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長門有希の暴走:朝倉編

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hiroki2008

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長門有希の暴走

朝倉編:



わたしは自分の部屋にいた。わたしがなぜここにいるのか、理解するのにしばらく時間が必要だった。
わたしは任務を終えて情報統合思念体に戻ったはず。
確かわたしがキョン君を襲って、それを守ったのが長門さん。
そしてわたしの物理的な体は消滅した。あの時間から記憶が途絶えている。

さらに不可解なことに気が付いた。情報統合思念体とコンタクトできない。つまり、存在しない。
わたしのメモリエラーか通信機能の障害か、あるいは情報統合思念体に何かが起こったのか。
わたしは自分の機能をチェックした。エラーはひとつもない。

部屋を見回すと、ちゃんとその風景を覚えている。本棚にミニカーコレクションもある。
喜緑さんによってスクラップにされたミニカーの鉄の塊もそこにあった。

だが何かが違う。わたしは説明し難い違和感を感じて部屋のドアを出た。

長門さんの部屋は覚えている。ドアをノックした。
こちらの様子をうかがうように、ゆっくりとドアが開いた。

そこにはわたしの知らない長門さんがいた。今にも泣き出しそうな彼女がそこにいた。
「朝倉さん・・・」
長門さんはいきなりわたしの首に抱きついた。
「ちょっと・・・どうしたの」突然のことでわたしは戸惑った。
「なぜだか分からないの・・・ずっと会ってなかった気がする」
言葉遣いも違う。わたしの知っている長門さんは言いたいことを一文で短くまとめるクセがある。
感情に任せた曖昧な表現はしない。
「そう・・・わたしも妙な感じがするのよね」
わたしは長門さんの髪をなでた。前にも何度かそうしていた気がする。

わたしは長門さんと情報生命体プロトコルで話そうとした。
ところが彼女はヒューマノイドインターフェイスではない。アミノ酸のタンパク質から構成される、純粋な人間だった。

いったい何が起こったの?

わたしは人間にするように、彼女の記憶を読んだ。
そこにあった彼女の人生は、本だけが友達の内気な女子高生だった。
でもなにかひっかかる。まずSOS団が出てこない。涼宮ハルヒを知らない。それからキョン君に関する記憶がおかしい。
彼のことを好きなのは分かっていたけど、彼と話したことすらないという。
人間にしては周辺の繋がりがない。

わたしは気が付いた。この人生は作り物だわ。

彼女の深層心理の奥深く、本人が気が付いてない領域に、隠された手紙を見つけた。

── 朝倉涼子へ:

── この手紙を読んだ時点で、あなたの知る長門有希はもう存在していない。
   ここにいるのは、わたしが作った人間のわたし。


わたしの知る長門さんからの手紙だった。
それからコンピ研部長氏と別れたこと、膨大なエラーの蓄積がはじまったこと、
世界を改変する願望が生まれたこと、そして、わたしに会いたいという願いが切々と綴られていた。


── こんな大規模な宇宙改変を起こして、何の責めも負わずに済むとは思っていない。
   改変による結果を10年先まで計算し、わたしは良心が咎めた。
   ひとつだけ、元の世界に戻る道を作っておいた。彼の記憶は消していない。
   それが暴走する自分への最後の抵抗だった。

   もし彼が鍵を集め、トリガを引いたなら、この世界は元に戻る。
   そしてわたしは情報統合思念体から厳罰を受けるだろう。
   それでもかまわない。わたしは彼の未来まで奪いたくはなかった。

                                12月18日未明 長門有希記す



ここまで読んで、わたしの目は潤んでいた。
そうなのね。あなたのそばにいてあげたかったわ。

つまり、ここにいるわたしは長門さんに作られた。
自分が完全な人間として生きていけるかどうか分からない不安から、長門さんは保険をかけた。
その保険がわたし。

「いいわ。気が済むまであなたのそばにいてあげる。わたしがあなたを守るわ」
「・・・」
それを知ってか知らずか、人間になった長門さんはコクリとうなずいた。



翌朝。

「長門さん!おはよう!起きてる!?」わたしは長門さんの部屋のドアをドンドンと叩いた。
「・・・おはよう」
「学校行くわよ」
「うん・・・」
まだ眠そうな顔が出てきた。この長門さんはどうも低血圧らしい。

