吉川光夫

1988年4月6日生まれ 福岡県出身 O型
06年高校生ドラフト1巡目として指名される。(田中将大の外れ1巡)

07年5月に初一軍昇格、ローテーション投手の相次ぐ離脱により先発を任される。
7月12日のオリックス戦にて初完投・初完封。同年の日本シリーズ第4戦で初先発。自らの暴投で決勝点を献上してしまうが、チーム状態が悪く重圧のかかる中での試合でなかなかの好投を見せた。ファンは翌年への期待を抱かせるものとなった。
08年は開幕ローテ入りするものの、以前から指摘されていた制球難のせいかなかなか勝てず、交流戦前に二軍に降格した。
二軍では連続四球→HRで度々豪快な炎上ぶりを披露していた。
シーズン終了後ハワイ・ウィンターリーグに山本と共に派遣。所属していたワイキキ・ビーチボーイズの優勝に貢献した。
ハワイでは制球が褒められていた。…信じていいのか?みつをよ。
2011年はファームで最優秀防御率投手賞(1.64)・最多勝利投手賞(9勝)・勝率第一位投手賞(.750)の3冠。下では無双だが上ではローテに食い込めず。

2012年、練習試合から好調を続け開幕ローテ入りを掴む。
開幕3戦目に登板、8回3安打1失点無四球、おかわり君にソロHRを被弾したのみで、無援護に泣いて黒星を喫すも素晴らしい好投。
その後も好投を続け、気が付けば交流戦終了時点で防御率はなんと12球団トップ、勝ち星もリーグトップタイの7勝(おまけに登板11試合全て失点は2点以内)。
そんな好成績が認められて交流戦日本生命賞(パリーグ)を受賞する。同年、監督推薦枠によりうれしいオールスター初選出となる。
8月11日のvs西武戦で、実にルーキーイヤー以来5シーズンぶりに完投勝利する(2安打無四球3塁踏ませず。完封のおまけつき)。

これらの好成績が評価され、そしてこの1年の活躍を象徴するかのように様々な賞を受賞する。
  • 8月度の月間MVP(入団6年目で初受賞)
  • 自身初の最優秀防御率(1.71)
  • 最優秀バッテリー賞(女房役・ツル
  • ベストナイン(初受賞)
  • パ・リーグ最優秀選手(もちろん初受賞)
ついにエース格の投手として覚醒した2012年。一年前、こうなる事を誰が予想しただろう。
しかし13年シーズンは1年間ローテに入るも7勝15敗と振るわず。
14年は開幕投手にも指名もシーズンはわずか3勝にとどまり規定にも届かず。しかしCSのソフトバンク戦では6回3失点で勝利投手となった。
15年シーズンは徐々に復調の兆しも見え、オールスターの投手部門で監督推薦で出場。16年シーズンは序盤は先発も調子がいまひとつで2軍行きも経験。
9月には負傷したマー様の替りでクローザーの役割となり、9月10日の対楽天にてプロ入り初セーブをあげる。
…もう信じていいよね、みつを?というところであったが同年11月2日にしんごと共に大田公文との交換で巨人へトレードされることが発表。
新天地でも頑張れ、みつお。

巨人では17年シーズン当初は先発ローテーションの一員であったが、乱調であったり危険球で退場など調子がいま一つのまま一時期は中継ぎになる。同年7月に左肩痛で登録を抹消、同年9月に1軍復帰して(9月13日対阪神)先発してようやく移籍後初勝利をあげるも12試合の登板で1勝3敗・防御率5.87という成績であった。
18年シーズンも開幕から先発ローテーションの一員となり、同年4月25日の対中日にて先発、5回2失点で勝利して全12球団から白星をあげた。この年は先発と中継ぎを兼任し6勝を記録。
19年シーズンは主に中継ぎ中心で登板していた。同年6月26日に宇佐見と共に藤岡鍵谷とのトレードで3年振りにハムへと復帰。先発だけではなく中継ぎとしても登板。
20年シーズンは2軍暮らしとなる、同年11月20日に金銭トレードで西武へ移籍することが発表された。

エピソード

  • 5人兄妹の4番目。ちなみに男子は彼一人。
  • ハム専では駒苫のスター田中将大を外した悔しさ、上位での指名が期待されていた北照・植村祐介を指名しなかった事(後に3巡目指名)などから、「吉川って誰だよ!」と八つ当たりされる。
  • 指名後の記者会見で「(広陵OBの)金本さんと二岡さんと福原さんを足して2で割った選手になりたい」と発言、笑いを誘う。
  • ハムの汗かき王子。汗の量がハンパない。
  • しゃべりだすときに「わー」と言う癖がある。
  • ダルビッシュ軍団の軍団員。しかし一軍を登録抹消されたため、現在は軍団員を除名されている。
  • 07年での初勝利時のコメントに困ると「鶴岡さんのミットめがけて」を連発、カメラを見ないでインタビュアーを見る初々しいヒロインは記憶に新しい。
  • 2連覇を達成した際のビールかけでは未成年だったため、同じく未成年だった木下と会場の隅で水をかけあい気分だけを味わった。
  • プロ初勝利の試合はカミナリと雨のためコールドゲームとなる。一部新聞に「カミナリ王子」と書かれる。
  • 本人いわく、高校時は特進クラスの生徒を含めても、学年で上位数番以内だったとのこと。広陵高校の特進クラスの実績などを見る限り、上位数番以内なら難関大学入学可能であることから、(本当であれば)吉川の文武両道っぷりが伺える。
  • 09年8月に札幌の歯科衛生士の女性と結婚。
  • 09ファンフェスで玉入れに出場、「玉入れは難しいです、でもストライクを入れるよりは簡単」と渾身の自虐コメントをかますが拾ってもらえず。
  • いんちきコーチに「おっさん臭い」とか「不思議な力を味方につけるのがヘタ」と言われる。
  • ファイターズのプロ野球タイ記録連続5試合無失点勝利を始めて止めた男。(ちなみに2011年5月28日対中日戦Start→6月4日対ヤクルト戦Stop)
  • 12年4月8日に4年ぶりの勝利を飾るも、夜のスポーツニュースは対戦相手の鴎藤岡目線ばかり。まさかの稲田化にハム専もびっくり。なお、翌日は新聞休刊日とこちらも稲田化。
  • 普段は電車通勤だが、12年5月10日のQVCでの鴎戦では珍しくマイカーで球場入りするも、折からのゲリラ豪雨で関係者駐車場に停めていた車が水没した。
  • 2012年のオールスター第2戦に途中出場し巨人の坂本に本塁打を打たれる。
  • 押し出し四球出した時の顔
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最終更新:2020年11月21日 21:26