飯山裕志

1979年7月13日生まれ 鹿児島県出身 B型
97年ドラフト4位で入団。

内野手。
試合終盤に紺田らとともに守備固めで登場するスーパーサブ。内野・外野ばかりかいざという時は捕手もこなせる。
09年ごろから「飯山のせいで野手枠が埋まって新人が出れない」「守備固めのくせにエラーが多いとはなにごと」として理不尽なまでに叩かれるようになってしまったが、それが嵩じてハム専ではなぜかサネに次ぐネタキャラ化しつつある。メシヤマ状態!!
なおエラー急増に関しては一部でレーシック失敗説・イップス説が囁かれているが真相はいまのところ未解明。

11年には金子誠が爆弾持ちであることもありスタメン出場が増え、すっかり復活した圧倒的な守備力でアウトの山を築き、今では金子が内野ゴロをアウトに出来ないと「飯山なら」と言われるようになったほどである。
12年の日本シリーズ第4戦・対読売において0-0の同点での延長12回においてプロ入り15年目で初サヨナラヒットを放つ(後述、E-SHOCK.2nd参照)。

2013年シーズンは、序盤こそファーム暮らしが長かったものの、一軍昇格後は守備固めとして相変わらずの安定感。
セカンド、サード、ショートだけに終わらず、ついに久々に外野守備(レフト、ライト)にも就く。ライトでスタメン起用もあるよ!
14年の84試合出場を境に1軍での出場機会は年々減少、17年シーズン開幕前に左ふとももを肉離れした影響で2軍スタート。同年8月9日に1軍復帰もわずか9試合の出場にとどまり、同年8月31日の対ソフトバンクを最後に翌日の9月1日に登録抹消となる。同年9月15日に現役引退を発表、同年10月1日には鎌ヶ谷で、3日には札幌ドームでそれぞれ引退試合を行った(後述)。
18年シーズンより2軍内野守備コーチへの就任、19年10月21日に20年シーズンより1軍内野守備コーチとなる事を発表、また21年11月18日に再び2軍内野守備走塁コーチへ配置転換、
22年11月1日より再び1軍内野守備走塁コーチへ復帰、23年10月27日に退任が発表。24年1月4日にスカウト部スカウト兼プロスカウトへ就任する事が発表された。


エピソード

  • 大人しい性格とテレビでぼそぼそ喋る姿、そしてその野球のポジションから「暗い」と言われることが多いが、じつは笑いのツボを心得た男。
  • たまに弾けるとメチャクチャ可愛い(「どぉ~だ」内での「どっか~ん」発言など)。
  • しかし顔立ちは「イケメン」との声も多く隠れファンも多い模様である。
  • またファイターズDEナイトのリスナーには人気が高い。喋り始めるとどんどん面白い話をする。
  • 彼がヒゲを生やしているのは、04年のフェニックスリーグで稲田がヒゲをそろうとする飯山に「お前ヒゲはえててもかっこいいよ」と言った言葉を真に受けたから。しかし実際のところは単に稲田が早く一緒に食事に行こうとしているのに、マイペースにヒゲをそろうとする飯山に痺れをきらしたから、というだけであった。(17年の「GOGOスポーツ(STV)」においてその事実を知ってショックを受けたことを稲田との対談で話していた。)
  • 同期で同じ高卒の小田とは仲良し。奥さんとは小田夫婦の紹介で知り合った。
  • 子どもは3人。ちなみに下の2人は双子。
  • 本人も大家族で育っている。7人兄弟の四男であるらしい。
    • 上の兄が「しんじ」という名前らしく、他のチームメイトが高橋信二のことを「信二(さん)」と呼ぶのに対して、飯山だけは「高橋さん」と呼んでいる。理由は「だってアニキにさん付けしてるみたいだから」
  • バッターボックスに入るときには長渕剛の『勇次』で登場。ファンが合唱する。
  • しかし10年から別の曲にしたため、歌うつもり満々のファンの空振りする光景もちらほら。が、12年から再び「勇次」に戻している。
  • 同郷のツルと鹿児島弁で会話する。ユキオさん在籍時には鹿児島に近い宮崎出身ということで彼も混ざっていた模様。そばにいる稲田は「鹿児島弁で話すのやめい!」
  • 二軍落ちしていた時は原油高のため練習場まで自転車で通っていた。
  • 長年「汎用応援歌2」が飯山の応援歌だと言われ続けていたのに、GW中にまさかの応援歌発表。ちなみにその曲のメロディーは、かつて高橋さんに使用されていた応援歌である。ラーララーラララーラーラーラーかっとばせー裕志♪
  • 森内に結構話しかけるなどいい人であるが、その理由が甥っ子に似ているからである。
  • 13年9月15日のソフトバンク戦においてスタベン投手をほぼ使い切り(翌日先発のムラマサを除く)、稲葉選手兼コーチと共にブルペン入りして待機していた。(なお登板機会はry)
  • 17年10月1日の対ヤクルト(ファーム)にて終盤に代打で登場して空振り三振→ダッシュ、守備固めでショートで登場→ファンブルという結果であった。
  • 同年10月3日に1軍での引退試合(対オリックス)は終盤代打で登場してレフトフライ、守備ではショートで登場して田中賢介との華麗な二遊間を披露して最後はショートゴロで締めた。
  • 引退セレモニーにおいて秦基博の「鱗」をBGMとして使用した。
  • 20年9月11日には無症状とはいえ新型コロナウィルス陽性に罹患していることが発表。

