩国民連絡網に載せられた守上摂政のこの一言だった。

 『原さん、お誕生日おめでとうございます』

 「そう言えば熊本組は誕生日が公開されてたなぁ」

 立ち上げた端末の一文を読んでわたしはビギナーズ王国へ向かう途上でふと考えた。

 8ビットのネコ脳的にいつでも原素子と対になって思い起こされるのは善行指令ともう一人、FEGの是空藩王である。

 かの藩国名が『フィールド(原)エレメンツ(素子)グローリー(栄光)』の略である事は不覚にもこの直前に思い至ったばかりであった。

 この一事を取ってもかの藩王の原さんへの思い入れがよく解るというものだ。

 今更ながらの埒もないことを考えつつビギナーズ王国へ到着すると指定の連絡先である談話室に入る。目当ての人物はすでに入室していた。

 藩国民が小笠原での思い出を形に残すべく技族や文族に依頼する場所、思い出秘宝館で受注した記念すべき初仕事。

 今回の依頼人とSSの内容について2、3確認を取るための打ち合わせである。兄猫氏を初めとして周囲の人物から聞くに、どうやら受注後に依頼主とコンタクトを取
ったりは余りしないならしかった。

 枕に『自由にお書きください』とある以上、自由に書けばいい、ということだがキャラの容姿やら名前の由来やら状況やらが気になってしまうのだからしょうがない。

 そんな理由で初めて訪れたビギナーズ王国の談話室はオフシーズンで夏休み中にもかかわらず活気に溢れていた。依頼主を始め藩国民の方が丁寧に対応してくれたお陰で得意の怪電波を放出せずに済んだのが暁光である。

 わたしにだって人並みの羞恥心はある。多分。

「ばたばたしていてすいません」

「いえ、こちらこそなんだかお忙しいところに申し訳ないです」

 今回の依頼主が済まなそうに言うのでわたしは更に申し訳ない気分になる。どうやらアイドレスでのわたしは忙しいときにやってくるものらしい。

 確かに談話室に詰める藩国民の間ではなにやらあわただしく遣り取りがされている。とにかく依頼主との打ち合わせに集中していたわたしには会話の中身まで理解する容量はない。

 なんと言っても8ビットだから。

 結局何が忙しいのかよく解らないまま、曖昧に頷いて打ち合わせを済ませるとナニワに帰った。

 今日は依頼分の第1稿を仕上げる予定である。ひとまず端末上に整形した該当ログを開きながらナニワの談話室に入ると、なにやら守上摂政があちこちから情報収集をしているようだった。

 他にも数名の藩国士官の姿があった。いつもなら一人でぽつんとコタツを出して待機している時間帯だが、どうも様子がおかしい。

 ひとまずご挨拶を済ませることにした。

「こんばんは摂政閣下」

「こんばんは。是空さんが原さんのお誕生日祝いのコメントを集めてますよ」

 すごい勢いで端末を操作している守上摂政に示されて、自分の端末からFEGの公報を参照する。

 どうやら初めは純粋に原さんの誕生日を祝う場だったらしいそこは、既に夥しい数の祝辞で埋められていた。

 是空藩王の助けを求める言葉と共に。

 内容を読み進む内にいい加減鈍いわたしにも事の重大さが飲み込めてきた。

 現在FEGに逗留しているはずの原さんが姿を消し、HBペンギンに命を狙われているらしい。理由や経緯は分からないが、なにやらそこへコメントを寄せる事が助けになるらしかった。

 それならばわたしも力になれる。ミジンコほどでも良い、確実にプラスであれば。

『だが、何もしないよりは良い』

 何万回と繰り返してきたフレーズを呟きながらお祝いのコメントを記帳した。内容は恥ずかしすぎてここでは述べたくないが。

 ひとまず出来る事は終わった、と執筆を再開したが時を追うにつれて事態は急速に展開していく。

 いつの間にかアイドレスヘッドラインのデフコンが10から0へ急上昇し、水面下では多数の藩国民達が夥しい量の情報を遣り取りしている。

 そんな中から必要な情報を選別し矢継ぎ早に現在の状況を談話室に中継していく守上摂政。20時を過ぎた段階で原さんの救出作戦が立案され、国籍を問わず集められた人材で参謀本部が構築され、各藩国有志による義勇兵団が組織されつつあった。

 当然ながらこれまで戦場に幾多の勲を飾ってきた我が藩国も参戦する。

 直前まで何かの公共事業に従事していたらしい我が藩王も談話室に現れた。

 いよいよ親征挙国態勢である。

 わたしにとって初めての出撃はこうして周囲の状況に流されるようにして始まった。

 これはSS書いてる場合じゃない、と漸くあたふたしつつ守上摂政の指示に従って自分の着用アイドレスを確認する。こんなこともあろうかとキャラ設定に載せておいたアレである。