駅前まで来て、わたしは長門さんを見てニヤリと笑った。
「長門さん、今日、学校休みなさい」
「ええっ・・・どうして」
「これからカラオケ行くわよ!着いてきなさい!」
「そんな・・・困る」
「あなたはまじめすぎるのよ。たまにははっちゃけなさい」
「・・・でも先生に怒られる」
「しょうがないわね・・・」

わたしは携帯で学校にかけた。咳をひとつしてかすれ声を作った。
「あの・・・岡部先生いますか。ええ朝倉です・・・ケホ」
「岡部先生・・・すいませんゲホッ。風邪、うつっちゃったみたいなんです。ええ・・・病院寄ってそれから行きます」
「はい・・・あ、それから隣のクラスの長門さんも風邪具合ひどいみたいで。はいお願いしま・・・ゲホゲホ・・・オエ」
「せ、先生っ、ありがとうございます・・・グスッ」

電話を切るなり、わたしたちは噴き出して笑った。
「キャハハハハ、岡部ったらマジで心配してんのアハハハハ」
「・・・クスッ」

長門さん、あなたは笑っていたほうがずっといいわ。

「さあっ今日は遊ぶわよ!」
「あの・・・朝倉さん、制服着てちゃまずいんじゃ」
「じゃあ服も買いに行きましょう」
「ええ・・・そんな」
「お金だったら心配しないの。今日はすべてわたしのおごりよ」
「そういうことじゃなくて・・・」
「四の五の言わず今を楽しみなさい」

まだ戸惑っている長門さんの手を引いて、わたしは改札をくぐった。とりあえずは朝飯よね。
それから北口駅前のデパートで派手な服でも見繕って、それからカラオケかな。
わたしが言うのもなんだけど、長門さん、あたなは人間になったんだからもっと楽しむべきよ。

っとその前に、情報操作して風邪を流行らせておかないとね。
クラスの半分くらいには風邪をひいてもらわないと。



長門さんが、この制服ままじゃ補導されるかもしれない、というので洋服を買うことにした。

二人でハイティーンの洋服売り場に行った。
あれこれ見て回ったが、いまいち子供っぽい気がしたのでワンランク上のコーナーに移る。

長門さんは地味な緑のワンピースを手にしていた。
「あなたには、もっと派手な色のほうがいいわ」だいいち、若いんだからね。
長門さんは似たような色のブラウスを手に試着室に入った。

わたしは椅子に腰掛けて長門さんが選ぶ服をあれこれ指摘した。

「青はやめなさいって。不健康そうに見えるから」ただでさえ色白なのに。
「もうちょっと胸元が開いたほうがいいわね」胸がないのは知ってるわ・・・胸パッドしてみたら?。
「なんとなく腰のあたりが頼りないわ。細いベルト締めてウエスト見せてみたら?」

何度かとっかえひっかえした挙句、まあ見れるスタイルになってきた。
「どう・・・?」
「GOOD JOB!」わたしは親指を突き立てた。
「じゃ、次は化粧品よ。メイクにいくわ」
「ええっ」あなた、少なくとも女なんだから化粧くらい知ってなさい。
わたしは長門さんに服を着せたままレジを済ませ、化粧品売り場に連れて行った。

お姉さんに耳打ちして、この子はじめてなんだけど、5歳くらい年上に見えるようにしてくれと頼んだ。
「がってん、任せなさい!」このお姉さん、好きだわ。

長門さんははにかみながらメガネを外した。
ガラス越しには分からなかったけど、この子、いい目をしてるのね。

化粧水で肌を整え、ベースを軽く塗る。薄めにファンデーション。
眉毛をやや強く出して・・・長門さんの顔がみるみる変わっていく。

「こんな感じでどうかしら。肌がきめ細かいからノリがいいわ」
そうして出来上がった長門さんはとても元の長門さんとは思えなかった。
「長門さん・・・あなた、輝いてるわ」女のわたしでもホレボレした。
「そ・・そう。ありがとう」頬にさらに赤みがさしてなかなかいい。口紅が映えている。

わたしも軽くメイクしてもらった。まあ、わたしは下地がいいから2歳くらい上でいいわ。
「眉毛どうします?」眉毛がなんですってええ?わたしはお姉さんを睨んだ。彼女は黙った。

「・・・朝倉さん、きれい」
「み、見つめないで・・・はずかしいわ」わたしは口元をおさえてシナを作ってみせた。似合わない。
長門さんと並んで鏡の前に立った。二人とも、とても高校生とは思えない仕上がりだ。

