中村勝

1991年12月11日生まれ 埼玉県出身
2009年ドラフト1位入団。(ちなみに菊池雄星の外れ1位)

2010年8月11日、千葉ロッテ戦にて初登板。
初回いきなり紺田のエラーによる三塁打を喰らうが、5回1失点の好投で見事勝利投手に。
日本ハムの投手としてはダルビッシュ以来となる「高卒新人投手初登板初先発初勝利」を記録。
2012年8月5日に再び昇格する。好投しながらもなかなか勝ちがつかずにいたが、9月2日にようやくプロ2勝目をあげる。
2012年日本シリーズ第4戦に先発登板し、7回無失点と巨人打線を封じ込める好投を見せた。
なかなか1軍に定着できずにいたが、14年5月16日の千葉ロッテ戦にてホーム初勝利を飾り、5月24日の対DeNA戦において初完投勝利を飾る(初完封)。
そこからは勝ちや負けの消滅もあるが9月9日に無傷の7勝目をあげる。これは右腕先発に限るとトレンディエース以来18年振りとなった。
シーズン終了後には21Uの日本代表として出場、2試合に登板すると1次リーグでは打ちこまれるも援護運を発揮して負けを消し、2次ラウンドでは4回をパーフェクトピッチングで勝利に貢献する(チームは5回にコールド勝利x)。
16年シーズンは1軍登板はわずか2度で、右ひじ痛に見舞われて治療に充てる。17年シーズンは国頭スタートも調子をあげ、5月25日に昇格(勝ちはつかず)、6月1日の対DeNAで先発して5回を投げて648日振りに勝利をあげるも、同年7月3日に右肘内側側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けることを発表、5日に手術が無事終了。リハビリを経て18年8月9日にファーム戦で復帰を果たした。
19年春季キャンプはアリゾナ組でスタートも開幕は鎌ヶ谷で迎える。2軍戦を経て同年7月9日に久々の昇格を果たして対ロッテで先発も、3回にグラスラを打たれたところで無念の降板となった。翌日の10日に抹消以降は2軍での試合出場に留まり、同年10月1日に戦力外通告。その後はオーストラリアのブリスデン・バンデッツに所属後、21年2月20日(日本時間)にメキシコリーグのマリアッチスに所属(後述)したことが発表。そのメキシカンリーグで複数タイトルを獲得した。
それが功を奏したのか22年にテスト生を経てオリックスに入団。同年8月7日に古巣と対戦するに至った。

投球スタイル

技巧派右腕。90km/h前後の大きく変化するカーブが持ち味。
この低速カーブで130km/h台のストレートを速球に見せる。その他、高速カーブ(100km/h台)、フォークが持ち球。
やたら右肘が柔らかく、手が弓のようにしなる常人には真似できない投球フォームを持つ。

エピソード

  • ニックネームは「中村」「ムラマサ」「ダルビッシュ(偽)」など。
  • ヤング勝
  • その外見から「埼玉のダルビッシュ」の異名を持つ、量産型ダルビッシュの一人。
  • プロ1年目のキャンプにおいて、寝言の凄さをほっしゃんにブログでバラされる(ソースは同室の杉谷との事。後述)。
  • 好きな女性のタイプはAKB48の大島優子
  • 東京・原宿で買い物している時に、米国の有名ブランド「アバクロンビー&フィッチ」の一般人モデルとして勧誘されたことが過去3度ある。
  • 2012年フレッシュオールスターに選出され先発。2回をパーフェクトピッチング(無安打、5三振(全て空振り))とかなり上々な結果で優秀選手賞を獲得する。
  • 2012年FFFFFでの投手会釣り大会後のボウリング大会において、チームが負けて罰ゲーム決めの1投で罰ゲームになり、佑ちゃんのスライダーのモノマネを披露。新たな一面が見られた。
  • 20年9月18日にツイッターを更新、オーストラリアのブリスベン・バンディッツと契約を結んだ事を発表した。
  • メキシコリーグのマリアッチスのGMにメンディが務めているとのことらしい。

珠玉の寝言集

  • 「うわあぁぁぁぁあ~!!!!!やめてぇぇ~!!!!!!」
  • 「あー‥‥‥‥任せてください!!僕に任せてください!!!!!」

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最終更新:2022年08月07日 20:31