E-SHOCK

2010年8月20日20時45分41秒、プロ13年目にして初ホームランを放つ。しかもピッチャーが救援失敗のなかったライオンズシコースキーで、3点差を追う9回裏、2アウト一・二塁、カウント0ボール2ストライクからという超劇的なものだったため、ハム専実況スレは驚きと爆笑の渦にまかれ、1分で200レス以上をほぼ草(wwww)で消費した。
  • ちなみに、その日のスポーツニュースでは、先発ダルビッシュ、中田の先制HRがあったにも拘らず、飯山(とサヨナラヒットの高口)メインで、局によってはダル&中田スルーの所もあった。
  • また、その裏では同い年で昨年までチームメイトだったハマの  が移籍後初スタメンで4-2と活躍。ひょっとしたら、彼が引き起こした椿事だったのかもしれない。
  • この通称「飯山事件」「E-SHOCK」をきっかけにハムはCSへの望みを残す一方で西武は失速。まさかのV逸となってしまう。
  • 実況ログで振り返る飯山裕志初ホームラン動画

E-SHOCK

E-SHOCK.2nd

「 飯山事件2012」とも言う。
2012年10月31日、読売との日シリ4回戦。
ハムは東京ドームでの2連戦を落し、本拠地札幌ドームでの3連戦。
前日に勝利をもぎ取ったハムは何としてでも勝ち数を並べたい。
しかし両者互いに譲らず無得点のまま延長12回へ突入。
先頭の小谷野がヒットで出塁も、続く中島がバント失敗。
しかし大野の送りバントを相手のセカンドがベースカバーの際にエラー。1アウト一・二塁。
ハム伝統芸やらかし待ちでチャンスを掴み、ここで九番飯山へ。
フラッシュバックする、2010年の奇跡、E-SHOCK。
もしかして…いやまさか…。期待、不安、そして眠気がハム専民を襲った。
運命の2球目、ストレートを引っ張った打球が低いライナーとなり左中間を深々と、破った。
その間に二塁ランナーホームイン、1-0のサヨナラ勝ち。
プロ15年目にして初のサヨナラタイムリーであった。

なおヒーローインタビューでは「捕られるかと思った」と相変わらずのお通夜っぷりを披露した模様。
ヒロイン直後、この日NHKで解説をしていた前監督が、2年前の「E-SHOCK」について触れていた。



飯山メーター

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最終更新:2024年01月04日 14:55