長門さんのために口紅とマニキュアを買って、それから店を出た。
「気分変わっていいでしょう?」
「・・・うん」

外見からでもいいの、もっと自分を変えるのよ。そう言いたかった。



「じゃあ、次はカラオケよ。腹に溜まってるモヤモヤをありったけの声で出すの」
「わたし・・・行ったことない」
「じゃ、今日が記念すべき日ね!」

「長門さん!もっとおなかから声を出しなさい。ほら、こう!」わたしは長門さんのおなかを押さえた。
「は、はいっ」

 ナゾナゾ~みたいに~地球儀を解き明かしたら~♪

実はいい声をしているのね。
細く通る声で歌う長門さんを見て、わたしはこの世界に来てよかったと思った。
今、わたしは本当に自由よ。情報生命体はわたしひとり。誰にも支配されない。誰にも干渉されない。
あなたがせっかく作ってくれたんだもの、この世界を楽しみましょう。

二人でデパートの上階で昼ご飯を食べているとき、長門さんがぼそりと言った。
「・・・ちょっと疲れた」
「そうね。ふだんし慣れないことをいきなりやっちゃったからね」
「でも、楽しい」
あなたの口から楽しいなんて言葉が出てくるなんて。
「じゃあ、今日はこの辺で学校に出ようかしら?。重役出勤だけど」
「・・・そうする」

「その前に化粧を落とさないとね」
こんな顔で教室に入ったら頭にウィルスが回ったのかと岡部がひっくり返るわ。
わたしたちは化粧室で顔を洗った。
化粧水も洗顔石鹸もなかったけど、なに、情報操作でお安い御用よ。一瞬で口紅まできれいに落とせるわ。

メガネをかけ、セーラー服に身を包んだ長門さんは、今朝会った元の長門さんだった。
この変わりようときたら。

「そのうちメイク教えてあげるわね」
「・・・うん」嬉しそうな長門さんを見て、わたしは作戦成功を確信した。

わたしたちはそのまま学校へ行った。わたしの操作どおり、風邪を引いてる生徒が多かった。
「長門さん、風邪引きが多いみたいだから気をつけてね」
「・・・うん」
「じゃ、またね。部活が終わったら落ち合いましょう」
わたしは教室の前で手を振った。
「あの・・・朝倉さん」
「なにかしら?」
「・・・今日はありがとう。楽しかった」
「またいつか行こうね」

この子がもう少し笑えるようになったら、また連れて行こう。



わたしは1年5組の教室に入った。
皆が歓声で迎えてくれた。わたし、こんなに人気者だったかしら。ああ、ここは向こうとは違うのね。
この世界ではわたしはクラスメイトに頼られる存在。

「朝倉さん、具合どう?」
「うん、もう大丈夫よ。午前中に病院で点滴打ってもらったらすぐによくなったわ」
実は心配してもらえるのはすごく嬉しいこと。

「朝倉、なんかお前香水臭いな」男子生徒が言った。ギクリとした。
わたしは制服の匂いをかいだ。かすかに残っている。風邪ひいてるわりには鼻が利くのねこいつ。
「きっと病院に行ったせいだわ。患者に化粧の濃いおばちゃんが多かったから」

わたしは自分の席につこうとした。国木田君が弁当を広げている。
「あ、どかないと」
国木田クン、前から思ってたけど、あなたかわいいわよ。素直だし、その気なら付き合ってあげたのに。

わたしの机の前の席にいる男子生徒、そこには笑っていない顔があった。
「待て、どうしてお前がここにいる」この人も風邪かしら。声が枯れてるわ。
「どういうこと?わたしがいたらおかしいかしら」

こいつには、わたしの正体を絶対に知られてはいけない。

キョン君は涼宮ハルヒのことを聞いて回っている。バカね、こんなところにいるわけないじゃないの。
プッ、国木田君にほっぺたをつねってもらってるわ。そうよ、あなたはずっと夢を見ていたの。
ここが現実なのよ。

わたしはこいつの記憶を読んだ。

そう・・・向こうの世界ではそんなことがあったんだ。
ついでにあなたの記憶も消して二度と向こうに戻れなくしてあげたいんだけど、
それは長門さんの頼みだからやめとくわね。

「朝倉涼子は転校したはずだ」
こいつはまだ訳のわからないことを言っている。だいぶ混乱してるみたいね。
「保健室に行ったほうがいいみたい。具合のよくないときって、そういうこともあるわ」
わたしの手を振り払って、とうとう教室から出て行った。
でもね、おあいにくさま。この学校には涼宮ハルヒはいないし、SOS団も存在しないの。