 今作戦のレギュレーションによると、犬猫及びACE、ファンタジー系アイドレスは禁止。それ以外なら着替えは自由。どうやら人間の手だけで事を成就させろ、という事らしい。

 着替え自由とはいえ我が藩国では有り体に言って偵察兵かパイロットの二択である。大体ナニワに来て2週間足らずのわたしには何が有利かなど知るよしもない。

 I=Dに搭乗する機会は無いそうなのでデフォルトのパイロットは微妙かと思ったが、猫妖精ならば白兵と夜間戦闘が可能になる。

 初陣の不安もあって着慣れたアイドレスのまま登録を済ませた。最後に戦闘教本を参照して自分に何が出来るのかを再確認する。

 ナニワ藩国内で主立った参戦者の登録が終わると、守上摂政が義勇兵団を取り纏める指揮所へと提出に走った。

 それからはよく解らないままに着の身着のままで輸送機に乗せられて戦場まで送られた。武装は、とかI=Dは、とか思ったがそのうち説明があるだろうと思い直して特別質問もしなかった。

 わたしは原則的に怠惰である。しないで済むことはしないのである。

 乃亜さんが見せてくれた編成表によると、わたしはどうやら白兵部隊に配属されたらしい。パイロットとして役に立たないなら当然そこしか居場所は無いだろう。至極納得である。

 今作戦に参加したのは概算で100人以上。わんわん帝国、にゃにゃん共和国を問わず各藩国王や摂政、エースパイロットなど名だたる面々が居並ぶ様は壮観の一言だった。

 そんな中にあって明らかにわかば、初心者、役立たず感を丸出しにして不安だったが、役割ごとに分化した10部隊中白兵部隊にはナニワ藩国士官が全員揃っているのが救いだった。

 とりあえず解らないことはすぐに質問できる。

 マキセンパイや兄猫さんの後ろに隠れるようにして事態の推移を見守った。

 現地に展開を始めたのが23時過ぎ、その後も続々と参戦者が加わり厚みを増していく陣容で初めに動いたのが白兵部隊だった。今作戦の総司令官、是空藩王の偵察指示を受けて機動を開始する。

