本名マイケル・ヨシヒデ・ナカムラ(日本名:中村吉秀)。
日本とオーストラリアのハーフ。2004年にドラフト4巡目で入団。
間違えられやすいが、登録名のスペルは「MICHAEL」ではなく、「MICHEAL」である。
切れ味鋭いカーブが武器。そのカーブを見た人はみな魅了される。
四凡・五凡は当たり前の劇場型投手。
日本人選手で最速100Sを記録した、ハム史上に残るリリーフ投手。
08年まで不動のストッパーを務めた。
巨人にトレード移籍した09年からは登録名を「M.中村」に。→散々だったので、10年からは「MICHEAL」に戻した。
巨人での豊田・クルーンとの劇場リレーが期待されたが、11年オフに戦力外に。
12年からは埼玉西武でプレー。再びパリーグに戻ってきた。
「俺達」への仲間入りが心配されていが、無事「
舞妓者」として熱烈歓迎されたもよう。
2012年9月2日、日本では初めて先発として登板。4回を3安打1失点(自責0)に抑えるも、「西武どんだけ先発いないんだ」という声も。
その1ヶ月後の10月2日、現役引退を発表。奇しくもこの日は古巣のファイターズがリーグ優勝を決めた日であった。
引退後はオーストラリアに帰国。
そして2015年、ハム時代に抑えの場面でバッテリーを組んだ中嶋聡の引退セレモニーに、サプライズゲストとして久々に札幌ドームに姿を現し、場内を沸かせた。
エピソード
- オフはオーストラリアでカンガルー狩り
- 劇場をファンサービスだと思っている
- マイケル劇場にすっかり慣れてしまったハム専住人は、マイケルなしの試合だと刺激が足りない。だが、後継の守護神やその次の守護神がさらに凄い劇場王に進化して、相変わらずハムファンの胃はボロボロである。
- 中継でちらりと映ったマイケルの娘さんがあまりにそっくりすぎて、ハム専は一時騒然となった。
- 巨人初登板でいきなり四球死球HRHRで試合を破壊。それ劇場やない。炎上や。
- CSで出鼻に頭部死球をかましてしまい、「ポストシーズン初の退場者」の不名誉な記録を作ってしまう。
- 上記の通り巨人移籍初年度は散々な結果だった為、優勝はしたもののビールかけには一切呼ばれなかったとの噂。
- 2010年はシーズン中盤に敗戦処理として起用されたものの、思いのほか調子が良かったことから最終的には勝ちパターンに加わるまでになった。
- 2012年埼玉西武移籍後も、勝ちパターン継投の一員だったはずが、おお、もう…
最終更新:2016年11月27日 14:27