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長門有希の日記Ⅱ

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hiroki2008

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長門有希の日記Ⅱ



5月某日。涼宮ハルヒによって3つの異なる組織の末端が一同に集められ、
なんとも理解しがたい活動をはじめた数週間後。
情報統合思念体も、いよいよ観察対象が動き始めたというので、内部ではさまざまな思惑が飛び交っていた。

「長門さん、喜緑さん、ちょっとお話があるの」朝倉涼子に呼ばれた。
「涼宮ハルヒの情報爆発の件で主流派が譲歩したみたいだわ」
わたしもそれは聞いていた。情報統合思念体の主流派と急進派の間でちょっとした駆け引きがあったようだ。

「急進派内で、キーパーソンはキョン君なのではないかという意見が出たの」
「それはわたしも感じている」
「観察した結果、涼宮ハルヒをコントロールするには、キョン君の意思が必要。
 それでね、わたしと長門さんで一芝居打つことになったの。
 わたしがキョン君を襲って、長門さんがそれを助ける。
 そうすると長門さんとキョン君の間には信頼関係が生まれるってわけ。
 主流派は渋ったけど、情報の奔流が得られるかもしれないと期待して結局は譲歩したわ」
「わたしはそのような計算ずくの信頼関係の成立には賛成しない」
「分かってるわ。そんな信頼はウソだと言うんでしょ。でもキョン君に知られなければいいと思うの」
「仮に成立したとしても、わたしはいつかそれを後悔する可能性が大きい」
「これは任務だから、割り切るしかないわ」
「・・・そう」

「朝倉さんはどうなるんですの?」喜緑江美里が不安そうに尋ねた。
「わたしは情報統合思念体に帰ることになるわ。わたしの任務は終わり。お役ごめんってところね」
「そんな・・・あなたがいなくなってしまうと寂しいですわ」

任務完了ということは、朝倉涼子の昇進を意味する。
わたしも喜緑江美里も、これが喜ばしいことなのか、残念なことなのか、気持ちは複雑だった。

「喜緑さん、わたしがいなくなったら長門さんのことをお願いね」
「分かりましたわ。あなたとはもっと一緒に過ごしたかったですけど、お互い仕事ですものね」
「そうね。でも、また会えるわけだし。これが後生の別れってわけじゃないわ」
「そうですね、昇進おめでとう」
「まだ早いわよ」朝倉涼子はほがらかに笑った。

「そういうわけだから長門さん、決行は明日の放課後ね」
「・・・」わたしは黙ってうなずいた。

眠れない。目を閉じるが、明日起こることのイメージが何度も繰り返された。

わたしは枕を持って朝倉涼子の部屋のドアをノックした。
「あら長門さん、どうしたの?」
「・・・ここで寝たい」
「いいわ。上がって」
お茶でもいかがと言ってくれたが、眠れなくなるからと断った。
「そう」

わたしは朝倉涼子のベットにもぐりこんだ。中は暖かかった。
「わたしのことが心配?」
「分からない。この感情は・・・うまく処理できない」
朝倉涼子はわたしの手を握った。
「心配ないわ。きっとうまくいく」真っ暗な部屋で、朝倉涼子の声が小さく響いた。



17時32分40秒、位相変換のシグナルを検知した。時間どおり。

わたしは1年5組の教室へ空間移動した。
無論、ドアは開かない。これは次元隔壁による空間封鎖。
わたしは隔壁の隙を見つけて崩壊因子エージェントを送り込んだ。

エージェントの一部を経由して再実体化する。空間内部では彼と朝倉涼子が対峙していた。
わたしは瞬間移動し、朝倉涼子のナイフを握り締めた。

「ひとつひとつのプログラムが甘い」

用意されたセリフとは裏腹に、朝倉涼子のプログラムは完璧だった。
空間封鎖、次元隔壁、分子構造改竄。彼女の情報制御はどれもまったく隙がない。
わたしがここに入り込めたのは彼女がバックドアを用意してくれていたからだ。

「あなたはとても優秀」それはわたしの本心だった。

鉄の分子を再構成した無数の槍が彼を襲った。わたしはすぐさま物理シールドを張る。
朝倉涼子は手加減をしない。本気で戦いなさい、彼女の目はそう言っていた。
わたしは後ろに跳び退った。足元に巨大なエネルギーの衝撃が走る。

これは任務だ。だが、わたしには彼女を殺す理由がない。
そんな感情がわたしに隙を作らせた。再び飛んできた槍がわたしの体を串刺しにした。

「長門・・・大丈夫か」彼がわたしを見ていた。
わたしは彼を助けなければならない。それがわたしの任務。それを思い出した。
複数の組織、派閥、思惑が混沌としてうごめく中で、わたしが守らなければならないのは、人間の彼。
朝倉涼子はそう言っていたのだと思う。

「じゃあ、死になさい」
朝倉涼子の手から伸びる量子ビームがわたしの胸を貫いた。
もしかしたら朝倉涼子は本当にわたしを殺すかもしれない。
そのときはじめてわたしは恐怖という感情を知った。それがわたしを動かした。
仕込んでおいたエージェントを呼んだ。すべての構成情報を破壊せよ、と。

「終わった」

朝倉涼子は、わたしの手によって消滅した。



「長門さん、おかえりなさい。大丈夫?」喜緑江美里はわたしの報告を知っているはず。
「・・・問題ない。シナリオどおり」
問題ない。だがわたしの声は、不可解ながら震えていた。



その日の夜、わたしと喜緑江美里は朝倉涼子の部屋を片付けに入った。

ふだん散らかしていた朝倉涼子の部屋はすでに片付けられてあった。
「・・・することがない」
「家具を処分しましょう」
彼女の本棚には、ミニカーコレクションと、かつてそれだった鉄の塊がそこにあった。
「この塊・・・捨てなかったのね。ちょっとしたオブジェみたい」喜緑江美里が悲しそうに笑った。

背後から、長門さんと呼ぶあのやさしい声が聞こえそうな気がしてならない。

喜緑江美里の情報操作により、すべての家具、丁度品は光の粒子と消えた。
ほこりひとつなく、掃除機をかける必要もなかった。
「終わったわね」
「・・・そう」
わたしと喜緑江美里の話し声が、がらんとした空間に虚ろに響いた。

「しばらく・・・ここにいたい」
「分かったわ。鍵は管理人さんに返しておいてね」
喜緑江美里はそう言ってドアを閉めた。

わたしはベランダの窓を開けた。部屋の暖かい空気と外の冷たい空気が入れ替わる。
見上げると、夜空は一面の星で満ちていた。

見つめていると少しずつにじんでいく。
思い浮かぶ彼女の笑顔はやさしい光に満ちていた。わたしのなかで小さな星だった。

880万光年のかなた、ほのかに輝く星は、きっと朝倉涼子のそれに違いない。

                                           END
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