古泉一樹を探しに行ったのかしら。今ごろ1年8組の教室の前で唖然としてるでしょうね。
これは長門さんのジョークなのかしら。クラスを丸ごと消してしまうなんて、いいセンスしてるわ。



わたしはしばらく彼の監視を続けた。
まかり間違って元の世界を再構築などされてはたまらない。

翌朝、キョン君が話し掛けてきた。
「朝倉。本当に覚えがないのか、お前は俺を殺そうと思ったことはないか?」
「・・・まだ目が覚めてないみたいね」
あるわよ、何度もね。それというのも、あなたが涼宮ハルヒしか見ていないから。
言っておくけど、あなたがここにいるのは長門さんの希望だからね。
ヘンな真似したら容赦しないんだから。



夕方、わたしは晩御飯を作って長門さんの部屋に持っていった。
部屋に長門さん以外にも誰かがいる。いつもならドアをどんどん叩くところだけど、インターホンを押す。
「長門さん、いる?」
「・・・朝倉さん?」
「夕飯持ってきたんだけど、一緒に食べない?」
「でも・・・」
「鍋が熱いの。開けてもらえないかしら」
「今は来客中で・・・」
「その人も一緒に食べればいいじゃない」
「・・・そう、待ってて」
部屋に入ると、案の定、キョン君がいた。
「なぜ、あなたがここにいるの?不思議ね」

分かってはいたけれど、まさか部屋にまで押しかけてくるとはね。

「朝倉が作ったのか?」
「そうよ。こうして時々長門さんにも差し入れるの」
だって長門さん、コンビニの弁当しか食べないんだものね。体壊すわ。

「それで?あなたがここにいる理由を教えてくれない?気になるものね」
「あー、ええとだ。そう、俺はいま文芸部に入ろうかどうか悩んでいる」
またまた出任せを。あなたはひとりぼっちで長門さんしか頼れない。だからここにいる。
どう?ひとりになった気分は。少しはわたしたちの孤独感が分かったかしら。

「あなたが文芸部?悪いけど、全然ガラじゃないわね」つい、鼻で笑ってしまった。
キョン君はカバンを持って帰ろうとした。ちょっといじめすぎちゃったかしら。
「あら、食べていかないの?」
「帰るよ。やっぱ邪魔だろうしな」
長門さん、ごめん、ちょっと言い方きつかったみたい。彼を引き止めて。

玄関でボソボソと話し声が聞こえ、キョン君は再び戻ってきた。
ごめんね、ついいじめたくなっちゃうの。わたし、嫉妬してるのね。

キョン君とご飯を食べるのは、はじめてだった。
この人、谷口と違って女の子の前ではあまりしゃべらないのね。
教室では愛想悪い男子生徒ナンバーワンだし。

「ねえねえキョン君、今度3人でどこか行かない?」
「どこかって・・・どこにだ」
「どこでもいいわ。賑やかなところ」
「そうだな・・・考えとく」
まったく愛想悪いわね。ネタ振りしてるのに全然乗ってこない。
それもそうよね。わたしに一度殺されかけたものね。あなたほんとに長門さんに感謝してるのかしら。

二人とも黙々とおでんを食べた。キョン君って存外人見知りするのね。
素朴で純粋で、これといった自己主張もない。
あんたたち、付き合えばお似合いなのに。
素直に気持ちを表現できない二人を見て、わたしはちょっと寂しくなった。

「あ・・・グスッ」
「ど、どうしたの長門さん」
「・・・カラシが鼻に効いたの」
「大丈夫か長門」
部屋に小さく笑い声が起こった。

「じゃあ、そろそろ帰るわね。鍋は明日取りに来るから」
キョン君も安心したのか、ほっとした表情をした。

「明日も部室に行っていいか?」玄関でコソコソ話しているようだけど、わたしには聞こえている。
長門さんが小さく微笑んだ。キョン君も驚いていた。
そりゃそうよ。この長門さんはあなたの知ってる長門さんじゃないもの。

「あなた、長門さんが好きなの?」
エレベータで彼と二人きりになったとき、わたしはカマをかけてみた。
彼の反応を見ていると、まんざらでもないらしい。
そうよね、この世界にたったひとりで放り込まれたあなたなら、長門さんを慕うわ。
わたしが誰かは気が付いてないみたいだけど。

