第1章

   第1章 武親たけちかのウチへ遊びに行こう

第1節 少年たちの友情とこの物語の方向性
 ゲレゲレオ暦19998年――時代はまさに世紀末。少年犯罪という名称は女性差別だとか騒がれたり、政治家が禁断の黒魔術に手を染めたり、鉄球ドッヂ世界選手権が開催されたり、あと鳥が喋ったりするご時勢である。そんな混沌とした世の中を、時に激しく、時に適当に生き抜く2人の少年がいた。彼らは共に14歳。中学3年生である。
 夏休みも間近に迫った7月のある日のこと。放課後のまどろみの中、2人は自分たちの所属する陸上部の部室に向かっていた。そんな平々凡々な日常から、この物語は始まる……。
「なあ」
 中肉中背の少年が、隣を並んで歩く彼の友人に、特に何の感情もこもっていない声をかけた。
「ん?」
 眼鏡をかけた少年が、こちらもまた無感情に返事をする。
「暇だし、どっか遊びに行かね?」
「は? お前待てよ! ちゃんとナレーションの人の言うこと聞けよ!」
「え? なんだっけ?」
「俺らはこれから部活なんだよ! 暇だしとか言ってんじゃねーよ!」
「あ、そっか」
 ボケ担当の少年の名を、太郎といった。彼は人の話を聞かないところがあり、忘れ物癖も酷かった。そして内股である。趣味は中国拳法で、その腕前は、小学生程度ならものの3秒で泣かせてしまう程だった。だが実際には、弱者を相手に己の拳を振るったことはない、いわゆる正義の人である。というか当たり前なのだが。
 一方、ツッコミ担当の少年は、名をスガといった。実は彼は、200世紀の科学が生み出したロボットである。彼はロボでありながら、衣食住とも本物の人間と変わらない生活を続けることができる。むしろ人間と同じ生活しかできない。人類の英知ここに極まれり、である。特技は寝ること。いつでもどこでも立ったままでも寝られるスーパーロボットだ。
 彼らは幼馴染であり、人間とロボという生物学上の違いなど知ったことかと言わんばかりに、固い友情で結ばれていた。ロボが生物かどうかはともかく、そこに友情が存在していることは確実である。コーラを飲んだらゲップが出るというくらいに確実じゃ。
「いいじゃん、今日はサボろうぜ」
「それもそうだな」
 その友情は、ストーリー進行を無理やり変えてしまうくらいに固かった。
「じゃあどうする? どっか行く?」
 スガが聞く。そこにはもう、陸上部の練習におもむこうとする意思は、これっぽっちも存在していないようである。
「そうだなあ……タケチカんち行かね? 待ち伏せして驚かせようぜ」
 説明しよう。タケチカ――つまり武親とは、彼らの同級生のことである。武親は、偏った食生活の為に修学旅行へ行けなくなった、という痛々しい過去を持っていた。だが、そんな過去にもめげず、今にもへし折れてしまいそうな華奢な肉体でありながらも、日々を懸命に生きている素晴らしい少年である。ちなみに好物は軟骨。
 スガは太郎の案に賛同し、武親の家へ向かうことになった。
 夕方といえども今は夏。日差しは容赦なく校舎とグラウンドを照りつけている。吹奏楽部の鳴らす楽器の音や、運動部の張り上げ声を聞きながら、2人は彼らの学び舎を後にした。ジャージで。

第2節 橙色の液体による誘惑
「こんにちわー。武親くんいますか?」
「あら、いらっしゃい。武親はまだ帰ってきてないのよー」
「そうっすよね」
「もうすぐ帰って来ると思うから、上がって待ってて」
「はい。それじゃ、お邪魔します」
 以上のような太郎と武親の母親のやり取りを経て、2人は武親宅へ上がり込んだ。
 武親の家は、えーと、普通の家だ。玄関脇で犬が惰眠を貪っていた。余所者が来たというのに目を覚まさないところを見ると、どうやらかなりアレな犬らしい。だがその堂々たる眠りっぷりには、ただならぬ風格を感じることもできる。
 武親の母親に居間へ案内された太郎とスガは、よく冷えたオレンジジュースを出され、ご満悦の様子である。
「これ飲んだら帰るか」と、スガ。
「おい!」
「ハハ、ジョークジョーク。ところでこの部屋、何か変じゃないか?」
「え? 何が?」
 スガは落ち着きなく辺りを見回している。人様の家でキョロキョロするのは失礼にあたろうというものだが、幸いにも奥方は台所で夕食の準備をしているようで、居間の様子には気付いていなかった。スガもスガで、自らの行為が気にならないほどのナニカを感じ取っているようだ。
「この部屋……というか、この家そのものかも」
「だから何がだよ?」
「いや、よく分からんが……」
 そんなこんなで、30分が経過した。武親は未だに帰宅していない。
「それにしても遅いなあ、武親。どこで道草食ってんだよアイツ」
「おい太郎。ちょっと思ったんだが……」
「ん?」
「あいつさ、野球部じゃん。練習の真っ最中なんじゃねーの? 普通に」
「ハッ!」
 そう、武親は野球部だった。野球部といえば、古今東西、他の部よりも色々な意味で熱い練習が行われているのが普通である。ご多分に漏れず、彼らの学校の野球部もそんな熱い部だった。部員が練習をサボることなど、古の某半島の将軍様が人助けをすること並にあり得ない事態なのである。スガの言葉通り、武親は野球部員として守るべき当然の責務を果たしている最中で、こんなに早い時間に帰宅するはずがなかった。
「……でも、武親の母さんはもうすぐ帰るって言ってたじゃないか」
「甘いな太郎。これは孔明の罠だ!」
「わ、罠だって!? っていうか孔明!?」
「とにかく、さっさと逃げるぞ! 時代は世紀末、何が起こるか分かったもんじゃないぜ!」
 スガは玄関へ続く廊下への扉を開け、既に逃走体勢に入っている。自分たちがただならぬ状況に置かれていることに気付き、その顔には焦りの色が浮かび始めていた。
「え? え? ちょ、おい! 待てよスガ!」
 何かを悟った風のスガとは対称的に、全く事態を飲み込めていない太郎。とにもかくにも、2人は玄関へ向かって駆け出した。武親の母親が台所でしているのは夕食の準備などではなかったということを、彼らはこの後すぐに思い知ることになるのだが。