 油断無く展開し辺りを探索するベテランの後にくっついて訳も分からず前進する。多分服の裾を掴まれていた兄猫さんは動きづらいことこの上なかったろう。

 その頃、お気楽な後方を余所に是空藩王は血を吐く思いで外交努力を続けていた。



 偵察を進める白兵部隊はゲート上を占拠し封鎖態勢に入っている要塞を発見した。

 無名世界の中で何度か目撃されているオーマの使う巨大機動要塞だ。

 接近する白兵部隊に対して警告が投げかけられたのはその時だった。

 橙のオーマと対峙する是空藩王。この時初めて敵の名を知った。

 彼等の目的は時間犯罪者である原素子の排除らしい。 

 事前情報ではペンギンに命を付け狙われているということだったが、どうやらペンギンの凶行を止めるその前に橙のオーマという新たな障害が立ちはだかったらしかった。

 ゲート上に要塞を遷移させ、地理的戦力的に優位なはずの橙が戦闘部隊の接近に対して警告に留め、戦端を開かないということは交渉の余地ありということだ。

 めまぐるしく参謀団の間で情報が遣り取りされ、要塞とゲートに最も近い場所にいる白兵部隊長が交渉役を任される。

 白兵部隊長が口火を切り砲火を交えず一滴の血も流れない奇妙な戦闘が始まった。

 最も、その戦果にかかっているものの大きさはこれまで各藩国が経験した戦と遜色ないものだったが。

 両者の間で短い遣り取りがあったあとその物腰から交渉が巧く行ったと思ったのも束の間、原の排除に対する橙の態度は強硬なままだった。

 これを受けて是空藩王の必死の交渉は続く。

 黙り込むカレン。流れは義勇兵団に傾きつつあった。更に粘り強い是空藩王の言葉が流れを決定的なものにする。

 わずかな沈黙の後、カレンはにっこり笑って最大級の譲歩といえるカードを切った。

 双方の陣営から人員を選出し、原の元へ送り込む。

 是空藩王はここが肝心なところだ、と更に言葉を重ねた。

 橙のオーマが交渉に応じた理由。それこそは原を救わんとする是空藩王の元に駆けつけた義勇兵団の存在だった。

 彼等をして驚かせ、彼我の損害を鑑みて譲歩を引き出したのはこの一発の銃弾も放たない兵士達の力である。

 漸くそこへ思い立った首脳陣はほっとしたように人選を始めた。

 当初10部隊から一名ずつ選出しようかとも思ったが、期限が切られている以上一秒でも惜しい。

 結局部隊員7名の近距離部隊がゲートを降下することになった。

 近距離戦部隊長と共に携えられた通信機に全てを託して、是空藩王は悲痛な面持ちで降下していく部隊を見送った。

 降下する先は第7世界の過去だ。そこには過去の是空が存在している。同じ時代に同一人物が並び立つことは許されない。

 本当は誰より早く原の元に駆けつけて身を挺してでも彼女を守りたかった。

 もう一度生きた原の声が聞きたかった。

 是空藩王は想いを込めて通信機を握りしめる。

 その頃、降下した近距離戦部隊は原の探索を開始していた。時は2006年末。所は東京都練馬区。

 バトルメードが多数を占めるという奇抜な格好の部隊員達に好奇の視線が投げかけられるが、努めて平静を装い、あるいは全く気にせず原の探索に没頭する。

 成果はすぐに上がった。

 ペンギンが今しも何かを話しながら銃を撃つところだった。

 それを見咎めた近距離部隊員達が射撃の妨害を試みるもわずかに及ばず、ペンギンの放った凶弾は原を貫いた。

 その場にいた部隊員は勿論、無線に聞き入っていた是空藩王や後方に控えた他の部隊に絶望的な空気が漂う。

 是空藩王は必死で頭を回転させた。今は、今だけはぐるぐるしてる場合じゃない。

 橙のオーマなら現場に医療班を急行させられる。にゃんにゃん共和国の医療技術は高い。即死さえ免れていれば蘇生は十分に可能なはずだった。

 再び白兵部隊員より交渉の使者が立てられ橙の元へ赴く。

 これには全部隊きっての交渉上手が送り込まれた。

 重苦しい数舜。

 みんなが交渉の成功を祈った。

 その場に居る者は犬も猫もサイボーグも。西も東も北も南もなく。ただ一心に祈った。

 そして。

 祈りは通じた。

 橙のオーマは遂にその熱意に突き動かされるようにして希望へ続く道を空けた。

 最大加速で降下した医療部隊員達に付き添われて医療ユニットに接続された原がこちらへと還ってきた。

 一斉に沸き起こる歓声、そして是空藩王を称え原との前途を祝福する声。

 ただの人である是空とおるが、一つの奇跡を達成した瞬間だった。

 男泣きに泣く是空藩王。

 そこにいるのはFEGの藩王でも名の知れたエースでもない。

 ただ、愛する女のためだけに奇跡を起こした、ただの、男だった。

 万雷の拍手と祝福を前に泣きっぱなしの男、是空は永遠の愛を誓って叫んだ。

 わきあがる一層の歓声と冷やかしの声。

 こうして一人の男の魂と一人の女の命を救う作戦は終わりを告げた。



 所は再び変わりナニワアームズ商藩国談話室。

 戦勝の余韻を覚ますように、藩国士官達は今日の戦いを振り返り他愛もない話に興じていた。

 気が付けば誰一人死ぬこともなく、義勇兵団は一発の銃弾も放つこともなく、平和の内に自国へと帰っていった。

 これはアイドレスの歴史に残る大勝利といって良かった。

「一発も銃弾を撃たず、一人も殺さない兵士。素敵ですね。アイドレスに来て良かった」

「橙のオーマが停戦を申し入れてきたそうですよ。和平交渉とそれに続く平和。大勝のご褒美としては最高ですね」

「そう言えば参加者に勲章が授与されるらしい。是空救助勲章」

「救助したのは原さんじゃないっけ」

「だからさ、是空藩王の心を救ったという意味だ」

「それ、良いですね。わたし、ナニワに来て始めた何かした気がします」

「うん。是空藩王が大統領になったら原さんの誕生日と大勝を記念して国民の休日にしそうだなあ」

「怠惰と平和こそ我らが国民の誇り。お休みが増えたら嬉しいな」

 是空藩王が起こした奇跡の余韻はナニワ藩国民の心にも暖かい火を灯したようだった。

 みんな満ち足りた表情で三々五々談話室を後にしていった。

 それはもちろん、この物語を記録しているわたしも例外ではない。

 本当に良かった。最後のセンテンスを打ちながら目頭が熱くなって涙を堪えるのに苦労した。

 わたしは本当にこういう話に弱いのだ。



 何だか慌ただしすぎた初出撃のお陰で延び延びになっていた依頼SSの執筆を終え、那由他は一人でオアシスの畔から明け方の空を見上げて低く歌っている。


(イラスト:守上藤丸@ナニワアームズ商藩国)

 ふと口をついて出た、遠い昔に聴いた歌。

 恋人を失った男が日常を彷徨いながらささやかな物事の中に恋人の面影を追う歌である。

 それは不思議なほどに新しい道を歩み始める二人にぴったりだった。

 強い日差しに眼を細めてふと笑うとスラックスの砂を払って立ち上がる。

「おめでとうございます。原先輩、是空藩王陛下。

 ただの人が奇跡を起こす様を見せていただきました。

 心より言祝ぎを。願わくば末永く幸せの時が続きますように」

 遠い空の向こうに祝福を送ると、その場から姿を消した。

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最終更新:2008年01月14日 23:58
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