「また明日ね」
わたしは5階でエレベータを降りた。
お望みなら、長門さんと一緒にしてあげるわよ。あなたの中の、涼宮ハルヒの記憶を抹消してね。



懸念していたことが起こったようだわ。谷口の口から涼宮ハルヒの名前が漏れた。
あいつ、言わなくてもいいことをペラペラと。今度会ったらおしおきだから。

キョン君が駅前の高校に通う涼宮ハルヒと接触したらしい。そこには古泉一樹もいるはず。
これだけ物理的に近いんだもの、そりゃ簡単に遭遇するわよ長門さん。
彼と一緒になりたいのか、涼宮ハルヒに取られてもいいのか、あなたの本望が分からないわ。

朝比奈みくるも含めた元SOS団のメンバーが文芸部部室に集まっている。
わたしは気が付いた。これが長門さんの言っていた鍵ね。
彼はこの世界を消そうとしている。

そうなれば長門さんの希望で作られたこの世界が潰えてしまう。
長門さんがまたつらい日々に戻ってしまう。そんなことはさせない。

わたしは2日前の自分に同期した。彼をいますぐ殺せ、と。



午前4時19分。わたしは突然そこにいた。今は12月18日、か。

わたしは自分の部屋にいた。わたしがなぜここにいるのかしばらく考えた。
わたしは情報統合思念体に戻ったはずだった。
長門さんと一芝居打って、キョン君を襲い、それを守ったのが長門さんだった。
そしてヒューマノイドインターフェイスとしてのわたしは消滅した。あの時間から記憶がない。

情報統合思念体を検知できない。わたしは自分の機能をチェックしたが、エラーではなかった。
いったい何が起こったの。

未来のわたしから同期要請があった。答えはたぶんそこにある。

「何があったの?」
── わたしはあなたから数えて2日後のわたし。時間がないの。今すぐ彼を殺して。

わたしはすべてを理解した。長門さんがこの世界を作った。それを今、壊そうとしているやつがいる。
じゃあどこに行けば?

彼が長門さんを襲うとしたら、世界を改変した直後のはず。
それより前でも、後でもない。そうでなくては鍵が存在する時空が発生しない。
そしてそれは、今この時間。

わたしはアーミーナイフを持って立ち上がった。北高正門前に走る。
正門前には長門さん、キョン君、朝比奈みくるがいた。

躊躇はしなかった。わたしは腰にナイフを溜めて彼に体当たりした。
「長門さんを傷つけることは許さない」わたしは冷静だった。

わたしは彼のわき腹に刺さったナイフをグリグリと回転させて引き抜いた。
ごめんね。あなたは嫌いじゃないの。でも、心から頼ってくれる長門さんのほうが大事なの。

街灯の下で長門さんが小さく浮かび上がっていた。恐怖におびえている。あなた、人間なのね。
「朝倉・・・さん」
「そうよ長門さん。あなたを脅かす物はわたしが排除する」
彼は地面に倒れこみ、すでに動けなかった。有機物ベースの生命体なんて、もろいものね。

「トドメをさすわ。あんたは長門さんを苦しめる」わたしは思いきりドスを効かせて喋った。
彼は震え上がったようだ。

次の瞬間、背後に別の気配を感じた。

「な、長門さん」
わたしのナイフの刃を握り締める、そこにはもうひとりの長門さんがいた。
まさかそんな・・・これはまるであのときと同じじゃない。

ナイフの情報結合が解除されていく。わたしは逃げようとした。でも足が張り付いて動けない。
「そんな、なぜ?あなたが望んだんじゃないの・・・今も・・・どうして・・・」

予想はしていなかった。長門さん自身が望んだことなのに。なぜ邪魔をするの。



二度もあなたに消滅させられようとは。これもなにかの因果かもしれないわね。
長門さんが詠唱をはじめた。わたしの体が足元から少しずつ消えてゆく。

そのときわたしは見た。長門さんの目にうっすらと光る透明な、冷たい水の淀みを。
コンマ2秒、わたしと長門さんは見つめあった。一瞬よりは長い永遠。

── 朝倉涼子・・・ごめんね。ほんとにごめんね。

「いいのよ。あなたのエラー因子はわたしだったのね」

── つらいとき、あなたにそばにいて欲しかった。それが止まらなかった・・・

「今度はキョン君を手放しちゃだめよ」
その言葉が彼女に届いたかどうかは分からない。
これから起こる時空震のあと、今のわたしは向こうの世界には戻らない。

つまり、わたしは今ここで死ぬ。

さようなら、長門さん。楽しかった。ずっと、妹みたいに思っていたわ。
向こうのわたしによろしくね。

最後に見たのは、長門さんの頬にきらりと光るなにか。
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