第3節 今夜は肉料理にしようかしら
 玄関までの距離約3メートルの場所にスガが倒れているのを、後からやって来た太郎が見つけた。スガはぴくりとも動かない。どうやらつまづいて転んでいるわけではないらしい。太郎はしゃがみ込んで親友の様子をうかがった。そしてショッキングな事実に気付いた彼は、こう叫ぶ。
「いや寝てる場合かっ!」
 なんと、スガはぐっすりと眠りこけていたのだ! 身の危険を感じて走り出したはずのスガが、人んちの廊下で寝ている……やれやれ、困った特技だぜ。と呆れた太郎は、背後に迫る怪しい気配を感じ、通常の3倍の速度で後ろを振り返った。
「……な、何者だーーーッ!」
 そこに立っていたのは、研ぎ澄まされた包丁を振り上げた骨人間であった。いや、骨人間というのは、痩せこけた人物を例えた言葉ではなく、正真正銘の骨人間――スケルトンだ。
「あら、何者って、武親の母だけど?」
 骨だけのくせに喋れるのは何故だろう。それは200世紀の神秘である。
 ともあれ、そのスケルトンは、先ほど太郎たちを出迎えてくれた武親の母親とは似ても似つかなかった。それはまあ、骨だけだし、当たり前なのだけれども。
「武親の母さんの正体はスケルトンだったのか。そうなんだ」
 何故か素直に納得する太郎。それも200世紀の神秘である。
「いや、それはそうと、その包丁は……?」
 ゴクリ。太郎が生唾を飲み込む。そうか、スガが感じていた不吉な予感はこういうことだったのか……、と太郎は感づく。だがそれは遅すぎた。光陰矢のごとし。時は金なり。かけがえの無いこの命、プライスレス。
 ガクリ。太郎が片膝をつく。武親の母親はニコリと笑った。骨だけなんだけど、きっと笑った。
「……あ……あれ?…………な、なんだか……眠く…………」
 太郎の脳は、まるで宇宙空間に漂う究極生物のように、今にもその活動を止めようとしていた。その眼は、徐々に自身の視界をせばめていく。意識が飛んでしまう前にせめて一矢報いようと、太郎は拳に力を込めたが、体が床に倒れ込むのを抑えることはできなかった。
「おやすみなさい、2人とも。……さあて、夕食の準備をしなくちゃねえ。夕食の準備を……。うふふふふ…………」
 武親の母は、スガと太郎を他の部屋へと運んだ後、台所へと向かう。
 居間から聞こえてくる5時のニュースでは、今夜は一荒れ来るだろうということを予報していた。

第4節 化け物屋敷でくるりんパ
「おい太郎、起きろ」
 暗闇の中で目を覚ましたスガは、半覚醒の頭でしばらくぼんやりした後、自分の置かれた状況を思い出した。そして、隣で熟睡中の親友に気が付き、声をかける。
 外では、蛙と鈴虫が合唱コンクールの真っ最中。もうすっかり日は落ちていた。
「太郎! 起きろっつーの」
「……んん、……中国人が……」
 寝言を呟く太郎の鳩尾に、自らの体重に地球の重力を加えた必殺エルボーないしはニーを打ち込もうとしたスガだったが、それはさすがに必殺すぎるので、とりあえず手刀を叩き込んだ。
「ぶびょっ!?」
 日常生活の中ではまず発する事の無い音を、その口から発生させる太郎。そして、とても寝起きとは思えない動きで立ち上がった彼は、太古に一世を風靡したお笑い芸人のようなリアクションをとった。
「殺す気かあっ!!」
「ハハ、ジョークジョーク。……それにしても、なんで俺たち寝てたんだろうな」
「そうだ……。聞けよスガ。武親の母さんの正体は、スケルトンだったんだ!」
「な、なんだってーーーッ!?」
 束の間の沈黙。
「……いや、夢の話はいいから」
「ホントだって! 包丁持って襲ってきたんだ!」
「マジで?」
「いや、襲われてはいないけど、俺の後ろで包丁振り上げてたんだぜ! 気付くのが遅れてたら殺されてたかも……」
「マジで?」
「うん」
 再び沈黙。だが次の瞬間、その静寂を破った者は意外な人(?)物であった。
「お、起きたイヌね。今電気をつけてあげるイヌ」
 入口のふすまが開け放たれ、何者かの声がする。それは部屋の真ん中まで歩いてきて、天井から吊るされた電気のひもを引っぱった。白い光に照らされたその場所に立っていたのは……。
「「い、犬ーーーッ!?」」
 太郎とスガの声が見事にハモる。2人の目の前には、二足歩行の茶色いコーギー。そう、犬が喋って歩いて電気をつけたのだ! そしてそれは、彼らが武親の家の玄関先で見た、あの犬だった。

第5節 犬と骨の話をヒトとロボが聞くの巻
 太郎とスガは、わけの分からぬまま居間へ連れてこられていた。そしてわけの分からぬまま武親の両親と向かい合っていた。するとわけの分からぬまま、改めて自己紹介をされた。
「というわけで、武親の親父の義男だイヌ」
「……そして私は、武親の母親のモチョ美だホネ」
 父親(犬)はともかく、夕方に会った時は普通に喋っていた母親(骨)までも、語尾がおかしなことになっていた。だが太郎は、そのことには敢えて触れずにスルーすることにした。それが優しさだと思ったからだ。むしろ、どうでもよかったからだ。
「つーか、その語尾はなんだーーーッ!」
 しかしスガは、ツッコマずにはいられなかった。
「んん? ハハ。いやあ、犬だからって語尾に『ワン』というのはセンスがないだろう? 身は老いても心はまだまだナウーイからねえ。これでも若い頃はブイブイ言わせたもんだよ……イヌ」
 スガの不躾な質問にも紳士的な態度で答えた義男は、おもむろにタバコを取り出してそれを吸い始めた。慌てて語尾を付け足したのを誤魔化したんだなあ、とスガは思ったが、それを口に出すのはやめておく。そこがスガの優しさだった。ていうか、めんどかった。
「ところで、おじさんは、その……犬なんですか?」
 武親の父親の正体を、太郎が率直に尋ねる。
「ウム。まあ、正確には『犬又』だイヌ」
「イヌマタ?」
 説明しよう! 犬又とは、長い年月を生きた犬が魔力を得、人語を介すようになった妖怪である。その尻尾は2つに割れているのが普通だが、高位の犬又ともなると、気合で出したり引っ込めたりできた。義男はまさに、そういったハイレベル犬又なのである!
「それは置いといてだイヌ。そろそろ本題に入りたいのだが、いいかねイヌ?」
 義男が、途端に真面目な顔つきになる。そこにスガが口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。話の筋が見えません。それはもう全く。……まず、俺たちは何故に眠っていたのか、その理由を教えて欲しいんですが」
 スガと太郎は、義男の隣でうつむいている骸骨に視線を移す。その表情は、骨だけに全く変化が無かったが、心なしかとても沈んでいるように見えた。モチョ美は、おずおずと顔を上げ、力なく口を開いた。
「武親は野球部だから、遅くならないと帰ってこないホネ? だから、せっかく遊びに来てくれたお友達を待たしちゃあ悪いと思って、ジュースに睡眠薬を入れておいたホネ」
 少年たちの頭の上に「は?」という2文字が浮かんでいた。物理的には見えなくとも、心の目を開けば必ずそれは見えるだろう。
「ね、寝ている間に武親が帰ってくれば、2人は待ちくたびれなくて済むホネ? だから……」
 そこで太郎が次の質問を発した。
「じゃあ、俺に振り下ろそうとした包丁は何だったんですか?」
「ち、違うホネ! 誤解だホネ! あれはスケルトン族の標準装備だからホネ……!」
「じゃあ、毎日作る味噌汁のダシは、自分の骨で取っているんですか?」
 スガがどうでもいい質問をしたところで、悲しい顔をした義男が話に割って入った。
「もうそのくらいにしてやってくれないかイヌ? モチョ美の言っていることは全て事実だし、何より、今はそれどころではないのだイヌ……」
 何かもうどうでもよくなっていた2人は、義男の声に耳を傾ける。彼は『本題』に入りたがっているし、モチョ美もその件で頭がいっぱいいっぱいのようだった。
 そして義男は、驚くべき事実を告げることになるが、太郎もスガも、それは薄々感づいていたことだったので、その一言を聞いてもさほど驚かなかった。
「武親がまだ帰ってこないんだイヌ」

第6節 
 時刻は午後9時を20分ほど回っていた。
「え? もうそんな時間なの!?」
「すみません。俺たち、そろそろ帰ります。ツマツマが10時から始まるので……」
 ツマツマとは、『妻ップ×妻ップ』というテレビ番組の通称である。
 妻ップとは、老若男女問わず大人気の人妻アイドルグループである。

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最終更新:2007年05月22日 22:28